EP8 タダより高いものはない
週が明けた。
休みが終われば、またいつもの工場だった。
「山本さん、十二のメガネお願いします」
「ほら」
「ありがとうございます」
受け取ったメガネレンチをボルトに掛ける。
「そういや、休み何してた」
「ちょっと走ってきました」
「CBで?」
「はい。海の方まで」
「へえ。どうだった」
「楽しかったですよ。途中で止まりましたけど」
「……止まった?」
「ガス欠です」
「入れてなかったのか?」
「入ってました」
「じゃあ何で」
「リザーブってあるんですね」
「……お前、知らなかったのか?」
「知らなかったです」
「俺、教えなかったか?」
「聞いてないです」
「教えたと思うぞ」
「じゃあ俺か山本さん、どっちか記憶失ってます」
「俺を巻き込むな」
陽一は外したボルトを作業台へ置いた。
「通りすがりの人が教えてくれました」
「運がよかったな」
「最初は終わったと思いましたけどね」
「故障か?」
「人です」
「人?」
「でかくて、髭生えてて、サングラスで、刺青だらけで」
「……よく逃げなかったな」
「バイク止まってるんで逃げられないですよ」
「そりゃそうだ」
「でも、めちゃくちゃいい人でした。パンヘッドのチョッパー乗ってて」
「へえ」
「リジッドで、フォークも変に伸ばしてなくて――」
「人よりバイクの説明の方が詳しいじゃねえか」
「名前聞けなかったんで」
「そっちは聞いとけよ」
「聞こうとしたら行っちゃったんですよ」
「まあ、乗ってりゃまた会うこともあるさ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんだ」
「いいなあ」
いつの間にか神崎が横にいた。
「いつからいた」
「パンヘッドからっす」
「ほぼ最後じゃん」
「大事なとこじゃないすか。俺も走りてえなあ」
「自分の買ったらな」
「それがいつになることやら……」
神崎が遠い目で天井を見上げる。
「頑張れ」
「軽っ」
「応援しただろ」
「もうちょっと気持ち込めてもらっていいすか?」
「気持ちは別料金」
「応援に課金要素あるんすか?」
「無料で欲しがるなよ」
「世知辛いなあ」
神崎が笑った。
「そういや神崎」
少し離れたところから声が掛かった。
「はい?」
「お前の歓迎会、まだやってなかったな」
神崎の顔がぱっと明るくなる。
「やっとっすか!」
「普通に歓迎はしてるよ」
「気持ちじゃなくて形が欲しいんすよ、形が」
「めんどくせえな。じゃあ土曜」
「急っ!」
「お前が欲しがったんだろ」
周囲から笑いが漏れる。
「陽一も来るだろ?」
「予定ないんで、いいですよ」
「…………」
神崎がこっちを見ている。
「何」
「断らないんすね」
「断ってほしい?」
「いや、来てほしいっす」
「じゃあ黙って喜べよ」
神崎が口を閉じた。
三秒。
「いや、やっぱ無理っす」
「知ってる」
*
土曜日。
仕事を終えた一行は、そのまま神崎の歓迎会へ向かった。
乾杯を済ませてしまえば、あとは仕事の話や休日の話をしながら飯を食う、いつもの飲み会と大して変わらない。
違うのは、今日の主役が一番よく喋っていることくらいだった。
「神崎、お前大学出てから少し間空いてるだろ?」
「ああ。親父と喧嘩したんすよ」
「親父?」
「軍関係の仕事してるんすけど、卒業したら俺も来いって言われてて」
「それが嫌だったのか?」
「嫌っすよ」
即答だった。
「軍でしょ? 絶対朝から十キロ走らされるじゃないすか」
「そこ?」
「そこ大事っすよ」
神崎は箸を置くと、腕立てでもするように両手を上下させた。
「十キロ走って、腕立てして、泥の中這って――」
今度は指先をテーブルの上で這わせる。
「で、後ろから『遅い!』とか怒鳴られるんすよ、絶対」
「誰に?」
「教官とか」
「会ったことあるの?」
「ないっす」
「…………」
「でも絶対いるじゃないすか」
それまで聞いていた陽一も口を挟んだ。
「お前の頭の中、もう入隊してんじゃん」
「だから逃げてきたんすよ!」
「まだ何もされてないのに?」
「危険を察知したんす」
「偏見だろ」
「危機管理能力っす」
あまりに真顔で言うものだから、陽一も堪えきれずに笑った。
「便利だな、その言葉」
「使っていいっすよ」
「いらない」
「で、親父と揉めて。好きにしろって言われたんで、本当に好きにした感じっす」
「それでここか」
「そうっす」
「大学では何してたんだ?」
「バンドっすよ」
「何担当?」
「ギターボーカルっす」
陽一は思わず神崎を見た。
「何すか」
「いや」
「絶対なんか思ったでしょ」
「……タンバリンかと思ってた」
「なんで!?」
神崎が箸を持ったまま勢いよく振り向いた。
「俺のどこ見てタンバリンだと思ったんすか!」
「陽気さ?」
「見た目関係なくなってるじゃないすか!」
「でも似合いそう」
「俺、ステージの端でずっとシャンシャンしてるイメージなんすか?」
陽一は頭の中で想像してみた。
「……うん」
「想像してから答えるのやめてもらっていいすか!」
「今もバンドやってるのか?」
「やってますよ! 話変えた!」
「ちょうどいいじゃん」
「よくないっすよ!」
神崎はまだ何か言いたそうだったが、諦めたらしい。
「……まあ、ちょうど来週ライブあるんすよ」
「へえ」
「よかったら来てくださいよ」
鞄から何枚かチケットを取り出す。
「いくら?」
「タダでいいっすよ」
「いいの?」
「全然いいっすよ、このくらい」
少し格好をつけながら、神崎は何人かへチケットを配っていく。
陽一の前にも一枚置かれた。
「陽一さんも」
「俺、バンド分からんぞ」
「聴くだけなんで大丈夫っすよ」
「寝ても?」
「ダメっすよ!」
「注文多いな」
「一個しか言ってない!」
陽一は笑いながらチケットを財布へしまった。
「まあ、暇だったら」
「絶対来てくださいよ」
「しつこいとタンバリン持っていくぞ」
「それだけはやめてください」
「練習してく」
「本気出さなくていいっす!」
また周りから笑いが起きた。
*
歓迎会が終わり、店の前で解散する。
陽一も帰ろうとしたところで、神崎が追ってきた。
「陽一さん」
「ん?」
「千円あります?」
「あるけど」
「ください」
「なんで」
「バス代なかったっす」
「……何してんだよ」
「計算間違えました」
仕方なく財布を開く。
その中のライブチケットを見て、神崎が指を差した。
「あ、それ千円ってことで」
「さっきタダって言ったよな」
「じゃあ貸してください」
「切り替え早いな」
千円札を一枚渡す。
「ありがとうございます!」
「月曜返せよ」
「もちろんっす」
「……今ちょっと間あったよな」
「気のせいっす」
「月曜な」
「はい!」
神崎は千円札を握ってバス停へ向かった。
*
アパートへ帰り、財布を机に置く。
中から一枚の紙が覗いていた。
神崎のライブチケット。
陽一はそれを取り出す。
日時と場所。
その下に、見慣れないバンド名が書かれている。
「……ギターボーカル、ね」
普段の神崎からは、いまいち想像がつかなかった。
行くとは約束していない。
それでもチケットは捨てず、机の端へ置いた。
ぼちぼち書いてますが文章をもう少しどうにかしたい欲が自分にもありますがどう改良したらいか分からないのでご指導いただけると助かります
会話が多いよなと自分では思ってるので少しどうにかしたいです




