EP6 暇人ついてくる
昨日投稿するはずが予約間違えて今日になってました
そのため2話投稿します
休日というものは、何もしなくても減っていく。
朝起きて、顔を洗う。
いつものように十字架を手に取り、短く祈って首に掛けた。
それから飯を食べ、洗濯機を回す。
洗濯物を干し終わった頃には、日もすっかり高くなっていた。
窓の外は晴れている。
出掛ける予定はない。
誰かと会う約束もない。
陽一にとっては、それで十分な休日だった。
さて、何をするか。
そう考えながら台所の下を開ける。
「……ないな」
洗剤がほとんど残っていない。
ついでに冷蔵庫を開ける。
卵が二つ。半分使った玉ねぎ。あとは調味料がいくつか。
閉めた。
洗面台を見る。
シャンプーも残り少ない。
トイレットペーパーも次を買っておいた方がよさそうだった。
「買い物行くか」
結局、休日というのはこういうもので潰れる。
財布と鍵をポケットへ入れ、部屋を出た。
外へ出ると、夏の日差しがアパートの前まで差し込んでいた。
暑い。
けれど、バイクで走れば多少はましだろう。
一階の自室前に停めてあるCBからカバーを外す。
銀色のタンクに青いライン。
少し前まで、部屋の一畳半を占領していたもの。
何年も掛けて山本と直したもの。
それが今では、当たり前のようにここにある。
陽一はタンクを軽く撫で、キーを差し込んだ。
「田島さん」
声がした。
聞こえなかったことにした。
「田島さん」
燃料コックを見る。
「田島さんって」
「……何ですか」
仕方なく振り返った。
隣の部屋の前に神崎が立っていた。
Tシャツに短パン。
髪も少し跳ねている。
どう見ても、今起きましたという格好だった。
「何してるんすか?」
「見れば分かるでしょう」
「出掛けるんすか?」
「買い物です」
「どこまで?」
「ショッピングセンター」
「あ、俺も行っていいすか?」
「何か買うんです?」
「いや、別に」
「じゃあ何しに来るんですか」
「暇なんすよ」
「…………」
堂々と言い切った。
ここまで迷いなく言われると、逆に何も返せない。
「一人で暇しててくださいよ」
「嫌っすよ。せっかくの休みなのに」
「俺も休みなんですけど」
「だからちょうどいいじゃないすか」
「何が?」
「あ、ちょっと待っててください」
「え?」
「すぐ戻るんで!」
神崎は返事も待たず、自分の部屋へ引っ込んだ。
扉が閉まる。
陽一はしばらくそこを見ていた。
「……待つとは言ってないんだけどな」
このまま行ってしまおうか。
そう思ってCBへ跨ろうとしたところで、また扉が開いた。
「お待たせっす!」
神崎が出てくる。
その手には、ヘルメットがあった。
「…………」
陽一はヘルメットを見る。
神崎を見る。
もう一度ヘルメットを見る。
「なんで持ってるんですか」
「まあまあ、気にしないで! 行きましょ!」
「めんどくせぇ……」
聞いたら長くなる。
陽一は早々に諦めた。
「ほら」
「やった」
「変なことしたら降ろしますからね」
「しないっすよ。人を何だと思ってるんすか」
「人のバイクに勝手に跨る人」
「それはもう謝ったじゃないすか」
「ならいいです」
神崎がヘルメットを被り、後ろへ乗った。
「行きますよ」
「お願いしまーす」
エンジンを掛ける。
CBがアパートを離れた。
*
走り出して十分もしないうちに、陽一は一つ気づいた。
神崎は後ろに乗るのが妙に上手い。
発進しても身体が遅れない。
ブレーキを掛けても陽一の背中へぶつかってこない。
カーブでも変に身体を起こさず、自然についてくる。
少なくとも、初めてではない。
赤信号で止まる。
陽一は少しだけ振り返った。
「神崎さん」
「はい?」
「バイク乗ったことあるでしょう」
「あるっすよ」
「やっぱり。免許持ってるんです?」
「普通二輪なら」
「じゃあ、なんで自分のバイクないんですか」
「あー……」
少しだけ間が空いた。
「親が反対してたんすよ。危ないから駄目だって」
「でも免許は取ったんですね」
「そこはまあ、こっそり」
「駄目じゃないですか」
「取ったもん勝ちじゃないすか?」
「その理屈ならバイクも買えばよかったでしょう」
「いや、それはバレるでしょ」
「免許もバレるでしょう」
「バレたっすよ」
「でしょうね」
悪びれる様子もない。
「じゃあ免許取っただけ?」
「いや、乗ってはいたっすよ」
「何に?」
「そこは色々」
「また色々ですか」
「青春には色々あるんすよ」
「便利ですね、その言葉」
「便利っすよ」
信号が青へ変わる。
「行きますよ」
「はいはい」
CBを発進させる。
結局、何に乗っていたのかまでは聞けなかった。
まあいい。
この男の場合、聞かなくてもそのうち余計なところまで自分から喋るだろう。
*
休日のショッピングセンターは混んでいた。
家族連れに学生、買い物袋をいくつも抱えた夫婦。
駐輪場へCBを停める。
神崎が後ろから降りて、ヘルメットを脱いだ。
「やっぱバイクいいなあ」
「欲しいんです?」
「そりゃ欲しいっすよ」
「今なら親に止められないでしょう」
「問題が一個ありまして」
「何です?」
「金がない」
「働いてください」
「働き始めたばっかじゃないすか!」
「それもそうですね」
「でしょ?」
なぜか神崎が得意そうな顔をする。
何に勝ったのかは分からない。
二人で店へ入った。
陽一は入口でカゴを一つ取る。
神崎は手ぶらだった。
「何も買わないんです?」
「今のところは」
「本当に何しに来たんですか」
「暇つぶし」
「俺の買い物で?」
「一人で部屋にいるよりいいじゃないすか」
陽一は何も言わず歩き出した。
洗剤。
シャンプー。
石鹸。
ティッシュ。
必要なものを順番にカゴへ入れていく。
途中で神崎がいなくなった。
振り返る。
菓子売場にいた。
「田島さん」
「何です?」
「これ買わないすか?」
大袋の菓子を持っている。
「いりません」
「即答?」
「神崎さんが欲しいんでしょう」
「二人で食えばいいじゃないすか。いっぱい入ってるし」
「なんで二人で食べるんです?」
「一人じゃ食べきれないんで」
「じゃあ買わなければいいでしょう」
「でも一個あたりで計算すると、こっちの方が安いんすよ」
「買えばいいじゃないですか」
「昼飯代がなくなる」
「戻してください」
「はい」
妙に素直だった。
神崎が袋を棚へ戻す。
食料品売場へ移った。
卵。
肉。
安くなっていた魚。
野菜売場で陽一が止まる。
キャベツを見る。
高い。
隣を見る。
もやし。
安い。
もやしをカゴへ入れた。
「田島さん」
「はい」
「今、値段だけで決めたでしょ」
「野菜には変わりないです」
「そういうもんなんすか?」
「そういうもんです」
「じゃあこれも」
神崎がピーマンを持ってきた。
「嫌です」
「なんで?」
「いらないからです」
「俺も嫌いなんすよ」
「じゃあなおさら戻してください」
「一緒に克服しないすか?」
「一人で頑張ってください」
「冷たいなあ」
ピーマンが棚へ戻る。
陽一は代わりに玉ねぎを取った。
「田島さん、料理するんすね」
「簡単なのだけですよ」
「何作るんすか?」
「カレーとか」
「いいじゃないすか」
「目玉焼きとか」
「それ料理に入るんすか?」
「火を使ってます」
「なら俺も料理できる」
「何が?」
「カップ麺」
「お湯入れてるだけでしょう」
「火使うじゃないすか」
「電気ケトルなら使いませんよ」
「…………」
「…………」
「便利な世の中になったっすね」
「負けを認めてくださいよ」
「神崎?」
女の声がした。
神崎が振り返る。
「あ、奈緒」
陽一もそちらを見る。
神崎と同じくらいの歳だろう。
片手に買い物袋を提げた女が、少し離れたところからこちらを見ていた。
女は神崎を見る。
陽一を見る。
そして、陽一が持っているカゴを見る。
「何してんの?」
「買い物」
「神崎が?」
「そう」
奈緒はもう一度カゴを見る。
「持ってるのそっちじゃん」
「俺は付き添い」
陽一が口を挟んだ。
「暇だからついてきたらしいですよ」
「ああ」
一瞬で納得された。
「やっぱり」
「なんでだよ」
「昔からそうじゃん。暇になると誰か捕まえるの」
陽一は神崎を見る。
「常習犯だったんですね」
「人聞き悪くないすか?」
「事実じゃん」
女が笑ってから、陽一へ軽く頭を下げた。
「あ、ごめん。三浦奈緒です。こいつとは大学から」
「田島です」
「会社の先輩」
神崎が付け加える。
「へえ」
奈緒が少し驚いたように陽一を見る。
「神崎がお世話になってます」
「なんでお前が言うんだよ」
「迷惑かけてそうだから」
陽一は少し考えた。
「まあ……ぼちぼちです」
「田島さん?」
「まだ追い出されてないなら大丈夫そうだね」
「俺、入って何日だと思ってんだよ」
「そのうちじゃない?」
「縁起でもないこと言うなよ」
二人のやり取りを見ていると、付き合いの長さがなんとなく分かった。
*
「二人、昼まだ?」
買い物を終えたところで奈緒が聞いた。
「まだ」
神崎が答える。
「田島君は?」
「俺もまだです」
「じゃあ食べてく?」
「いいね。行こうぜ」
「お前は来る前提だから聞いてない」
「だったら最初から三人って言えよ」
「面倒くさ」
「扱い雑じゃね?」
陽一は手元の買い物袋を見る。
急いで帰る理由もない。
「俺もいいですよ」
「じゃあ決まり」
三人でフードコートへ向かった。
*
「十九?」
飯を食べ始めて少しして、奈緒が驚いた声を上げた。
「はい」
「本当に?」
「年齢で嘘ついてどうするんですか」
奈緒が神崎を見る。
「お前より年下じゃん」
「そうなんだよ」
「なのに田島さん?」
「会社じゃ先輩だから。俺、ちゃんとそこら辺はしてるだろ?」
「……してる?」
「してるだろ」
「『〜っす』付ければ敬語になると思ってない?」
「なるだろ」
「ならないよ」
「マジ?」
神崎が陽一を見る。
「田島さん、ならないんすか?」
「俺に聞かないでください」
「ほら。田島さん何も言ってないじゃん」
「諦められてるだけじゃない?」
「そんなことないっすよね?」
陽一は少し考えた。
「今さら直す方が面倒なんで」
「ほら!」
「それ肯定じゃないから」
奈緒が笑った。
「会社ではちゃんと仕事できてる?」
「できてる」
神崎が胸を張る。
陽一は飯を食べる。
「田島君?」
「…………」
「田島さん、なんか言ってくださいよ」
「十二のメガネを頼んだら、十四のスパナ持ってきました」
「全然違うじゃん」
「最初だったから仕方ないじゃないすか!」
「サイズも工具も違うじゃん」
「今は分かってるっすよ」
「本当に?」
陽一が聞く。
「……多分」
「明日確認しますね」
「やめましょうよ」
「なんでです?」
「急に自信なくなってきた」
「駄目じゃないですか」
奈緒が声を上げて笑った。
少しして、その奈緒が神崎の足元へ視線を落とした。
ヘルメットが置いてある。
「そういや今日、後ろなんだ」
「うん」
「久しぶりじゃない?」
陽一が顔を上げた。
「さっき、前にも乗ったことあるって言ってましたよね」
「言ったじゃないすか」
「何に乗ってたんです?」
「自分のは持ってないっすよ」
「じゃあ何に?」
神崎が奈緒を指差した。
「こいつらの」
「私は一回しか貸してないからね」
「一回は貸しただろ」
「二度と貸さなかったけど」
「なんでです?」
「立ちゴケしかけたから」
「あれ倒してないだろ!」
「私のバイクで限界に挑戦しないでよ」
「ちゃんと耐えたじゃん」
「それ見て二度と貸さないって決めたの」
陽一は神崎を見る。
「俺のは貸しませんよ」
「借りないっすよ!」
「本当に?」
「……多分」
「今のでさらに貸したくなくなりました」
「なんで疑うんすか」
「日頃の行いじゃない?」
奈緒が言う。
「お前までそっちにつくなよ」
陽一は飯を一口食べる。
「親が反対してたって、さっき言ってましたよね」
「ああ」
神崎が頬杖をつく。
「バイクだけは駄目だったんすよ。危ないからって」
「車は持ってたよね」
奈緒が言った。
「親に買ってもらったやつ」
「今は?」
「置いてきた」
「こっち来る時に?」
「そうっす。まあ、俺の金で買ったわけでもないし」
神崎は軽い調子で言った。
けれど、その一言だけは妙に短かった。
奈緒もそれ以上は何も言わない。
陽一も聞かなかった。
家族の話を根掘り葉掘り聞くほど、まだ神崎のことを知っているわけではない。
「じゃあ今度は、自分でバイク買えばいいじゃないですか」
「そうしたいんすけどね」
「金がない」
奈緒が先に言った。
「言うなよ」
「事実じゃん」
「安いのないかなあ。別にボロくてもいいんだけど」
「壊れたらどうするの?」
「田島さんいるじゃん」
陽一は顔を上げた。
「俺を勝手に整備担当にしないでください」
「会社で教えてくれてるじゃないすか」
「それとこれとは別です」
「工賃、友達価格で」
「まだ友達になった覚えないです」
「ひどくないすか?」
「じゃあ先輩価格で」
「値上げします」
「なんで!?」
奈緒が吹き出した。
「神崎、諦めな」
「冷たい人しかいねえ」
その時だった。
近くのテレビから、ニュースを読む声が聞こえた。
『――昨夜未明、旧市街にある倉庫で何者かが侵入したとみられ――』
三人とも、なんとなく画面を見る。
規制線の張られた古い倉庫。
壁の一部が崩れ、鉄製の扉が外側へ大きくひしゃげている。
事故にしては妙だった。
『現場周辺には車両が衝突した痕跡などは確認されておらず、警察は器物損壊の可能性も含め――』
「うわ」
奈緒が箸を止める。
「何したらああなるの?」
「車でも突っ込んだんですかね」
陽一も画面を見る。
「でも車ないね」
「もう撤去されたとか?」
「熊じゃね?」
神崎が言った。
奈緒が横を見る。
「街中だよ?」
「じゃあゴリラ」
「なんで熊が駄目ならゴリラになるの」
「熊より強そうじゃん」
「日本に野生のゴリラいないでしょ」
「いや、待てよ」
神崎が急に真顔になった。
何か思いついたらしい。
視線がゆっくり奈緒へ向く。
「……いたわ」
「何が?」
「ゴリラ」
神崎が奈緒を指差した。
奈緒の動きが止まった。
「…………」
陽一は黙って飯を食べる。
神崎はまだ笑っていた。
「ほら、昨日十一時くらいに帰ったって言ってただろ? 時間的にも――」
カチン。
奈緒が静かに箸を置いた。
神崎の笑顔が消えた。
「……神崎」
「はい」
「ちょっと表出よっか」
「待て待て。冗談だって」
「分かってるよ」
「分かってる奴の顔じゃないだろ」
「大丈夫。ちょっと話するだけだから」
「何を!?」
奈緒が立ち上がった。
神崎も反射的に腰を浮かせる。
だが、通路側には奈緒。
反対側にはテーブル。
残った逃げ道は、陽一の座っている側だけだった。
神崎がこちらを見る。
「田島さん」
陽一は飯を食べる。
「田島さん」
「何ですか」
「ちょっとそっち詰めてもらっていいすか?」
陽一は神崎を見る。
次に奈緒を見る。
奈緒は笑っていた。
目だけが笑っていない。
「…………」
「田島さん?」
陽一は椅子を引いた。
人一人が通れるだけの隙間ができる。
神崎の顔が明るくなった。
「さすが田島さん!」
神崎がそこへ身体を滑り込ませる。
陽一は立ち上がった。
その肩を掴む。
「え?」
くるりと向きを変えた。
奈緒の方へ。
「どうぞ」
「…………」
「田島君、ありがと」
「いえ」
「待って」
神崎が振り返る。
「田島さん?」
「はい」
「俺、そっちに逃げようとしてたんすけど」
「知ってます」
「じゃあなんで戻すんすか!」
陽一は奈緒を見る。
それから神崎へ視線を戻した。
「俺、三浦さんとは今日初対面なんで」
「だから?」
「神崎さんとは明日も会えます」
「何の判断基準!?」
陽一は神崎の肩から手を離し、一歩下がった。
「頑張ってください」
「何を!?」
奈緒が神崎の襟首を掴んだ。
「行こっか」
「待て! 服伸びるって! 奈緒!」
「田島君、ちょっと借りるね」
「どうぞ」
「俺は物じゃねえ!」
そのまま引きずられていく。
「田島さん! ちょっと! 田島さーん!」
助けを求める声が、人混みの向こうへ消えていった。
「…………」
急に静かになった。
陽一は席へ戻る。
神崎の食べかけの飯。
向かいには奈緒の席。
二人ともいない。
テレビを見る。
さっきの倉庫はもう映っていなかった。
『――続いて、明日の天気です』
陽一は一口食べた。
「……平和だな」
何事もなかったように昼飯を続けた。
*
「酷くないすか?」
十分ほどして、神崎は帰ってきた。
生きていた。
奈緒も何事もなかったように隣を歩いている。
「何がです?」
「俺を売ったじゃないすか」
「売ってませんよ」
「差し出したでしょうが」
「帰ってきたじゃないですか」
「結果論!」
神崎が席へ座る。
奈緒も普通に座った。
陽一は神崎を見る。
目立った怪我はない。
「話し合いで済んだんですね」
「平和的にね」
奈緒が答えた。
「どこがだよ……」
「何されたんです?」
「言いたくない」
「じゃあいいです」
「そこはもうちょっと聞いてくれてもよくないすか?」
「言いたくないんでしょう?」
「そうだけど!」
奈緒が笑った。
「田島君、神崎の扱い上手いね」
「最近、少し分かってきました」
「何が分かったんすか?」
「放っとけば大体大丈夫です」
「雑!」
さっきまでテレビに映っていた倉庫の話へ戻る者はいなかった。
*
飯を食べ終え、店を出る。
「じゃあ神崎、八時ね」
奈緒が言った。
「分かってる」
「この前遅れたから言ってんの」
「あれは飯食ってたんだよ」
「それを遅刻って言うんだよ」
陽一が聞いた。
「練習ですか?」
「そう。バンドの」
奈緒が答える。
「こいつ、時間は適当だけどライブ前はちゃんとやるから」
「俺いつもちゃんとやってるだろ」
「音楽だけね」
「だけって言うなよ」
「バンドやってるって言ってましたね」
陽一が神崎を見る。
「言ったじゃないすか」
「どんなのやってるんです?」
「ロックっすよ。今度見に来ます?」
「今度ライブあるの?」
奈緒が神崎を見る。
「あるじゃん」
「ああ、あれか」
「忘れてたの?」
「忘れてないって」
「いつ?」
「…………」
「神崎?」
「後で確認する」
「忘れてんじゃん」
奈緒が呆れる。
神崎は誤魔化すように陽一を見る。
「まあ、来てくださいよ。俺、結構すごいんで」
「自分で言います?」
「それは本当だよ」
奈緒がさらっと言った。
陽一は少し意外に思った。
「こいつ普段こんなんだけど、ギターと歌はちゃんとしてるから」
「『こんなん』って何だよ」
「今見せてるやつ」
「説明になってねえよ」
奈緒が笑う。
「じゃあ、またね。田島君」
「どうも」
「神崎、八時だからね」
「分かってるって!」
「遅れんなよ!」
「そっちこそ!」
「私は遅れない!」
人混みへ消えていく奈緒を見送る。
「口うるさいんすよ、あいつ」
「仲いいですね」
「まあ、大学からなんで」
神崎はそれだけ答えた。
陽一も、それ以上は聞かなかった。
*
駐輪場へ戻ってから、陽一は気づいた。
思っていたより荷物が多い。
買い物袋。
ティッシュ。
トイレットペーパー。
CB。
そして神崎。
少し考える。
「神崎さん」
「はい?」
「これお願いします」
トイレットペーパーを差し出した。
「……これ?」
「お願いします」
「俺、これ抱えて後ろ乗るんすか?」
「そうなりますね」
神崎はトイレットペーパーを見る。
CBを見る。
周囲を見る。
「ダサくないすか?」
「大丈夫ですよ」
「何が?」
「ヘルメット被れば神崎さんだって分かりません」
「俺だって分からなければいい問題じゃないでしょ!」
「嫌ならバスで帰ります?」
「持ちます」
「お願いします」
「絶対ちょっと楽しんでるでしょ」
「何がです?」
「その顔」
「普通ですよ」
「嘘つけ」
神崎はぶつぶつ言いながらヘルメットを被った。
トイレットペーパーを抱え、後ろへ乗る。
陽一もCBへ跨った。
「落とさないでくださいね」
「分かってるっすよ」
「じゃあ行きます」
「はいはい」
エンジンを掛ける。
駐輪場を出た。
しばらく走って、赤信号に捕まった。
隣に一台の車が並ぶ。
後部座席に座っていた子供が、こちらを見ていた。
正確には――神崎が抱えているトイレットペーパーを。
じっと見ている。
「田島さん」
「何です?」
「めっちゃ見られてる」
陽一も横を見る。
子供と目が合った。
子供が神崎を指差す。
それに気づいた母親らしい女性もこちらを見た。
神崎が少し俯く。
「……早く青にならねえかな」
陽一は前を向いた。
「人気者ですね」
「絶対違う」
信号が青になる。
CBを走らせる。
風が抜けていく。
「田島さん!」
「何です?」
「これめっちゃ風受ける!」
「落とさないでください!」
「だから飛びそうなんだって!」
「しっかり抱いててください!」
「持ってるっすよ!」
後ろから文句が飛んでくる。
朝は、一人で買い物をして帰るだけのつもりだった。
それが、どうしてこうなったのか。
隣の部屋の男が勝手についてきて。
店では知らない女と知り合って。
三人で飯を食って。
最後にはトイレットペーパーを抱えた男を後ろに乗せて走っている。
予定とは随分違う休日になった。
「田島さん! ちょっと速度!」
「大丈夫ですよ!」
「何を根拠に言ってんすか!」
陽一は前を向いたまま、少しだけ口元を緩めた。
うるさい。
面倒くさい。
今までなら、休日にわざわざ付き合おうとは思わなかった。
それでも。
不思議と、嫌ではなかった。
CBは夏の道を走っていく。
後ろではまだ、神崎がトイレットペーパーと格闘していた。




