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電災都市  作者: あるふぁ
第五章『補給線』
30/36

『補給線』-2

――セントラルロード、第二ゲート脇に設けられた交易所。

 電災以前、ディスカウントストアが入っていたそのビルは、今や物資が集まり、流れ、散っていく中枢となっていた。


 今では単に『交易所』と呼ばれている建物の前には、珍しく人の列ができている。

 夜が深まるにつれ、その列は短くなるどころか、むしろ伸びていった。

 

 地下へと続く階段からは、乾物の匂いがむっと立ちのぼる。

 真も度々世話になる、乾燥食糧などを買い求める者で、売り場内はごった返していた。

 非常灯に照らされた売り場では、箱単位で食料が動き、台車の軋む音が絶え間なく響いている。


「持てるだけ持て!」

「重さは気にするな。向こうで腹を空かせて死ぬよりマシだぞ」


 そんな声が飛び交い、商談とも命令ともつかないやり取りが交錯している。


 ビルの三階より下は、雑多な市場となっていた。

 ――フロア内に並ぶ、いくつもの屋台ブース。

 工具、医療用品、何かの部品やアウトドア仕様の携帯型濾水器――。

 乱雑に積み上げられたそれらは、どれも危険を顧みずに、クオムの外から回収されてきたものばかり。

 特に、電災後、特に重要な価値を持つようになった品々が、所狭しと無秩序に並べられている。

 

 ――当然、武器や弾薬を扱う者もいた。

「弾はあるか?」

「AK用はもう品切れだ。5.56mmなら少しだけある」

「じゃあ5.56mmを百発。あと弾倉もひとつくれ」

「9パラあるかい?」


 電災前の日本なら、まるで信じられない光景だ。

 当たり前のように、武器弾薬を買い求める短いやり取りが、呼吸をするように繰り返されていく。


 

 ――そして、フロアの奥から四階へと続く階段には、暗黙の線引きがあった。

 

 そこから上は、王商会のフロア。


 この新宿クオムの胃袋を預かる存在と言って過言ではない。

 歌舞伎町の時代から、街に太い根を張り続けてきた男――王明(ワン・ミン)


 彼の手元にも、武器と弾薬は揃っている。それも、他トレーダーとは比べ物にならない規模で。

 ――だが、それは誰にでも売られるものではない。


 扉の前で、警備に足止めされた男が、半泣きになりかけた顔で、苛立った声を上げる。

「頼む! 俺もハンターだ。遠征に出るんだよ!」


 だが、応対した男は表情ひとつ変えず、首を横に振った。

「ダメよ。名簿にない人、ココ通せないネ」


 ――王明は、客を選ぶ。

 自分が売った銃や弾丸が、クオムやその住民に向けられることを、彼は何より嫌うからだ。

 だから基本的に、一見の人間は相手にしない。


 ……だが、何事にも例外はある。

 彼が認めた人間の紹介があれば話は別だ。


 ちょうどプリムローズ隊――通称メカドール隊のルナが、その好例だった。

 彼女は真の口利きで、王商会との取引を許された数少ない存在だ。


 警備に冷たく首を振られたハンターは、しばしその場に立ち尽くし、やがて肩を落として踵を返す。


 ――弾がない。

 ――本当に、もう、どうしようもないくらいに。


 この世界では、日本が元々銃社会でなかったという事情を差し引いても、弾薬が致命的に足りない。

 入ってくる量より、出ていく量の方が圧倒的に多く、当然ながら、弾ならなんでもいいというわけにはいかないのだ。


 だからこそ、ハンターに求められるのは一撃必殺。

 貴重な弾丸を無駄撃ちせず、最小の手数でレヴュラを仕留めること。


 アクション映画の主役気取りで、フルオートでぶっ放し、弾をばら撒くような真似は――この世界では、真っ先に死ぬ馬鹿のやることだ。


 それでも、弾薬は、少しずつ……そして、確実に減っていく。

 今日、運よく手に入ったとしても、明日も同じように手に入る保証など、どこにもない。

 電災前のように、ふらっと入ったコンビニで、何でも買えるような時代ではないのだ。

 

 その現実を、痛いほど噛みしめていた――その時。

 人混みの向こうに、見慣れた背中を見つける。


「あっ……」


 一瞬の躊躇。

 だが次の瞬間、そのハンターは半ば転がるように、その姿へ駆け寄った。


「し、篠崎……! 篠崎ィ……!」


 呼ばれた真が振り返る。

 その顔を認めた瞬間、男の表情は一気に崩れ落ちた。


「なぁ、頼む……頼むよ篠崎……! もう弾が、ほんとに無くてさ……! 他も全部品切れでさぁ……!」


 真に縋りついてきたのは、同じく遠征メンバーに選ばれた、クロウズ隊の相川善雄だった。


 相川の声が裏返る。

 情けないと分かっていても、止められない。


「次の遠征、これじゃ参加できねぇよ……! 撃てないハンターとか、ただのお荷物だろ……?」


 ――確かに今回の遠征は物資獲得が目的。

 だが、戦闘にならない保証など、どこにもない。


 遠征先は、レヴュラに対抗する術を持たず、住民が疎開した空洞地帯。

 つまり『無人となった理由が存在する』……何が起きても不思議ではない場所だった。


 相川は縋るように両手を合わせる。

 放っておけば、今に土下座でもしかねない勢いだ。


「なぁ、本当に頼む! 紹介……紹介だけでいいからさ……! 篠崎の口から、王明に繋いでくれよぉ……なぁ、頼むよぉ……」


 真は、わずかに視線を逸らし、短く息を吐いた。


 相川はこんな情けない声を上げてはいるが、クロウズ隊を率いてのハンター歴は長い。

 長く生き残っているという事実そのものが、彼の腕を物語っている。


 この世界は、一騎当千の英雄など求めていない。

 どれだけ泥臭く、どれだけ格好悪くても――確実にレヴュラを仕留め、生き残ること。

 それが何より重要なのだ。


 人格も含め、クオムに仇なす人間ではない。

 それは真が保証できる。


 ……ただし、ここはあくまで“貸し”だ。


「わかったよ。その代わり“貸し”だからな? そのうち何かの形で返せよ?」


 ため息混じりの真の言葉に、相川は勢いよく頷いた。


「わかった! 篠崎に何かあったら、アリスちゃんは俺に任せろ!」


「……ぶっ飛ばすぞ?」


 ――そして真は肩を竦め、四階へと続く階段手前の警備へ声をかけた。


 さすがに、王明の庇護下にある真の口利きは、効果覿面だったらしい。

 警備の男は事情を察したように笑みを浮かべ、軽く頷く。


 こうして相川を含め、真とアリスは四階へと足を踏み入れた。




「おや、真が新たなお客サン連れてきたネ」

 ――四階のフロアで、王明(ワン・ミン)が、いつも通りの笑顔と、残念なアクセントの日本語で真達を出迎える。


「クロウズ隊の相川サンと言ったカ? 今後モいい取引先になってくれる事願ってるネ」

 名乗るよりも先に、相川の素性など、王にはとっくに筒抜けだった。

 ――いつもながらに情報が早い。

 

 ネットやスマホが使えないこの時代で、どうやったら人の伝聞だけで、これだけ早く情報を集められるのか。

 いつもながらに真は感心させられる。

 

 以前、それとなしに聞いてみた事はあるが、さすがにその辺は教えてくれない。

 たとえ”身内扱い”と言っても、やはり本来の同胞とは異なり、踏み込むことを許されてはいない部分が確かにある。

 そういったときの彼は、決して日本語では喋らない。

 彼が台湾語を使っているときは、真とて”部外者”なのだ。

 

「ソコは真でも教えられないネ 誰にでも秘密はあるものヨ」

 そう言って、上手くはぐらかされたこともある。

 尤も……誰にでもある秘密を、容易く覗き見できてしまう王が言うと、とても説得力がないのだが。


 ひとまず、真とアリスは、相川の”買い物”が終わるまで、展示されている商品を適当に眺める。

 いい感じのホルスターやポーチもあったが、先日大散財した真にとって、今は倹約の時期だ。

 金が尽きてしまえば、装備品で腹は膨れない。

 

「ソウソウ、そういえば、東通りに、チョット面白い店が出来たのヨ」

「ハンドメイドの近接武器を専門に作る店ラシイネ」


 ハンドメイド武器を使っている奴は、案外少なくはない。

 結局、レヴュラを討伐するときに、何を用いるかは問題ではなく、比較的安全に狩れるから銃が好まれている……それだけの話。

 レヴュラを確実に始末できるのであれば、その辺で拾った鉄パイプでも構やしない。


 クオムに存在するハンドメイド武器は、その多くが廃材などをスクラップビルドで作った急造品。

 精度や信頼性は二の次……というのが実情だ。

 だから、一発撃ったら次がない……なんてことは珍しくもなく、中には、肝心な時に動かないガラクタを掴まされる奴もいる。

 

 だが、その新しい店は、材料こそ廃材などの再利用だが、しっかりと作り上げた品質を売りにしているという。

 日本人と中国人が共同経営し、それぞれの古代武具などをヒントに、面白い近接武器を作るという話だ。

 確かに、再装填(リロード)の際の”横沸き”などに対応するため、そこそこリーチのある近接武器等も、考えようによっては”あり”かもしれない。


「ドリルとかも作ってくれんのかな?」

 話を聞いた相川が、ふと声を上げる。


「ロマンを語ってる間に死んでもいいなら、作ってくれるんじゃねぇの?」

 真は咄嗟に突っ込んだ。

 武器に関するロマンを語り始めると、何故かドリルに憧れる奴が一人はいるものだ。

 だが、レヴュラを貫けるようなドリルとなると……その構造から考えて、重量が効果と釣り合わない。

 それなら、どこぞの脳筋野郎のように、鈍器で力任せにぶん殴る方が、よっぽど現実的だろう。


「じゃあさ、あれはどうだ? パイルバン……」

「馬鹿な事言ってないで、さっさと弾買えよ!」


 相川が全てを言い終わる前に、真はその言葉を一蹴した。



 そして、相川のお目当てである、弾丸の入った箱をカウンターに並べながら、王が口を開く。

「ソウソウ、早川サン、実はイイものがあるのヨ」

 

 ――来た。

 真は散々味わっているからわかる。

 会計が終わりそうなタイミングで「実はいいものがある」と、緩んだ財布の口をこじ開けるやり口。

 

 さて、王の口車に相川の財布はどこまで耐えられるか、高みの見物といこう。


 王はカウンターの下に手を伸ばし、何かを引き上げる。

 ずしりと鈍い音を立てて置かれたそれを見て、相川だけでなく、真も一瞬、目を細めた。

 それは、一見、相川が持つ56式歩槍……以前真も使用していたのと同じ銃に見える。

 ……木製ストック、黒く焼けたような鈍色の金属、見慣れたシルエット。

 

 ――56式自動歩槍。

 中国でライセンス生産されたAK-47モデルのひとつであり『なぜか』日本国内にも多数存在する。

 実際、電災発生以前から、多くの56式が隠匿されていた。

 どこの誰が、なんのために所持していたのか……なんて無粋な話は、今更不要だろう。

 

 それらの多くをかき集めたトレーダーなどが取り扱う、売れ筋商品のひとつ。


 ……だが、王が取り出したものは、56式と微妙に異なって見えた。

 機関部(レシーバー)側面の補強リブ、被筒(ハンドガード)にある膨らみ(フィンガーレスト)

 そして、上部が開いた照星(フロントサイト)に、斜めに切られた消炎器(ハイダー)……そのどれもが56式とは異なるポイントだ。


「王さん……AKMか、これ?」

 見ていた真は、思わず声を漏らした。その反応に王も笑いながら、肩を竦める。

 

「さすがネ。最初勘違いしたでショ?」

「買うもの買って安心しきってるところに、とびきりのデザートねじ込んでくるのは、王さんらしいや」


 ――真も何度この手で乗せられてきたか。


「デモ、悪くない話だと思うのヨ。相川サン、その56式、随分前から使ってるでショ?」

 ――電災以前の平和な日本と比べ、今の世の中、金さえ出せば、比較的簡単に銃は手に入る。

 だが、それとて、いつまでも使い続けられるものではない。

 

 銃にもよるが、錆びや埃、その動作による、部品の摩耗。

 幾度となく行われる発砲は、機関部(レシーバー)銃身(バレル)を痛めつけ、そして寿命を削り取るように、劣化させてゆく。


 ――嫌だと言っても、避けて通る事は出来ない。


 相川は黙ったまま、手元の自分の銃を見下ろした。


「銃身モ、ボルト周りモ、そろそろ腰据えて面倒見る時期じゃないカ?」

「それに、今度は静岡まで遠征するんでショ?」


 王の視線が、ちらりと真に向く。

「真は、いい銃をまとめて買っていったネ。いい銃ってのはね……ドンドン無くなっていくだけなのヨ」


 相川は何も言わず、カウンター上のAKMを手に取った。

 ――56式より、わずかだが軽い。

 徒歩移動が基本のハンター稼業において、軽さというのは重要なファクターだ。

 その重量差だけで、単純に弾倉(マガジン)一本を余分に持てる計算になる。


「うちでメンテも、必要ならカスタムも引き受けるヨ」

 王は、最後の一押しを、穏やかな声で置いた。


「“いつもの”を使い続けるカ。それとも、信頼できる“次”に移るカ――決めるのは、相川さん……あなたヨ」


 相川は暫し無言となり、真面目な顔で考え込んだ。

 そして、深く息を吸い込むと、口を開く。

 

「――この銃、俺買うよ」

 

 自分の56式が、静かに”衰え”を見せていたことは相川にも自覚があった。

 確実に落ちている命中精度。動作不良こそないが、精度の低下は命取りだ。

 衰えの見えた銃で無理をしたところで、金で自分の命は買えない。

 いわば、新しい銃への投資は、自分の命を守る事に繋がる。


「代金、このくらいだけど、大丈夫カ?」

 王が示した電卓の金額に、相川は一瞬面食らう。

「ぐ……さすがに安くねぇな」


 そして、相川は真の方に、縋るような目を向けながら、口を開いた。

「なぁ、篠崎……最近、B級狩ったよな?」


「金ならねぇぞ?俺の前を素通りして、全部その人の金庫の中だ」

 真に即答で断られると、相川は一瞬、この世の終わりのような顔を見せる。

 だが、それでもバッグの中から、有り金を全部カウンターにぶちまけた。

 

 相川とて、銃を握り、レヴュラを狩って生き抜いてきた人間だ。

 その場の勢いだけで決めたわけではない。

 

 ――高くはつくが、ここで王商会との縁は強みとなる。

 レヴュラとの戦いがいつまで続くかはさておき、今後も必要となる、銃や弾薬。

 それらを、極めて高い確率で入手できる王商会は、誰にでも売ってくれるトレーダーではない。


 新宿クオムに数いるハンターの中でも、王商会と銃器や弾薬の取引ができる人間は、せいぜい一割程度だろう。

 そのうちの一人に自分がなるのだ。

 今後も生き延びるために、王商会との縁を繋いでおく。それが相川を決断させた。


「ウチと取引する人間、死なせたくないネ。だから、今後もできる事は力になるヨ」

 ――こうして、王明の新たな顧客となった相川は、満足げな顔を見せ、新しい相棒が納められた行軍嚢(ダッフルバッグ)を担いだ。

「王さん、篠崎、アリスちゃん。俺、遠征の他の準備もあるし、メンバーと打ち合わせもあるから、これで帰るよ。ほんと助かった」

 

 そう言って、相川はフロアをあとにする。

 その背中は明らかに嬉しそうだ。

 

 ……決して、純然たる兵器を買った男の背中には見えない。

 まるで、サバゲーをする、エアガン(おもちゃ)でも買ったかのような喜びようだ。


 だが、相川のように、長く生き残れる腕を持ったハンターは、良質な銃器を持っていてほしい。

 ――真はそう思っていた。

 

 レヴュラとの戦いがいつまで続くかわからない以上、クオムの将来を考えれば、経験豊富で、信頼のおけるハンターは一人でも多く必要なのだ。

 


「それにしても……王さん、AKMなんて、どっから持って来たんだよ」

 仕入れのルートは企業秘密と、教えてくれないことは承知の上で尋ねてみたが……案の定、答えは予想通り。

 だが、ひとつだけ気がかりな言葉を発した。

 

「大阪の方に向かわせた部下が、戻ってこないのヨ」


 これまでにも、王の部下や、契約しているトランスポーターなど、西日本に向かった者が何人も消息を絶っているらしい。

 

 ――まだ情報が足りず、断言することはできない。

 だが……王は、ある地域から西方一帯が、すでにレヴュラの支配圏に入っているのではないか――そんな仮説を立てていた。

 単に”レヴュラが出没する”程度の話ではなく、完全にレヴュラの手に落ちた地帯があるのではないかという話だった。


 誰が生み出し、どこから現れるのかさえ分からないレヴュラ。

 だが、もし西に何らかの“答え”があるのだとすれば、辻褄は合う。


 西日本には、日本最大の自動車メーカー工場や、巨大な造船所など、かつての日本が世界に誇った大型工業施設が数多くある。

 それらの生産ラインが、もしレヴュラの支配下に置かれているのだとしたら……。


 東北地方のように、未だレヴュラの侵攻をほとんど受けていない地域が存在する理由も、説明がつく。

 

 ――レヴュラは”西”から現れている。


 レヴュラという存在は、決して、自然発生した超常の怪物などではない。

 れっきとした、機械兵器だ。


 ならば、必ずどこかに製造拠点がある。

 問題は――その拠点がどこにあり、そして、いくつ存在するのか。


「断言スルには、ゼンゼン情報足りないネ。私も部下を送るし、羽山サンのほうにも話はしておくヨ」


 この新宿クオムを立ち上げた男――“ユニオンマスター”羽山彰一。

 彼なら、この状況をどう見るだろうか。


 だが、仮に反抗作戦を立てるとしても、新宿クオムだけで、どうこうできる話ではない。

 まだ、何ひとつわかっていない今は、可能な限り情報を集め、冷静に判断するしかなかった。


 


 その夜、真とアリスも遠征に向けての準備を進めて行く。

 今回はレヴュラ討伐が目的ではなく、あくまで物資……食料の確保が目的だ。

 成り行きで戦闘に発展する事はあるだろうが、そのかわり、こちらも人数は多い。

 完全武装で行く必要もないだろう。

 M110狙撃銃は置いていく事にした。


 念のため、M4A1にM320擲弾発射機(グレネードランチャー)を装着しておき、保険代わりにAT-4を一本持って行こう。

 アリスが使用するHK416も先日届いた。

 取り回し重視の短銃身化が図られ、照準器には、米国製の投影型照準器(ホロサイト)増幅鏡(マグニファイヤー)を装着する。

 同じくHK416を愛用する、アイアンウルフ隊リーダー、山本の弟分のような、いでたちだ。

 ――いや、アリスは女の子だから、この場合、妹分と言うべきなのだろうか。


 装着するキャリアプレートに、M4用の予備弾倉を六本、拳銃用の予備弾倉を二本、それぞれの弾倉ポーチに収め装着する。

 M18煙幕手榴弾を収めたポーチも取り付けた。今回は40mm榴弾のポーチも取り付ける。

 あとは、無線機とそれに繋がるコード類。

 B級レヴュラ『スカラベ』と相対した際に、頭部保護がいかに大切か、身を以て味合わされた真は、ヘルメットも持っていく事にする。

 アダプターを使って、無線機のヘッドセットを取り付けると、位置をしっかりと調節した。

 そして、出来上がった装備を装着して最終調整をする。

 

「ぐ……重い……」

 

 とはいえ、省ける装備もない。防弾プレート抜きは怖すぎるし、弾がなければ銃は役に立たない。

 それに、遠征メンバーも、装備がバラバラで、弾を分けてもらう事は非現実的だろう。

 重くても我慢するしかない。


 真は自分の準備が終わると、アリスの方を手伝ってやる。

 彼女は初めての”長物”携行だ。予備弾倉の位置も含めて、しっかりと調整してやった。


「まぁ、今回は討伐じゃなくて、食料回収が目的なんだし、気軽に行こうぜ」

 バックパックにメディカルキットなどを詰めているアリスに、真は声をかける。

 

 なにせ、50名近くの人員を投じる作戦で、成功すればAランクの報酬だ。

 レヴュラとドンパチしに行くことが目的ではないのだから、少しは楽観的になってもいいだろう。

 いつもの討伐とは異なり、アリスの表情にも余裕が見えている。

 

 明朝の出発に備え、日付が変わるよりも早く、真は眠りにつき、アリスもまたスリープモードでフル充電することにした。



 ――――――――――――――――――――


 

「なぁ……」

「兵員輸送車……って言ってたよな?」


 出発前……新宿クオム第一ゲート。

 電災前なら、歌舞伎町一番街アーチと呼ばれ、この街の玄関口だった場所。

 今では”新宿クオムの玄関口”となっており、そこに改造の施されたトラックが停まっていた。


「なにが兵員輸送車だよ、ただのトラックに椅子くくりつけただけじゃねぇか」

「しかも、この椅子って映画館から外してきた奴だろ……」


「俺、こういうトラック見た事あるわ……なんつったっけかな……ソンビ映画でさ……」

 メンバーの誰かが口を開く。

 真も昔、核戦争後の世界で、ガソリンを奪い合う世界を描いた映画で見たことがある。

 モヒカン頭で、トゲトゲの肩パッドを付けたやつが出てくるやつだ。



 真をはじめとする遠征メンバーは、目の前に停まっている”兵員輸送車”を見ながら、口々に不平を漏らした。

 もちろん、ファーストクラスのような、快適な旅を期待していたわけではないが、これでは……どちらが荷物なのかわからない。


 約50名の遠征メンバーを率いる、アイアンウルフ隊の山本も、予想外のクオリティに頭を掻く。


 

 それでも、車両は単なる貨物トラック……というには、物々しい改造を施されている部分もある。

 荷台部分は鉄板が追加で溶接してあり、D級やC級レヴュラのリベットガン程度なら貫通することはないだろう。

 


 この種の改造は遠隔地まで足を延ばす、トランスポーターの車両に多いという。

 群がるレヴュラを都合よく、設置してある銃座で薙ぎ払いながら進む……そんなのは物語やゲームの中だけだ。

 貴重な弾丸を景気よくバラ撒くなんて事はしない。

 容赦なく撥ね飛ばすのだ。……勢いをつけて。


 鉄パイプや鋼材、金網などで強化されたフロント部分は、最初からD級やC級レヴュラを撥ね飛ばすことを想定したものだ。


 ――そんな時だ。誰かが驚いた声を上げる。

 

「林だ……」

「ブレイズの連中もいるぜ」


 先日、ギルド内で発砲した件によって、ユニオンから拘留されていた、林の処分が決まったらしい。

 

 ――追放処分。

 林のみならず、ブレイズ隊もまとめての放逐となった。

 先日の発砲事件だけではない。ブレイズ隊の悪行はクオムでも、かなり広まっている。

 それを踏まえ、情状酌量の余地すら、一切与えない決定となったのだろう。


 背後をガーディアンに固められ、手錠をかけられた林達はゲートに向かって歩く。

 遠征メンバーたちとすれ違う際に、林は真の姿を見止め、低く呟いた。


「篠崎……てめえだけは絶対許さねぇからな。そこの首輪付きもだ」

 だが、背中をガーディアンに押され、林はその言葉だけを残し、ゲートの方へ向かう。


 先日の一件を根に持っているのは明らかだ。

 ――だが、真と林が顔を合わせる事は、もう二度とないだろう。


 クオム内においては、ハンターであっても、理由なき発砲は禁止されている。

 

 ――だが。

 ――”外”は別だ。


 林やブレイズ隊が”おいた”をした件で、香港紅龍會の(ジャオ)はご立腹だ。

 電災前の歌舞伎町では、事あれば青龍刀を振り回す、紅龍會きっての武闘派。

 

 東日本最大の暴力団組織……東邦会こと、東邦連誠会。

 歌舞伎町をテリトリーとする、その直参組織……超武闘派の荒神会と幾度となく、血で血を洗う抗争事件を繰り広げてきた、筋金入りの大陸系組織(マフィア)

 

 そんな組織の中でも、バリバリの武闘派である趙を怒らせたのだ。

 お茶でも飲んで、共に語り合って穏便に済ませる……そんなわけがない。


 林達がガーディアンに背突かれるようにゲートへ向かっていく姿を……睨むように、明らかに目で追いながら歩く男たちがいた。

 彼らが何者なのか、今更考えるまでもない。


 ――彼らの口が発する言葉は、明らかに日本語ではなかった。

 

 

 クオムのゲートは、住民カードを提示すれば、基本的に出入りは自由だ。

 ハンターのようにレヴュラを狩りに行く者もいれば、荒れ果てた街の中で物資を探し求める者もいる。

 そのため、ゲートの開閉要請に関しては記録は残るが、自由に外へ出ていく事は許可されている。


 ”外”に出てしまえば、そこは治外法権であり、弱肉強食の世界。

 襲ってくる相手は異形の機械兵器、レヴュラだけとは限らない。

 ……サヴェージスのように『奪う側』に進んで立った者もいる。

 

 彼等もまたレヴュラと同様に、クオムに住まう者達の常識やルールなどに耳を傾けてなどはくれない。


 林達から少し離れて後を追うように歩く男達。

 言わずとも、なんに使うのかわかってしまう……その手にはロープなどを携えていた。

 

 彼らが”外”に出た瞬間、なにをするのかは……答えは明白。

 あのにやけたニキビ面を見る事はもうないだろう。



「――あいつら、終わったな」

 誰かが話す。

 林達がどうなるかなど、誰も予想はしない。

 そんなことをしなくても、結果は火を見るより明らかだからだ。


 この街が歌舞伎町と呼ばれていた頃から、街の住民には暗黙の了解がいくつかある。

 そのうちのひとつに、台湾最大の黒社会組織、青竹聯盟チンチュー・リエンモン

 その日本総監である、黒王……王明を怒らせてはいけないというものがある。

 

 かつて、水面下で様々な海外組織が、街の利権を巡り対立していた頃、バカな福建流氓が王の部下を襲うという事件が起こった。

 この事に彼は激怒し……歌舞伎町からは老若男女を問わず、福建人が一人残らず姿を消したと言われている。


 だが、それと同じくらい『怒らせてはいけない』組織が存在した。


 ――香港紅龍會。

 大陸系黒社会組織である紅龍會は、ビジネスの形で日本社会に根を張り始めたと言われている。

 実際に、多くの不動産を持ち、堂々と看板を掲げた”表”の会社も都内各所にあるのだ。

 ――だが、彼等は別に金儲けしかできない組織ではない。


 チャイナマネーを武器に、経済界に深く根を張っていると言っても、紅龍會は紛れもない黒社会組織(マフィア)だ。


 武闘派である趙以上に、紅龍會には、純粋に暴力を専門とする奴も多い。


 それと同時に、彼らには 『紅包大抽籤ホンパオダーチョウチェン』と呼ばれる裏富籤など、”裏の金”を支配する力があった。

 紅包大抽籤は、地元所轄の新宿署の警官や、都庁勤めの高官。一説には政治家すら手を出していたと言われている。

 ……つまり、当然のことながら、何らかの癒着くらいはあるだろう。

 そんな影響力を持つ相手を怒らせた奴が、この世から忽然と姿を消したとて……握りつぶす事など、造作もないという事だ。


 東邦会、青竹聯盟、香港紅龍會。この三組織だけは、歌舞伎町に住む者なら、表立って敵に回す事はしない。

 ――たとえそれが、暴力と恫喝を生業とする半グレであってもだ。


 そして、それらの組織は、この荒れた世界であっても、未だ強い支配力を持っている。

 東邦会は、クオムの防衛、防人となる事へと舵を切り、青竹聯盟は主に物流と経済を支配している。

 そして、紅龍會は……歌舞伎町らしい『夜』の帝王だった。


 例え荒れ果てた世界であっても、人間は欲望を押さえることはできない。

 食欲、睡眠欲……そして性欲。

 酒と女に飢えている人間はいくらでもいる。

 彼らはそれらを提供する場を作り、博打をはじめとする娯楽を作り、莫大な利益をあげているのだ。

 

 同胞であり、大切な”商品”、そして(ジャオ)の情婦に薬を盛り、おいたをした連中を……紅龍會がただで済ませるわけがない。

 尤も……林も、ブレイズ隊の連中も、今更後悔する猶予すら与えてはもらえないだろうが。


 ――遠征に赴くメンバーは、林がどうなるのか等、今更大して気にする事もなく、出発の準備を進める。

 

「真!今回は一緒だね? B級キラーの腕前、期待してるよ?」

 場違いなほどに明るい声を響かせるのは、林追放の直接的原因ともなった、ルナだ。

 彼女と共に、プリムローズ隊……別名メカドール隊のメンバーも勢ぞろいしている。

 ……さすが、元歌舞伎町のキャスト達が集まった部隊。

 メカドールとはいえ、容姿端麗のプリムローズ隊が勢揃いする様子は、ささやかな眼福とさえ言えよう。


「できることなら、B級なんて、会いたくねぇんだよ」

 真は肩を竦め、苦々しい笑みを浮かべる。


 前回は、ビルの上という立地条件もあったし、たまたま携行していた69式火箭筒という、強い味方もあったから『スカラベ』の猛攻を抑える事が出来た。


 だが、今回は複数のハンター小隊が連携する作戦だ。

 むやみやたらにロケットランチャーなど、ぶっ放せない。

 ――念のためにAT-4は持って来ているが、なにせ高くつく兵器で、そうポンポン手に入る代物じゃないのだ。

 使わずに済むなら、それに越したことはない。


「おい……あれ……」

 そんな時、誰かが声を上げる。

 その視線の先にいたのは……『ユニオンマスター』こと、この新宿クオムを立ち上げ、代表の座に座る男。

 ――羽山彰一。

 かつては、歌舞伎町の不動産王とまで言われ、電災が起こると、すぐさま歌舞伎町をバリケードで取り囲んだ要塞居住区にする計画を提唱した男だ。

 そして、その傍ら、にギルドマスターでもある、沢村の姿も見える。


 代表者自らお見送り……といったところだろうか。


 羽山が遠征メンバーを見つめ、口を開く。


「みんなを危険極まりない場所に送り出す事に関して、本当に申し訳ないと思っている」

「でも、この歌舞伎町を……いや、新宿クオムを守る最前線に立って、生き抜いてきたハンター達だ」

「必ずや、成功してくれると信じている」


「この新宿クオムの危機を救ってくれると信じて、吉報を期待しているよ?」


 ハンターという看板を背負って、戦い抜いてきた者達。

 約50名ほどの遠征メンバーは、羽山の激励の言葉に、決意を新たにし、それぞれの荷物を担ぎ上げた。


いよいよ、新宿クオムの食糧危機を回避するための旅に出ます。

次回以降、しばらく新宿クオムとはお別れとなり、遠征にまつわる

エピソード展開をしていきますね。

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