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電災都市  作者: あるふぁ
第五章『補給線』
32/36

『補給線』-4

新宿クオムを襲う食糧危機。

それを打開するため、ギルドは遠征部隊を派遣する。

目的地は静岡県焼津市にある缶詰工場。


完全武装のハンターたち50余名は、新宿クオムの

明日を託され、旅立った。

――2030年7月22日。


 新宿クオムの鉄門をくぐり抜けた車列は、明治通りを南へ向けてゆっくりと走る。


 まだ朝の時間帯だというのに、夏の太陽は遠慮という言葉を知らない。

 アスファルトを焼き、建物の外壁を熱し、その照り返しが街路を巨大な鉄板のように温めている。


 幸いなことに、今のところレヴュラの影はない。

 だが、別の敵が一行を確実に消耗させていた。


 ――暑さだ。


 照りつける日差しは、トラックの荷台を容赦なく熱する。

 鉄板の床と荷台の壁は、まるで巨大な電子レンジのような様相だ。

 閉ざされた空間の中で熱気が渦巻き、乗り込んだ者たちは、まるで自分たちが蒸し上げられる食材のような気分になる。


 いや、まだ電子レンジの方がマシなのかもしれない。

 あちらは少なくとも短時間で終わる。


「ケツが痛ぇのは我慢できる。だがよ、この暑さは勘弁してくれ。着く前にこっちが蒸し焼きだ」

 誰かが荷台の隅で呻く。


「外の空気を引き込んでるだけだろ。真夏じゃ、ベンチレーターなんて意味ねぇよな」


「冗談きついぜ。こんなもん、換気装置じゃねぇ。ロウリュだ、ロウリュ!」

 別の男が汗まみれのシャツを引っ張りながら叫ぶ。


 ――確かに言い得て妙だった。

 トラックの荷台に据えつけられた簡易換気装置(ベンチレーター)は、申し訳程度に回転しているだけで、取り込むのは熱風ばかり。

 まるでサウナストーブに水をぶちまけたような熱気が、車内をかき混ぜるだけだ。


 そもそも貨物トラックというものは、荷台に人を乗せて運ぶことなど考慮されてはいない。

 当然、快適な冷房など望むべくもなかった。


 ――電災以降、工場という工場は停止している。


 自動車部品の生産ラインも、空調機器の製造ラインも、すべてが沈黙したまま、三年あまりの月日が過ぎた。

 新品の部品など、もはや幻に等しいレベルで、どこを探しても見つかるはずがない。


 ましてや、貨物トラックの荷台に後付けできる冷房装置など、都合よく転がっているわけもないだろう。

 あるのは、廃材と知恵と……溶接機の火花だけ。


 その結果――この灼熱の箱が出来上がる。


 

「真ぉ! 暑いよぉ! なんとかしてよ! B級キラーのヒーローでしょ!」

 荷台の真ん中から、ルナの泣き言が飛んできた。


「……お前は、俺が全知全能の神にでも見えるのか?」

 真は眉をしかめ、肩を竦める。


 軽口の応酬は、もはや漫才に近い。

 だが、この状況で冗談が出るだけ、まだ余裕が残っている証拠でもある。


 その隣では、アリスが無言のまま、タオルを頭から被っていた。

 人工皮膚の下に組み込まれた冷却回路が、必死に熱を逃がそうとしているのだろう。


 ――そもそも、メカドールとはいえ、決して万能ではないのだ。

 メカドールという存在は、最新鋭の人型兵器でもなければ、SF作品のように、人間を凌駕した身体能力があるわけでもない。


 外気温がこれだけ高ければ、ボディ内部の温度もじわじわと上昇する。

 人体とほぼ同様の機能を与えられたメカドールにとって、人間が苦しむ暑さというものは、メカドールとて同様の苦しみなのだ。


 

 ――遠征隊を率いる山本でさえ、額に汗を浮かべている。


 普段は冷静沈着な男だが、この暑さばかりはどうにもならないらしい。

 首元のタオルで汗を拭いながら、深く息を吐く。


「……夏の作戦は、毎年こうだな」

 半ば呆れたような独り言だった。


 その横では、プリムローズ隊に属するメカドールたちが、段ボールの切れ端を団扇代わりにして、同乗するメンバーを仰いでくれている。

 彼女たちは人間より、ほんの少しだけ熱に強い。


 だからといって……その仰ぐ風は、特別涼しいわけでもなく……パタパタと空気を送るたび、熱気が揺らぎ、汗の匂いと鉄の匂いが混ざった風が流れる。


 ――ありがたい行為ではある。

 だが正直なところ、焼け石に水だ。


 いや、水ですらない。

 それはもはや、ただの熱波だった。


 

 ――そんな地獄の移動が続くことしばし。

 やがて車列がゆっくりと減速し始めた。


 先頭車両のブレーキランプが赤く灯る。

 それに合わせて後続車両も速度を落とし、エンジンの唸りが低くなった。


 

 

 ――渋谷クオムの検問所。

 場所は宮下公園の手前。

 

 かつては、世界的なファッションブランドのアンテナショップが並び、観光客と若者で溢れていた一角だ。

 だが今、その華やかな面影はない。


 道路の先には、鉄骨と廃車で組み上げられた巨大なバリケードが横たわっていた。


 錆びたガードレール。

 横転した配送トラック。

 焼け焦げたバスの残骸。


 それらを溶接で繋ぎ合わせ、道路を塞ぐ壁に仕立て上げている。

 急造ながら、簡単には突破できない防御線だった。


 屋上公園には足場が組まれ、即席の見張り台が設けられている。

 その上から、銃を持った人影がこちらを見下ろしていた。


 ――スコープのレンズが一瞬だけ光る。


 先頭のトラックが完全に停止すると、警備担当の男が二人、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 一人はライフルを肩に掛け、もう一人は腰のホルスターに手を添えている。


 ――年齢は二十代前半だろうか。

 まだ若いが、その目つきは、かつて華やかだった街のものではない。


 生き残るためなら、容赦なく相手を噛み千切るような……猟犬の目。


 ――男は車列を見渡し、無言で数を数えた。


 改造されたトラックが四両。

 最後尾にRVベースの改造FAV(高速攻撃車両)が二台。

 荷台には武装したハンターたち。


 ――どう見ても、普通の移動ではない。


「……ずいぶんな車列だな」

 男の眉がわずかに動く。


「ピクニックってわけでもなさそうだけど?」

 ――低い声だった。


 冗談めかしているが、視線は鋭い。

 この連中が何者で、どこへ行こうとしているのか――。


 見極めるまでは、通すつもりなどない。


 


 ――そこで、山本が荷台から身を乗り出し、短く答えた。

「新宿からだ」


 警備の男は頷いた。だがすぐに、わずかに眉を寄せて言葉を返す。

「そりゃ、見れば分かるよ。どこへ行くのかって話をしてんの」


 新宿クオムの車両には、誤射を防ぐため、側面に大きく “SHINJUKU” の文字が塗装されている。

 それはこの時代では、いわば身分証のようなものだった。

 どこのクオムの車両か――遠目にも一目で分かる。


 つまり、この車列が新宿クオム所属であること自体は、いちいち説明するまでもない。


 ――警備担当の視線が、改めて鋭くなる。


 明らかに遠征規模の車列だ。

 台数も多く、乗り込んでいる者たちの武装が目につく。

 ――見るからに、完全武装。


 

 渋谷クオムにも、ハンターや警備兵といった、荒事に慣れた人間は多い。

 その人数だけなら、新宿クオムよりも多いとさえ噂されるほどだ。


 だが銃器の質――特に良質なアサルトライフルや弾薬の備蓄量となると、新宿の方が一枚上だと言われている。


 そんな新宿クオムの武装したハンターが、これだけの人数で、しかも車列を組み、乗り込んできている。

 ――疑うなという方が無理だった。


 この時代、これほどの車列が動く理由は限られている。


 クオムから遠く離れた場所へ、進んでレヴュラを叩きに行く物好きなど、まずいない。

 どこに、どれだけ潜んでいるかも分からない相手に、貴重な弾薬をばら撒くのは、あまりにも非合理だ。


 ――となれば。

 武装したハンターが大所帯で動く理由はひとつ。


 ――物資調達。


 渋谷としても、物資が常に潤沢にあるわけではない。

 新宿クオムの目的が物資狙いなのであれば、その情報は渋谷としても看過できるものではない。

 

 自分たちだって、物資は喉から手が出るほど欲しいからだ。

 情報は、なんとしても引き出したい。


 ――山本は、ほんのわずかだけ言葉を置いた。


 それは躊躇ではなく、頭の中で言葉を選び、順序を整えている時間だった。

 答えを誤れば、この検問は通してはもらえないだろう。


 ここは新宿クオムではない。

 あくまで、渋谷クオムの縄張り。


 ――通すかどうかを決めるのは、彼らだ。

 


 山本は短く言った。

「東名に乗る」


 簡潔な言葉だった。


 警備担当の男は、一度だけ車列全体を見渡す。

 荷台に分乗しているハンターたち。

 積まれた装備、並ぶ車両。


 そして、再び山本に視線を戻した。


「東名?」


「そうだ」


「目的は?」


 ――当然の質問だった。


 渋谷クオムと防衛圏を隣接し、しかも充実した銃器で武装している新宿クオムが、物見遊山でこの人数を動かすはずがない。

 ――この宮下公園の検問所は、渋谷クオムにとって、新宿のテリトリーとの間に立つ、いわば関所のようなもの。


 なにも、新宿クオムの一行に意地悪をしているわけではない。

 ただ、自分たちの防衛圏を守るために、必要な確認をしているだけだ。


 ――渋谷クオムの絶対防衛線に設けられた検問所は、レヴュラにだけ警戒しているわけではない。

 

 サヴェージス……人と助け合うことを放棄し、奪う側に回ったならず者たち。

 そういった存在にも目を光らせている。


 今の世の中、誰が味方で、誰が敵なのかさえわからない。

 だからこそ、自分たちのテリトリーに入ってくる者には、厳しい目を向ける必要がある。


 ――もともと、新宿と渋谷では、住民の気質が大きく違う。


 新宿クオムは、かつて歌舞伎町に根を張っていた裏社会の人間たち――半グレや極道、あるいは外国人マフィアなど。

 そういったアンダーグラウンドの人間が多く、長年、歌舞伎町と共に生きてきた連中がほとんどだ。


 それに対して、渋谷は少し事情が違う。


 かつて『界隈』などと呼ばれた、徒党を組んだ若者たち。

 ネットや街の文化を軸に、緩い連帯で集まっていた連中だ。

 『渋谷生まれ』などという者は、そう多くはない。

 みんな、どこかから何かを求め、勝手に集まってきた者たち。


 群れて行動する点では、新宿で言えば、トー横キッズに近い存在と言えるかもしれない。


 昔、渋谷には『チーマー』と呼ばれるストリートギャングのような集団もいたが、それも2000年あたりを境に、急速に姿を消した。

 センター街などで見かけた、徒党を組んで街行く人を威嚇するような若者集団は、歌舞伎町と同様、地下組織化した半グレたちに取って代わられている。


 だが――。


 そういった連中のすべてが、渋谷クオムに合流したわけではない。

 もともと自由気ままに生き、同じ空気を感じ取った者たちが群れていくようになっただけのこと。

 明確な組織として動いていたわけではなく、縛り付けるような柵もない。


 それ故に、中には秩序へ背を向け、堕ちていった荒くれ者たちも少なくなかった。


 秩序の中で生きることを嫌う人間は、どんな時代にも一定数いる。

 そういう連中は、自然とクオムから離れ、ならず者として生きる道を選んだ。


 だからこそ――渋谷クオムは、周辺地域に検問所を多く設けている。

 それが、新宿クオムとの大きな違い。


 山本はわずかに肩を竦め、淡々と話し始めた。

「西の様子を見に行こうと思ってるんだ」


 その言葉に、警備の男の表情がわずかに変わる。

「……西の様子?」


 問い返す声には、警戒と興味が半々に混じっていた。


 山本は続ける。

「名古屋あたりまで行けるか試してみる」


 その一言に、警備の男は一瞬、目を細めた。


 渋谷クオムと新宿クオムは、絶対防衛線を隣接する関係にあり、基本的には友好関係にある。

 互いに情報交換をすることもあるし、緊急時には協力することも惜しまない。


 だが――。


 食糧事情だけは、どこのクオムでも例外なく火の車だ。

 ――だからこそ、新宿クオムの行動が“食料調達”であることは、他のクオムに知られたくはない。


 もし今回の遠征の真意を話せば、その情報はあっという間に渋谷クオムの上層部へと伝わるだろう。


 そして、そこで予想される反応は――『俺たちにも食い物を回せ』


 分け前を要求されるだけなら、まだいい。

 最悪なのは、これから向かう缶詰工場に、渋谷クオム側も部隊を派遣してくる可能性だった。


 そうなれば、現地では命令系統の違う遠征隊同士が入り乱れることになる。

 統制の取れない作戦行動は、それだけで致命的な危険を生む。


 レヴュラが徘徊する地帯でそんな混乱が起きれば――被害は確実に拡大するだろう。


 だからこそ、今回の遠征の目的は極秘でなくてはならない。

 ここでは、うまく誤魔化すしかない。


 山本は、軽い調子を装って言った。

「西からの補給路開拓に、現地調査に行くんだよ。運よく、お宝があったら積んで帰ろうと思ってさ」


 さすがに、改造トラック四両という物々しい車列だ。

 ありきたりの理由では、すぐに疑われる。


 だからこそ、“場合によっては物資調達もするかもしれない”という程度の“匂わせ”を混ぜた。


 ――それ以上のことは言わない。


 同じ電災難民同士、騙し合いは不本意だが、手に入る物資には限りがある以上、多少の駆け引きはやむを得ない。

 このご時世、他クオムのメシの心配をしてやる余裕など、どこにもないのだ。


 山本の言葉を聞き、横にいたもう一人の警備担当が、小さく息を漏らす。

「名古屋だって? そんな西まで行くのか?」


 驚き半分、呆れ半分といった声だった。


 だが山本は、特別なことでもないように答える。

「行けるならね。途中には自動車工場なんかもあるしさ。車の部品が取れれば、あと十年は乗れそうじゃない?」


 ――それは、決して誇張ではない。

 この荒廃した世界では、機械部品は文字通り生命線を担うものだ。


 新しく生み出される文明の利器など、もうどこにも存在しない。

 残っているものを修理し、だましだまし使い続けるしかないのだ。


 だからこそ、部品や資材の調達は、どこのクオムでも日常的に行われている。


 警備の男は、やがて大きく息を吐いた。

「新宿ってのは、本当に無茶をやらかすもんだな」


「そうだね」

 男の言葉に、山本は苦笑する。


 確かに、電災の混乱の中で、歓楽街だった歌舞伎町を丸ごとバリケードで封鎖。

 要塞居住区にするなど――当時としては、どう考えても無茶な計画だった。


 だが、今でこそ、その新宿に倣って、多くのクオムが各地に建設されている。


 最初の頃は、誰もが口を揃えて言ったものだ。

 ――無茶だと。


 要塞居住区としてだけではない。

 レヴュラを討伐する者が、標的を独占できないようにするシステム。

 

 スカウトが集めた情報をギルドが買い取り、精査した上で、討伐依頼の情報をハンターへ”販売”する。

 そして、その討伐依頼を購入したハンターは、自ら依頼放棄しない限り、その標的に関する権利を独占できる。

 

 討伐報告のあとも、意図的にクールタイムを設けさせ、オーバーワークを防いで、死亡率を減らすやり方。


 ……すべて、新宿クオムが最初にやりはじめたことだ。


 だからこそ、警備の男の頭の中にも、聞きなれた言葉が浮かんでいた。

『“また”新宿が無茶をしやがる』

 


 山本は、静かに続ける。

「でもさ」


 その声は、先ほどまでよりも少しだけ低かった。

「誰かがやらなきゃ、状況は何も変わらない」


 その言葉に、警備の男はしばらく黙り込んだ。


 検問所の前には、四両のトラックが、唸るようなエンジン音を低く響かせて並んでいる。

 そのどれもが、ただのトラックではない。


 フロントには、頑丈な鉄のフレームで組まれた巨大なガードが装着されている。

 レヴュラと遭遇した際、撥ね飛ばして強行突破することを想定した装備だ。


 ――クオムから遠く離れた地域まで赴き、命懸けで物資を運び、往復する。

 クオムの動脈血流とも言える、輸送を任とする者たち――トランスポーター。

 

 目の前の車両は、それとほぼ同じ仕様だった。


 そこに分乗する、武装したハンターは五十余名。


 確かに――。

 状況の分からない名古屋方面へ向かう長距離探索として考えれば、十分に筋の通る話ではある。

 渋谷クオムでも、東海地方や西日本の情報は、まるで掴めていない。

 

 可能なら、自分たち(渋谷クオム)だって人員を派遣したいのも確かだ。

 それをたまたま、新宿クオムが先にやるというだけのこと。


 そう考えた警備の男は、最後にもう一度だけ確認した。

「東名に乗って、西に向かうんだな?」


 山本は、間を置かずに答える。

「ああ」


 そして続けた。

「渋谷料金所から三号線に入って、そのまま東名に乗る」


 警備の男は、しばらく山本の顔を見ていたが、やがてゆっくりと頷いた。

「……分かった」


 そして振り返ると、短く指示を飛ばす。

「通してやれ」


 バリケード脇に立っていた見張りが手を上げると、それを合図に、錆びついた鉄柵がぎしりと音を立てながら引かれ、道が開いた。

 ――バリケードを動かすためのエンジン音が、低く唸りをあげる。


「助かる」

 山本は荷台から軽く拳を突き出すと、警備の男も笑いながら拳を突き出し、山本の拳に軽く合わせる。


「帰ってきたら、詳しく話を聞かせてくれ。情報の共有は“上”も望んでる」


「生きて帰れたらな」

 山本は苦々しく笑いながら、そう答えた。


 その言葉は冗談のようでいて、冗談ではない。

 この世界では、“帰ってくる”こと自体がひとつの勝利なのだ。


 ――やがて、一号車の岸上がアクセルを踏み込むと、重い車体がゆっくりと前へ動き出す。


 警備担当の男達に見送られながら検問所を通過し、四両のトラックが再び明治通りを南へと進み始めた。

 後方では、錆びた鉄柵が再び閉じられる音が響き渡る。


 ――車列が走り出すと、やがて検問所の姿は徐々に遠ざかってゆき、やがて、街の影の中へ小さく沈んでいく。


 

「名古屋……?」

 真が、半ば呆れたように呟いた。

 そもそも名古屋までの移動は、最初から作戦の中に含まれていない。


 その問いに、椅子に腰を掛けた山本は、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「嘘は言ってないよ」


 肩を竦めながら続けた。

「“行けるなら”……としか言ってないし」


 その禅問答のような屁理屈に、真は思わず苦笑する。

 

 山本は普段、誰に対しても威圧的な態度を取らない。

 品行方正で、柔らかな物腰。

 どこから見ても、絵に描いたような“いい人”だ。


 だからこそ、今のような策士めいた一面を見ると、少し意外に感じる。


「……確かに」

 真は小さく頷いた。


 中京工業地帯は、日本の自動車産業の中心。

 それは、国内最大規模の自動車メーカーの本社工場がある豊田市をも含む。


 ――電災から三年余り。


 部品の供給が完全に途絶えたことで、既に動かなくなった車両は数え切れない。


 だが――もし、この地域から部品の調達が可能になれば。

 再び走らせることができる車両は、確実に増える。


 車両が増えれば、行動範囲も広がる。

 機動力が増せば、この国がどうなっているのか――その全貌を知る可能性も開けてくるだろう。


 ――だからこそ、誰でも思いつく。


 名古屋方面へ向かうという話は、未知の戦区(エリア)の実態を探る探索行として、あまりにももっともらしい。

 山本は、そうした“もっともらしさ”を餌にして、あの場をやり過ごしたのだ。


「……山本さんって、案外エグいんだな?」

 真がぽつりと言うと、山本は苦笑した。


「そのくらい図太くないとね」

 少しだけ遠くを見る目になる。


「特戦群みたいな最精鋭じゃ、生き残れないんだよ」

 

 ――淡々とした言葉。

 だが、その裏には、これまで見てきた修羅場の重みが滲んでいた。


 

 陸上自衛隊特殊作戦群……アメリカ陸軍のグリーンベレーやデルタフォース、イギリス陸軍のSASなどを手本に組織された、日本の特殊部隊。


 その選抜条件は極めて厳しく、全員が陸自最強と言われるレンジャー課程に合格できる者。

 そして、空挺課程すらも履修した、陸上自衛隊の中でも最精鋭のエリート集団だ。


 そんな部隊に身を置くことは、一筋縄ではいかない。

 山本の少ない言葉の中には、そんな重みさえも含まれていた。


 

 ――トラックは徐々に速度を上げる。


 ビルの影を抜けると、渋谷駅周辺の街並みがすぐ目の前に広がった。


 かつてネオンと人波で溢れていた街も、今では静まり返っている。

 看板の多くは色褪せ、道路には放置車両や瓦礫も目立ち、その殆どが埃をかぶっていた。


 そしてすぐに見えてくるのは――首都高三号渋谷線、渋谷料金所。


 渋谷クオムの彼らが、どういう伝達手段を使っているのかは分からない。

 だが、既に話は通っているのだろう。


 料金所の入り口には、自動小銃を背負った男たち。

 彼らはガードレールを組んで作ったバリケードを、すでに脇へ退かしていた。


 車列は速度を少し落としながら、その横を通り抜ける。


 一号車の岸上も、二号車の山口も。


 続く三号車と四号車――そしてコンバットレスキューのブリザードファング隊も。


 それぞれが片手を軽く上げ、挨拶を送りながら通過していく。

 それに渋谷クオムの男達も、手を上げ、応えた。


 彼らを騙すような形で通るのは、少し心苦しい。

 だが、それも新宿が生き残るための決断だ。


 クオムがいくつも誕生しているとはいえ、それらの拠点同士がリアルタイムで情報共有できているわけではない。


 東京の外――隣の神奈川エリアひとつを取ってみても、実際にどうなっているのか、正確な状況はほとんど分かっていないのだ。


 しいて言えば、横須賀近辺で在日米軍基地を漁っているコレクター。

 そんな彼らが、王商会をはじめとするトレーダーたちに“商品”を運んでいることから、その辺りはレヴュラの巣にはなっていないのだろう……という程度の推測があるだけだ。


 だからこそ――長距離遠征というものは、この世界で生き残るための重要な作戦。

 未知の地域の情報を掴み、明日へ繋げる。


 命がけの旅である以上、他クオムに対しては、情報を出し惜しみすることは、必ずしも悪いこととは言い切れないのだ。

初めて新宿以外のクオムと、その住民が登場した回になっています。

本当はもっと道中の出来事などがあったのですが、長くなりすぎた

部分もあったので、少し短めにまとめ、次話へとスライドさせました。


本来は缶詰取りに行くだけのお話なのですが、なかなか一筋縄ではいきません


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