EP24 旅の終わりに
長かったツーリング編終わりました
お付き合いいただきありがとうございます
引き続きよろしくお願いします
翌朝。
予定より少し早く目が覚めた。
障子の向こうから、薄い朝日が差し込んでいる。
部屋の中は静かだった。
……いや、正確には静かじゃない。
「ぐごおおお……」
隣で神崎が盛大ないびきをかいている。
しかも布団から半分はみ出して、大の字になっていた。
……よくそんな格好で寝られるな。
黒川さんは布団を頭まで被っているし、相沢さんは妙に行儀よく寝ている。
俺はみんなを起こさないように、そっと布団から抜け出した。
窓際に座り、首に下げている十字架を握る。
そして、いつものように祈った。
しばらくして目を開けると――。
「…………」
「…………」
神崎と目が合った。
「うわっ!?」
「……陽一さん」
「な、何だよ。起きてたのか?」
「……今、何してたんすか?」
「……ちょっとな」
「……ふーん」
神崎は眠そうに目をこすった。
いつものこいつなら、ここぞとばかりに質問攻めにしてきそうなものだが。
「……何か知らないっすけど」
「ん?」
「……いいことあるといいっすね」
そう言って、神崎は再び布団に潜った。
数秒後には寝息が聞こえてくる。
「…………」
……何だよ、それ。
俺は思わず笑ってしまった。
「……ありがとな、神崎」
返事はなかった。
代わりに、また盛大ないびきが返ってきた。
……やっぱり神崎だ。
◇
「よっしゃあ! 帰るぞおおお!!」
「朝からうるせえ!!」
旅館の駐車場に神崎の声と黒川さんの怒鳴り声が響いた。
……さっきまで寝ぼけていた人間と同一人物とは思えない。
「神崎! 近所迷惑!」
「奈緒! 今日も元気だな!」
「お前のせいだよ!」
奈緒さんも朝から絶好調だった。
一方、相沢さんは愛車のカブを眺めながら、何やら満足そうに頷いている。
「相沢さん、どうかしたんですか?」
「いえ。今日も絶好調だなと思いまして」
「……そうですか」
相変わらず、あのカブのどこをどう見れば普通の原付なのか分からない。
エンジンにはミッキーマウスの頭みたいなものが付いているし。
まあ、相沢さんが楽しそうだからいいか。
荷物を積み終えた俺たちは、旅館を後にした。
楽しかった旅行も、これで終わりだ。
少し寂しい気もする。
けれど、昨夜聞いたみんなの昔話を思い出すと、自然と頬が緩んだ。
……本当に、いろいろあったんだな。
そんなことを考えながら走っていると。
ヴァァァァァン!!
背後から、聞き慣れないエンジン音が近づいてきた。
「……ん?」
一台の古いバイクが、俺たちを追い抜いていく。
年季を感じさせる形なのに、車体は驚くほど綺麗だった。
そして、どこかで見たことがある。
『……あれ?』
思わずインカム越しに声が漏れた。
『陽一さんも思いました!?』
神崎の声が返ってきた。
『あのバイク、どっかで見たことあるっすよね!?』
『……ああ。確か……』
記憶をたどる。
そうだ。
神崎のバイクを取りに行ったとき、店に置いてあった――。
『何? 二人とも知ってるバイクなの?』
奈緒さんが不思議そうに尋ねてきた。
『前にバイク屋で見たやつに似てるんです』
『へえ。珍しいバイクなの?』
『たぶん……』
そのときだった。
『……まさか』
相沢さんの声が聞こえた。
『え?』
『いや、でも……あの形……あの音……』
いつも落ち着いている相沢さんの声が、少しずつ上ずっていく。
『……もしかして、あれって……!』
次の瞬間。
『うわああああああ!!』
「うわっ!?」
『相沢!? どうしたの!?』
『ちょっと失礼します!!』
相沢さんのカブが加速した。
『おい相沢! 何やってんだ!』
黒川さんの声も届いていないらしい。
相沢さんは前を走るバイクに追いつくと、その後ろに付いた。
……いや、追い抜かないのか?
前のライダーが少し左に寄る。
それでも相沢さんは抜かない。
むしろ、ますます興奮しているようだった。
『すごい……! 本当に走ってる……!』
『相沢! 落ち着きなさい!』
『奈緒! あれを見て落ち着けるわけないだろ!!』
……相沢さんが敬語を忘れている。
相当な事態らしい。
やがて、前のバイクが道路脇の広い駐車スペースに入った。
相沢さんも続いて停まる。
俺たちも顔を見合わせながら、その後を追った。
◇
「いやあ、参った参った」
ヘルメットを脱いだライダーが、苦笑いしながら振り返った。
「後ろから勢いのいいのが来たから譲ったつもりだったんだが、全然抜いていかねえ。ミラー越しの視線がすげえんだよ」
「…………」
俺は思わず目を丸くした。
「……山本さん!?」
「おう、陽一。奇遇だな!」
そこにいたのは、山本さんだった。
「やっぱり、あのバイクだったんですね!」
「ん? ああ。店で見たことあったもんな」
俺は改めて車体を眺めた。
山本さんたちが昔、レースで走らせていたバイク。
以前、山本さんから聞いた話を思い出す。
仲間たちと一緒に走って、いろんな思い出が詰まった一台。
それが今、目の前でエンジンをかけている。
「……また走れるようにしたんですね」
「おう。せっかくだからな。公道を走れるように手を入れて、今日は様子を見てたんだ」
山本さんは嬉しそうに車体を撫でた。
「いやあ、大悟を置いてきて、ちょっと飛ばしちまった」
「……大悟?」
「荒牧大悟。昔のレース仲間だ。ほら、『ガハハ!』って笑う、うるせえオヤジだよ」
「ああ!」
思い出した。
前に会った、やたら声の大きいおじさんだ。
「それより……」
山本さんは相沢さんに目を向けた。
「お前さん、随分このバイクが気になるみたいだな」
「はい!!」
即答だった。
「これ、当時のレーサーですよね!? しかも、この仕様って……!」
「おっ、分かるか?」
「もちろんです!」
そこから先は、俺にはほとんど理解できなかった。
エンジンがどうとか、足回りがどうとか。
山本さんも相沢さんも、さっきから目を輝かせている。
……何だろう。
年齢はずいぶん違うのに、妙に気が合っている。
「なあ、陽一」
黒川さんが小声で話しかけてきた。
「……はい?」
「あれ、長くなるぞ」
「……ですよね」
その予想は、どうやら当たっていたらしい。
しばらくして、山本さんが笑いながら言った。
「そんなに気に入ったなら、乗ってみるか?」
「……えっ?」
相沢さんの動きが止まった。
「いいんですか!?」
「おう。ただし無茶はするなよ」
「もちろんです!!」
……本当に大丈夫なんだろうか。
相沢さんは嬉しそうにヘルメットを手に取った。
そして、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「そういえば……ちょうどいいカモがいますね」
「…………」
「…………」
俺と奈緒さんは顔を見合わせた。
「相沢」
「何だい、奈緒?」
「……あんた、まさか」
「せっかくだから、少し走ってきます」
「また走り屋狩りするつもりでしょ!?」
「人聞きが悪いなあ」
……否定はしないんだ。
山本さんはそんなやり取りを聞きながら、楽しそうに笑っていた。
「まあ、あいつなら大丈夫だろ。後ろを走ってるのを見たが、なかなかいい腕してる」
「山本さんまで!?」
「無茶はするなって言ってあるしな」
……そういう問題なんだろうか。
◇
しばらくして。
俺たちは峠道を見渡せる場所に立っていた。
山本さんはガードレールの向こうに広がる道路を眺めている。
「山本さんは一緒に走らないんですか?」
「俺はもうジジイだからな。ここで眺めてる方がいいさ」
そう言って、山本さんは目を細めた。
遠くから、エンジン音が響いてくる。
「おっ、来た来た」
視線の先に、あの古いレーサーが現れた。
コーナーを抜けていく。
その後ろには、見覚えのあるバイクが数台。
「……あ」
あの走り屋たちだ。
相沢さんの姿を追うように走っていたが――。
「……速っ!」
次のコーナーを抜ける頃には、もう大きく差が開いていた。
『あはははは! 楽しいなあ!!』
インカムから相沢さんの声が聞こえる。
……楽しそうで何よりです。
「すげえな、相沢……」
黒川さんが呟いた。
「いや、知ってたけどさ……」
奈緒さんも呆れた顔をしている。
山本さんだけは、じっとレーサーの姿を見つめていた。
「……へえ」
そして、小さく笑った。
「いいじゃねえか」
その声が、少しだけ嬉しそうに聞こえた。
「……さて」
黒川さんがヘルメットを手に取る。
「俺たちは帰るか」
「えっ、相沢さんは?」
「放っとけ。どうせ満足するまで帰ってこねえよ」
「そうね。付き合ってたら日が暮れるわ」
奈緒さんもあっさり頷いた。
『陽一君! みんな先に帰ってていいよ!』
……本人もそのつもりらしい。
「了解です! 気をつけてくださいね!」
『もちろん!』
……本当にお願いしますよ。
山本さんに挨拶をして、俺たちは再びバイクに跨った。
遠くでは、まだ懐かしいレーサーの音が響いている。
振り返ると、山本さんはその音が聞こえる方を、楽しそうに眺めていた。
◇
夕方。
ようやく家に帰ってきた。
バイクを停め、荷物を下ろす。
……疲れた。
でも、楽しかった。
神崎たちと一緒に走って、騒いで、笑って。
昨日は、みんなの昔の話まで聞けた。
あの人たちにも、今の俺が知らない時間があったんだ。
当たり前のことなのに、何だか不思議だった。
部屋に戻った俺は、荷物を置いた。
そして、ふとドラムに目を向ける。
「…………」
少しだけ、叩こうかな。
椅子に腰を下ろし、スティックを握る。
いつものリズムを刻んでみる。
ドン、タン、ドン、タン。
……うん。
これは、だいぶ安定してきた。
最初の頃は手と足を別々に動かすだけでも精いっぱいだったのに、少しは上達したらしい。
問題は、ここからだ。
裏拍を意識して叩いてみる。
「……あれ?」
途端にリズムが怪しくなった。
もう一度。
「……違うな」
頭では分かっているつもりなのに、身体がついてこない。
奈緒さんなら、きっと簡単そうに叩くんだろうな。
昨日聞いた、神崎たちの昔話を思い出す。
喧嘩したり、馬鹿なことをしたり、それでも一緒に音楽を続けてきた四人。
……いいな。
俺も、いつかあんなふうになれるんだろうか。
「……よし、もう一回」
メトロノームの音に耳を澄ませる。
少しずつ、少しずつ。
まだ思い通りには叩けないけれど。
それでも、前よりはずっと楽しい。
俺は小さく笑って、もう一度スティックを振り下ろした。
今回過去回はQueen3連発で選曲してます
基本自分がQueen好きなのでなるべく使いたいところですが難しいので雰囲気があってるやつを当てはめたりしてます
だいぶ前の映画になってしまいましたがQueenのボヘミアン・ラプソディを見てもらうと今回の3曲全部流れてるはずです
是非見てみてください




