見えない敵との戦い 八
2026年9月19日
麻木は木枯らしが吹く中、公園まで散歩をしに来ていた。公園にはブランコがある。ブランコしかない公園だった。麻木はポケットから煙草を取り出すと火をつけ、ブランコを眺めながらたばこを吸った。公園に4つ並べてあるベンチの一つにはおじいさんが腰かけていた。このおじいさんを見るのは3回目だった。どの時もただおじいさんは足元の地面を見ていた。
「こんにちは。寒くなりましたね」
麻木はおじいさんに話しかけたが、おじいさんからの返事はなかった。
麻木はもう一度話しかけるのもなと思い、たばこを吹かすことにした。
「このあたりに住んどるのかい?」
麻木が一本吸い終わり、もう一本を箱から取り出そうとしていた時だった。
「え?」
「住んで長いのかい?」
老人が自分に話しかけていることに気づき、麻木は老人を見た。
「まあ、散歩のコースの一つ。長いかどうかはなんとも」
「そうか」
おじいさんはやはり麻木を見ることをせず、地面をただ見ていた。
麻木は吸おうとしていたたばこを箱に収めると、公園をあとにした。
それから麻木は近所の朝日商店に行き、みかんジュースを買って公園にもどった。
おじいさんはやはりただベンチに腰掛け、地面をまだ見ていた。
「よかったら、どうぞ」
麻木は缶に入ったみかんジュースを老人に差し出した。
「ああ、すまんな。もらっても?」
「ええ」
「ありがとう」
とはいうものの、おじいさんは差し出された缶を受け取ろうとはしなかった。
しばらくするとおじいさんの肩が揺れた。
「ありがとう。美味しかった」
「どういたしまして」
そう老人が言うと、おじいさんは立ち上がって公園をあとにした。
麻木が老人に手渡そうとした缶を見ると、そこに描かれていたはずのオレンジ色のパッケージが消えていた。メッキがすべて取れた鈍い銀色の缶。その缶の中身も空になっていた。缶を閉じているプルタブは一度も開いていなかった。
「お達者で」
もうおじいさんの姿は見えない。消えたおじいさんに向けて麻木はつぶやいた。




