EP9 青春爆走歌
ライブ当日。
陽一は建物の前で、スマホと看板を交互に見た。
「……ここか」
神崎から貰ったチケットに書かれている場所と同じだ。
間違ってはいない。
間違ってはいないのだが。
中から漏れてくる音と、出入りしている人間を見る。
「…………」
帰るか。
一瞬だけ考えた。
そもそも、バンドのライブなんて来たことがない。
どういう顔をして入ればいいのかも分からない。
財布を開く。
神崎から貰ったチケットが入っている。
「……せっかく来たしな」
ここまで来て帰るのも馬鹿らしい。
陽一はチケットを取り出して、中へ入った。
*
思っていたより、人がいた。
身内が何人か集まって騒ぐ程度だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「……結構いるな」
「でしょ?」
「うわっ」
すぐ横から声がした。
振り向けば、ナオが立っていた。
「びっくりした」
「ごめんごめん。陽一さん見つけたから」
「いたなら声掛けてよ」
「掛けたじゃん」
「もっと遠くから」
「注文多いなあ」
ナオが笑う。
「本当に来たんだ」
「チケット貰ったから」
「神崎、喜ぶよ。来ないかもって言ってたし」
「じゃあ帰ろうかな」
「なんでそうなるの」
「期待には応えないと」
「そっちの期待には応えなくていいから」
「あ、いた」
ナオが陽一の後ろへ手を振った。
「神崎ー!」
「ん?」
振り向いた神崎と目が合う。
一瞬止まった。
「陽一さん! マジで来た!」
「来たよ」
「絶対来ないと思ってた!」
「じゃあ帰る」
「なんで!?」
ナオが横で吹き出した。
「ほら。私も同じこと言われた」
「二人して何なんすか!」
「お前が来ないと思ってたって言うからだろ」
「それと帰るのは別じゃないすか!」
「そう?」
「そうっすよ!」
「そういや」
陽一は手を差し出した。
「千円」
「…………」
「返して」
「第一声じゃなかっただけ成長しましたね」
「いいから」
「持ってきてますよ!」
神崎は財布から千円札を取り出して、陽一の手へ押しつけた。
「俺そんな信用ないっすか?」
「バス代なくす奴だからな」
「一回だけじゃないすか!」
「一回あれば十分だろ」
「それはそうっすけど……」
「認めるんだ」
ナオが笑った。
「ナオまでそっち側に行くなよ」
「最初からこっち側だけど」
「敵しかいねえ!」
「そろそろ行かなくていいの?」
「あ」
神崎が時間を確認する。
「やべ。もう行くわ」
「頑張って」
「陽一さん」
「何」
「今日見ててくださいよ」
神崎が少し得意そうに笑った。
「俺、ちゃんとギターボーカルなんで」
「タンバリンじゃないの?」
「違うっつってるでしょ!」
「じゃあね、陽一さん」
ナオが神崎の背中を押した。
「あとで」
「うん」
「神崎も頑張って」
「俺ついで!?」
そのまま二人は奥へ消えていった。
途端に一人になる。
「…………」
陽一は辺りを見回した。
やることがない。
仕方なく、適当な場所で開演を待つことにした。
*
しばらくして、照明が落ちた。
話し声が小さくなり、客の視線がステージへ集まっていく。
暗がりの中から四人が現れた。
「……四人だったのか」
中央にはギターを肩から提げた神崎。
その後ろにナオ。
残る二人は、ベースとキーボードらしい。
知らない顔だった。
陽一は改めて神崎を見る。
「…………」
ちゃんとギターを持っている。
当たり前なのだが、工場で作業着を着ている時とは随分印象が違った。
ステージの中央に立っているだけで、妙に様になっている。
「……本当にギターボーカルなんだな」
少しだけ失礼な感想が漏れた。
だが、それ以上に陽一の目を引いたのは、その後ろだった。
ナオがドラムセットの向こうへ座る。
スティックを握り、足元を確かめる。
片方を指先でくるりと回し、そのまま掴んだ。
「…………」
さっきまで神崎を笑っていた時とは、まるで雰囲気が違う。
余計な動きが消えている。
ただ準備をしているだけなのに、自然と目が向いた。
「……格好いいな」
考えるより先に出た。
神崎も格好いい。
普段との落差なら、むしろあいつの方が大きい。
けれどナオは、それとは少し違った。
ドラムの前に座っている姿そのものが、妙に格好よく見えた。
そんなことを考えている間に、準備が整ったらしい。
神崎がマイクの前へ立つ。
客席を見渡して、口元を上げた。
「お前ら、久しぶり!」
歓声が返った。
「リノリウムの神崎だ!」
さっきまでとは声の出し方まで違う。
客席からさらに大きな声が飛ぶ。
陽一は少し面食らった。
思っていたより、ずっと人気がある。
神崎は嬉しそうに笑うと、ギターを構えた。
「今日、死ぬほど盛り上げてやるから――よろしく!」
歓声が一段大きくなる。
「一曲目! 俺らのオリジナル――」
神崎が後ろを振り返った。
ナオがスティックを構える。
「『青春爆走歌』!」
その曲名にも歓声が返った。
どうやら知っている客もいるらしい。
神崎とナオの目が合う。
小さく頷いた。
ナオがスティックを持ち上げる。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
振り下ろされた一発と同時に、神崎のギターが鳴った。
腹の底まで音が響く。
「――っ」
陽一は思わず目を見開いた。
速い。
荒っぽい。
それなのに、妙に気持ちいい。
その音の真ん中へ飛び込むように、神崎がマイクへ食らいついた。
――『青春爆走歌』。
名前の通りだった。
今回短めです2部構成のため後編を明日出します
ちなみにタイトルとオリジナル曲と言ってる青春爆走歌ですが元ネタはサンボマスターの青春狂走曲とDiggy-MO'の爆走夢歌を混ぜただけですw
どちらも聞いてみてください




