表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電災都市  作者: あるふぁ
第五章『補給線』
34/36

『補給線』-6

新宿クオムの食糧危機を打破するため、静岡県にある缶詰工場を目指す一行。

順調な旅路のように思われたが、そんな一行を襲ったのは、レヴュラの群れ

『スウォーム』

その群体の前に、真が乗る一号車はダメージを受けた。

二号車が前へ躍り出た瞬間、状況は一変した。

 分厚いフロントガードが、鋼鉄の獣の顎がレヴュラを噛み砕くように、真正面から押し潰していく。

 

 一号車と違い、二号車に衝角はない。

 分厚いフロントガードでレヴュラの群れに突っ込み、その圧倒的質量をもって弾き飛ばす。

 尤もシンプルかつ原始的で……単純明快な攻撃だ。


 衝突のたび、鈍い破砕音が車列全体を震わせた。

 金属が軋み、弾け、砕け散る。

 それでも二号車は減速しない。踏み込まれたアクセルが、意思を持つかのように速度を保ち続ける。


 もはやこれは戦術と呼べるものではない。

 二号車のガードが勝つか、はたまたスウォームが勝つか。

 どちらが先に限界へ達するか――機械同士の根競べだった。


 一号車はすでに最後尾へと回されている。

 真たちにできることは何もない。ただその後景を見届けることだけ。

 ドアのない荷台後部から、路上に散らばるレヴュラの残骸。


 それが遠ざかっていくのを……眺めるだけだ。


 弾き飛ばされたレヴュラの残骸が、路面を転がり、跳ね、あるいはねじ切れた脚部を振り回しながら路肩へと消えていく。

 油と焼けた樹脂の臭いが、風に乗って荷台まで流れ込んできた。


 ――戦いの余韻だけが、そこに色濃く残っている。


 一号車の後方には、コンバットレスキューであるブリザードファング隊の車両が控えているが、彼らは銃を構えることはない。

 最初から決められている役割――彼らの仕事は強行救出。


 戦闘区域でヘマをやらかしたハンターを担いで逃げるのが彼らの仕事。

 ただし、その担がれるハンターが生きているのか、死んでいるのか。あるいは五体満足なのかは、また別の話。


 戦わないのではない。

 戦う局面を、選び続けるための沈黙。


 彼らが同行していること、そのものが、逆にこの車列の“本気度”を物語っていた。


 

 

 

 どれほどの残骸を見送っただろうか。

 時間の感覚が曖昧になり、ただ振動と音だけが積み重なっていく。


 

 ――やがて。


〈――こちら二号車〉


 無線越しに、山口の声が戻ってくる。

 その声音は、先ほどまでの緊迫をわずかに脱していた。


〈――どうやら、群れは抜けたようだぞ?〉


 その一言で、車内の空気が微かに変わり、張り詰めていたものが、音もなく緩む。

 誰かが短く息を吐き、別の誰かが、無意識に握っていた拳をほどいた。


 あれほど絶え間なく二号車のフロントを叩き続けた衝突音も、今はない。

 新たに飛び出してくる影も見えず、どうやら本当に群れを脱したらしい。


 だが――。


 安堵は、完全には広がらなかった。


 一号車のフロントガードは、依然として地面を引きずっている。

 床下から伝わる振動は鈍く重く、まるで車体そのものが悲鳴を上げているかのようだ。


 火花を散らしながら引きずられる金属片。

 その摩擦音が、嫌な予感を引きずるように続いていた。


 このまま走り続ければ、損傷は確実に広がる。

 最悪の場合、エンジンやステアリング系統にまで被害が及ぶ可能性すらあった。


 一台たりともトラックを失うわけにはいかない。

 ――そのためには、停車し、整備が必要だ。


 だが、止まる場所を間違えれば、それは即ち死を意味する。

 スウォームが先ほどのものだけとは限らない。

 いかに銃器で武装した五十名余のハンターたちとはいえ、スウォームに出くわせば間違いなく全滅だろう。


「どこか、開けた場所はないか? 路上での作業は危険すぎる」


 山本が無線に向かって言葉を投げる。

 すると、間髪入れず山口の声が返ってきた。


〈――それなら、この先にうってつけの場所がある〉


 一拍の間。


 そして、わずかに含みを持たせた声音。


〈――もうすぐ、日本平のパーキングだ〉


 その名を聞いた瞬間、納得したかのように何人かが反応した。

 小さく息を呑む者、視線を上げる者。

 


 高速道路のパーキングエリアといえば、トイレや仮眠、あるいは軽食といった最低限のものが主流だった。

 だが、長距離を走るトラックドライバーのため、足柄サービスエリアなど、入浴や仮眠施設を併設した場所が誕生する。


 二〇〇〇年代に入ると、多くの場所が商業施設のように生まれ変わり、テレビの情報番組でも、多くの観光客でにぎわうサービスエリアやパーキングエリアの特集が組まれたほどだ。

 

 そこでしか食べられない名物グルメやグッズ。単なる休憩施設でしかなかったそれらは、一大観光施設へと様変わりした。

 中には一般道側から入れる場所もあるというのだから驚きだ。


 ――日本平パーキングエリアはそのうちのひとつ。


 東京方面へ向かう上り線側からは、駿河湾を一望できる開けた景観が特徴だ。

 ガソリンスタンドこそ持たないが、施設規模はサービスエリアに匹敵する。

 

 広い駐車スペース、建物、展望エリア――。


 そして今なら。


 ――監視と防御に適した“拠点”にもなるだろう。


 尤も、それが電災後も無事に残っている保証など、どこにもないが。


 

 だが――他に選択肢はない。


 開けた視界を持ち、展開可能なスペース。

 そして、即時離脱可能な導線。


 路上で足を止めるより、はるかにマシだ。


 山本はほんの一瞬だけ思考し、すぐに結論を出した。

 


「他に選択肢はない。車両の応急処置を優先しよう」


〈――了解。進路そのまま。あと三キロ〉


 無線が切れると、車内には再びエンジンの唸りと、悲鳴にも似たガードを引きずる音だけが残った。



 


 やがて――視界の先に、それは現れる。


 緑地に白抜きされた「P」の文字。

 隣には、コーヒーカップのピクトグラムが描かれている。


 そして、その下に記された文字。


 ――日本平。


 さらにその脇には『コンビニ24H』と書かれた看板。

 今にもポールから外れそうな角度で、斜めに傾いている。


 時間が、そこで止まったまま腐り落ちているようだった。


 

 

 エンジン音が低く沈むと、車列は減速を始め、本線から外れていく。


 緩やかに分岐するスロープへ。

 アスファルトにはひびが走り、その隙間から雑草が鋭く突き出していた。

 踏み潰されるたびに、青臭い匂いが微かに車内へ流れ込んでくる。


 やがて、わずかな傾斜を上りきり、緩やかなカーブを抜けた、その先で――視界が開けた。


 建造物の輪郭が、ゆっくりと浮かび上がる。

 コンクリートの壁、ガラスの反射、そしてその奥に広がる空間。


 ――その時だった。


〈――おい、ここは簡易居住地(ネスト)になってるみてぇだぞ?〉


 山口の声が、無線越しに割り込んでくる。

 その調子には、わずかな驚きが混じっていた。


 ――ネスト。


 電災以降、この国で“住む”という行為は、完全に意味を変えた。


 都市はレヴュラに侵食され、安住の地と呼べる場所はなくなった。

 その結果、人々はあらゆる場所に、即席の生存圏を築いてきたのだ。


 街をバリケードで囲い込んだ要塞居住区――クオム。

 それは例外的に、秩序と機能を取り戻した“街”だ。


 だが、すべての人間がその中に収まれるわけではない。


 中には、クオムよりも、電災以前からの愛すべき我が家に思いを馳せ、残り続ける者。

 荒廃した都市を巡り、物資を拾い集め、必要な時だけクオムやキャラバンと接触し、それ以外は孤立して生きる者。


 ――ソロビト。


 その彼らが自然発生的に集まり、形作った小規模な生活圏。

 それがネストと呼ばれる。


 クオムとは異なり、秩序は薄く、規模もルールも曖昧。

 だが確かに、“人が生きている場所”ではある。


 

 車列はそのまま進入を続け、やがて――全容が露わになった。


 広大な敷地。


 かつて、一日に何百台もの車が出入りしていた駐車場。

 白線で整然と区切られていたはずの地面は、今やその面影すら薄い。


 そこに広がっていたのは――別の秩序だった。


 無数のテント。


 色も形もばらばらの布製シェルターが、不規則に並び、風にたなびいている。

 ロープで固定されたもの、鉄骨に縛り付けられたもの、あるいは重し代わりの瓦礫に押さえ込まれたもの。


 統一感はない。

 だが、そこには確かな“生きるための配置”があった。


 その隙間を縫うように建てられた簡易構造物。

 トタン板、廃材、割れた看板、解体された家具。


 それらを継ぎ接ぎに組み上げた壁。

 雨をしのぐためだけに存在する屋根。


 ――寄せ集めでありながら、確実に“生活の形”を成している。

 

 ところどころに、ドラム缶を利用した焚き火の跡が、黒く焼けた煤を残していた。


 

 かつての店舗建物も、完全に死んではいない。


 コンビニの入口付近のガラスは割れ、看板は色褪せているが――そこから一本、パイプが突き出していた。


 煙突代わりの即席構造。


 その先から、細く、しかし確かに煙が立ち上っている。

 内部で火が使われている証だ。


 ――誰かが、ここで暮らしている。


 それも、一時しのぎではない。

 長期滞在を前提とした、根のある生活。


 レヴュラに住処を奪われた者たちが、流れ着き、そして留まった場所。


 その事実が、空気の重みとして伝わってくる。


 ここはただの休憩施設ではない。

 “生き残りたちの巣”だった。


 車列は慎重に速度を落としながら、広い駐車スペースの一角へと滑り込む。

 砂利とひび割れたアスファルトを踏みしめ、タイヤがわずかに軋んだ。


 やがて停止。


 エンジン音が、一台、また一台と順に途切れていく。

 最後の一台が沈黙した瞬間――場に、奇妙な静けさが満ちた。


 風の音と、どこかで鳴る金属の擦れる音だけが、かすかに耳に残る。


 荷台のハンターたちは、それぞれの“得物”を手にしたまま地面へ降り立った。

 着地の衝撃で、乾いた土埃がわずかに舞い上がる。


 長時間の拘束から解き放たれた身体が、ぎしりと軋む。

 肩を回す者、腰を伸ばす者、首を鳴らして呼吸を整える者――。


 だが、そのどれもが完全に気を抜いた動きではない。

 視線は常に周囲を走り、指先はいつでも引き金に届く位置にある。


 ここが安全かどうかは、まだ誰にも分からない。


 ネストとはいえ、秩序が保証されているわけではない。

 サヴェージスの巣窟である可能性も、ゼロではない。


 何人かが無言で散開し、周囲の警戒に入ろうとした――その時。


「あんたたち、東京から来たのかい?」


 声が飛んだ。


 だがそれは、警戒心を煽るような鋭さではない。

 どこか拍子抜けするほど、穏やかな調子。


 視線を向けると、そこには数人の男女が立っていた。

 手には鉄パイプに鉄条網を巻き付けた原始的な打撃武器。

 スコップを持っている者もいる。


 敵意は……見えない。


 話を聞けば、ここにいる者たちは電災発生時、高速道路沿いに逃げ延びてきた人々だという。

 行き場を失い、流れ着き、そしてこの場所に留まった。


 同じような居住地は他にも点在しているらしい。

 道中で通過してきた富士川サービスエリア――あそこはさらに規模が大きく、ひとつの集落のようになっているとのことだった。


 急流で知られる富士川は天然の障壁。

 水の確保と同時に、レヴュラの侵入を抑える防御線として機能している。


 地形を利用して生き延びる。

 その発想は、クオムと根本では同じだ。


 ここ、日本平もまた似た条件を備えていた。


 高台という立地。

 見晴らしの良さ。

 そして、いざとなれば車両で高速道路へ即時離脱できる導線。


 生きるために選ばれた場所。


 テント群の向こうには、トラックや乗用車が点在している。

 どれもすぐ動かせるよう、荷物は最低限に抑えられている様子だった。


 ――逃げる準備は、常に整えてある。


 それが、この場所の現実。


 日本平ネストの住人たちは、新宿クオムの一行に対して、驚くほど好意的だった。


 食料に余裕があるとは到底思えない。

 それでも彼らは、わずかな備蓄から軽食を分けてくれる。


 真の手にも、紙コップに注がれたコーヒーが渡った。

 少しぬるいが、温かい。


 舌に広がる苦味と、微かな焦げ臭。

 それだけで、どこか現実に引き戻される。


 ここでは、クオムのように商人や市場は存在しないらしい。

 食はすべて炊き出しによって、全員に分配されるという。


 そのため、パーキングエリア周辺の空き地や斜面を利用し、小規模ながら農作物も育てているのだそうだ。

 効率ではなく、持続を優先した生活。


 

 アリスやプリムローズ隊のメンバーは、自然と炊き出しを手伝い始めていた。

 慣れた手つきで作業をこなす姿に、住民たちの表情が和らぐ。


 他のメンバーも、壊れかけたテントの補修や資材の運搬に手を貸す。

 短い滞在ではあるが、そこには確かな交流が生まれていた。


 

 そして、ネストの住民たちは、要塞化された都市――新宿クオムの話に強い関心を示す。

 どのように守り、どのように生きているのか。


 質問が飛び交い、意見が交わされる。

 ささやかながら、そこには“人の営み”があった。



 

 

 ――そんな折。


 駐車場の一角で、子供たちが走り回っているのが目に入る。


「こんな世界でも、子供は無邪気だな」


 工具箱を片手に、岸上が呟く。

 その隣には、同じくアイアンウルフ隊の木村英明。


 さらに、二号車からはサンダーバレッツ隊の岩佐嘉章が合流し、一号車の修理と点検に取りかかろうとしていた。


 その時。


 ――カツン。


 乾いた金属音が、車体の向こうから響く。


 誰かが工具を落としたか。

 あるいは、子供がふざけて叩いているのか。


 ――カツン。


 再び、同じ音。


 規則的すぎる、どこか不自然な間隔。


「こら、トラックのまわりで遊ぶと危ないぞ」


 岸上が声を張り、車体の前方へと回り込む。

 


 そして、視界が開けた瞬間――彼の足が、わずかに止まった。


 そこにいたのは、何人かの子供たち。


 だが。


 ――それだけではない。

 


 子供たちのすぐ傍らに、“それ”はいた。


 ――人ではない“何か”が、そこに存在していた。


 「――レヴュラだ!」


 反射的に叫びが走る。


 円筒形の胴体。四肢のように展開する機械脚。

 そして、その上部――ゆっくりと回転するカメラユニットが、こちらを“見る”。


 D級レヴュラ、ディテクター種。


 最も数が多く、最も遭遇頻度が高いカテゴリーの個体。

 そして――迷いなく、人間に牙を剥くはずの機械。


 岸上たちは、反射的に工具箱を投げ出していた。

 手は迷いなくホルスターへ。

 指先が銃把を掴み、引き抜く寸前――。


「だめぇぇぇ!!」


 甲高い叫びが、空気を引き裂く。


 

 次の瞬間、子供たちが割って入った。

 小さな体で、両腕を精一杯に広げる。


 まるで、弾丸そのものを止めようとするかのように。


「バカ野郎、どけ! そいつはレヴュラだ!」


 岸上の怒声が飛ぶ。

 だが――返ってきたのは、怯えではなかった。


「れびゅら? なにそれ知らない!」


 子供の一人が、必死の形相で叫び返す。


「この子はくるりだもん! 悪い子じゃないよ!」


 ――くるり。


 その名が、場違いなほど無邪気に響いた。

 

 レヴュラ。

 その呼称自体、誰かが決めた正式名称ではない。


 |Rebellious AI《反逆したAI》。

 その頭文字を取った俗称だという説が有力だが、確証はない。

 誰が、いつ、どこで言い出したのかも曖昧なまま、いつの間にか定着した“呼び名”に過ぎない。


 ならば――知らなくても不思議はない。


 ここは静岡。

 新宿クオムから、160キロ以上も離れた遠い土地。


 電災以降、あらゆる通信網は機能を失っている。

 そして、レヴュラが跋扈する中、遠くまで足を運ぶ者は著しく少ない。


 “レヴュラ”という言葉そのものが、遠方まで伝播していなくてもおかしくはない話だ。


「そいつらは人間を殺す機械だぞ!」


 岸上が一歩踏み込む。

 子供たちの肩を掴み、無理やり引き離そうとする。


 だが、小さな体は踏ん張る。

 驚くほど強い抵抗。

 その手を払いのけるように、腕を振った。


「くるりはそんなことしないもん!」


「みんなと遊んでるだけだもん!」


 頑として退かない。


 その声に――嘘はなかった。

 少なくとも、彼らにとっては。


 岸上の眉間に、深い皺が刻まれる。

 理屈ではない。

 “経験”が叫んでいる。


 レヴュラは敵だ。

 例外など、存在しないはずだと。



 その時。


 ――カツン。


 乾いた金属音。


 全員の視線が、同時に一点へ集まる。


 ディテクター種――“くるり”が動いていた。


 銃口を向けられているにも関わらず、怯えた様子はない。

 逃げる素振りも、攻撃態勢も取らない。


 ただ――一号車のフロントへと歩み寄り、外れかけた衝角へ、細い機械脚を伸ばした。


 ――カツン。


 軽く、叩く。


 ――カツン。


 もう一度。


 まるで、状態を確かめるように。

 あるいは――“気にしている”かのように。


「ほら!」


 子供が誇らしげに叫ぶ。


「この子、壊れてるねって言ってるんだよ!」


 岸上たちは、言葉を失った。


 目の前の光景が、理解を拒む。


 本来ならば、最も単純なロジックで動くはずの個体。

 索敵し、検知し、通報し、場合によっては攻撃に移る。

 それがディテクター種。


 ――だが、こいつは違う。


 距離を詰めてこない。

 威嚇もしない。

 攻撃の予兆すら見せない。


 ただ、壊れた部位を叩き続ける。


 まるで、故障箇所を指摘する整備士のように。


 あるいは、言葉を持たない何かが、“伝えようとしている”かのように。


 ――カツン。


 もう一度、乾いた音が響く。


 その規則性に、奇妙な意志のようなものすら感じられた。


 

 撃てばいい。

 それだけの話のはずだった。

 だが、誰も引き金を引けない。


 

 逸れた弾丸が、立ちはだかる子供に当たってしまえば、取り返しがつかない。

 それ以上に……。


 ――撃てば、何かを間違える。そんな気がする。

 その直感だけが、全員の指を止めていた。



  


 「ん……なんか、あっちの方で、誰か騒いでるね?」


 住民たちと情報を交わしていた山本が、ふと視線をトラックの方へ向けた。


 だが、次の瞬間、その表情が変わる。


 ――拳銃。


 構えられている。


 しかも、味方であるはずの岸上が。


「――何事だ!」


 声を張り上げると同時に、山本は駆け出す。

 真もそれに続く。周囲のハンターたちも、ただならぬ空気に反応して一斉に動いた。


 靴底がアスファルトを叩く音が、短く鋭く連なる。


 そして――その場に集まった一同が目にしたもの。


 それは、あまりにも異様な光景だった。


 銃を構える岸上たち。

 その前に立ちはだかる、子供たち。


 さらに、その向こう側。


 ――“人ではない何か”が、そこにいた。


「なんで……こんなところにレヴュラが!?」


 誰かが思わず声を漏らす。


 だが、子供たちは一歩も退かない。

 それどころか、守るように腕を広げ、岸上を睨みつけている。


 まるで――加害者を見る目だ。


 守られるべきは、自分たちではなく、“あれ”だとでも言うように。


「面倒くせぇ……撃っちまうか?」


 低く吐き捨てる声。


 青木が散弾銃に手を掛け、構えに入ろうとする。


 その瞬間――。


「だめだ。子供に当たる」


 山本の手が、銃身を押さえた。


 短い言葉。

 だが、そこに迷いはない。


 青木の視線は、苛立ちを孕んで山本へ向く。

 しかし、押し返すことはしなかった。


 小さく舌打ちをしながら、青木は数人の仲間……玉城や相沢、久米とともにその場を離れた。



 ――撃てない。


 この状況で引き金を引けば、どうなるかなど考えるまでもない。


 その、緊張が張り詰めた刹那。


「あー……やっぱり、くるりに驚いたかぁ」


 場違いなほど気の抜けた声が、横から差し込まれる。


 振り向けば、そこに立っていたのは、このネストの住民の一人。

 まるで、日常の延長線上にある出来事のような顔をしている。


「一か月くらい前かな。こいつ一匹で、この辺をうろついてたんだよ」


 軽く顎で示される“それ”。


 真は、無言で視線を向ける。


 円筒型のボディ。

 回転するカメラユニット。


 間違いない――ディテクター種。


「単体で……?」


 思わず、呟きが漏れる。


 ディテクター種は、基本的に単独行動を取らない。

 偵察を主任務とする以上、護衛を伴うのが常識だ。


 素早く、小型で、連携に長けたガード種。

 それらと共に動き、情報を収集し、上位個体へと送る。


 それが、これまでの“理解”だった。


 だが――目の前の個体は違う。


「仲間を呼ぶ様子もなかったしな。人に危害を加えることも、一度もなかった」


 住民は肩をすくめる。


 まるで、野良猫でも見つけた時のような口ぶり。


 真は、さらに目を凝らす。


 ――違和感。


 いや、違和感というには、あまりにも露骨な“異物”。


 円筒の胴体。


 その側面に――色があった。


 赤い布。

 小さなリボン。


 無機質な強化プラスチックの外装に、不釣り合いなほど柔らかなそれが結びつけられている。


 誰が見ても分かる。


 子供たちの仕業だ。


 だが――それが意味するところは、ひとつしかない。


 もし、この個体が“いつも通り”のレヴュラであれば。


 そんなものを取り付ける余裕など、あるはずがない。

 近づいた瞬間に、殺されて終わりだ。


 仮に奇跡的に結びつけられたとしても――戦闘行動の中で、摩耗し、引き裂かれ、消えているはずだ。


 それが、いまも、しっかりとした形で残っている。


 風に揺れながら、そこにある。


 つまり――この“くるり”と呼ばれるディテクター種は。


 1か月という時間、人間を襲うことなく。


 子供たちに触れられ。


 名前を与えられ。


 そして――ここで、共に“暮らしていた”。


 その事実が、じわりと現実味を帯びて、場の全員に重くのしかかる。


 常識が、音を立てて軋んでいた。




 

 「なぁ……レヴュラって……人に懐くのか?」


 クロウズ隊の相川が、半ば呆れたような声で問いを投げる。


 視線の先――そこに広がる光景は、どう考えても現実感を欠いていた。


「知らん。俺に聞くな」


 真は短く吐き捨てる。

 だが、その声音には苛立ちというより、理解の追いつかない困惑が滲んでいる。


 二人の目の前では、空き缶が乾いた音を立てて転がっていた。


 それを追う子供たち。


 そして――同じように、その空き缶を“蹴り返す”ディテクター種。


 ――くるり。


 リボンを揺らしながら、機械脚で器用に缶を弾く。

 勢いが強すぎるわけでもなく、弱すぎるわけでもない。


 まるで“加減”を知っているかのような動き。


 子供が蹴る。

 くるりが返す。

 笑い声が弾ける。


 その一連の流れに、淀みはない。


 恐怖も、緊張も、そこには存在していなかった。


 レヴュラに“意思”があるのかどうか――そんなものは誰にも分からない。


 だが、目の前の個体は。


 どう見ても、“遊んでいる”。


 子供たちも、怯えるどころか歓声を上げて追いかけ回している。

 奇妙な友達。

 あるいは、得体の知れないペット。


 そんな扱いだった。


「ほんと……レヴュラって、なんなんだろうな」


 相川がぼそりと呟く。


 真もまた、視線を逸らさないまま、わずかに息を吐いた。


 ディテクター種に撃たれたこともある。

 その冷たい殺意も、無機質な攻撃も、身をもって知っている。


 奴らは敵だ。

 疑いようもなく。


 ――ならば。


 目の前の“これは”、何だ。


 思考が、うまく繋がらない。


「あいつ、お手とかすんのかな?」


 それほど真剣みもない声で、相川がつぶやいた。


「さぁ……出した手を吹き飛ばされてもいいなら、試してみれば?」


 答える真の声も、別段真剣みがない。


 眼前の理解しがたい光景に、二人の脳は、真面目に考えるということを放棄していた。


「こういう時に限って、スマホが使えないってのは不便なもんだね」


 隣に腰を下ろした山本が、缶コーヒーのプルタブを引きながら苦笑する。


 金属が弾ける軽い音。

 立ち上る、かすかな香ばしさ。


 こんな状況でなければ、ただの休憩の一幕に過ぎない。


「メルにでも見せられりゃ、何かわかるかもしれないのにね」


 山本の言葉に、真は小さく鼻を鳴らす。


 通信網は、もはや人間の手を離れている。

 かつて当たり前だった利便性は、今では危険信号に等しい。


 スマートフォンが発する電波や信号は、レヴュラにとって格好の目印だ。


 ――文明の残骸。


 それが、今のスマートフォンの実態だった。


 視線の先では、再び缶が弾かれる。


 乾いた音。


 くるりは、それを追い、正確に“返す”。


 まるで、ルールを理解しているかのように。


 あるいは――誰かの動きを、真似ているだけなのか。


 だが、そのどちらであっても。


 “攻撃していない”という事実だけは、覆らない。


 あからさまに殺意を向けてくるレヴュラと、こうして人に寄り添うレヴュラ。


 その差は、どこから生まれるのか。


 個体差か。

 故障か。

 あるいは――もっと、別の何かか。


 考えようとすればするほど、底の見えない沼に沈んでいくような感覚があった。


 それに。


 くるりはディテクター種だ。


 本来であれば、単独で行動すること自体が異常。

 群れを離れ、情報を送らず、仲間を呼ばず。


 そして――1か月。


 この場所で、ただ“存在し続けている”。


 他の個体の出現もない。

 あまりにも、これまでの活動パターンから逸脱している。


 常識が、役に立たない。

 そう断じるしかなかった。


 ふと、視線を上げる。

 ネストの全景が、改めて目に入った。


 雑多に並ぶテント。

 継ぎ接ぎのバラック。

 煙を吐く簡易炉。


 どれも粗雑で、洗練とは程遠い。


 だが――そこには“生活”があった。


 笑い声がある。

 人の気配がある。


 人々が生きているという、確かな実感。


 プリムローズ隊のメカドールたちが、まるでファーストフード店員よろしく、笑顔で炊き出しを配っている。

 それを受け取る男たちが、どこか照れくさそうに頭を掻いていた。


 遠征メンバーの銃器に目を輝かせ、質問を浴びせる者もいれば、ノートを広げて勉強を教わる子供の姿もある。


 銃と、笑顔と、煙と、汗。

 雑多に混ざり合いながらも――不思議と、調和していた。


 新宿クオムのような強固な要塞ではない。

 それでも、ここには確かに“人の営み”がある。


 そして、その中に。


 ――レヴュラがいる。


 誰もが疑問を抱えながらも、今はまだ、その答えを持たないまま。

 ただ、目の前の光景を受け入れるしかなかった。

これまで、人を襲う存在でしかなかったレヴュラが、なぜか人間と共に

暮らしているお話であり、作品のテーマである「AIは本当に敵なのか」

を問いかけるエピソードになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ