EP10 ダイナマイト
最後の一音が鳴り止んだ。
一拍遅れて、歓声と拍手がライブハウスを埋める。
「ありがとー!」
神崎がギターを掲げた。
最後の曲は『カサブタ』。
陽一も知っている曲だった。
最初は後ろの方で突っ立っていただけだったはずなのに、気付けば随分前まで来ていた。
「…………」
手も叩いている。
どうやら、思っていたより楽しんでいたらしい。
ステージの四人が頭を下げる。
神崎が最後まで客に手を振り、ナオがスティックを掲げた。
その姿を見ながら、陽一はもう一度拍手した。
*
「陽一さん!」
「うわ、暑苦しい」
ライブが終わってしばらくすると、汗だくの神崎が走ってきた。
「どうでした!?」
「うるさかった」
「ライブなんだから当たり前でしょ!」
「あと暑かった」
「感想そこ!?」
「人多かったし」
「俺らの感想!」
後ろからナオもやってくる。
「お疲れ」
「ありがと。どうだった?」
「ナオさん格好よかったよ」
「ほんと?」
ナオが嬉しそうに笑った。
「うん。なんか一番見てた」
「陽一さん?」
「何?」
「俺は?」
「いたね」
「いましたよ!」
「冗談だよ」
陽一は笑った。
「神崎も格好よかったよ」
「マジっすか!」
「ちゃんとギターボーカルだった」
「そこまだ疑ってたんすか!?」
普段の神崎を知っていると、どうしてもステージの上の男と同一人物だとは思いにくい。
だが、格好よかったのは本当だった。
「で、このあと打ち上げ行くんすけど」
「楽しんできて」
「陽一さんもっすよ」
「俺?」
「ここまで来たんだから行きましょうよ」
「俺、関係者じゃないだろ」
「大丈夫大丈夫」
「何が?」
ナオも笑いながら頷く。
「来ればいいじゃん。明日休みでしょ?」
「まあ……」
「決まり!」
「神崎が決めるな」
とは言ったものの。
断る理由も、特になかった。
*
それから一時間ほど後。
陽一は少しだけ後悔していた。
「いや、あそこ絶対ヒロトが走ったって」
「俺じゃねえって!」
「じゃあ誰だよ」
「純之助だろ」
「俺は合ってた」
「お前は二曲目の頭から合ってねえよ!」
「…………」
陽一は黙って唐揚げを食べた。
うまい。
テーブルを囲んでいるのは、陽一を含めて五人。
神崎とナオ。
それに、ライブでベースとキーボードを担当していた二人。
さっきから四人の会話が止まらない。
「あそこナオも早かっただろ」
「ヒロトが走ったから合わせたの」
「だから俺じゃないって!」
「高校の時も同じこと言ってたよね」
「あれは純之助!」
「俺は知らん」
「お前だよ!」
四人が笑う。
「…………」
陽一も少し遅れて笑った。
面白くないわけではない。
ただ、誰がいつ何をやらかしたのか。
高校の頃がどうだったのか。
どの曲の、どこの話をしているのか。
さっぱり分からない。
「そういや、あの時も――」
「あったあった!」
「…………」
また知らない話が始まった。
陽一は口を挟もうとして――やめた。
代わりに枝豆を一つ取る。
別に居心地が悪いわけではない。
ただ、自分だけ少し離れたところから四人を見ているような感覚があった。
長く一緒にやってきた連中なのだろう。
目配せ一つで話が通じて、誰かが途中まで話せば、残りが勝手に続きを思い出して笑う。
そこへ今日初めて来た自分が混ざれないのは、まあ当然だった。
「純之助。二曲目の頭、あれ何だったんだよ」
神崎がベースの男を睨んだ。
長めの黒髪に、四人の中では一番がっしりした体格。
半袖から覗く腕には、いくつもの刺青が見えていた。
ライブ中から思っていたが、近くで見ると余計に迫力がある。
「何が?」
「ベースソロ」
「ああ」
「ああ、じゃねえよ。練習で一回もやってないだろ」
男は平然と箸を動かした。
「今日は神がベースラインを教えてくれたんだ」
「本番中に神の言うこと聞くなよ」
「客は沸いてたぞ」
「俺ら三人は困惑してたんだよ!」
「私は『また始まった』って思った」
ナオが笑う。
「ほら」
「何がほらなんだよ!」
男の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「次はもうちょっと長くしてもいいな」
「反省会だぞ!?」
「八小節くらい」
「普通にリズム刻め!」
「十六でも――」
「増やすな!」
また四人が笑う。
陽一も笑った。
今のは、なんとなく分かった。
どうやらライブで聞いたあの派手なベースは、本来存在しなかったらしい。
そして、目の前の男が思っていたより随分と勝手なのも分かった。
「…………」
それでも、会話に入るほどではない。
陽一は残っていた枝豆へ手を伸ばした。
「田島さん」
「ん?」
不意に声を掛けられ、顔を上げる。
キーボードを弾いていた男が、こちらを見ていた。
黒川とは対照的に細身で、短く整えた黒髪。
切れ長の目に、すっきりとした顔立ち。
ステージではあまり目立つ方ではなかったが、近くで見ると随分と整った顔をしていた。
いわゆる塩顔のイケメンというやつだろう。
「好きな女のタイプは?」
「……急だな」
陽一の箸が止まった。
「昌利」
ナオが呆れたように名前を呼ぶ。
「何?」
「初対面だよ」
「だから聞いてる」
「普通、仕事とか趣味とかじゃない?」
「女の趣味には人間性が出る」
「出るかな……」
妙に真剣な顔だった。
陽一は呆れながらも、少し考える。
その瞬間。
夏の日差しが頭をよぎった。
海。
波の音。
いつもは結んでいた長い髪が、風に揺れている。
青銀の瞳がこちらを向いた。
『ねえ、どう?』
「……淡い金髪で」
ぽつりと口から零れた。
「目が――」
そこで止まる。
「…………」
なんで今。
加奈が出てくる。
「いや、なんでもない」
「なるほど」
「何が?」
男が腕を組む。
「淡い金髪」
「うん」
「青い目」
「そこまで言ってない」
「外国人」
「いや、だから――」
男は少し考えると、両手を胸の前へ持ち上げた。
「この辺が、こう」
大きな丸を描く。
「何してんの?」
今度は腰の辺りで両手を狭める。
「ここがキュッ」
「おい」
そして、そのまま両手を大きく広げた。
「下がドン」
「何を完成させてんだよ」
男は一人で納得したように頷いた。
「なるほど」
「何一つなるほどじゃないよ」
「田島さん、ダイナマイトガールが好きなんだな」
「誰だよダイナマイトガール」
「金髪碧眼、ボン、キュッ、ボン」
「俺が言ったの淡い金髪だけだよ!」
「こだわりか」
「そこじゃない!」
男の口元がゆっくりと歪む。
ニチャッ。
「いい趣味だ」
「だからそれ、お前の趣味だろ!」
「仲良くなれそう」
「今のでなりたくなくなったよ」
ナオが深いため息をついた。
「ごめん陽一さん。昌利、黙ってれば女ウケする顔なんだけど」
陽一は改めて男を見る。
確かに。
派手さのない塩顔で、黙って座っていれば女が寄ってきそうな雰囲気もある。
「本当に黙ってた方がいいな」
「酷くない?」
「初対面の人間の好みを勝手にダイナマイトガールにした奴が何言ってんの」
男は何事もなかったように陽一へ手を差し出した。
「相沢昌利。キーボード」
「今自己紹介するの?」
「ギターも弾く」
「さっきまでの話どこ行ったんだよ」
「終わった」
「お前が勝手に始めて勝手に終わらせたんだよ」
それでも陽一はその手を握った。
「田島陽一。よろしく」
「よろしく」
相沢は何事もなかったように料理へ戻った。
「…………」
顔はいい。
たぶん、かなりモテる。
黙っていれば。
「俺もちゃんと名乗ってなかったな」
刺青の男が口を開く。
「黒川純之助。ベース」
「田島です。よろしく」
「よろしく」
見た目は一番怖い。
だが、話してみれば相沢より遥かに普通そうだった。
「ちなみに俺はメタルがやりたい」
「……普通でもなかった」
「高校の頃からずっと言ってるんすよ、こいつ」
神崎が呆れたように言う。
「じゃあなんで一緒にやってるの?」
「腐れ縁」
黒川が即答した。
「純之助、お前なんだかんだ俺のこと好きだよな」
「そういうところが嫌い」
「照れんなって」
「殴るぞ」
「怖っ」
陽一は思わず笑った。
さっきまで遠くから眺めていた輪が、少しだけ近くなった気がした。
*
「神崎、会社でちゃんと働いてる?」
黒川が陽一に聞いた。
「なんで俺じゃなくて陽一さんに聞くんだよ」
「本人に聞いても意味ないだろ」
「働いてるよ」
陽一は答えた。
「最近は」
「陽一さん!」
「最近は?」
ナオが食いつく。
「最初は人のバイクに勝手に跨って怒られてた」
「あー……」
黒川が納得したように頷いた。
「やりそう」
「純之助!?」
「ヒロトだしね」
ナオまで頷く。
「お前ら俺の扱い酷くない!?」
「でも仕事はちゃんとしてるよ」
陽一が付け加える。
「覚えるの早いし」
「陽一さん……!」
「うるさいけど」
「一言余計!」
笑いが起きる。
今度は、陽一も遅れなかった。
「そういや神崎、親父さんとはどうなったの?」
ナオが聞く。
「どうもなってない。連絡もしてない」
「まだ?」
「だって帰ったら絶対あれだぞ。朝から走らされるんだぞ」
「何キロ?」
「知らん。十キロとか」
「普通じゃない?」
「どこが!?」
「軍関係ならそれくらいやるんじゃないの」
「だから嫌なんだよ!」
神崎は心底嫌そうな顔をした。
「俺はギター弾きたいの。なんで朝から走らなきゃいけないんだよ」
「体力つくじゃん」
「ライブに十キロ走る体力いらねえよ!」
「逃げてきたんだっけ?」
「逃げたんじゃない。親父と喧嘩して出てきた」
「同じじゃない?」
「違う!」
陽一は笑いながら酒を口へ運んだ。
さっきまで分からなかった四人の話に、自分も少しずつ口を挟めるようになっている。
高校の頃から神崎と黒川は一緒にいること。
途中からナオが加わったこと。
相沢は大学に入ってかららしい。
詳しい話まではしなかった。
ただ、三人が神崎を雑に扱う理由だけは、なんとなく分かった気がした。
「しかし」
陽一はナオを見る。
「ドラムってすごいんだな」
「急にどうしたの?」
「今日ちゃんと見たの初めてだったから」
「へえ」
「手だけじゃなくて足もずっと動いてるし」
「そうだよ」
「よくあんなの何曲も続けられるね」
「慣れかな」
ナオが笑った。
「興味ある?」
「興味って?」
「ドラム」
「うーん……」
陽一は少し考える。
「分かんない。でも格好いいとは思った」
「じゃあ明日来る?」
「どこに?」
「スタジオ」
神崎が横から身を乗り出した。
「俺ら明日も練習するんすよ」
「明日?」
「はい」
「今日ライブだったよね?」
「そうっすよ」
「休まないの?」
四人が顔を見合わせた。
「……なんで?」
ナオが首を傾げる。
「いや、なんでって……」
陽一の方が分からなくなった。
ライブを一本やった翌日くらい、休むものだと思っていた。
「別に毎日やってるわけじゃないし」
黒川が言う。
「スタジオ取ってるから」
「そういうもんなの?」
「そういうもん」
相沢が答えた。
「…………」
そして、ニチャッと笑った。
「なんで今笑った?」
「別に」
「何か考えただろ」
「何も」
「その顔で言われても信用できないんだけど」
「来ます?」
神崎が笑う。
「見てるだけでもいいっすよ」
「…………」
予定はない。
どうせ明日も暇だ。
「邪魔じゃないなら」
「全然!」
「じゃあ……行ってみようかな」
「決まりっすね」
神崎が嬉しそうに笑った。
「明日迎え行きますよ」
「いや、場所教えてくれれば――」
「迎え行きます」
「なんで二回言った?」
「陽一さん、来るって言って寝てそうだから」
「俺を何だと思ってるんだよ」
「暇人」
「帰るぞ」
「すいません!」
また笑いが起きた。
陽一も笑った。
ライブを見に来ただけだったはずなのに。
気付けば打ち上げに混ざって、知らなかった二人と知り合って。
明日はスタジオに行くらしい。
「…………」
まあ。
悪くない。
そう思いながら、陽一は残っていた唐揚げへ箸を伸ばした。
「あ、それ俺が最後に食おうと思ってたやつ!」
「知らないよ」
「陽一さん!」
神崎の声を無視して、口へ放り込む。
うまかった。
今回紹介した曲は全部アニソンだったことに後で気づきましたw
ぼちぼち色んな曲好きなのを混ぜて勝手に紹介します
今後もよろしくお願い




