EP31 悲しみは雪のように
父ちゃんと母ちゃんが死んだ。
そう聞かされたのは、俺の誕生日から三日後のことだった。
警察の人は、ずいぶん長い時間をかけて説明してくれた。
爆発があまりにも大きかったこと。
火災によって、建物の一部が崩れ落ちたこと。
現場から二人のものと思われる所持品が見つかったこと。
そして、わずかに残されたものから、二人の死亡が確認されたこと。
難しい話ばかりだった。
俺は途中から、何を言われているのか分からなくなっていた。
「……そうですか」
気がつくと、そんな返事をしていた。
隣に座っていた親戚のおじさんが、俺の肩に手を置いた。
何か言っていた気がする。
でも、よく覚えていない。
父ちゃんと母ちゃんが死んだ。
そう言われても、どうにも実感が湧かなかった。
だって、昨日まで普通にいたんだ。
母ちゃんは俺の誕生日だからって、朝から張り切っていた。
父ちゃんは、帰ったらびっくりするものを見せてやるなんて言って、母ちゃんに余計なものを買うなと怒られていた。
そんな二人が、いなくなった。
たった一日で。
そんなこと、あるわけないだろ。
*
葬式の日は、よく晴れていた。
雲ひとつない青空だった。
なんでこんな日に限って、こんなに天気がいいんだろう。
そんなことを考えながら、俺は黒い服を着せられていた。
葬儀場には、たくさんの人が来ていた。
父ちゃんの仕事仲間。
母ちゃんの友達。
親戚の人たち。
学校の先生まで来てくれた。
みんな、俺を見ると悲しそうな顔をした。
「大変だったね」
「つらかったでしょう」
「しっかりするんだよ」
俺は、そのたびに頭を下げた。
何を返せばいいのか分からなかったからだ。
会場の奥には、棺が二つ並んでいた。
父ちゃんのものと、母ちゃんのもの。
でも、中に二人はいなかった。
遺体が残らなかった人のために用意するものだと、葬儀場の人が説明してくれた。
人の形をした、布でできた人形のようなもの。
それが、棺の中に寝かされていた。
父ちゃんの方は、父ちゃんがよく着ていた服を着せられていた。
母ちゃんの方には、母ちゃんが好きだった色の布が掛けられていた。
俺はそれを見ていた。
ずっと、見ていた。
……なんだよ、これ。
父ちゃんは、もっと肩幅が広かった。
母ちゃんは、こんなに小さくなかった。
父ちゃんの手は、ごつごつしていて。
母ちゃんの手は、いつも温かくて。
こんな、顔もない人形じゃなかった。
それなのに、大人たちは棺の前で泣いていた。
鼻をすすりながら手を合わせる人。
声を殺して泣く人。
棺にすがりつく人までいた。
俺は、ただ立っていた。
誰かが俺の背中に手を添えた。
「……最後に、何か話してあげなさい」
棺の前に立たされた。
何を話せばいいんだろう。
父ちゃんにも母ちゃんにも、昨日まで普通に話していた。
いってきますも、おかえりも。
腹減ったも、うるせえなも。
また明日も言えると思っていた。
だから、最後の言葉なんて、考えたこともなかった。
結局、何も言えなかった。
少し離れたところに、加奈がいた。
加奈の父ちゃんと母ちゃんも一緒だった。
加奈の母ちゃんは、何度も目元を押さえていた。
加奈も泣いていた。
いつもなら、俺を見つけたらすぐに駆け寄ってくるくせに。
今日は、遠くに立ったままだった。
一度だけ、目が合った。
加奈は何か言いたそうに口を開いた。
でも、結局何も言わなかった。
俺も、何も言わなかった。
それでよかった。
今は、誰とも話したくなかった。
葬式が終わった。
棺が運ばれていった。
みんなが泣いていた。
俺は最後まで、ただ見送っていた。
*
家に帰ると、静かだった。
親戚のおじさんが、しばらく一緒にいてくれた。
これからのこと。
学校のこと。
生活のこと。
いろいろ説明された。
当面のことは大人たちで相談するから、今はゆっくり休みなさいと言われた。
俺は頷いた。
おじさんは食べ物を冷蔵庫に入れ、何かあったらすぐ連絡するようにと言って帰っていった。
玄関の扉が閉まる。
家の中が、しんと静まり返った。
「…………」
俺は居間に戻った。
テーブルには、三つの椅子が並んでいた。
父ちゃんの席。
母ちゃんの席。
俺の席。
誕生日の日、母ちゃんが並べていた食器は、親戚の人が片づけてくれていた。
でも、テーブルの端に置かれた飾りは、そのままだった。
母ちゃんが俺の誕生日に使おうとしていた、小さな飾り。
壁のカレンダーには、二月十四日に赤い丸がついていた。
その横に、母ちゃんの字で書かれている。
『陽一 誕生日!』
びっくりマークまでついていた。
「……馬鹿みてえ」
思わず、そう呟いた。
冷蔵庫を開ける。
奥に、一本のジュースがあった。
普段は買ってもらえない、ちょっと高いやつ。
『これは夜まで飲んじゃ駄目だからね!』
母ちゃんの声が聞こえた気がした。
俺は冷蔵庫を閉めた。
部屋に戻る。
机の上には、加奈からもらった誕生日プレゼントが置いてあった。
小さな包み。
綺麗なリボン。
『帰ってから開けてね』
そう言って笑った加奈の顔を思い出した。
まだ、開けていない。
なんとなく、開ける気になれなかった。
俺はベッドに横になった。
天井を見つめる。
……明日になったら、帰ってくるんじゃないか。
そんな馬鹿なことを、まだ考えていた。
*
翌日。
玄関の方で、ガチャッと音がした。
「……!」
俺は飛び起きた。
廊下を走る。
「父ちゃん!!」
勢いよく玄関の扉を開けた。
そこには、郵便配達のおじさんが立っていた。
「うわっ!」
おじさんは驚いて、一歩後ずさった。
「あ、ああ……田島さんのお宅ですね。郵便です」
「…………」
「……君、大丈夫かい?」
「……はい」
郵便を受け取った。
扉を閉める。
その場に立ち尽くした。
……何やってんだ、俺。
父ちゃんが帰ってくるわけないのに。
分かっている。
分かっているはずだった。
それなのに。
その日の夕方、外で車のエンジンが止まる音がした。
俺はまた、玄関へ走った。
窓から外を覗く。
知らない車だった。
次の日も、物音がするたびに玄関へ行った。
門が開く音。
誰かの足音。
近所の人の話し声。
そのたびに、胸が跳ねた。
父ちゃんかもしれない。
母ちゃんかもしれない。
もしかしたら、全部間違いだったのかもしれない。
でも、違った。
何度行っても、違った。
*
学校には行かなかった。
最初のうちは、先生から電話が来ていた。
無理しなくていい。
落ち着いたら、いつでも来なさい。
そう言われた。
俺は「はい」と答えた。
でも、行く気にはなれなかった。
朝になっても、母ちゃんは起こしに来なかった。
『陽一! いつまで寝てるの!』
あの声がしない。
台所へ行っても、朝飯はできていない。
父ちゃんが新聞を広げて、くだらないことを言ってくることもない。
家の中には、時計の音しかなかった。
俺は自分でパンを焼いた。
焦がした。
別に、どうでもよかった。
そのまま食べた。
味なんて、分からなかった。
昼になっても、夜になっても、誰も帰ってこない。
何をしていればいいのか分からなかった。
テレビをつけてみた。
いつものアニメが流れていた。
前なら、毎週楽しみにしていたやつだ。
でも、画面の中で誰かが叫んでいても、何も感じなかった。
あの日。
ニュースが始まったとき。
俺は、アニメが途中で終わったことに腹を立てていた。
父ちゃんと母ちゃんが、あんなことになっていたのに。
何も知らずに。
馬鹿みたいに。
俺はリモコンを投げた。
テレビが消えた。
それから、ほとんどつけなくなった。
*
三日目だったか、四日目だったか。
玄関のチャイムが鳴った。
「陽一ー!」
聞き慣れた声だった。
学校の友達だ。
「おーい! いるんだろー!」
もう一人の声もした。
「……少し静かにしたまえ。近所迷惑だよ」
最後に聞こえたのは、いつも大人ぶっているあいつの声だった。
三人とも来ていた。
俺は布団の中で、黙っていた。
「……陽一?」
返事をしなかった。
「学校さ、別に無理して来なくてもいいから」
「また遊ぼうぜ!」
「……僕たちは、いつでも待っているよ」
少し間があった。
「……じゃあ、また来るからな!」
足音が遠ざかっていった。
俺は天井を見つめた。
悪いことをしたと思った。
でも、どうしても出ていけなかった。
あいつらと顔を合わせて、何を話せばいいんだろう。
何を話したって、父ちゃんと母ちゃんは帰ってこない。
その数日後にも、三人は来てくれた。
でも、俺は出なかった。
*
加奈は、毎日来た。
「陽一ー! 学校のプリント持ってきたよ!」
返事をしない。
「今日ね、先生が黒板に字を書き間違えて、みんなで笑っちゃったの」
返事をしない。
「……あ、そうだ。今日の給食、カレーだったよ」
少しだけ、胸が痛くなった。
あの日、教会でカレーが出ますようにと祈ったことを思い出した。
加奈と笑った。
あんなことで、笑っていた。
「……また来るね」
足音が遠ざかる。
次の日も来た。
その次の日も来た。
加奈は、毎日来た。
俺は、一度も返事をしなかった。
*
一週間が過ぎた。
玄関で物音がした。
俺は立ち上がりかけた。
でも、すぐに座り直した。
……どうせ、違う。
分かっている。
父ちゃんでも、母ちゃんでもない。
それでも、しばらく耳を澄ませていた。
誰かが帰ってきたら、すぐに分かるように。
馬鹿だな、俺。
もう、帰ってこないのに。
その夜、台所に立った。
母ちゃんのエプロンが掛かっていた。
いつも使っていたやつだ。
端の方に、小さな染みがついている。
俺が小さい頃、母ちゃんが料理をしている横でふざけて、ジュースをこぼしたときの染みだった。
母ちゃんは、あのとき怒っていた。
でも、最後には笑っていた。
俺はエプロンに触れた。
まだ、そこに母ちゃんがいるような気がした。
「……母ちゃん」
返事はなかった。
「……飯」
いつもみたいに言ってみた。
返事はなかった。
「…………」
俺はエプロンから手を離した。
腹は減っていた。
でも、何も食べたくなかった。
*
十日目。
チャイムが鳴った。
俺は動かなかった。
十一日目。
外で車が止まった。
窓も見なかった。
十二日目。
玄関の扉を誰かが叩いた。
布団を頭まで被った。
もう、確かめるのも嫌だった。
期待して。
違って。
また期待して。
また違って。
そんなことを繰り返すのに、疲れてしまった。
部屋は散らかっていた。
食べ終わった弁当の容器。
飲みかけのペットボトル。
脱ぎっぱなしの服。
親戚のおじさんが食べ物を届けてくれていたけれど、顔を合わせるのが嫌で、最近は玄関先に置いてもらっていた。
何日風呂に入っていないのかも、よく覚えていない。
昼なのか、夜なのか。
カーテンを閉めた部屋では、よく分からなかった。
ただ、時間だけが過ぎていった。
父ちゃんと母ちゃんがいない時間が、どんどん増えていった。
最初は、帰ってくると思っていた。
次は、帰ってきてほしいと思っていた。
今は。
帰ってこないことを、知っていた。
なのに、どうして俺だけがこんな目に遭うんだろう。
なんで父ちゃんと母ちゃんだったんだ。
なんで、あの日だったんだ。
俺の誕生日だったんだぞ。
何も悪いことなんかしていないのに。
誰に文句を言えばいいのかも分からなかった。
俺は布団に潜った。
何も考えたくなかった。
*
二週間ほど経った日のことだった。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
俺は壁の方を向いていた。
ピンポーン。
また鳴った。
「……陽一?」
加奈の声だった。
今日も来たのか。
「陽一、いるんでしょ?」
返事をしなかった。
「……ねえ、ちょっとだけでいいから」
俺は目を閉じた。
帰ってくれ。
頼むから。
今は、誰にも会いたくない。
ドンドンドン!
玄関を叩く音がした。
「陽一!」
いつもより声が大きかった。
「……返事してよ」
しばらく静かになった。
ようやく帰ったか。
そう思った。
でも。
「……陽一?」
今度は、窓の方から声がした。
庭に回ったらしい。
コンコン、とガラスを叩く音。
「ねえ、聞こえてるんでしょ?」
「…………」
「……お願いだから、返事して」
声が震えていた。
俺は布団を深く被った。
……うるせえな。
「……陽一」
少し間があった。
「……生きてる、よね?」
その言葉に、胸がちくりとした。
でも、返事はしなかった。
「……ねえ」
コンコン。
「……お願い」
コンコン、コンコン。
「……陽一……!」
そして。
ガシャァン!!
「うわっ!?」
俺は飛び起きた。
何かが割れる音。
続いて、庭の方から慌ただしい物音がした。
「……何だよ!?」
廊下の向こうで、足音がした。
ドスドスドスドス!
いや、何だその足音。
次の瞬間。
バンッ!!
部屋の扉が勢いよく開いた。
「陽一!!」
加奈だった。
息を切らして、顔を真っ赤にしている。
目には涙が浮かんでいた。
制服の袖には、白い埃がついていた。
「……お、お前……」
加奈は俺を見た。
そして、ふっと力が抜けたような顔をした。
「……よかった……」
「……は?」
「……生きてた……」
加奈はその場にしゃがみ込みそうになった。
でも、すぐに立ち直った。
そして、ずんずんと俺の前まで歩いてきた。
「……陽一!!」
「な、何だよ!」
「何だよじゃないでしょ!!」
「……はあ!?」
「何回呼んだと思ってるの!?」
「知るかよ!」
「電話も出ない! 玄関も開けない! 窓を叩いても返事しない!」
「だからって窓割る奴がいるかよ!!」
「いるよ!! ここに!!」
「威張るなよ!!」
加奈は俺を睨みつけた。
俺も睨み返した。
久しぶりに、大きな声を出した気がした。
「……何なんだよ、お前」
「何なんだよじゃない!」
「勝手に人んち入ってきやがって!」
「勝手に入るしかなかったんでしょ!」
「頼んでねえよ!」
「頼まれなきゃ来ちゃいけないの!?」
「そうだよ!!」
加奈の顔が、ぴたりと止まった。
「……そっか」
小さな声だった。
でも、加奈は引かなかった。
部屋を見回す。
散らかった床。
閉め切ったカーテン。
食べ終わった容器。
加奈の表情が、みるみる険しくなった。
「……ちゃんと、ご飯食べてるの?」
「……食ってるよ」
「お風呂は?」
「……うるせえな」
「学校は? 先生もみんな心配してるんだよ?」
「だから何だよ!」
「……いつまで、こうしてるつもりなの?」
その言葉で、何かが切れた。
「じゃあ、どうしろってんだよ!!」
加奈が息を呑んだ。
「学校行って、飯食って、いつもみたいに笑ってりゃいいのかよ!」
「そんなこと言ってない!」
「言ってんのと同じだろ!!」
「違うよ! 私はただ――」
「お前はいいよな!!」
加奈の声を遮った。
「……え?」
「家に帰れば、父ちゃんも母ちゃんもいるんだからさ!」
「……陽一」
「俺んちに来て、好き勝手言って! 帰ったら普通に飯食って、家族で笑ってんだろ!?」
「……そんな言い方、しなくても……」
「俺にはもう、そんなのねえんだよ!!」
加奈は唇を噛んだ。
「……分かってるよ」
「分かってねえだろ!!」
「……分かろうとしてるよ!」
「無理に決まってんだろ!」
「…………」
「お前の親が死んだわけじゃねえんだから!!」
加奈の肩が揺れた。
「……私だって、おじさんとおばさんがいなくなって……」
「お前の親じゃねえだろ!!」
言った瞬間、加奈の顔が変わった。
「…………」
「俺の父ちゃんと母ちゃんなんだよ! お前が悲しそうな顔すんなよ!」
「……そんなの……」
加奈の声が震えた。
「……そんなの、分かってるよ……」
「だったら、分かったような口きくなよ!」
「……私だって、悲しかったんだよ……!」
「だから何だよ!!」
止まらなかった。
自分でも、何を言っているのか分からなかった。
「お前が泣いたら、父ちゃんと母ちゃんが帰ってくんのかよ!!」
「…………」
「何もできねえくせに! 毎日毎日、勝手に来やがって!!」
加奈の目に、涙が溜まっていった。
分かっていた。
ひどいことを言っている。
加奈が悪いわけじゃない。
そんなこと、分かっていた。
でも、止まれなかった。
誰かに怒りたかった。
誰かのせいにしたかった。
父ちゃんと母ちゃんを返せと、怒鳴りたかった。
でも、誰に言えばいいんだよ。
誰が悪いんだよ。
誰を殴れば、帰ってくるんだよ。
何も分からなかった。
だから、目の前にいる加奈にぶつけた。
「……もう来んなよ」
「…………」
「俺、お前といても楽しくねえんだよ」
加奈の目から、涙が落ちた。
「……嘘」
「嘘じゃねえよ」
「……陽一、そんなこと思ってないでしょ……」
「思ってるよ」
「…………」
「……小さい頃からずっと一緒だったけどさ」
加奈は黙って俺を見ていた。
「……もう、うんざりなんだよ」
「…………」
「お前の顔なんか、見たくねえ」
加奈は俯いた。
ぽたぽたと、床に涙が落ちた。
「……ひどいよ」
その声は、今にも消えてしまいそうだった。
「……そんなこと、言わなくたっていいじゃん……」
「…………」
「……私、ずっと……」
加奈は言葉を詰まらせた。
それから、涙を乱暴に拭った。
「……最低」
「……ああ、そうだよ」
「本当に、最低だよ!!」
加奈が怒鳴った。
「私が、どれだけ心配したと思ってるの!?」
「…………」
「毎日来たんだよ! 返事してくれなくても! 顔を見せてくれなくても!」
「……頼んでねえって言ってんだろ」
「頼まれてないよ!!」
加奈の声が裏返った。
「でも、来たかったんだよ!!」
「…………」
「おじさんも、おばさんもいなくなって……陽一まで、いなくなっちゃったら……!」
「……俺はここにいるだろ」
「いないよ!!」
「……は?」
「ずっと、いなかったじゃん!!」
加奈は拳を握りしめていた。
「いつも一緒にいたのに! 学校にも来ないし、電話も出ないし、何にも話してくれない!」
「…………」
「……今日だって……」
加奈の声が震えた。
「……死んじゃったんじゃないかって、思ったんだから……!」
「…………」
「……陽一まで、死んじゃったんじゃないかって……!」
加奈は泣いていた。
顔をぐしゃぐしゃにして、泣いていた。
俺は、それを見ていた。
胸の奥が、どうしようもなく苦しかった。
加奈は、何も悪くない。
そんなこと、最初から分かっていた。
でも、今さら何を言えばいいのか分からなかった。
「……お前は、いいよな」
気がつくと、そんな言葉が出ていた。
「……何がよ」
「……泣けるんだから」
加奈が顔を上げた。
「……え?」
「……葬式のときも、お前、泣いてただろ」
「…………」
「……俺さ」
言おうとして、喉が詰まった。
「……俺、泣けなかったんだよ」
加奈は黙った。
「……父ちゃんと母ちゃんが死んだのにさ」
「…………」
「……俺、まだ一回も泣いてねえんだよ」
自分でも、どうしてそんなことを話しているのか分からなかった。
「……なんでだろうな」
加奈は何も言わなかった。
「……悲しくねえわけじゃ、ねえんだぞ……」
声が震えた。
「……ずっと、帰ってくんじゃねえかって……待ってたんだぞ……」
「……うん」
「……なのに、帰ってこねえんだよ……」
加奈の顔が歪んだ。
「……俺、どうすりゃいいんだよ……」
加奈が一歩近づいた。
「……陽一」
「……俺さ、誕生日だったんだぞ……」
「…………」
「……十三歳に、なったんだぞ……」
喉が、ひどく痛かった。
「……父ちゃんと母ちゃんが、帰ってきたら……」
視線が、部屋の外へ向いた。
居間には、まだ誕生日の飾りが残っている。
母ちゃんの字で書かれたカレンダー。
冷蔵庫のジュース。
三つの椅子。
「……みんなで、飯食って……」
声が震えた。
「……俺、ずっと待ってたんだぞ……」
加奈は何も言わなかった。
「……ずっと……」
俺は俯いた。
「……なんで、帰ってこねえんだよ……」
加奈が、そっと俺の前に立った。
「……陽一」
「……父ちゃん……」
喉の奥から、変な声が出た。
「……母ちゃん……」
視界が滲んだ。
俺は目を擦った。
何度も擦った。
でも、滲んだ景色は元に戻らなかった。
「……会いてえよ……」
加奈が、そっと俺を抱きしめた。
「……うん」
「……もう一回……」
加奈の服を掴んだ。
「……もう一回、会いてえよ……!」
「……うん……」
それが、限界だった。
「……父ちゃん……母ちゃん……!」
涙が、溢れた。
止まらなかった。
「……帰ってこいよぉ……!」
加奈の胸に顔を埋めた。
「……俺、まだ……何にも……!」
言葉にならなかった。
父ちゃんに聞きたいことがあった。
母ちゃんに話したいことがあった。
まだ、一緒に行きたい場所があった。
まだ、何も返せていなかった。
なのに。
なのに、もう。
「……うあああああっ……!!」
俺は、声を上げて泣いた。
子供みたいに。
いや、俺はまだ、子供だった。
十三歳になったばかりの、ただの子供だった。
加奈は何も言わなかった。
俺の背中に腕を回して、ずっと抱きしめてくれた。
俺は加奈にしがみついて、泣いた。
何度も父ちゃんと母ちゃんを呼んだ。
呼んでも、返事はなかった。
それでも、呼び続けた。
加奈も泣いていた。
俺の頭を抱きしめながら、静かに泣いていた。
どれくらい、そうしていただろう。
いつの間にか、外は雪になっていた。
音もなく、白い雪が降り続いている。
窓の向こうの景色が、少しずつ白く霞んでいく。
加奈は何も言わなかった。
ただ、ずっと俺を抱きしめてくれていた。
気がつくと、窓の外が少し暗くなっていた。
俺はまだ、加奈の服を掴んでいた。
加奈も、離れようとはしなかった。
「……加奈」
「……なに?」
「……ごめん」
加奈は黙っていた。
「……さっき、ひどいこと言った」
「……うん」
「……本当は、あんなこと思ってねえから」
「…………」
「……お前が、父ちゃんと母ちゃんのこと……大事に思ってくれてたのも、知ってる」
言葉が詰まった。
「……なのに、あんなこと言って……ごめん」
加奈は、しばらく何も言わなかった。
それから、小さく息を吸った。
「……すごく、傷ついたんだからね」
「……うん」
「……本当に、ひどかった」
「……うん」
「……もう、二度と言わないで」
「……言わねえ」
加奈は鼻をすすった。
「……絶対だよ」
「……うん」
少しの沈黙。
加奈が、俺の頭をぽんぽんと撫でた。
「……じゃあ、許してあげる」
「……ありがと」
俺はようやく、加奈から少しだけ離れた。
加奈の制服は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
「…………」
「……ねえ、陽一」
「……なんだよ」
「……私の服、すごいことになってるんだけど」
「…………」
「……どうしてくれるの?」
「……洗うよ」
「陽一が?」
「……母ちゃんに、教わったから」
そう言ってから、また胸が痛くなった。
加奈は、俺の顔を見た。
でも、何も言わなかった。
ただ、小さく笑った。
「……じゃあ、今度お願いね」
「……うん」
しばらくして、加奈が部屋の外を見た。
「……あ」
「……何だよ」
「……窓」
「…………」
「……どうしよう」
俺は加奈を見た。
「……お前が割ったんだろ」
「……だって、返事しないから……」
「だからって、普通割るかよ……」
「……ごめんなさい」
加奈が、しゅんとした。
俺は小さく息を吐いた。
久しぶりに、まともに息をした気がした。
父ちゃんと母ちゃんは、もう帰ってこない。
そんなこと、分かっている。
分かっていても、まだ、どうしたらいいのか分からなかった。
明日、学校に行ける気もしない。
笑える気もしない。
何も、変わっていない。
それでも。
今、俺の隣には加奈がいた。
泣き腫らした目で、割ってしまった窓を気にしている。
俺は、その横顔を見ていた。
「……加奈」
「……なに?」
「……来てくれて、ありがとな」
加奈は、少し驚いた顔をした。
それから。
「……うん」
泣きそうな顔で、笑った。
割れた窓から、二月の冷たい風が吹き込んできた。
俺はまだ、寒いとも思えなかった。
ただ、加奈が隣にいることだけは、分かっていた。
昨日あと2話くらいと言いましたがあれは嘘です終わる気がしないですもう少しお付き合い下さい
ちなみに前回の曲はRADWIMPSからなんでもないやです
今回は浜田省吾の悲しみは雪のようにです
どちらもいい曲ですぜひ聞いてみてください
ラッドの方は君の名はで有名なので聞き馴染みがあるとは思いますが




