見えない敵との戦い 七
2026年9月18日
古い話をしたい。
そう書かれた紙が本の間に挟まっていた。麻木の自室に置かれた本の一番上に置かれていた本だった。机の上にいくつか本が積み上げられている。一番上の本は昨日、住まわせてもらっている主人宅の書庫から借りてきたものだった。借りてきた本を机の一番上に置いていて、これから読もうとしているところだった。
「この紙は主人のものかな。本の栞というわけでもないか。表紙を開いてすぐにあった」
麻木は気に止めることもなく、その紙を反対側の裏表紙の方に挟んだ。
麻木は仕事以外の時間を散歩と読書に費やしていた。居候なので自分の荷物を増やすわけにもいかない。主人宅の書庫は本が山のようにあった。その中から目に留まったものを借りてきて読むのが日課になっていた。今回借りてきた本は小説だった。
読み進めていたものの、麻木は先ほどの紙のメモが気になって小説に集中できずにいた。
古い話をしたい。
主人の古い話。今まで主人の昔話を聞いたことがなかった。
そう思うと麻木は本を持って1階の居間に向かった。居間には山崎がおり、一人でコーヒーを飲んでいた。
「あれ、いたんだ」
「おはよう。まずは挨拶からですよ」
「あ? ああ。おはよう」
「あまりルールを変えないほうがいい。制約を保つこと。じゃないと影に食われます」
麻木は席に着くと本を広げた。
「主人から借りた本に、メモが挟まれていました。女の匂いがします」
「ちょっと待って。お話をするときはあらかじめ、『この話をします』と言ってください」
そういうと山崎は席を立ち、普段は使わない黒い遮光カーテンを閉め、部屋の明かりを消した。突然部屋が真っ暗になったことに麻木は笑った。
「つらいです」
「しょうがないだろ。これで1時間だけフリータイム。なんのメモですか」
「ランプもダメなの?」
「いや、そうだな。ろうそくが引き出しにある」
そういうと山崎は手探りで引き出しを開けるとろうそくを取り出した。一緒に備えてあったろうそく台にろうそくを差しマッチで火をともす。
麻木は本に挟んであったメモを山崎に見せた。
「“古い話をしたい” これが挟んであった?」
「そう。字の感じがちょっと女の子っぽいんだよね」
「そうですね」
麻木はにやにやしている山崎がおもしろくなっていた。
「あの人、どんな人が好みだと思いますか?」
「え?そうだな。影のニオイがしない女かな」
「そんな貴重品…あるわけがない!」
「いやいや、ある所にはある。俺たちには高嶺の花」
麻木が備え付けてあった冷蔵庫から麦茶を取り出すとコップに注ぎ席に着いた。そういえば山崎とその手の話をしたことがなかった。麻木はメモを眺めている山崎に聞いてみた。
「あなたはどんな女と恋愛してきたんですか?」
「およしなさいよ。この業界に来ることになった身同士なんだ」
「僕は誘拐です。恋愛はありません」
「言いづらい話を易々と話すな。癪に障る」
「…そうだな。幼馴染が好きだった。花を生けるのが好きな女だった」
山崎は天井を見ながら話しだした。
「いくつから一緒だったか。それはうんと小さいころ。3歳だった。よく笑う女だった」
「想像できないな、あなたの世界から」
「ウソかもしれないだろ?」
そういうと山崎はメモを机の上に置いた。
「真っ赤な花が散ったのかと思った。でも、そうじゃなかった。交通事故を目撃しただけだった。でも、血が出ている事故じゃなかった。女が倒れていた。なぜか女を撥ねたと思われた車は事故以上の大破をしていた。倒れていた女は無傷そうな、でももう動かなくなっていた。その倒れている女が俺が好きな女だったんだよ」
「そっか」
「その時俺はまだ15歳だった。ご両親から女が持っていた鏡とかんざしをもらうことが出来た」
「なんだよそれ。鏡とかんざしとか。いいとこ出か?」
「うるせー。この業界だぞ」
山崎は懐から円形のケースを取り出すとそれを麻木に見せた。
「これが鏡。両面鏡。片方が拡大鏡になってる」
「いいとこ出だ。きれいな飾りがついてる」
「感じないかな?さすがに取れてるかな」
山崎の言葉に麻木は鏡を手に取った。薄くではあるが、何かを感じることが出来る。脳裏にかすかに言葉が浮かんだ。
「“早く死ね” なにこれ?」
「そういうことだったんだよ」
山崎の幼馴染は死の影に狙われていた。影が死を呼び寄せ事故で彼女は死んでしまった。
「まあそういうことがあった。わかったか?」
「うん」
麻木は話を聞き終わると本とメモを持って自室に帰った。
山崎は彼女が亡くなった事故のあと、彼女の持っていた鏡のせいで事故に2回遭うことになる。しかしなぜか事故の前に山崎は声を聞き、引き返したり立ち止まったりすることで大事にならずに済んだ。彼女の持っていた鏡から声が聞こえたのが2回目の事故の時だった。
鏡の話を親にすると、暗い顔をされ、詳しい人を紹介され話を聞くことが出来た。
鏡をその人に見せると「もうなにもないです」と言われた。どういうものであったかを聞かせてもらえた。
この鏡は海外のものであること。この鏡は子どもにしか反応しないこと。
そしてこの間も女の子が一人亡くなったことだった。
露店で売られているケースを何件か発見し、即座に対処したことを教えてもらった。
まー「女の匂いがするだとおもしろすぎるかもと言われている」
まー「佐藤健に “女の匂いでいいよ” と言われた」




