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電災都市  作者: あるふぁ
第五章『補給線』
31/36

『補給線』-3

――遠征部隊を指揮するのは、アイアンウルフ隊隊長の山本隆。

 山本は、逆さまにしたビールケースを作戦テーブル代わりに、各小隊のリーダーを集め、低く通る声でブリーフィングを開始した。


「目的地は焼津市の『おとひめフーズ』缶詰プラント。往復で五日間を想定した遠征になる」


 目的地は静岡県焼津市。

 ――だが問題は“どこへ行くか”ではなく、“どう辿り着くか”にある。


 電災以前なら、衛星やインターネットを駆使したカーナビが、渋滞も事故も回避し、最適なルートを的確に示してくれたことだろう。

 ……たとえ、それが初めて訪れる土地や、通ったことのない道であったとしても。


 だが、それらの恩恵に頼れなくなった今、道を示すのは、折り目が擦り切れかけた地図と経験……そして勘だけだ。

 目の前に広げられた東京都内の道路地図は、赤鉛筆と黒インクのマーキングで幾重にも汚れている。


 

 ――遠征部隊のメインとなる車両は、改造されたトラックが主体だ。

 鉄板を追加溶接することで荷台を防弾化。

 フロント周りは鉄骨やパイプ、金網などで補強し、大型のブルバーのようなものが取り付けられている。

 いや、むしろ大航海時代の軍船が、体当たり用に取り付けていた衝角(ラム)に近い。

 小型レヴュラ程度なら撥ね飛ばし、強行突破を可能にした改造だ。


 とはいえ、それらはあくまで“保険”にすぎない。

 車両とは補給線を担う上で、最も重要な割合を占める。

 万が一、エンジンや足回りが逝けば、その瞬間に遠征作戦は、たちまち瓦解してしまうだろう。


 ――ゲームとは違うのだ。

 車体へのダメージを気にすることなく、何度も群がる敵性体を弾き飛ばせるわけではない。


 この作戦には、クオムの食糧事情が丸ごとぶら下がっている。

 トラックは一台たりとも喪うわけにはいかない。

 無駄な武勇は、英雄譚などではなく、餓死者を増やすだけの蛮行として語られることになるだろう。


 それに、どれほど良質な銃器で武装しようと、腹を空かせたまま、戦い続けられる者など存在しない。


 つまり、話は単純――。

 たとえ臆病と罵られようと、レヴュラとの接触を避け、現地から食料をごっそり頂戴して生還する。

 ――それだけが勝利条件だ。


 

 山本は地図上に二本のルートを指し示した。


 ――選択肢はふたつ。


 ……一般道を選ぶか、はたまた高速道路か。


 もちろん、道中の状況次第で柔軟に修正することにはなるが、主軸はこのどちらかになる。


 

 ――まずは一般道ルート。

 新宿クオムのメインゲートを出て靖国通りへ。

 明治通りを南下し、渋谷へ抜ける。


 そこから国道246号線、さらに国道1号線。

 神奈川を横断し、静岡県道416号線を経て国道150号線へ。

 ――そして、目的地である焼津市の『おとひめフーズ』工場へと到達する。


 距離はおおよそ200キロ程度。

 一番の懸念材料は、道路が“生きているかどうか”だ。


 レヴュラの爪痕が深く残る市街地は、瓦礫や放置車両の博覧会と化している。

 崩れたビルの外壁、路肩に横転したバス、焼け落ちた商業施設。

 

 ――行く手を阻む要素は、数え上げればキリがない。



 潜伏しているレヴュラと至近距離で鉢合わせ――その最悪をも、常に想定しなければならないだろう。


 しかも車列の大半はトラックだ。

 ブリザードファング隊が乗る改造RV車のような俊敏さはない。


 小回りの利かないトラックでは、狭路で包囲されれば逃げ場はないだろう。

 足を止められ、挟撃を受ければ、全車が棺桶だ。


 ――さらに未知数なのは路面状況。

 アスファルトの下が陥没している可能性もある。

 マンホールが抜け落ちているかもしれない。


 ろくに整備されていないアスファルトは、至るところでひび割れ、荒れ放題だ。


 そんな路面で速度を出せなければ、“撥ね飛ばし”という唯一の突破力も削がれる。

 質量で押し切る戦法というものは、助走があって初めて成立するものだ。


 速度を落とし、慎重に進めば進むほどレヴュラとの遭遇確率は上がり、急げば足元を掬われる。

 ――それが一般道ルートの問題点だった。


 山本は一度言葉を切り、メンバーたちの顔を見渡すと、次の選択肢……高速道路ルートを示した。


 補給線とは、常に“どちらの地獄を選ぶか”という選択だ。


 

 ――ならば、高速道路を選べば万事解決かといえば、現実はそう甘くない。

 そこにも、別種の問題点を孕んでいる。


 首都高も東名道も、いまや誰にも管理されていない、巨大な廃構造物にすぎない。

 三年あまりという年月は、近代的な舗装道でさえ、その姿を大きく変えた。


 伸びきった雑草がアスファルトを割り、排水溝は詰まり、ガードレールは錆びている。


 さらに厄介なのは、放置車両の群れだ。

 乗り捨てられた乗用車やトラックが、数珠つなぎに残っている可能性は高い。

 少なくとも新宿クオムに面した、靖国通りの周辺はそうだ。


 ――もし本線が塞がれていれば、逃げ場はなく、高架上で立ち往生すれば前進は封じられるだろう。


 最悪、高架橋そのものが崩落していれば――。

 引き返すどころか、車両ごと奈落の底……なんて結末すらあり得る。


 ――どちらを選んでも、楽な道はない。


 だからこそ山本は、各小隊のリーダーを呼び寄せたのだ。

 独断で決めるには、この賭けはあまりに重い。

 


 ――山本は地図を広げ、焼津の工場を赤鉛筆で囲った。

 続いて、新宿クオム――地図上では“歌舞伎町”と印字された地点にも印を付ける。


「一番の問題はルートだ。一般道か、高速道路か。みんなの意見を参考に、ここで決めたい」


 山本のその言葉を皮切りに、空気がわずかに張り詰める。


 

 ――そして、最初に議論の口火を切ったのは、デスペラード隊の古賀悠介。


「断然、一般道だろ。細かくルート変更ができるし、塞がれても脇道に逃げられる」


 古賀の主張には、まったく迷いがなかった。


「トラックのフロントはガードバーで固めてある。雑魚のレヴュラなら、撥ね飛ばして進めばいい」


 いかにもデスペラード(命知らず)の名を背負う小隊のリーダーらしい物言いだ。

 単純明快、力押しこそ正義。パワーイズジャスティス。


 真は思わず苦笑いを浮かべた。

 清々しいまでの脳筋さ――だが、豪胆と無謀は紙一重だ。


 ――だが、これにすぐさま異論を挟んだのは、サンダーバレッツ隊の山口直樹だった。


「撥ね飛ばせばいいって言うけどさ……どれだけ遭遇するか読めないだろ」

 腕を組み、古賀の案に強い難色を示す。


「ガードだって、どこまで保つかもわからないぞ?」


 確かに、補強改造といっても本職の工場で設計されたものではない。

 ――拾い集めた鉄パイプ、歪んだ金網、廃ビルから剥がしたH鋼の切れ端。


 それらを溶接で繋ぎ、無理やり形にした即席のガードバーだ。

 一体、二体ならまだしも、群れに突っ込めばどうなるか。


 ――溶接部が裂け、鉄骨がねじ曲がり、最悪タイヤやラジエーターに食い込む可能性もある。

 万が一そうなれば、自走は不可能になるだろう。


「それに、電災後の道路は地雷原みたいなもんだ。釘や瓦礫だってそこら中に落ちてるだろうから、パンクのリスクも高い。障害物を避けるなら速度は出せないぞ?」

「速度が出せなきゃ、撥ね飛ばしも中途半端になるし、群れに突っ込めば足が止まる危険だってある」


 ホーンドアウル隊の増田剛史が続き、低く太い声で現実的な意見を重ねていく。


「トラックは小回りが利かない。市街地で囲まれたら一巻の終わりだ」


 増田の指が、地図上の東京中心部をなぞりながら続けた。


「どこが巣になってるかもわからん。特にビル街は視界が狭い」


 ――その通りだった。


 瓦礫の山、崩れた外壁、口を開けた地下鉄出入口。

 ビルの陰、路地裏……レヴュラは音もなく、どこに潜んでいるかわからない。


 ――速度を落とし、慎重に進む車列。

 それはレヴュラから見れば、獲物としてあまりに理想的な姿だ。


 一般道は“逃げ道が多い”のと同時に、“死角も多い”。


 ――議論はまだ終わらない。

 今度は高速道路を巡る意見が、次にぶつかることになる。


「逆に、高速を使うルートはどうなんだろう?」


 問いを投げたのは増田だった。

 間髪入れず、山口が応じる。


「環状線から三号線に抜けて東名へ入る。最短で焼津だ。理屈だけなら一番早い」


 机上の指が、都心を円でなぞり、南西へと伸びる。


「高速のほうがいい。見通しが利くし、包囲もされにくい。速度が出せるから、いざとなれば撥ね飛ばしも活きる」


 そこへファイアレイン隊の戸上剛史が、煙草の代わりに楊枝を噛みながら続けた。


「高架上なら、少なくとも四方八方から湧くって状況は減る。一般道よりはマシかもしれないな」


 ――理屈は通っている。

 だが、理屈はいつも最悪の想定を置き去りにするものだ。


「でもなぁ……」


 水を差したのは、一般道推しの古賀だった。


「電災から三年、整備ゼロの高架だぞ。崩落してたらどうする? 一本道で行き止まりだ。引き返すしかなくなる」


 その声には、単なる反対ではなく、“最悪の想定”を基にした現実的な警戒心が滲んでいる。

 ケチをつけたいのではない。目的地まで直通の一本道である代わりに、迂回路という選択肢を捨てることへの危惧だった。


「環状線のトンネルに放置車両が詰まってたら終わりだよ? トラックじゃUターンも難しいし」

「初台南から大橋ジャンクションまでの地下だけどさ……電源は当然死んでるから、真っ暗闇だよ?」


 そこに言葉を挟んだのはルナ。

 普段は飄々としている彼女でさえ、今日はプリムローズ隊のリーダーとして真面目な顔を見せ、地図を指で叩いた。


 こうして、ブリーフィングの空気がさらに重くなっていく。


「地下道の一本道ってのは、正直怖いよな」

 クロウズ隊の相川が、低く言った。


「それに、大橋ジャンクションは立体の迷路だしさ。あの造りだし、死角だらけ。上から何か落ちてきたらどうする?」


 ――複雑に絡み合う高架の塊。

 かつては首都高速道路の象徴だった巨大構造物も、いまやレヴュラの破壊行為によって崩落の危険性を孕み、同時に潜伏の温床になり得ている。


「じゃあどうしろってんだ? 市街地で囲まれるよりマシだろ」

 山口の声がわずかに荒れるが、山本が静かに口を開いたことで、その熱は抑え込まれた。


「――どちらにもリスクはあるさ」


 山本は全員を順に見渡す。

 視線を外す者はいない。


「小型のレヴュラは階段程度の段差すら越えられない。壁もよじ登れない。つまり――高架にさえ上がってしまえば、下から一斉に押し寄せられる可能性は低い」


 それは事実だ。

 少なくともB級以下のレヴュラなら……という条件付きではあるが。

 つまり、山本は高速道路ルートを推したい……ということなのだろう。


 相川が顎に手を当てる。

「C級以上がいなければ……の話だけどねぇ……。そもそも、どうやって高速に上がるかって話だし」


 山本は、地図上の道路を指でなぞりながら、言葉を重ねた。


「その通り。リスクの話で言えば、地上は包囲される危険性のある“面”。反対に高速は、塞がれる可能性のある“線”。」

「面は自由度が高いが、レヴュラも自由に襲ってくる。線には制約もあるが、敵の動きは絞り込める」


 ――メンバーの中に漂う静寂。


「……どっちを選んでも地獄だな」


 戸上が小さく笑う……だがそれは、自嘲にも似た乾いた笑い。

 声は笑ってこそいるが……顔はちっとも笑っていない。


 だが、山本は薄く口角を上げた。


「違いはあるさ。地上ルートは常時警戒戦闘。高速は確認戦闘になる」


「確認戦闘?」

 古賀が眉を顰め、怪訝そうな顔を見せる。


「先頭車両で障害を確認。突破可能か即座に判断していく。無理なら即後退。戦闘は限定的に抑える」


 ――深追いはしない。

 撃ち合いも最小限。

 あくまで自衛戦闘に徹する。


 理想論ではなく、損耗を計算した上での判断だ。


 だが、そこで増田が低く口を挟む。


「問題は――大橋ジャンクションまでの地下トンネルになるだろうな」


 その一言で、周囲の温度が下がったかのような冷ややかさが漂う。


 暗闇。

 密閉空間。

 退路のない一本道。


 そして、もしそこに“何か”がいた場合――。


 全高四メートルを超える異形の無人兵器……考えただけでも、ぞっとする。


 たとえ小型種であっても、数が多ければ厄介だ。


 ――連中は突っ込んできて自爆する個体もいる。

 身動きの取れない場所で自爆などされれば……鉄板を貼り付けただけの防弾板もどきなど、ひとたまりもない。


 

 議論はさらに核心へと踏み込み、重苦しい沈黙が続く中、地図を睨み続けていた真が、ふと口を開いた。


「……ここは?」


 指先が示したのは、首都高速三号渋谷線――渋谷料金所。


「明治通りに出て南下。そのまま渋谷料金所から三号線に乗る。環状線は使わず、渋谷線に直接入るのはどうだろう?」


 視線が一斉に集まり、それぞれが意外そうな顔を見せる。

 なぜ気付かなかったのか――という顔だ。


 ――無理もない。

 電災以降、廃墟同然に荒れ果てた街路。

 呑気にドライブと洒落込む者など、今はどこにもいない。


 いつもクオムの外に出て常に考えるのは、いかにレヴュラと遭遇せず、作戦エリアまで安全に移動するか。

 幹線道路のような開けた道よりも、高低差を生かし、建物内を抜けて移動することのほうが身に沁みついている。

 自動車で移動するなどという発想を、誰もがしなくなって久しい。


「渋谷料金所は、渋谷クオムのテリトリーだ。あそこは防衛意識が高い。周辺の漸減は、ある程度進んでいると思う」


 真の説明に、山本は即座に地図を引き寄せ、ルートをなぞった。


「……近場からすぐに高速に入らず、あえて地上を経由して高架に上がる、か」


 盲点だったという顔を見せながら、山本は低く唸る。

 いかに元陸自の特戦群上がりの山本とはいえ、電災から三年余り。

 自動車に頼らない日々が当たり前となっている今、どうやって東名高速に乗るかなど、考えてもいなかっただろう。


 山本だけではない。

 この場にいたほとんどのメンバーが、できるだけ一般道を通らずに高速へ入るか、あるいはレヴュラを警戒しながら一般道を進むことばかり考えていた。


 ――こんな世界だからこそ、視野を狭めてしまっていたのかもしれない。

 


「さすがに、環状線の地下トンネルをライトだけで進むのは気が重いし」


 真は肩をすくめ、わずかに笑った。


 ――電力は失われ、換気すら停止した地下空間。

 非常灯すら灯らない闇の中、ディーゼルエンジンの振動音だけが反響する。


 左右はコンクリートの壁。

 盛大に反響するエンジン音を聞き逃すほど……レヴュラの“耳”は悪くない。


 それに、図体の大きなトラックでは切り返しも難しく、もし放置車両が詰まっていれば、前にも後ろにも動けなくなる。

 そこで待ち伏せでもされれば――袋のネズミだ。


 一般道推しの古賀が鼻を鳴らす。


「つまり、一般道を利用することを完全に捨てるわけじゃねぇってことか」


「明治通りは道幅もある。撤退も可能だし、ルート変更もしやすい。そこは古賀さんの言う通りだと思う」

「――渋谷料金所から先は高架だ。小型種なら追って来られないはず」


 ――真の説明に、古賀は即座に危惧する点を突く。


「もし、高架が崩れてたら?」


 ――真は一瞬だけ視線を落とし、それから顔を上げた。


「……勘だけど、高架は崩れていないと思う」


 その言葉に、場がわずかにざわめく。


「電災後、車なんてほとんど走っていない。アスファルトそのものは傷んでも、橋桁そのものが急に弱るものじゃない」

「――それに、C級程度の火力じゃ、高架を落とすのは無理だ」


 淡々と、しかし確信を込めて続ける。


「もし、B級以上のデカブツが暴れて高架を壊しているなら、その噂はとっくに広がっているはずだろ?」


 遥か遠い地方まで走るトランスポーターからも、高架橋が崩落しているといった報告は、噂さえ上がっていない。


 ――そもそもレヴュラは徒歩移動が基本だ。

 段差を越えるのも不得手な連中が、わざわざ“歩きやすい道”を自分たちで壊して回るとは考えにくい。


「それに――B級とやりあった経験から言うと、あいつらが重火器を使うのは、人間を狩るときだけだと思う」


 真の声が、わずかに低くなる。


「無意味に建造物を破壊するために、弾をばら撒く連中じゃない」


 成り行きとはいえ、たった二人でB級レヴュラと戦った者の意見は、この場では重かった。


「陸自のヘリをSAM(地対空ミサイル)で撃ち落とした連中だぞ?」

「その気になれば、高架にミサイルを撃ち込むくらいできるだろ? でも、やっていない」

「俺たちと同じで、弾薬を惜しむ概念があるんじゃないかと思う」


 ――レヴュラがどこで、誰に、どう造られているのかは未だ不明。


 だが、レヴュラは未知の生物でも、宇宙からの侵略者でもない。

 明らかに人間の手で作られた人工物である以上、その資源だって有限だ。


 特に弾薬というものは、自然に湧いてくるものではない。


 C級以下の小型種が実弾ではなく、金属リベットを空気圧で射出する、簡易兵装を多用している事実が、それを裏付けている。


 工業製品を流用できているとしても、弾薬は別の話。

 攻撃すれば減るのは、レヴュラとて同じなのだ。


「まぁ……高速の上でB級とドンパチやってた奴が、本当にいなければ……の話だけどな」


 真は最後に肩をすくめた。


 東京都内は、道路が網の目のように走る都市だ。

 鈍重なトラックの車列で瓦礫を避けつつ進むのは、確かに骨が折れる。


 だが、レヴュラが黒い悪魔(ゴキブリ)のように、どこにでも無限に湧く存在かといえば、そうは思えない。


 ――もし圧倒的な物量を持つなら、決められたルートを定期巡回するなどという、穴だらけの戦術を取る必要はないのだ。

 その物量で街ごと圧殺すれば済む。

 たとえ武装したクオムであろうと、弾薬には限りがあるし、再装填をはじめとする隙は、いくらでもある。


 現に、電災発生時の歌舞伎町では、抵抗もできない大勢の人が、押し寄せた小型種のレヴュラに命を奪われているのだ。


 ――真がレヴュラを指揮する立場なら、間違いなくそうする。

 だが……“連中”はそうしていない。


 つまり、奴らの数も、都内を埋め尽くすほどではないということだ。


 ――その仮説が正しければ、高速という“線”を突破する価値はある。


 そして、周囲の空気がわずかに緩み、議論は決断へと近づいていく。

 真と相川が、地図の上で視線を交わした。


「問題は料金所までの市街地だな……距離にして5キロ弱ってところか」


 相川が指でスケールを測る。

 新宿から渋谷へ。直線距離は短いが、都市という迷路を抜けるには神経を削る距離だ。


「渋谷駅周辺は、渋谷クオムが掃除しているはずだろう」


 真が続ける。


 ――渋谷駅は、渋谷クオムにとっても重要な場所だ。


 かつて若者文化の発信地だったあの一帯は、いまや兵站拠点のひとつ。

 そして、渋谷交差点を中心に広がる渋谷クオムにとって、渋谷駅は重要な防衛拠点だ。


 ――新宿クオムが西武新宿駅舎を西側の城塞として利用するのと同じように、渋谷クオムも渋谷駅を城塞として利用している。


 人が集まる場所は、物が集まる場所。

 そして物が集まる場所は、必ず護られる。


 渋谷駅周辺は当然その最優先区域であり、その周辺の高層ビルも有効活用している。

 高層建築物の多さなら、新宿クオムより渋谷の方が上で、収容できる電災難民の数も多い。


 レヴュラの“漸減”は、生活圏から同心円状に進められるのが基本だ。

 そこから考えると、渋谷駅周辺をうろつくレヴュラなど、根絶やしにされていると考えてもいいだろう。


「最悪、原宿側へ一度抜けて、表参道から宮益坂に回る手もあるし、狭いけど脇道はいくらでもあるか」


 ――相川が補足する。


 表参道は道幅が広い。荒れ放題の街路樹が視界を遮る難点はあるが、包囲された場合の回避経路は確保しやすい。

 宮益坂は勾配があるぶん、小型種の非力な足を削げる可能性もある。


「そこは渋谷クオムの漸減次第……だが、通過は最短距離でいく」


 山本は赤ペンで環状線の地下区間を二重線で消し、明治通りを南下して渋谷料金所へ至るルートを太くなぞった。


 ――その動きに、迷いはない。


 新宿クオムと並ぶ規模、そして戦闘力を誇ると噂される渋谷クオム。

 歌舞伎町を拠点とする新宿とは、気質が異なる。


 渋谷は、もともと血気盛んな若者が溢れていた街だ。

 スクランブル交差点で肩をぶつけていた連中が、いまは自動小銃を担いでいる。


 荒事に慣れた者が多い街は、荒事への適応も早い。

 物流の要衝にレヴュラを放置するほど、甘い連中ではないはずだ。


 都市の地形を知る者は、それを“武器”に変える。

 確かに、銃器の集まる数なら、新宿クオムの方が上だろう。

 だが、渋谷は創意工夫で居住区の防衛構想を練り上げ、その弱点を埋めているのだ。


 渋谷クオムのテリトリーは、ある種、新宿クオムのテリトリーより脅威度は低いと見ていいかもしれない。


 「走行速度を重視して、接触は最小限。万が一包囲された場合、殲滅ではなく、突破を最優先にする」


 山本の声が、改めて作戦の骨子を刻む。


 遠征先でどれだけの戦闘が待つかは未知数だ。

 道中で弾を景気よくばら撒いて進む余裕はない。


 弾薬は通貨であり、命綱。

 撃てば減る。それだけは、人間もレヴュラも変わらない。

 ならば浪費を抑え、作戦の本丸である焼津で最大投入した方がいい。


 

 戸上が腕を組み、頷く。


「高速に上がっちまえば、あとは放置車両の量次第だな」


 事故車、ガス欠車、乗り捨てられた配送トラック。

 三年前のパニックが、そのまま時間ごと凍り付いている可能性は高い。


「さすがに、高速に車を乗り捨てて、歩いて逃げた奴は少ないんじゃねぇか?」

 古賀が低く言う。


「それでも放置車両が詰まっていたら?」

 増田の問いは、最後の確認だ。


 その問いに、山本が即答する。


「東名に入る前なら、一般道経由で再度上がるルートを検討する。東名上でのイレギュラーは、サービスエリアを仮拠点にして再判断しよう」


「突破不能と判断する基準は、車列が三分以上停止した場合だ。その時点で後退を優先する」


 そして一拍置いた後、言葉を続ける。


「俺たちは明日のメシを取りに行くんだ。レヴュラと全面戦争をするためじゃない」


 ――その言葉は、理念ではなく現実だ。


「地上を延々と撃ち合いながら進むのは、本末転倒だよ」


 さすがに、反論が出ることはなかった。



「決まりだ」


 山本が地図を畳む。

 乾いた紙の音が、決断の音にも聞こえた。


 そして最後に、もう一度全員の顔を見渡す。


「異論は?」


 サンダーバレッツ隊、山口直樹。

 ファイアレイン隊、戸上剛史。

 ホーンドアウル隊、増田剛史。

 デスペラード隊、古賀悠介。

 プリムローズ隊、ルナ。

 そしてアーバンフォックス隊、篠崎真。


 その六名から異論は出なかった。


 全員が沈黙し、それぞれの覚悟を呑み込んだ顔をしている。


「――じゃあ、あとは走るだけだな。二号車は任せろ」


 山口が立ち上がり、二号車の運転席へ向かう。

 革手袋を嵌める仕草が、妙に手慣れていた。


 一号車のハンドルは、アイアンウルフ隊副長である岸上直征が担当する。

 無口だが、ハンドルを握らせれば確実に生還させる男だ。


 電災前は“訳あり”な……引っ越し業者のドライバーをしていたらしい。

 だから、無灯火のまま闇夜を走ることにも慣れているという。


 その話から、どんな引っ越し業者だったのかは、おおよそ察しがつくが……。


 一号車には、アイアンウルフ隊六名、ファイアレイン隊七名、プリムローズ隊五名。

 そして真とアリスのアーバンフォックス隊。


 二号車には、サンダーバレッツ隊六名、デスペラード隊六名、クロウズ隊六名、ホーンドアウル隊五名。


 三号車と四号車――物資運搬用のトラック二両は、道中で交代しながら運転する。


 最後尾には、コンバットレスキュー――ブリザードファング隊の改造戦闘車両二台。

 ――彼らは基本的に戦闘に参加しない。


 コンバットレスキューの仕事は“強行救出”だ。

 万が一レヴュラに包囲され、脱出が困難となった場合、戦闘区域に突入し、レヴュラを蹴散らしながら、救出するのが役目だ。


 だからこそ、車列からはやや距離を置いて追従する。


 改造トラック四台。

 戦闘車両二台。


 ディーゼルエンジンが順に火を入れられ、低く重い振動が地面を震わせる。

 黒煙がゆらりと立ち上り、朝の冷気を汚した。


 朝日が鉄製のメインゲートに反射し、ペイントされた『01』の文字が鈍く光る。


 山本は最後にメインゲートを見上げた。


 ――この門を出れば、そこはクオムの管理圏外。

 人間の秩序が届かない領域。


 ――だが、必ず生きて戻ってくる。

 この新宿クオムに暮らす人たちの、胃袋を満たすための物資を持って。


「出るよ。開けてくれるかい?」


 信念にも似た強いまなざしを向け、警備担当のガーディアンに声をかけた。


 警備担当の頷きが返り、スイッチが押されると、重厚な鉄門が、軋むような音を立てる。


 ゆっくりと左右に開いていくゲートの隙間から、外の光が、細い刃のように歌舞伎町一番街の通りに差し込んだ。


〈ゲート解放確認。一号車、出るよ?〉


 無線越しに、短く無駄のない岸上の声が響く。


 ――車列がゆっくりと前進を開始し、補給線を背負った六台が、荒れ果てた都市の中へと踏み出した。

ひとまず、ここで新宿クオムとはしばしのお別れ。

次回から静岡遠征のお話が本格的になっていきます。


今回の執筆で一番悩んだのは、本当にルートなんです。

実在する道路をどう走るかなんですが、現実には電災なんて起こって

おらず、どのルートだろうと安全に進めますからね。



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