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八




 櫓万、柚花影のふたりに指示したのは、上司にあたる宮官で、何故か名は残っていない。桍(こ)穿耳(せんじ)と同時期に掖庭で生まれ、とんとん拍子に出世していった桍穿耳のことを、一方的に恨みに思っていた。

 『鵄尾子』にすら名が書かれてはいないのだが、幼い頃桍穿耳の母を侮辱し、桍穿耳と喧嘩して負けたとある。運動神経のよい桍穿耳は、喧嘩も強かったようだ。これだけでなく、幼少期にだが男児相手にも喧嘩で勝っている。父が官人であり、少しでも情況が違えば蝶よ花よと育てられていた筈の桍穿耳をやっかむ者、もしくは官人に恨みがあり、桍穿耳には関係ないが、ただ官人の娘というだけでいじめようという者が居たのだ。桍穿耳は幼い頃何度か喧嘩をふっかけられ、ほとんど負けていない。

 それで筆者は、桍穿耳の幼名の「蹴(しゅう)」とは、彼女が幼い頃喧嘩で蹴りを得意としていたからではないのか、と想像したのである。飛躍しているといわれても、筆者がそう想像することは自由であろう。

 母を侮辱した訳であるから、寧ろ桍穿耳のほうが恨みに思って、位を得た後(のち)にやり返しそうなものであるが、桍穿耳は忘れていたようである。この宮官は恨みを表に出さずにいた為、誰も桍穿耳への悪感情に気付かなかった。

 宮官には、棗家の官人から、依頼があった。棗家は原王府と組んで、原王を皇帝にしたかったので、まず太子の力を削ぎたかったのだ。朱家と太子の仲が険悪になればよかった。なので、郡主を殺し、それを朱蒼児の仕業ということにして、朱蒼児を刑死させるのが目的だった。

 そうすれば、朱家は太子や宗室を恨みに思うだろうし、枰良娣が太子妃となれば、風紀は確実に乱れる。枰四娘(へいしじょう)は慎ましく見せていたが、実際は贅沢好み、派手好みであった。太子妃となれば、箍が外れたろう。

 枰家は娘が太子妃になれば、そのまま皇后となり、外戚として政を思うがままにできると考えていた。棗家から朱家を追い落とす計画を提案され、疑いもせずに飛びついたのは、利権に目がくらんだからである。棗家がなにを目的としているかは、犯人達が捕まるまで、枰家は知らなかった。

 枰家にわざとのさばらせ、太子を弾劾。太子位からひきずりおろした後には、最初の太子妃は子殺し、次は風紀を乱し枰家を跋扈させたと、聖上への弾劾がはじまる。聖上が官婢だった者を妃にしていることも弾劾につかう予定だった。聖上の評判が落ちてから、原王が華々しく兵を挙げ、民衆が味方する――という計画だったようだが、仮に真犯人が捕まらず、朱(しゅ)蒼児(そうじ)が犯人として刑死していたとして、うまくいったとは思えない。

 太子は愚かではないから、枰四娘の性根に遠からず気付いたろう。というか、事件前夜、枰四娘は馬脚をあらわしている。太子を激怒させ、追い出されて、その後も太子は枰良娣の顔も見たくないと仰せだったのだ。朱蒼児が居なくなったとしても、太子の心は枰四娘から完全にはなれており、太子妃としたとは考えにくい。


 そもそも聖上はたぐいまれなる明君であり、民衆が原王につくというのも希望的観測がすぎる。

 この時期、平均寿命はぐんと伸びている。食糧事情が安定したからだ。聖上の政策のおかげである。

 聖上は司農寺に命じて各地に官吏を派遣し、農業について学ばせて中央に集積させ、『志農芸』なる農芸に関する手引き書を編纂させた。それらは大量の写本がつくられ、各地へ送られ、農家へ配られた。また、農家用に無利子で銭を貸すこともはじめ、農業道具や種苗の購入にそれをあてる農家は多かった。国庫の無駄遣いと糾弾されたこれらの政策が、結果として農業の発展を促し、国は大いに潤った。社稷の農家は皆、聖上のなさりように感激し、政がわからずとも聖上を心底から敬ったという。

 それだけの明君が、はたして、ふたり続けて太子にろくでもない女を娶らせたから、などという理由で、民衆からの支持を失うだろうか。棗家、ひいては原王の計画は、だから、筆者には絵に描いた餅に見えるのである。


 太子妃は、複数の宮官を通じ、郡主が知的障碍者であると思い込まされていた。彼女は二度目の出産だったが、一度目は流れてしまっていた。弟や妹は居るが歳は近く、赤子を間近で見たことなどほとんどない。郡主が喋らぬとか、そういうことを気に病んでいた。朱家にそのような人物が居たことを当然彼女は知っていたので、自分の血筋が出たと思ったらしい。血統でそのようなことがすべて決まる訳ではないのだが、古代の人間だから遺伝もなにもわからない。桍穿耳達もこの手の誤解をしていたようである。

 おまけに、宗室はそういった子をきらうとも思い込まされていた。

 朱蒼児が嫁ぐ前、令嬢同士の付き合いを苦手としていたのは、彼女が交流していた令嬢達は五体満足、知能も平均かそれ以上というのしか普通の人間として認めず、足をひきずる奴僕を大変な侮蔑の言葉でもってはやしたて、院の池に突き落として大笑いしていたかららしい。

 それが朱蒼児には衝撃で、付き合いは表面的なものにとどめていた。知的障碍者も下に見て、竹篦で酷く打って怪我をさせていたとかで、だから朱蒼児は、朱家以外ではそれが普通だと思っていた。

 そのような経験があったので、宗室はそういった子を密かに始末しているといわれて、納得してしまった。現代人の目から見ると強烈だが、当時の障碍者に対する世間の風当たりは強く、あり得ない話ではない。朱家や宗室の反応は、もっとも障碍者によりそったものであろう。

 ただ、朱蒼児が見たそれらも、極端な例である。自らの家族に産まれたのではなければ見て見ぬ振りをするか、施しなどして徳を積むか、であった。家族に産まれたとしても、仏寺へやるという手があった。そのような記録は残っている。財産があれば、金を積んで特別いい仏寺へやるか、表にはあまり出さぬようだが、家で養育することだってあった。

 単に障碍があるからという理由でいじめられるとか、その結果死ぬとかいうこともあったが、それを当然、或いはよしとするのは異常である。きちんと調べられ、場合によっては罰せられる。

 筆者が理解に苦しむのは、この当時は階級が上であったり、位が高かったり、金持ちであったりしたら、司法の手を逃れられたという部分だ。そういう者達が無軌道な行動をしても、ゆるされてしまうことは、残念だがあった。朱蒼児が見た令嬢達は高官の娘達で、被害に遭ったのは奴僕である。暴行に理由などなくとも罰せられぬから調子にのって、行動がどんどん過激になっていったのであろう。

 朱蒼児のように良心があれば加担せず、距離をとる。そうではないのが参加する。いつの間にか令嬢達にとっては、当時でも眉をひそめられるような悍ましい言動が、「皆もやっている当然のこと」となったのだ。


 棗家としては、太子妃に疑いが向きやすい情況をつくれればよかった。だが想定外なことに、太子妃は追い詰められ、郡主を手にかけようとしてしまった。実際には、首に裱をまき、弱々しい体でちょっとひっぱっただけである。郡主は眠ってしまったのに、太子妃はそれを死んだと思って、自らも死のうとした。

 それが、やはり想定外に、枰四娘が暴走し、火をかけさせたのと重なったから、櫓万と柚花影はそれに乗じて、郡主を殺そうとしたのだ。実行犯は櫓万であった。火事でひとが居ない間に殺された、となれば、隣の閨房で寝ていた太子妃が怪しまれるだろうと考えての行動である。

 太子妃がひとりになった時など、怪しまれる情況でやれと、指示が出ていたらしい。見返りは金だった。それに、原王が皇帝となった暁には、后妃の末席に座らせるとも約束されていた。




 棗家、原王にとっての想定外は、まだまだ続く。桍穿耳達が疑われたのだ。

 棗家は、名も知れぬ宮官を手先としたが、彼女は桍穿耳が憎くて動いていたのだ。桍穿耳は太子妃を気にいって、頻繁に会っていたので、桍穿耳の気にいった者が苦しめばそれでいいという気持ちだった。桍穿耳達が疑われても、太子妃が怪しいと誘導するようなことはなかった。

 しかも、枰四娘の暴走があった。前夜に太子に平手打ちをくらい、その寵が一気に衰えたのを察して、太子妃を殺さねば良娣をやめさせられると考え、火事を起こしたのだ。そのやりかたはあまりにずさんで、すぐに手下は捕まり、枰良娣の指示だと吐いた。火事が枰良娣の指示なのだから、郡主を襲わせたのもそうではないかと、刑部は桍穿耳達を疑う傍ら枰家にも厳しいとりしらべをしていた。それで、枰家は娘のことにかかりきりとなり、おまけに疑われている状態で太子妃犯人説を唱えても、いいのがれにろくでもないことをいいだしたと相手にしてもらえなくなった。

 棗家は動かせる人間が少ない情況で、どうにか郡主殺しを太子妃の仕業と見せる為、櫓万と柚花影をつかって、裱が太子妃のものであったことを強調した。しかし、それの為に、宮官ふたりが第一発見者であり、そのどちらか、或いはふたりになら犯行は可能であると、桍穿耳に気付かせてしまった。


 枰家のば(・)か(・)な行動は更に続く。枰四娘の兄がこれまた浅はかだった。とにかく太子妃を辞めさせれば、太子も一度は愛した女として、枰四娘に再び目を向けるかも知れぬと思ったらしい。それで、息のかかった宦官に、太子妃をきりつけさせた。


 この枰家というのは、ある程度優秀な人間が何代かに一度は出ているが、それ以外は並程度の官人しか輩出していなかったようだ。この頃は、ひと口にいって、最低の部類のしか居なかった。頭が悪いというのではなく、心根が悪い。

 朱蒼児が衝撃をうけた、件の令嬢達のような人間しか居なかったのだ。あれについては当時であっても過激な行動であることは書いたが、この頃の枰家は、奴僕で障碍があるというのは楽しんで殺す為の者と捉えていたらしい。また枰家にこそ、なんらかの障碍を持つ子が居たようなのだが(どのような障碍であったか、史書にはない)、その子達は物心つく前に殺されたそうだ。

 しかし、この頃の枰家にとってはそれは当然の行動で、おおっぴらにすることではないがしたとしても非難の対象にはならぬ、と思っていた。棗家もおおよそ同じである。枰家ほどではないが、障碍者は社会的に役に立たぬと思っていたのは同様で、それだから、自分達の邪魔になるのならば殺すのもありだと考えていた。車が走るのに邪魔になる石をとりのけるくらいの話であって、その行為に罪悪感などなかった。また、一族に障碍者が産まれるのはとんでもない羞と思っていた。なので、殺していた。史実であるので記すが、胸が悪い話であると筆者は思うし、これを読んでいて気分が悪くなるような時代に生まれてよかったとも思う。




 つかわれた宦官は、武芸の心得もなければ特段力の強い訳でもない。おまけに、枰家の若者に半ば脅すようにして命ぜられ、頭に血がのぼっていたのか、宮官達が大勢居るのに刃ものをとりだして、太子妃へきりかかった。太子妃の額に傷をつけたあと、宮官数人に飛びかかられて床へ倒れ、頭を打ち付けるか、その後おさえつけられて息が詰まり、死んでしまったらしい。

 不運というか、不幸というか、しかし、この頃の枰家の若者達のような、数代前の先祖の威光で職官をもらっているような連中に近付いて気にいられ、宦官になったのだから、ある意味自業自得かもしれない。時の太子妃にきりつけ、額に傷跡を残した宦官として、その汚名がこれだけの時間が過ぎても残っているのだから、軽率さにはひきあわないような損失であろうか。




 枰家の男は、叛意ありとして斬(ざん)された。妹同様ば(・)か(・)な行動で自らの首を絞めた枰四娘の兄だが、随分腰の骨が丈夫だったようで、斬るのに苦労したと記録がある。

 枰四娘だが、火付けの罪で当然良娣を辞めさせられ、ほかの枰家の女ともども、官婢となった上に涼州へと送られた。最後まで泣いて太子にゆるしを乞い、良娣への復帰を願っていたが、当然ながらかなう訳がない。涼州は嶺南と違って寒いから大変だろうと、桍穿耳は少々同情的であったという。

 枰四娘は涼州へうつっても、自らを良娣と称し、朝廷から直々に辞めろといわれても辞めず、数度目でやっと辞めたという。また、そちらへも枰家の所業と、枰家の男達の末路は伝わっていたので、悪党の一味として枰家の女達の扱いはよくはなかった。

 なかには、嫁いだばかりで枰家の事情など知らぬ女も居て、枰四娘はその女達に襲撃され、自慢の髪をむちゃくちゃに切られてしまった。襲った女達にしてみれば、良娣を出した家として信用していたのだし、男達が刑死した以上、怒りの矛先はどうしても枰四娘に向いた。枰四娘はこれ以来、少々大人しくなったというが、自分が太子妃になる筈だったという話をして杖刑をくらっている。


 棗家も似たようなものだが、こちらの男達は幾らかは梟首になった。聖上の座を脅かしかねなかった者達として、市では多くの民からあらゆるものを投げつけられ、処刑前に死んでいた者も居たと、『鵄尾子』にはある。しかしまあ、これは本当かどうかは疑わしい。『卯陰雑俎』の、聖上や皇后に非がある、これは冤罪であると喚いた棗家の家主が、民衆に袋叩きにされ、いざ腰斬となると泣き喚いたという話は、ある程度は信憑性があろう。斬された遺骸が民衆にとりかこまれ、皆我先にと肉を千切って口へ運んだなどという話ものっている。

 棗家の女(原王の妻は除く)は、官婢となって掖庭にうつったが、それまで散々宦官を見下し、人間の屑のように扱っていた棗家や枰家の官人達、また、節句の朝参をする、官人の妻の外命婦達を、宦官が忘れている訳はない。枰家も棗家も官人達は横暴で、男ではない男として常から宦官を物笑いの種とし、或いは無視し、権威を笠に錫で殴るような真似までしていた。外命婦らは、車から降りる際にも、案内をする際にも、よくもまあ言葉が尽きぬと感心する程に、ねちねちと宦官を愚弄してきた。

 技能があろうとなかろうと掖庭には這入らせぬと皆追い出されて、棗家の女達は司農寺へ向かったが、なんとそちらでもひきとりを拒まれた。

 陛下肝いりの政策で活躍した司農寺だが、枰家も棗家もそれをひたすらに軽く扱った。功績を挙げた部署が大きな顔をせぬよう、はやめに叩くつもりだったのだ。出る杭は打たれるというやつである。

 国の基礎は民であり、民は喰わずばやっていられない。兵だって、食べているから国をまもれる。聖上の成し遂げた大事業に誇りを持っていた彼らは、両家の侮辱を決して忘れなかった。婢ならば間に合っているといい、残飯をぶつけて女達を追い払った。

 女達は途方に暮れ、かといって皇城を出ることはできずに、掖庭の者らに叩頭してゆるしを乞い、やっといれてもらえたという。棗家があらゆるものを見下し、軽く扱い、茶化し、鬱憤を晴らす為に侮辱してきたのが原因なので、庇いようはない。

 その当時の掖庭局令が、棗家の女達(勿論、棗家に嫁いだ女達も含む)はこれ以降三代先まで官婢からの除籍をゆるされぬがそれでもいいか、といっても、女達は従った。いずれにせよ、除籍されて皇城を出たところで、自分達の顔を知っている人間が居れば、石を投げられて死ぬのが関の山だと考えていたらしい。

 それは間違ってもいない。この後(のち)、掖庭で生まれた棗家の女児が、父母の罪も忘れたような横柄な態度をとって、皇城からぬけだしたのだが、余程父に似ていたか、民に気付かれて殴られ、死んでいる。

 また、これらの家に近かった胥吏、宮官、宦官なども、捕まった。当時は傑物が居なかったといえ、どちらも名門である。その権勢を恃んで、派閥に加えてもらおうと擦り寄っていく人間は幾らも居る。きちんと調べられ、計画に関わっていた者、知っていた者は配流になった。


 両家の使用人、奴婢に関しては、大理寺がその罪の重さを比べ、半分はゆるされ、半分は官奴婢になった。奴僕とされたのは、遣いにされるなどして、計画を知っていた筈で、それを皇城へ伝えなかったのに非があるとされた。残りは知らなかっただろうと判断したのだ。ただし、仕えていた家に同情的、或いは追随するような言動があれば、叛意ありと見てまた捕まえる。しかし、ゆるされたなかで、再び捕まった者は居ないという。

 枰家か棗家か、史料によって異同はあるが、計画を宮廷へ報せようとして栭と呼ばれていた老奴僕が死んでおり、その地元とされる徐州においては、現在までも義烈の士として語り継がれている。或いは彼は、どちらの家の奴僕でもなく、たまたま計画を聴いてしまった隣家の奴僕であるともいう。卑劣な事件のなかに、命を賭して正義を貫こうとした者が居たのは、救いであろう。


 両家の邸はどちらも、近隣住民がおしかけて、打ち崩してしまった。どちらの家も、名門であることを笠に着て庶人を見下していたし、尊大で無礼な態度をとられた者達は数限りなかった。それでも国の為に働く偉い官人だと思って我慢していたのが、宗室に牙を剥いたと聴いたものだから、世人の怒りは燃え上がったのだ。

 邸は跡形もなくなった。邸の破壊に参加できずに残念がった者達が、枰・棗両家の墓を壊したそうだが、それは定かではない。




 原王は翼をもがれた鳥のようになってしまった。幕僚がすべて捕まったのだ。王府からは武器や鎧が出てきたし、馬を大量に購入する約束を商人としていたのがわかった。幕僚達は尋問され、すべて吐いた。尋問にあたったのはおもに、刑部や、大理寺の人間だが、皇后もそれをした。皇后はあの、「猫の苦しむさまに似る」とも記されている、独特の声と、鋭い眼光とで、相手を恐怖に陥れたらしい。

 血を流さぬ尋問で罪を認めた幕僚達は、結局のところ配流となったり、刑死となったりした。人数も多いし詳細は省くが、反乱を起こそうとしたのだから、死かそれに準ずる罰をもらうのは当然である。反乱が起こればどれだけの人間がまきこまれ、どれだけ死ぬか、計り知れぬ。証拠も多数あり、実行していないからいい、とはならない。


 幕僚を失い、しかも悪事が露見し、原王は妻と子どもとともに配流された。剣南道のどん詰まりで、数人の胥吏と兵に見張られ、土地の官奴婢達に世話をされ、原王は折角生きながらえたのに、そこでもまた悪事を企んだ。

 原王は頭脳明晰、帝王の器などといわれていたが、幕僚達の有能さ故であったらしい。幕僚達とひきはなされ、数日の尋問をされただけでぼろが出た。また、枰家棗家とかわらぬ、障碍者を憂さ晴らしの道具と考えているような人間であった。養育した宮官、宦官達にも責任の一端はあろうが、幼い頃から傍に居た幕僚は、棗家や棗家にへつらう者ばかりだった。その棗家があ(・)あ(・)なので、朱に交われば赤、原王も大いに影響をうけた。

 幕僚を失った原王には策もなにもなく、随分と無謀で、実現できなそうな計画を立てた。土地の荒くれ者達を先導して、反乱を起こした。妻が配流される道中産んだ子は聖上の子で、聖上は弟の妻を穢した悪人である、といいはった。原王の子は、柿を近隣の家屋へ投げつけてみたり、生の筍を喰ってみせたり、牛を追いまわして怒らせ跳ね飛ばされたり、奇矯な言動を繰り返していたが、それらは聖上の子どもであると周囲に思わせる為であったともいう。

 后妃を三人しか持たず、官人が死んで娘がとりのこされれば縁談をとりまとめていた聖上に、そのような濡れ衣を着せることは不可能で、反乱は失敗に終わった。見張り達の目を盗んで、妻と相談し、子にいいふくめて聖上の言動を真似させるのは、案外楽しかったのではなかろうか。

 原王の子には知的障碍があり、そのような言動をしていたので、聖上の子のふりをさせることを思い付いたと書いているのは『鵄尾子』だが、それではできすぎている。






 実行犯の櫓万、共犯の柚花影であるが、当然死を賜った。詳細は伝わっていない。また、火事を起こした官婢達も、死を賜り、詳細は不明である。彼女らは単なる官婢であり、一族のつながりもなく、権力などない。まして、女である。

 当時の社会においては、ひと言「刑死」ですむような、川に落ちた木の葉程度の者達であった。ただ流れに身を任せ、それができなくなったら沈んで消えるのだ。





















 郡主が生きているとわかった日の、次の次の日、内廷の奥深くである。

 魚翅の燉は、熱々でいい香りがして、桍穿耳は半分ほど食べて溜め息を吐いた。

 卓には、柳緑黛、椿糈玉も居る。ばつの悪そうな顔で傍に立っているのは晌だ。彼は、母君に椅子をすすめられたのに、固辞した。

「聖上はご存じだったのですか」

 柳緑黛が、椿糈玉をじっと見ている。椿糈玉は、小首を傾げた。

「さあ。でも、郡主が死んでいないとわかれば、犯人達が隠れてしまうかもしれないと思われたみたい。郡主が亡くなったことにして、それをもとに誰がなにをいうかをたしかめなさったの。枰家はあの通り、家主が座り込んでいたし、ほかの男達もあれやこれやと動いていた。枰四娘が捕まったのだからそれは当然よね。でも、棗家がそれと同じように慌ただしく動きまわって、太子妃を疑わせようと躍起になっていた。大理寺にまで働きかけていたそうよ」

「おふたりは、葉珠を信じていたのですか」

 皇后は肩をすくめる。

「信じたかった……というのが正しいでしょうね。それに、あの子ではないと思う理由もあった。ただ確証のあることではなかったから、宦官達に調べさせていたの」

「ということは、あの官婢達を最初から疑っていたと」

 椿糈玉は匙を置き、手でなにやら示した。「あなた達は見ていないでしょう。可愛い阿球を苦しめた裱を。余(わたし)はそれを見たの」

 阿球とは、被害者となった郡主の幼名である。たしかに桍穿耳達は、裱の実物は見ておらず、首に結びついていたというのを聴いただけであったので、頷いた。柳緑黛は燉のおかわりを宮官へいいつけている。皇后は微笑んだ。

「榎宮官を労わねば。彼女は結び目の解きかたがわからず、慌てていたけれど冷静に、噛み千切ってから手でひきさいたの。それは聴いたでしょ」

「はい、娘子」

「だから、結び目は残った。それが、かわった結びかただったの」

 図は残っておらず、詳細は不明である。今でいう蝶々結びに似たものであったが、それと違い、ひっぱっても解けないものだった。榎某はそれを一目見て、普通の蝶々結びとは違うと気付き、裱を噛み裂いてそこからは手で千切った。

 その結びは、さる地方でつかわれていたそうだ。櫓万の父はその地方出身で、結びを知っている可能性が高い。


 刑部からの尋問をうけていた彼女に、皇后は名を伏せて、羹をさしいれした。容器にふたをし、紐で結んで贈ったのである。当時、宮官と宦官で恋愛に発展することはない訳ではなく、皇后は宦官のしたことのように見せかけた。櫓万もそう思ったか、疑いもせずに羹を食べた。見張りの吏卒に、食べ終わったら容器を戻せといわれたので、紐を結んで返した。

 返ってきた容器を結んでいた紐と、裱とを見比べて、その結びが同じであるのがわかった。郡主殺害未遂は、想定外の火事に乗じたとっさのことだ。慣れている結びかたが出てしまったのだろう。また、この結びは宮廷の煩雑すぎる衣裳の決まりからはまったく外れたものであり、うっかり結んでも叱られることのないものだった。だから、櫓万はその結びを自分の帯などで度々していて、結びかたを忘れていなかったのだ。


「櫓万が結んだのはほぼ確実でしょう。では、太子妃の世話をしていて、郡主になにかあれば叱られるかもしれない彼女が何故そんなことをしたのかを考えたの」

 宮官は官婢であり、除籍されねば結婚もできない。除籍されるなどめったになかった。銭をつかえばあらゆることが自由になるし、位を上げれば銭はたまる。動機としては、金目当て、が一番わかりやすい。

 焦点を絞って調べてみると、櫓万、柚花影に、件の名の知れぬ宮官が、このところ頻繁に接触していることがわかった。その宮官を調べると、過去に桍穿耳の母を侮辱し、喧嘩に負けたことがあるとわかった。桍穿耳はこの時これを聴いて、そんなことがあったかと訝しげであったという。

 そうして、名も知れぬ宮官に、棗家からの接触があったことがわかった。原王も一枚噛んでいるかもしれない。つまり、原王は、甥の子どもを殺すように仕向けたのかもしれない。

 その頃、桍穿耳達が噂について調べていると報告があり、聖上が、こちらにも結果を報せろとおっしゃった。棗家、枰家は限りなく怪しく、皇后は棗家の者を数人、直々に尋問して、あっさり自白させた。






 大部分、皇后の手柄であるが、皇后はそれを誇らなかった。桍穿耳達が噂に目を付けたことを誉め、調べてくれたことを労った。それから、ひと目で結びが普通のものと違うことをみぬき、解けぬと判断して、結果として結び目を保存した榎某は、除籍させてどこかいい家に嫁げるように計らうといった。

 もし、彼女が普通の蝶々結びのようにひっぱって解こうとしていたら、郡主の首は尚更しまっていた。骨が折れていた可能性もある。だから、一番の功労者は、榎某なのかもしれない。




 こほんと晌が咳払いし、女達はそれを見る。晌は姿勢よく立っていて、まず母に礼をし、桍穿耳達にも礼をした。

「皇后陛下、柳賢妃、桍充媛。わたしのわがままをおゆるしください。どうぞ、朱蒼児を朱家へ戻すのは、お辞めください」

 女達は匙をおろす。柳緑黛がいう。

「彼女がしたことを、殿下はゆるすのですか」

「ええ」

「何故(なにゆえ)?」

 桍穿耳の問いに、晌は頷く。

「ここに、甲、乙、ふたりの男が居るとします。甲は乙を殺そうと、石を投げました。しかし石は乙に怪我もさせませんでした。この場合、甲を殺人で捕まえることはできますか?」

「できません」

「でも、それなら櫓万だって、郡主を本当には殺してはいませんわ」

 桍穿耳がいい、柳緑黛が付け加える。太子はまた頷いた。

「我が妻は、郡主を殺そうと、首に裱をまいて、絞めた。しかし、彼女はか弱い、大した力ではなかった。櫓万とやらは締め上げた上に結び目をつくり、柚花影もそれを平気で見ていた。息を停めてやろうと思わねばやらぬことです。朱蒼児は、自責の念にかられ、自ら死のうと毒となるものを食べた。朱蒼児の罪は、それで贖われたのも同じと、わたしは考えます」

 皇后がゆっくりと、声を出す。

「太子。それは、聖上のお決めになることでは?」

「ですから、母上達を恃んでいるのです」

 あの真面目で、不器用なほどに正直な晌は、らしくないことをいった。

「父上が、母上達の願いを無碍にしますか?」


 ぷっと、皇后が笑うと、桍穿耳達にも笑いがうつった。晌は拍子抜けした顔だ。

「母上……」

「勿論、辞めさせたくありませんよ、わたしも」椿糈玉は、優しくいう。「お産を終えると、女は不安になるもの。それは、そういう定めです。滋養が足りなくなる。そうなると、愚かなこともします」

「子どもを憎たらしく思ったり」

「かと思ったら、自分の子ども以外は皆死んでしまえばいいと思ったり」

 桍穿耳は苦笑いになって、晌へいった。

「太子妃がああまで追い詰められたのは、枰家と棗家の仕業です。それを考えれば、妾(わたくし)も、太子妃は罪に問うべきではないと思います。……でも、殿下?」

「ああ」

「殿下が、太子妃を、もっと大切にすべきではなかったのですか。郡主は、殿下のお子です。太子妃は、殿下が、障害のある子を負担に思うだろう、羞に思うだろうと思い込んでいた。殿下がもう少し、あの子に歩み寄っていれば、あの子はそんなふうに思わなかったのでは?」

 随分口幅ったいことをいったし、実際実行に移してしまった朱蒼児でなく、太子を責めるのが筋違いなのは、桍穿耳はわかっていた。ここで罰せられても、太子が怒って剣をぬいても、それはそれで仕方ないと思っていた。それでもいったのは、彼女が朱蒼児贔屓だったからだ。


 内心覚悟している桍穿耳にしかし、晌は頷いた。

「それは、反省しています。朱蒼児の気持ちをわかってやれなかった。あれが良娣をきらっているのも、要らぬと思っているのも、事件が起こって初めて知ったのです」

 鈍すぎる太子に、女達は笑う。「皆が皆、余(わたし)達のようではないのよ、晌」

「男が皆、聖上のようではない、とも申せますわね」

 柳緑黛がいう。晌は羞じるように顔を伏せた。

「よくわかっております。枰四娘の本性をみぬけなかったわたしにも、大いに非はある。罰なら戴きます。しかし、朱蒼児と離縁するのだけはいやです。あれは、あんなにやつれるほど頑張って、わたしに郡主をくれた」

 晌は顔を上げ、小さく続ける。「枰良娣は、経書に通じ、聡明で、話していてとても楽しかった。朱蒼児はそのような知識がないと、わたしは思っていましたが、喋らなかっただけのようです。男に口出しをするのが苦手な、慎ましやかな性分だとわかっていませんでした。わたしはあれが、わたしを苦手としていると思っていて、歩み寄ろうとしなかった。それも違うのだともわかりました。あれはずっと、わたしを支えてくれていた。今度はわたしが支えようと思います」

「晌、人間には分というものがある。お前にそのようなことはできません」

 皇后はきっぱりという。

「太子妃に、太子妃らしくさせてやりなさい。内向きのことをすべて任せ、あの子を信じてやればいいの。あの子はお前が、自分に傅いたらいいとか、自分を下にも置かぬ扱いをしたらいい、自分をおそれたらいいとか、そのように思っている訳ではないのよ」

 皇后はにっこりした。「お前もあの子も、言葉が足らないのが問題ね。余(わたし)は聖上になにか不満があればすぐに申しますし、聖上だって余(わたし)に甘えてくれます。夫婦なのだから、話せばよい」

 晌は寸の間考えて、深く頷いた。


 魚翅の燉は、太子妃にもお裾分けされた。持っていったのは晌で、ふたりで一緒に食べ、一晩語り明かした。




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