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電災都市  作者: あるふぁ
第五章『補給線』
39/39

『補給線』-12

『おとひめフーズ』プラントで起こった謎の爆発。

原因究明と、本来の目的である備蓄缶詰の確保のため、

遠征部隊を指揮する山本はプラントへの突入を決断する。

「臨時小隊を編成する」


 物流搬出口で発生した爆発と火災——その報告を受けるや否や、山本は迷うことなく指示を飛ばした。


 この『おとひめフーズ』のプラントは、本来なら無人であるはずの区域。

 ……にもかかわらず、炎が上がった以上、何かが起きている。


 放置するという選択肢は存在しなかった。


 あの施設には、遠征部隊が命懸けで持ち帰ろうとしている大量の缶詰が眠っている。

 炎に飲み込まれれば、それだけで今回の遠征は失敗だ。

 

 ——それは新宿クオムという生存拠点の喪失を意味する。

 山ほどの焼け焦げた缶詰を積んで、新宿へ帰還するわけにはいかない。


「アイアンウルフ六名、ホーンドアウル五名。これでA小隊を編成する」


 即座に名前を呼ばれたホーンドアウル隊リーダー・増田が短く頷く。


「了解」


 返事に迷いはない。


 山本はそのまま視線を巡らせる。


「B小隊はサンダーバレッツ六名、デスペラード六名」


「任せろ」


 山口が応じると、その隣で古賀も無言のまま親指を立てた。

 互いに歴戦のハンター同士。

 余計な言葉など必要ない。


 最後に、山本の視線が真たちへ向けられる。


「アーバンフォックス、クロウズ、ファイアレインでC小隊だ」


 三隊による混成編成。

 人数だけを見れば他の小隊と大差はない。


 しかし実情は寄せ集めに近く、それぞれ戦い方も癖も異なる。

 ……だからこそ、この場で指揮系統だけは明確にしておかなければならない。


 真は一拍だけ考え、すぐに戸上へ顔を向けた。


「戸上さん。C小隊の指揮、お願いできないかな?」


 戸上が少しだけ眉を上げる。


「俺か?」


「俺は、いつもアリスと二人で動いてるだけだからさ」


 真は苦笑しながら肩をすくめる。


「小隊を率いた経験なんて、ほとんどないんだ」


 それは決して、謙遜ではない。


 アーバンフォックスという名はあっても、実態は真とアリスだけの二人小隊。


 少人数であれば臨機応変に動ける。

 だが、十数人規模の混成部隊となれば話は別だ。



 自衛隊のように、同じ水準の訓練を受けた者たちではない。


 使う銃器はバラバラ。

 装備も経験もすべて異なる、ムラだらけの愚連隊と言っていい。


 配置や索敵、退避判断、火力の配分——指揮官に求められるものは、一人で戦う技量とはまるで違う。


 戦況を俯瞰し、冷静な判断を下せる能力があってこそ、指揮官たり得る。


 その点、戸上は経験が違う。

 ファイアレイン隊を率い、数々の討伐を潜り抜けてきた現役のリーダーだ。


 クロウズ隊の相川も腕は立つが、そもそも前線で暴れ回るタイプではない。


 ならば、この場で最も適任なのは戸上しかいなかった。


「オッケー。わかった」


 戸上は実にあっさりと引き受けた。


「じゃあC小隊の指揮は俺が執る」


 そう言って、今度はクロウズ隊へ顔を向ける。


「相川、お前らもそれでいいか?」


「異議なーし」

 チェストリグへ予備弾倉を差し込みながら、相川は即答した。


 背後の隊員たちも次々とうなずく。


「戸上さんなら問題ない」


「指揮は任せるよ」


 反対する者は一人もいなかった。


 それだけ戸上という男が、場数を踏んできたハンターとして信頼を積み重ねてきた証でもある。


 混成部隊に必要なのは、一騎当千の強者ではない。


 誰もが従える指揮官だ。


 生き残るための判断を下せる者こそが、この世界で求められる指揮官の姿なのだ。


 その一点において、この編成に異論を挟む者はいなかった。


 



 ——遠征部隊の監視拠点となっている二階建ての民家。


 二階の窓辺では、アイが伏せ撃ち(プローン)の姿勢で狙撃銃を構え、微動だにせず照準をプラント通用門へ据えていた。


 風に揺れる雑草。


 揺らめく陽炎。


 そして黒煙。


 スコープ越しに映る世界には、それ以外の変化はない。


 隣では、双眼鏡を覗いていたメカドールのリオナが無線機のマイクを摘み、淡々と報告を送る。


「山本さん。通用門周辺に変化はありません。合流するレヴュラも確認できません」


 その横で監視を続けるサキも、視線を外さぬまま言葉を重ねた。


「目立ってわかるのは火災だけです。目視可能な範囲にレヴュラの姿はありません」


 わずかなノイズを挟み、無線機から山本の声が返ってくる。


〈――了解。全隊、予定どおり突入する〉


 一瞬の静寂。


 続いて、落ち着き払った声が流れる。


〈――メカドール隊は監視を継続。何か動きがあれば、即座に知らせてくれるかい?〉


「了解しました」


 通信を終えたリオナは、再び双眼鏡を構え直した。


 その隣で、アイだけは依然として引き金に指を添えたまま、通用門を見つめ続けている。


 やがて、小さく唇を動かした。


「……嫌な予感がする」


 誰へ向けた言葉でもない。


 歴戦の狙撃手が戦場で培ってきた、理屈では説明できない感覚。

 その呟きに答えられる者は、そこにはいなかった。


 


 ——遠征部隊はベースキャンプに車両を残し、徒歩でプラントの通用門へ向かう。


 舗装路を踏み締める靴音だけが、静まり返った工場地帯に乾いたリズムを刻んでいた。


 施設を囲む生垣は大人の背丈を優に超え、その向こう側を完全に覆い隠している。

 中で何が起きているのかは見えない。


 見えるのは、生垣の上から立ち昇る黒煙だけ。


 火勢はいまだ衰える様子を見せず、焦げた臭気が風に乗って鼻を刺した。


 

 山本は愛銃である自動小銃(HK416)を構えたまま、門柱へ静かに背を預ける。


「各小隊、最終確認」


 その一言で、場の空気が引き締まる。


 誰も口を開かない。


 装備を握る手に自然と力が入り、呼吸さえ浅くなっていた。


「A小隊は東側構内道路を南下」


「了解」


 副官の岸上が短く応じ、隊員たちも無言でうなずく。


「B小隊は西側構内道路を南下」


「了解」


 山口も即答し、デスペラード隊の古賀と視線だけで意思を交わした。


「C小隊は建物内部を検索しつつ、中央ルートを南下」


「了解」


 戸上が簡潔に返事をする。


 山本がC小隊を屋内ルートにしたのも理由がある。


 もとより三隊による混成の臨時編成であるうえ、アリスのように戦闘経験の浅い者もいる。


 行軍速度は落ちるが、遮蔽物に身を隠しながら進める点では、安全性は三小隊の中でも最も高いだろう。


 その横で真は、新たな相棒となったM4A1カービンのセレクターをゆっくりと操作した。


 カチリ、と乾いた金属音が耳に残る。


 隣ではアリスが自動小銃(HK416)のチャージングハンドルを静かに引き、薬室へ初弾を送り込んだ。


 規則正しい金属音だけが、妙に大きく聞こえる。


「目的地は全隊共通。南側物流搬出口手前の物流ステーションオフィスだ」


 山本は全員の顔を一人ずつ見渡した。


「最優先は物資の確保。火災や爆発の原因究明は後回しで構わない。敵と遭遇した場合は無理に交戦せず、生存を最優先。単独で深入りするな」


 誰もが無言でうなずく。


 山本は黒煙の立ち昇るプラント南側を見据え、ほんの一拍だけ息を置いた。

 


「……全隊突入!」


 その小さな号令と同時に、アイアンウルフ隊が鉄製の通用門へ手を掛ける。


 ギィ……。


 錆び付いた蝶番が鈍く軋み、長く閉ざされていた門がゆっくりと口を開いていく。


 その音だけが、静まり返った構内に不気味な余韻を残していた。



 最初に鉄門を潜ったのはアイアンウルフ隊。


 続いてホーンドアウル隊が、間隔を保ちながら後続する。


 山本の左手が素早く動く。


 ――展開。


 声はない。


 交わされるのは、長年身体に叩き込まれたハンドシグナルだけ。


 隊員たちは互いの死角を補うよう左右へ広がり、銃口を途切れることなく巡らせていく。


 さすがは、元自衛官などが多く名を連ね、新宿クオムの精鋭とさえ言われる両隊だ。


 電災以前、自衛隊という組織で積み重ねた訓練は、三年という歳月を経た今も、確かな技術として身体に刻み込まれている。


 その動きには、一切の無駄がなかった。

 


 そして、B小隊は西側構内道路へ。


 C小隊は巨大なプラント建屋へ向かい、小走りで姿を消していった。


 ほどなくして三方向へ散開した隊員たちは、生垣と工場施設に視界を遮られ、互いの姿が見えなくなる。


 ここから先は、それぞれの判断だけが頼りだった。


 


 ――A小隊。

 


「……静かすぎるな」


 先頭を進む山本が低く呟く。


 構内道路は大型トラック同士が悠々とすれ違えるほど広く、電災以前、国内屈指の食品製造工場だった頃の面影を色濃く残していた。


 右手には巨大なプラント建屋。

 左には人の背丈を遥かに超える生垣が延々と続いている。


 視界は南へと真っ直ぐ伸び、その先では黒煙だけが空へ昇り続けていた。


 風が運ぶのは焦げた臭い。

 聞こえるのは、自分たちの靴音だけ。


 静寂が、不自然だった。


 誰一人として口を開かない。


 全員が引き金へ指を添え、わずかな異変すら見逃すまいと神経を研ぎ澄ませている。

 そんな中、岸上が周囲へ鋭い視線を走らせた。


「……なあ」


「どうした?」


 山本は歩調を緩めることなく問い返す。


「爆発があったにしちゃ……綺麗すぎる」


 岸上は道路の先を睨んだまま続ける。


「レヴュラの残骸もねぇ。人間の死体もねぇ。破片らしい破片すら見当たらない」


「……俺も、それが気になっていた」


 爆発なら痕跡が残る。

 交戦があれば薬莢や血痕が残る。


 しかし、目の前に広がる構内は、あまりにも整いすぎていた。


 火災だけが、そこに浮いたような違和感を放っている。



 その瞬間だった。


 ――カラン、と乾いた金属音。


 何かが道路脇を転がった。

 中川の銃口が、反射的に音源へ跳ね上がる。


「右!」


 次の瞬間、生垣の陰から黒い影が飛び出した。


 低い姿勢。


 二対四脚で地面を蹴る異形の機械。


「ガード種だ!」


 影は着地と同時に機体前部をこちらへ向ける。


 二対の発射孔から、銃声とは異なる空気音。


 鋼鉄製のリベットがアスファルトへ突き刺さり、拳大の破片を勢いよく弾き飛ばした。

 砕けた舗装片が隊員たちの脚へ雨のように降り注ぐ。


 もとは工業用のリベットガンとはいえ、それを攻撃用兵器へと昇華させた代物だ。

 もし人体へ直撃すれば、肉を抉る程度では済まない。


 骨ごと砕き、吹き飛ばされる。

 それは、つい先日のスウォーム戦で嫌というほど思い知らされた事実だった。


「撃て!」


 山本の号令が飛んだ。


 直後、隊員たちの銃が一斉に火を噴き、それぞれ口径の異なる弾丸が放たれる。

 乾いた銃声が構内へ何重にも反響し、ガード種の外装へ無数の火花が散った。


 一体。


 さらに二体。


 そして三体目。


 外装を撃ち抜かれたガード種は姿勢を崩し、道路へ転がって動きを止めた。


 ——だが。


 建屋の陰から、さらに黒い影。


 一体、二体、三体。


 低い機械音を響かせながら、新たなガード種が次々と姿を現す。


 発射孔を一斉にこちらへ向けた。


「伏せろ! 遮蔽物へ!」


 雨あられのように撃ち込まれるリベット。


 縁石へ命中した鋼片が火花を撒き散らし、コンクリートを削り取って白い粉塵を吹き上げる。



 「十時方向!」


 坂本が身を乗り出し、冷静に二点射。


 放たれた弾丸がガード種の脚部を正確に捉えた。

 脚部ユニットが吹き飛び、機体が派手に横転する。


 ——しかし、それでも止まらない。


 残された前脚だけでアスファルトを掻き、獲物へ食らいつこうと這い続ける。


「まだ来る!」


「任せろ!」


 木村が遮蔽物から飛び出した。


 一気に間合いを詰め、転倒したガード種の胴体を軍靴で踏み砕く。


 フレームが悲鳴のような金属音を上げ、ガード種は機械脚をじたばたと動かして足掻く。


「寝てろ!」


 吐き捨てるように呟き、銃口を量子電脳ユニットのある付近へ押し当てる。


 引き金を絞る。


 轟音とともに撃ち込まれた一発が制御中枢を貫き、内部から青白い火花が噴き出す。


 痙攣するように脚を震わせたガード種は、そのまま完全に沈黙した。


「クリア!」


 木村が周囲を見回しながら声を張り上げる。


「前へ!」

 山本の号令が飛ぶ。


 A小隊は再び隊形を整え、ゆっくりと前進を再開した。


 銃口は左右へ絶えず振られ、誰一人として警戒を緩めない。


 ——その瞬間だった。


 二階の割れた窓ガラスが砕け、黒い影が飛び出した。


 砕け散る硝子片を撒き散らしながら落下したそれは、空中で姿勢を変え、鋭い鉤爪を木村の喉元へ叩き込もうと襲い掛かる。


 「危ない!」


 ホーンドアウル隊の河本が咄嗟に木村へ体当たりした。

 二人はもつれるように地面へ転がる。


 その頭上を、黒い影が紙一重で掠めていった。


 着地した異形は四肢への衝撃をほとんど殺し、そのまま弾かれるように壁面へ跳ぶ。


 鋼鉄の鉤爪がコンクリートへ食い込み、まるで重力など存在しないかのように垂直の壁を駆け上がっていく。


「速ぇ!」


 誰かが思わず叫んだ。


 先ほど撃破したガード種とは比較にならない。


 脚力。


 瞬発力。


 運動性能。


 そのすべてが別格だった。


 まるで大型の肉食獣が獲物へ飛び掛かるような、殺意だけで構成された機械。


 ——だが。


 三発。


 ほとんど間を置かず、連続射が響く。


 アイアンウルフ隊の森田が冷静に20式小銃の引き金を絞っていた。

 5.56ミリ弾が背面へ次々と突き刺さる。


 機体が大きく痙攣すると、壁面へ張り付いていた脚が外れ、そのまま勢いよくコンクリートへ叩き付けられた。


 鈍い衝撃音。


 さらに森田が一発。


 ユニットの中枢を撃ち抜かれた機体は青白い火花を散らし、その場で完全に沈黙した。


「待ち伏せ型か……」


 山本の眉間へ深い皺が刻まれる。


 視線は、破壊されたレヴュラではなく、割れた窓へ向けられていた。


「あれは徘徊するタイプの個体じゃない」


 誰かが通れば襲う。

 そんな偶然では説明がつかない。


 二階で息を潜め、人間が真下へ来る瞬間を待ち構えていた。

 ……そう考えるほうが自然だった。


「……嫌な連中だ」

 岸上が吐き捨てる。


 その言葉が終わるより早く、微かな機械音が風に乗って届いた。


 あまりにも小さい。

 だが、それは確かに南側から聞こえた。


 複数の機械が同期するような、不気味な作動音。


 煙の向こう。

 黒煙に覆われた物流搬出口の方角に『何か』がいる。


 だが、その姿はまだ見えない。


 そこに何が待ち受けているのか。

 A小隊の誰一人として知る者はいなかった。


 山本は煙の向こうを鋭く見据え、静かに息を吐く。


「……進もう」


 短く命じる。


「時間は、俺たちを待ってくれない」


 A小隊は隊形を崩さぬまま警戒レベルをさらに引き上げ、立ち昇る黒煙の奥——物流搬出口を目指して再び歩を進めた。



 



 ——一方、B小隊。


 サンダーバレッツ隊とデスペラード隊、総勢十二名は、西側構内道路を慎重に南下していた。


 左手には巨大なプラントの建屋が長く続く。

 反対側には、人の背丈を優に超える生垣が視界を遮り、その向こうはまるで別世界のように見えない。


 一直線に伸びる道路。


 見通しは悪くない。


 だからこそ、不気味だった。


 身を隠せる場所など限られているにもかかわらず、敵影はひとつも見当たらない。


 耳に届くのは、隊員たちが慎重に踏みしめる靴音と、遠く南側で燃え続ける火災によって何かが爆ぜる音だけ。


「……静かすぎるな」


 先頭を進む山口が、唇だけを動かすように呟く。


「ええ。逆に落ち着きません」


 隣を進む水野も周囲へ鋭い視線を巡らせた。


 道路脇には大型トラックが何台も放置されたまま朽ち始めている。


 荷台には積み込み途中だったのであろうパレットが崩れ、割れたコンテナや包装資材が無造作に散乱していた。


 その隙間は、D級レヴュラ程度の小型種が身を潜めるには十分すぎる。


 デスペラード隊長・古賀が不意に拳を握り、頭上へ小さく掲げた。


 ——停止。


 全員がその場にしゃがみ込み、銃口だけを前方へ向ける。


 古賀の指先が、崩れたコンテナの陰を静かに示した。


 山口もすでに照準を合わせている。


「……ガード種」


 その声に応じるように、双眼鏡を覗いていた松浦が即座に報告した。


「奥にディテクター種も確認。護衛は四……いや、五体」


 

 ——崩れたパレットの向こう。

 円筒型の胴体を持つディテクター種が、ゆっくりとカメラユニットを左右へ旋回させている。


 その周囲には護衛役のガード種。


 偵察役を中心に護衛が輪を描く、クオム周辺でも幾度となく遭遇してきた、ごく標準的な編成だった。


 だからこそ、対処法も確立している。

 


「先にディテクターを落とす」


 山口は呼吸をひとつ整える。

 照準線は微動だにしない。


 乾いた発射音。

 消音器に抑えられた一発が一直線に走り、ディテクター種のカメラユニットを正確に撃ち砕いた。


 赤いレンズが砕け、機体が小さく仰け反る。


 その瞬間だった。


 周囲のガード種が一斉に反応する。


 甲高い駆動音を響かせながら四方へ散開。


 左右へ跳び回り、リベットガンを乱射した。


 鋼鉄製のリベットがアスファルトを穿ち、乾いた破砕音が道路いっぱいへ弾ける。


「応戦!」


 山口の号令と同時に、全員の銃器が一斉に火を噴く。


 発砲炎が瞬き、薬莢が黄金色の軌跡を描きながら次々と路面へ降り注ぐ。


 一体。


 さらに一体。


 ガード種は外装を撃ち砕かれながら横転し、火花を散らして動きを止めていく。


 リベットガンの発射音も、徐々に途切れていった。


「クリア!」


 古賀が最後の一体へ止めの一撃を撃ち込み、声を張り上げる。


 ——その直後。


「待てッ!」


 山口の怒号が飛んだ。


「まだ終わってねぇ!」


 全員の視線が、反射的に建屋へ向く。


 二階。


 薄暗い影の中で、何かがゆっくりと身を乗り出した。


 ——五本。

 放射状に並んだ銃身が、まるで花弁が開くようにこちらへ向けられる。



 「ガンナーだ!」


 叫び終えるより早く——。


 轟音。


 散弾が猛烈な勢いで吐き出された。


 無数の金属弾が空気を引き裂き、道路全体へ襲い掛かる。


「隠れろ!」


 山口の怒声と同時に、全員がトラックの陰へ飛び込んだ。


 直後、コンクリートが爆ぜる。


 火花が奔り、荷台の鋼板へ無数の穴が穿たれる。


 耳をつんざく衝撃音が連続し、積み荷だったパレット類は木っ端微塵に吹き飛んだ。


 散弾はなおも容赦なく降り注ぎ、車体を激しく叩き続ける。


 まるで鋼鉄の豪雨だ。


 扇状に撒き散らされる散弾は、鋼板製のトラックパネルすら貫通し、車体内部へ食い込んでくる。


 荷台の鉄板には、無数の穴が穿たれていく。


 もし遮蔽物が木箱程度だったなら、全員まとめて蜂の巣になっていただろう。


 「くそっ!」


 サンダーバレッツ隊の松浦が思わず顔をしかめた。


 肩口から鮮血が流れ落ちている。


 掠めた散弾の一粒がプレートキャリアの繊維を引き裂き、防弾材のない肩を抉っていた。


「松浦!」


 山口が振り返る。


「無事か!」


「平気だ……浅い!」


 肩を押さえながらも、松浦はライフルを構え直す。


「まだ撃てる!」


 その返答をかき消すように、再び轟音。


 ガンナー種が残弾を吐き尽くさんばかりに散弾を浴びせてくる。


 鋼鉄が悲鳴を上げる。


 トラックの荷台が激しく震え、無数の火花が視界を埋め尽くした。


「潰せ!」


 古賀の怒号とともに、デスペラード隊が一斉射撃を開始する。


 数発の弾丸が窓枠を砕き、続いてガンナー種の脚部へ命中した。


 バランスを失った機体は、そのまま二階の窓から道路へ転落する。


 重い金属音。


 アスファルトへ叩きつけられ、火花を散らしながら数メートル滑って停止した。


「やったか?」


 誰かが呟く。


「いや——」


 山口が制止の声を上げた、その刹那だった。


 横倒しになっていたガンナー種が、痙攣するように身を震わせる。


 砕けた脚部を無理やり動かし、ゆっくりと機体を起こした。


 五連装の散弾銃は、すでに撃ち尽くされている。


 ガンナー種に再装填機構は存在しない。


 ならば、次に選ぶ行動は——ひとつだ。


「来るぞ!」


 四本の貧相な機械脚がアスファルトを激しく掻いた。


 凄まじい勢いで一直線に突進してくる。


 まるで、自らを弾丸へ変えたかのような勢いだった。


 この場にいる全員が知っている。


 ——近づければ終わる。


 散弾を撃ち尽くしたガンナー種は、最後に自らを暴走させ、自壊する。


 その爆発は決して大規模ではない。


 だが、人間を巻き込んで『破壊』するには、十分すぎる殺傷力を秘めていた。


「撃てッ! 止めろ!」


 それぞれの銃口が、一斉に火を噴く。


 着弾。


 外装が吹き飛ぶ。


 さらに一発。


 後脚が砕け、機体が前のめりに転倒する。


 ——それでも止まらない。


 残った前脚だけでアスファルトを掻き、執念じみた動きでなおも距離を詰めてくる。


 「しぶてぇな、この野郎!」


 古賀が遮蔽物から飛び出した。


 足元へ転がっていた鉄パイプを掴み上げる。


 助走もつけず、全体重を乗せてガンナー種の胴体へ突き立てた。


 鈍い破砕音。


 外装を貫いた鉄パイプが内部ユニットへ達した瞬間——機体の隙間から青白い閃光が漏れ始める。


「離れろ!」


 古賀が叫びながら、自らも地面へ飛び退いた。


 次の瞬間——。


 爆音。


 機体内部でユニットが炸裂し、小規模な爆発が道路を震わせた。


 火球は周辺を吹き飛ばすほどの威力はない。

 しかし、それでも衝撃波は周囲のコンテナを軋ませ、鋭利な金属片を散弾のように四方へ撒き散らした。


 破片がトラックの側面へ突き刺さり、乾いた音を立てて跳ね返る。


「……危ねぇ」


 古賀は煤だらけになった顔をしかめ、小さく息を吐いた。


「あと一歩踏み込んでたら、腹を破られてたぜ」


 苦笑は浮かべたものの、その目から油断は消えていない。


 ——敵は、まだ終わっていなかった。


「右ッ!」


 サンダーバレッツ隊の岩佐が鋭く叫んだ。


 次の瞬間、道路脇の植え込みが大きく揺れる。


 葉をかき分けるように這い出てきたのは、丸く膨れ上がった奇怪な機体。

 まるで巨大な毒キノコを思わせる、ずんぐりとした外殻。


 ——二体。


「ボマーだ!」


「撃てッ!」


 号令と同時に銃声が重なる。


 放たれた弾丸が一体目の外殻を次々と貫き、そのうちの一発が胴体を穿った瞬間。


 閃光。


 轟音とともに機体が四散した。

 爆炎が植え込みを薙ぎ払い、黒煙が一気に噴き上がる。


 しかし。


「もう一体!」


 残る一体は片脚を吹き飛ばされながらも勢いを失わない。


 壊れた脚部を引きずり、転がるように一直線で突っ込んでくる。


 鈍い金属音を響かせながら、その丸い機体が猛烈な速度で迫る。


「止まれ!」


 中根が短く叫ぶ。


 銃床を肩へ強く押し当て、照準を合わせる。


 三連射。


 一発。


 二発。


 三発目が機体中央を正確に撃ち抜いた。


 ボマー種は隊列まで十数メートルという距離で内部の爆薬に被弾した。


 直後、爆炎が道路を呑み込む。

 灼熱の爆風が一気に吹き抜けた。


 飛び散った外殻片が散弾のように降り注ぎ、ヘルメットやプレートキャリアへ激しく叩きつけられる。


 鈍い衝撃が全身を震わせた。



 

 ——やがて熱風が通り過ぎ、黒煙だけがゆっくりと流れていく。


「全員無事か!」


 山口が怒鳴る。


「問題なし!」


「異常なし!」


「こっちも全員生きてる!」


 各所から力強い返答が返ってくる。


 負傷者こそ出たものの、致命傷はない。


 ひとまず凌ぎ切った。

 ——だが、山口の表情は晴れない。


 硝煙の向こうを鋭く睨み据えたまま、小さく呟く。


「……数がおかしい」


 これまで相手にしてきたD級個体群とは明らかに違う。


 途切れる気配がない。


 ガード種。


 ガンナー種。


 ボマー種。


 まるで役割の異なる個体を時間差で送り込み、こちらへ休む暇を与えない。


 偶然では説明がつかなかった。


 誰かがこちらの戦い方を観察し、その都度、最も効果的な駒を盤上へ送り込んでいる——。


 そんな錯覚すら覚える。

 


 山口は無意識にプラントの南側を見上げた。

 黒煙は今も絶え間なく立ち昇り、その奥は何も見えない。


 煙の向こうに、何かがいる。


 その確信だけが、胸の奥で静かに膨らんでいた。


「……行くぞ」


 短く言い放つ。


 B小隊は警戒をさらに強めながら、物流搬出口へ向けて再び歩みを進めた。




 


 「C小隊、建屋内部へ進入する」


 戸上の号令とともに、かつて自動ドアだった大型ガラス扉へ手を掛ける。


 当然、自動では開かない。


 ——電災から三年。


 施設を流れていた電気は、とっくの昔に途絶えていた。


 重たいガラス戸を押し開くたび、金属フレームが鈍い軋みを上げる。


 その音だけが、静まり返った工場内部へ吸い込まれ、やけに長い余韻となって消えていった。


「うわぁ……」


 思わず顔をしかめたのは、クロウズ隊の相川だった。


「なんだ、この臭い……」


 扉の向こうから流れ出してきた空気は、生暖かく、湿り気を帯びている。


 鼻を刺すのは、生ゴミとも違う……腐敗した油脂と蛋白質が長い年月をかけて熟成したような、粘つく悪臭だった。


 一度吸い込めば、肺の奥にまでまとわりつき、吐き気を誘う。


 真も思わず眉をしかめた。


「……冷凍庫か」


 視線の先には、大型冷蔵設備へと続く搬入口。


 戸上が短く頷いた。


「停電して三年だ。冷凍食品も、冷蔵品も全部腐ったんだろうな」


 食品工場なら当然の帰結だった。


 三年前、電災によって電源が断たれた瞬間から、この建物は巨大な腐敗槽へと変わってしまったのである。


「うぇぇ……」

 ルナが思わず鼻を押さえる。


「これ、メカドールでも嫌になるよ……」


「嗅覚ユニットを切れば?」

 真が何気なく言う。


 ルナは困ったように首を振った。


「そんな便利な機能ついてないんだって」


「便利なんだか不便なんだか……」


「そこ、人間も同じでしょ」


 アリスが苦笑を浮かべる。


 その一言だけが、張り詰めた空気をわずかに和らげた。

 



 全員がウェポンライトを点灯する。


 白色LEDの鋭い光が闇を切り裂き、巨大な食品プラントの内部を少しずつ浮かび上がらせていく。


 誰も余計な言葉は口にしない。


 光の先には巨大なベルトコンベア。

 幾筋もの搬送ラインは途中で止まり、包装機械も、ラベラーも、金属製アームも……三年前に時間を止めたまま沈黙している。


 床には潰れた段ボール。

 散乱した包装材。


 錆び始めた台車。


 ……まるで作業員だけが、一瞬で世界から消え去ってしまったかのような光景だった。

 


 そして、その静寂を破ったのは、クロウズ隊の村上だ。


「おい、見て見ろよ!」


 鋭い声に、一斉にライトが向く。


 照らし出された先。

 そこには、天井近くまで積み上げられた段ボールの壁があった。


 印字された商品名が、白い光の中に浮かび上がる。


 『おとひめツナミール』


 『おとひめいわし蒲焼』


 電災前には誰もが気軽に手にできた、馴染みのロゴが並んでいた。


「……おい、おい」

 相川が思わず目を見開く。


「宝の山じゃねぇか……」

 戸上も息をのむ。


 これほどの量が無傷で残っているとは、誰一人として予想していなかった。


 目の前に積み上げられているのは、ただの缶詰ではない。


 電災後の世界では、人の命そのものと言っていい備蓄だった。


「全部……出荷待ちか」


 真は段ボールをひとつ引き寄せ、ガムテープを剥がす。


 蓋を開けると、中には缶詰が隙間なく整然と並んでいた。


 ……どれも新品同様。


 三年という歳月を感じさせる錆ひとつなく、ウェポンライトの白い光を受けて、銀色の缶肌が静かに輝いている。


「密封食品だからね」

 アリスが一本手に取り、ラベルを眺める。


「保管状態も悪くないし、十分食べられるよ」


「これだけあれば……」

 二階堂が思わず息を呑む。


「何か月分あるんだ、これ……」


「だからギルドも回収を急いだんだろ」

 相川は天井近くまで積み上がる段ボールを見上げ、感心したように口笛を鳴らした。


「これ全部、火事で焼けちまったら、泣くに泣けねぇぞ」

 


「……その前にさ」

 ルナが鼻を押さえたまま顔をしかめる。


「この臭い、どうにかならない?」


「確かにな」


 クロウズ隊副官の村上も苦笑した。


「缶詰はうまそうなのに、臭いだけで食欲が失せる」


 その時、相川が妙に真面目な顔つきで真を見た。


「真、お前さ」


「なんだよ」


「世界一臭い缶詰って知ってる?」


「……シュールストレミングだろ?」


「そう、それ」


 相川は天井を指差す。


「もしかして冷凍庫の中に、アレが山ほど眠ってたりしない?」


「ない」


 真は間髪入れず言い切った。


「いや、でも魚の工場だし」


「製造ラインが違う」


 真は呆れたように肩をすくめる。


「第一、おとひめフーズはそんなもの作ってない」


「でもさ、万が一ってことも――」


「ない」


「絶対?」


「絶対」


「なんでそこまで言い切れるんだよ」


「……ここ、日本だぞ?」


「あ」


 相川がぽかんと口を開ける。


 シュールストレミングとは、主にスウェーデンで製造される「世界で最も臭い」ともいわれる発酵食品だ。


 発酵を続けたまま缶詰にされるため、内部にガスが発生し、缶は大きく膨らむ。

 開封時にはそのガスとともに内容物が噴き出し、強烈な臭気が広範囲へ広がることから、本場スウェーデンでも屋外で開封することが推奨されるほどである。


 動画投稿サイトでも、日本人が度胸試しのように開封し、その臭いに悶絶する様子を目にした者は少なくない。


 また、加熱殺菌処理を行わない製法であることから、日本の食品表示上の一般的な缶詰とは扱いが異なる。


 つまり、おとひめフーズのような日本の缶詰メーカーが、食品工場で製造するような代物ではない。


 数秒の沈黙。


 それを破ったのはルナだった。


「ふふっ……」

 堪えきれず吹き出す。


 つられるようにアリスも肩を震わせた。


 戸上まで小さく笑う。


「相川、お前なぁ……」


「いや、俺だって食いたくねぇんだよ?」


「だったら最初から言い出すなよ」


 工場に、ほんのひととき笑い声が広がる。


 ごくありふれた、他愛ない会話だった。


 ――その時。


 何か硬いものが転がったような、小さな金属音。


 笑い声が、不自然なほどきれいに止んだ。


 全員が反射的に銃を構え、さっきまで笑っていた者たちの目が、戦士のそれへと変わる。


 

 ウェポンライトの光が、一斉に音のした方角へ集まる。


 積み上げられた段ボール。

 そのわずかな隙間。


 暗闇の奥で——。


 光を反射し、赤く光る眼が、ふたつ。


 じっと、こちらを見つめていた。

今回登場したD級レヴュラ『ガンナー種』や『ボマー種』は実は新型の

レヴュラでもなんでもなく、実は電災発生時に、歌舞伎町で多くの

虐殺を行ったレヴュラでもあります。


扇状に散弾をぶちまける、殺意の塊みたいなレヴュラは『電脳災害』編で

レヴュラの分解検証を行った際にも登場しています。


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