見えない敵との戦い 五
2026年9月17日
白い太陽が塔を照らしていた。太陽に照らされる塔もまた白かった。どこにも影を作らない白い塔。その白い塔の中を、太陽の光に当たることなく麻木は移動しなければならなかった。太陽の光に当たると消える。自分の存在が消えることだけは確かだった。夢の中の白い太陽は影を作らない。白い塔の中、影を作ることが出来るのは麻木の持っている影だけだった。
この夢の塔の中に何があるのか。それが今回の依頼だった。
この白い塔は一冊の本を開くと現れる夢だった。本を開いたものは一瞬記憶を失う。それは本によって夢の中に落ちたが、白い太陽の光に焼かれ、夢の中で死んで目が覚めるからだ。目が覚めると意識が虚ろになり、次第に寝たきりになる。誰の手からこの本がこの業界に持ち込まれたのか定かではない。とても古い影が仕掛けられた本で、この本にある影の仕組みも古めかしく複雑だと麻木は聞いていた。
主人がこの夢の中の白い塔へ、麻木の援護のための休憩所を作ってくれていた。しかし長い時間そこにはいられなかった。それは主人の体力面での問題だった。
なぜ白い塔への挑戦が依頼になったのか。だれも最後までできなかったからだ。主人が作ってくれた休憩所は一日5時間しか出現しない。麻木は今回で3回目の挑戦だった。途中でやめればまた1階からのやり直し。塔の最上階へ行くことが目的ではない。塔にある部屋の一つ一つを観察し、中に何があるか、この塔の間取りを作るといったことが依頼だった。
「これは骨が折れるよ。疲れた」
麻木は主人が用意してくれている休憩所がある5階にまだ到達していなかった。麻木がいるのは塔の3階の中ほど。長い道のりに麻木はため息をついた。
じりじりとした太陽の光が塔の白い肌にしみ込んでいる。塔の壁を触ると指が焼けるようだった。
「どうかしてる」
資料として提出された塔の地図。5階より上がない。5階までしかわかっていない。この塔に来ることが出来る人物が限られていたからだった。頭で覚えている地図によれば、3階には柱が3本ある。その3本ある柱のうち、2本目の足元にくぼみがある。そこのくぼみに面白い仕掛けがしてあると書いてあった。主人は「君もそこで学べばいい」と言っていた。それに賭けて今は歩んでいた。
「熱いんじゃない。これは溶ける」
ようやく3階の地図に印のしてあった場所についた。指定通り3本ある柱の2本目の足元のくぼみを探した。たしかにあった。くぼみにはダイヤルがあった。
「これ…回せるのかな」
柱のくぼみにあるダイヤルを回すと塔を照らす太陽が月になり、辺りは夜になった。
「え…どんな技かけたのこれ」
「麻木君は回せると思います。これ、すごいことですけどね。回せる人がいない。まずいない。回せたら人じゃないって言われますから気を付けてくださいね」
麻木の脳裏に主人の言葉がよぎる。話によるとダイヤルを回すと昼から夜になる。夜になったら安全というわけではない。むしろ夜の方が危険になる。夢から目覚められなくなる。つまり帰れなくなるのだ。
「夜になると完全に出口を探さなくちゃいけなくなる。そうしないと死ぬ」
「あ。麻木君がダイヤルを回しましたね。困ったな」
ベッドに横たわり、胸に一冊の本を抱いて眠る麻木を見て主人はため息をついた。
「いや。わざと教えたでしょ」
「そんなそんな。もしものときのためのことを教えとかないと危ないですからね。この本の依頼はだれでも長期戦になりますから」
主人は席を立つとお茶を3つ淹れてきた。
「この依頼はあくまで塔の構造をすべて知ること。もちろんこの夜の塔のことも調べないといけない。昼の塔からの帰還は夢から帰ることを念ずればいい。影を持つ者の穴抜けが最大の特徴です。この夜の塔は出口が毎回変わるんです。それと構造を調べることは同義ではありません。この夜の塔は永遠ではない。タイムリミットがあります。12時間です」
「調べることより出ることを優先したほうがいい」
「麻木君は今回初めて夜の塔に挑戦するんです」
「それは今回初めて教えたから」
「そう。でもそれは」
「いやぁ、いい。もういい」
そういって白い塔の仲介人をしている山下という男は主人の言葉を遮って茶を飲んだ。
麻木は自分を包んでいたベール状の影を解くと、藍色の肌になった塔の壁を触った。先ほどとは違って、やや透明感のある藍色をしている。
この夜の塔の出口は光だという。その光を見つけることが先になる。出口を見つけたらこの夜の塔の内部を調べることにしよう。麻木はそう思うと一旦の休憩で膝をついた。この塔に腰をつけるのが怖い。なので座ることをしなかった。
麻木は立ち上がるとまずは自分が歩んできた道を引き返すことを選んだ。地図を知っているからだ。しかし目ぼしいものを発見することが出来なかった。夜の塔の中は暗くはあるが、ところどころにある窓から月の光が差し込んでいて、そこまで暗くはなかった。
出口である光を探す。目に見える光と言ったら断然、この夢の中の月だった。懐から時計を取り出すと一時間の時が過ぎていた。残りは11時間を切っている。なにがあるかわからない。麻木は上階に出口があることを願って歩みを進めた。
「この本はいつから存在したんですかね」
そう主人に言われ山下は本の資料を提出した。
「何度も目を通しているだろう。そこに書いてある通り。500年前だ」
「僕、この答えを信じてないんです。なので麻木君にはいつからあるかわからないって言ってます」
「そうか」
山下は資料にもう一度目を通した。
「“この本は500年前から存在していると記録がある。誰が作ったという記録は残っていない。1626年。カリフォルニア西部にある古い寺院の倉庫の中から発見された” まあ発見された年代に作られたものじゃないからな」
「当時から古そうな建物にあったとある。この話の不思議は表の歴史と異なること。500年前のカリフォルニア。当時はまだアメリカという国もなかった。なのにこの資料。この本と一緒に保管されていた資料の写しも僕は入手しましたよ。なお信用するに値するのかという疑問が起こりました」
「表の歴史と裏の歴史が違うことはままある。このアメリカの話はやめておこう」
麻木には焦りが見え始めていた。光が見当たらないのである。1~3階に出口がないのを確認すると、そのまま主人が休憩所を作ってくれていた5階までやってきた。それより上に行く前にもう一度、一部屋一部屋を確認をした。窓の外を見ても何もない。あるのは頭上に光を放つ月だけだった。残り時間は9時間半になっていた。今までの道のりになかったので、5階より上ということになる。もらった資料には、前回この月の塔に挑んだ人物は50年ほど前。そのときはすぐそばに出口が現れたという。残念ながら地図を作ることはできなかったそうだ。ルールがわからなかった。現れた光に触れたら現実に帰っていたという。
「まさか本当に月に触れるんじゃないよなぁ」
麻木は6階に上がるとその間取りをとりあえず取っておいた。後は7階、8階とただただ出口を見つけるためだけに歩みを進めた。9、10と続けて登っていく。時間も9、8と減っていっていた。その中でふと、塔の外を見ると塔の足元に小さな泉があるのが見えた。泉は頭上の月の光を反射して光っていた。
「いや…あれは…下まで降りて確認したときにはなかった」
もしかしたらあの泉は近づくと消えるものなのか。退路の一つかもしれない。とはいえ、この高さから転落して飛び込むのは今ではない。麻木は引き続き上に昇って出口を探した。
「それで結局、どうやって帰ってきたんですか?」
麻木は右足の包帯を撫でながら答える。
「見たらわかりますよね。最上階から最下の泉に向かってダイブしました。なんで夢で高いところから落ちて現実で怪我をするのかわからない」
「いやー、でも貴重な資料です。また一つ、確かな資料が増えました。先方さんも喜んでいるそうです」
「もうやりたくないのでやめてください」




