EP27 変なやつ
今回からまたなんですが過去編入ります
ぼちぼち1章ラストスパートに近づいてきました
よろしくお願いします
「陽一さん、これ落としましたよ」
背後から聞こえた声に振り返ると、神崎が何かをつまんで立っていた。
その指先で、小さな銀色の十字架が揺れている。
「あれ?」
反射的に胸元へ手を伸ばす。
いつも服の下にあるはずのものが、ない。
「どこに落ちてた?」
「そこの床っす。陽一さんのかなと思って」
「悪い。ありがとう」
神崎から受け取ってみると、十字架につながっていた細いチェーンが途中で切れていた。
「あー……切れたのか」
「壊れちゃったんすか?」
「チェーンだけな。修理しないと」
十字架そのものに傷はない。
ひとまず安心して、手のひらの上で裏表を確かめた。
「そういや陽一さん、それいつもつけてますよね」
「ああ」
「お気に入りなんすか?」
何気ない質問だった。
けれど、すぐには答えられなかった。
お気に入り。
間違ってはいないが、少し違う気もする。
「……大切なものなんだ」
「へえ。誰かにもらったとか?」
「ああ。昔、友達からな」
「友達?」
「加奈っていう、女の子」
「おっ、もしかして初恋の人っすか?」
「なんでそうなるんだよ」
「いやいや、だって女の子からもらったアクセサリーをずっと大切にしてるんすよ? 気になるじゃないっすか」
「うるさいな」
適当にあしらいながら、もう一度十字架を見る。
ずいぶん長い間、身につけてきた。
チェーンは何度か交換したが、十字架だけはあの頃のままだ。
「どんな人だったんすか、その加奈さんって」
「どんなって……」
思い浮かんだのは、淡い金色の髪と、青い瞳。
それから、よく笑う顔。
「最初は、すごくおとなしい子だったよ」
「へえ、意外っすね」
「何が?」
「陽一さん、そういう子と仲良くなるイメージないんで」
「お前、俺のこと何だと思ってんだ」
「いや、今は結構無口じゃないっすか」
「昔はそうでもなかったんだよ」
そう言ってから、少し笑ってしまった。
あの頃の自分を神崎が見たら、きっと驚くだろう。
今とはずいぶん違っていたのだから。
「……小学校に入ったばかりの頃だったな」
*
小学校に入学した日。
真新しいランドセルを背負った俺は、朝から落ち着かなかった。
初めての教室。
初めての机。
知らない子供たちが大勢いて、これから毎日ここへ通うのだと思うと、なんだかわくわくした。
教室に入ると、あちこちで声が上がっていた。
「ねえ、どこの幼稚園だった?」
「ぼく、そこの保育園!」
「ランドセル、いっしょの色だ!」
俺も近くにいた男の子に声をかけ、あっという間に話し込んでいた。
そんな中、少し離れた席に座っている女の子が目に入った。
長い、薄い金色の髪。
周りの子とは違う青い瞳。
なんだか外国の人みたいだな、と思った。
ただ、それだけだった。
先生に名前を呼ばれると、その子は小さな声で返事をした。
「はい……」
加奈。
それが、その子の名前だった。
名前を聞いたときも、特に何かを思ったわけじゃない。
同じクラスに、ちょっと変わった髪の色の子がいる。
俺にとっては、そのくらいのことだった。
*
学校にもすっかり慣れた頃には、教室の様子も入学したばかりの頃とは変わっていた。
休み時間になると、決まった友達同士で集まる。
校庭へ走っていく連中。
教室で絵を描く子たち。
何をするにも、だいたい一緒にいる相手が決まっていた。
俺もその一人だった。
「陽一! 今日、ドッジボールやろうぜ!」
「いいよ! 俺、外野からな!」
「なんで最初から外野なんだよ!」
「当てる方が楽しいだろ!」
そんなくだらないことで笑いながら、毎日遊んでいた。
ある日のことだった。
休み時間に教室へ戻ると、加奈が一人で席に座っていた。
机の上には本が開かれている。
別に珍しい光景じゃなかった。
加奈はいつもそんな感じだったからだ。
ただ、その日はなんとなく気になった。
そういえば、加奈が誰かと遊んでいるところを見たことがない。
話しかける子はいる。
でも、髪の色を不思議がったり、目をじっと見たりして、結局すぐに離れていく。
中には、加奈のことをからかう子もいた。
加奈は何か言い返すわけでもなく、困ったように笑うか、黙って下を向いていた。
どうしてだろう。
別に、悪いことをしたわけでもないのに。
「なあ、加奈ってさ」
隣にいた友達に聞いてみた。
「なんでいつも一人なの?」
「え? 知らない」
「一緒に遊ばないの?」
「だって、あんまりしゃべんないじゃん」
「ふーん」
それ以上、話は続かなかった。
俺もそのときは、そういうものなのかと思った。
けれど、それから何度か加奈を見るようになった。
給食の時間。
掃除の時間。
帰りの会が終わったあと。
みんなが友達と騒いでいる中、加奈はいつも静かにしていた。
ある日の放課後。
ランドセルを背負って教室を出ようとしたとき、加奈が一人で靴箱へ向かっているのが見えた。
今日は一緒に帰る友達がいなかった。
それなら、ちょうどいい。
「加奈!」
呼びかけると、加奈がびくっと肩を揺らした。
振り返った顔は、ひどく驚いている。
「え……?」
「一緒に帰ろうぜ!」
「……わたし?」
「うん。他に加奈っていないだろ?」
加奈は俺の顔を見たまま、しばらく黙っていた。
それから、少しだけ視線を落とす。
「でも……」
「何?」
「……いいの?」
「何が?」
「一緒に、帰っても……」
「いいに決まってるじゃん」
どうしてそんなことを聞くのか、俺には分からなかった。
「ほら、早く帰ろう!」
「あっ、うん……!」
加奈は慌てて靴を履き替え、俺の隣に並んだ。
校門を出て、いつもの道を歩き始める。
「加奈んちって、どのへんなの?」
「えっと……公園の近く」
「公園? ブランコがあるとこ?」
「うん。そう」
「えっ、俺んちもその近くだよ!」
「ほんと?」
「うん! じゃあ家、近いかもな!」
そんな話をしながら歩いているうちに、見慣れた公園が見えてきた。
「俺んち、あの角を曲がったとこなんだ」
「……わたしも」
「えっ、そうなの?」
加奈が指さしたのは、俺の家からそう遠くない場所だった。
「なんだ! すっごい近所じゃん!」
「……うん」
「じゃあ明日も一緒に帰ろうぜ!」
加奈は目を丸くした。
「明日も?」
「うん。どうせ同じ道だし」
「……いいの?」
「だから、いいって!」
そう答えると、加奈は小さく笑った。
初めて見た気がする、ちゃんとした笑顔だった。
「……ありがとう、陽一くん」
「じゃあ、また明日な!」
「うん。また明日」
俺は手を振って、家へ向かった。
次の日も、加奈と一緒に帰った。
その次の日も。
しばらくすると、朝も同じ道を通っていることが分かって、一緒に学校へ行くようになった。
どちらから誘うでもなく、いつもの場所で顔を合わせる。
「おはよう、加奈!」
「おはよう、陽一くん」
そう言って笑う加奈は、教室で見かけるときよりも、ずっと楽しそうだった。
最初は何を話しかけても小さな声で返事をしていたのに、最近では向こうから話しかけてくることも増えた。
そんな加奈を見ていると、俺までなんだか楽しくなった。
ただ一緒に帰ろうと誘っただけ。
俺にとっては、本当にそれだけのことだった。
でも、あの日声をかけていなかったら、きっと加奈とはこんなに仲良くなっていなかっただろう。
あの頃の俺は、そんなことを考えもしなかった。
ただ、明日も加奈と一緒に学校へ行く。
それが楽しみだった。
昨日はすみません仕事疲れすぎて投稿できませんでした
またよろしくお願いします




