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四




 さて、事件の概要は次の通りである。


 晌はその夜、体調の悪い太子妃を避け、良娣を呼んだ。だが、良娣は晌の機嫌を損ね、殴りつけられて泣いたという。晌は怒りにまかせて良娣を追い出し、その後、お気にいりの宦官と一緒だった。

 良娣の許で働いている宮官達は、明けがた太子妃の殿へ向かった。火をかけたのだ。それについては、榎某が捕らえさせた宮官が火打ち鉄や油を持っており、大した尋問をせずとも口も割ったので、間違いない。良娣の指示である、と彼女らはいっているが、良娣自身は否定している。

 太子妃の殿に居た宮官、宦官ともに、火を消すのに躍起になった。その為、太子妃、厨、薬房など幾らかが一時的に無人になってしまった。その際、何者かが郡主の首を絞め、太子妃の服(の)む薬に毒を盛ったと考えられる。薬房から複数の生薬が消えていたのは不自然だが、理由はわからない。

 もうひとつおかしなのは、太子妃のお毒味を務めた宮官になにもなかったことだが、おそらく上澄みを少し服(の)んだだけだったので無事だったのだろうと考えられた。太子妃は椀に注がれた薬をひと息に服(の)んだのだ。毒が底にたまっていたのだろう。或いは、お毒味から少し時間が経っていたから、その間に誰かが毒をいれたのかもしれない。




「何故、わたし達が疑われるのかしら」

 幼なじみの気安さで簡単な口調になった桍充媛は、事件の概要を話したあと、蜀からとりよせた茶をすする柳賢妃を見る。卓にひろげてあるのは、内廷の地図だ。明らかに素人が描いたと思しい。それに、なにやら書き込みもある。

「簡単なことでしょう。晌はわたしの子ではない。丹丹の子でもない」

「それがなんだというの」

「世人がどう思うの。わたし達がなんと釈明しようが、腹を痛めた子のほうが可愛いだろうと思うものよ。それで疑われた可哀相なご婦人が居たじゃないの。良人が死んだあと、先妻の子に厳しく勉学を修めさせたら、自分の子ではないから可愛くないのだと陰口をたたかれて……」

 柳(りゅう)緑黛(りょくたい)は肩をすくめた。「丹丹(たんたん)、あなたもお茶を飲みなさいな。娘子から賜ったものよ。口も気分もすっきりするわ」

 桍穿耳は同じように肩をすくめる。

 晌はたしかに、ふたりの子ではない。しかし、ふたりにとって大切な皇后と、聖上の子である。それを慈しみこそすれ、苦しみを与える訳がない。世人にはその、当然の道理がわからない。

 太子に子ができ、太子と太子妃の家のつながりは強くなった。聖上が非常にすばやく郡主としたのもあって、勢力は増している。未来の皇帝となる太子の子を、家の娘が産んだのだ。弄(つか)んだのが瓦(いとまき)であっても関係ない。太子妃の家の喜びよう、また太子への期待は弥増す。幾らでも味方となってくれよう。それに世間は、とりあえず子を産めることは確定した、と捉える。酷い話だが、太子妃には悪い噂があり、それが払拭された、と、官吏の多くも考えたようだった。

 太子が足場をかため、勢力を伸ばし、堅固なものとするのを、誰がいやがるか。それは、自身にも男児がある、庶母達である――と、世間、そうして、刑部の人間は考えた。桍穿耳か柳緑黛のどちらかが、太子の力を殺ぐ目的で、郡主を殺すよう刺客を差し向けたと、そのような胸の悪くなるようなことを考えたのだ。


 むっとして黙り込む桍(こ)穿耳(せんじ)に、柳緑黛はいった。

「わたしも疑われたわ。だから、聖上に申し上げたの。どうぞ、汚名を雪ぐ機会を与えてください、ってね」

「どういうこと? 珠絇(しゅく)」

「そのままの意味よ。ほら、これをご覧なさい」

 柳緑黛はどこからか、銀でできたものをとりだした。符である。彼女はそれを横目に見る。「聖上に、今度のことで調べてまわってよいと、ゆるしを戴いたの。これがあれば、皆わたし達に素直に話すでしょう」

「……わたし達(・)?」

「当然、あなたも手伝ってくれるでしょう、丹丹。あなた、賢いのだから」

 わずか八歳で官人を打ち負かす囲碁の腕前の持ち主にそういわしめるのだから、桍穿耳も随分賢いのだ。

 協力要請された桍穿耳は、ちょっと考えて、宦官を振り返った。「宮官を呼びなさい。掖庭へ戻っているのでしょう」

 柳緑黛はにっこりして、満足そうに茶をすすった。その美しさときたら、天女も裸足で逃げ出す程だと、その場に居た宦官が後々(のちのち)語ったそうだ。




 冒頭で事件を描写する為、視点となってくれた宮官だが、残念なことに榎某としか表記されていない。榎が姓なのは間違いないが、名は残っておらず、ただ事件現場に居た宮官のなかでは年嵩だったのだろう、消火を指揮していた。また、柳緑黛が小さな頃世話になったというから、おそらくは三十代後半から四十代中頃であったろう。事件を目の当たりにした宮官のなかでは偉い立場であり、筆者はそれらの情報から、彼女が榎大娘と呼ばれていたと想像し、そのように書いた。

 ちなみにであるが、鷂鵲二年生まれ説を採るとするならば、この時桍穿耳と柳緑黛は三十歳、聖上もそれと同年生まれの三十歳、皇后はその二歳(ふたつ)上の三十二歳、太子・晌は十六歳である。十四歳で子どもが居るのは、当時の上流階級ではめずらしくもないことなので、十四歳で長子を得た聖上も、十六歳で長子を得た晌も、早熟という訳ではない。晌の成婚自体ははやく、十歳の頃である。


 榎某であるが、東宮勤めなので普段は東宮に居る。たまたま、五日ごとの交替で、掖庭へ戻っていたのである。彼女含む宮官の一部は、時間的に犯行が不可能であるというので、聴取されただけで拘束はされていない。

 榎某は冒頭の通りのことをふたりに説明した。その説明は、つっかえつっかえだったが筋は通っており、おかしなところもない。

 榎某は、史書にはここと、あと一箇所にしか顔を出さない(『棠書』には宮官とあるのみで、姓すら記されていない)。事件当時、消火を指揮していたので、皆がその姿を見ており、太子妃の閨房から郡主の房へと移動するその一瞬以外、ひとりにはなれなかった。

 利害関係もなく、郡主を殺して得をする立場ではない。太子妃に毒を服(の)ませたら、太子妃の世話をしている宮官が罰せられかねないから、そちらも得どころか損をする可能性がある。なので、榎某は単に居合わせただけと、桍穿耳は判断した。柳緑黛も、それに異を唱えず、榎某はふたりのねぎらいの言葉をもらってさがった。


「書いてみたの。誰がどこに居たか」

 卓の上の下手くそな地図は、柳緑黛の描いたものだった。そこに、何時頃どこに誰が居たと書きこんである。桍穿耳はそれを見下ろし、一点を示した。

「良娣がここに居たのは、間違いのないことなの?」

 柳緑黛が頷く。「ええ。彼女は自分の閨房に居たそうよ。宮官と宦官が大勢居たから、まず間違いないでしょう」

「大勢?」

「良娣が太子殿下に打擲されたと、聴いていない?」

 柳緑黛の問いに、桍穿耳は少々顔をしかめて頷いた。柳緑黛も顔をしかめる。桍穿耳よりももっと露骨に。

「殿下らしくないけれど、随分腹のたつことをいわれたみたい。良娣は大袈裟に泣き喚いて、治療をさせていたの。愚かな子……まともに治療もされていないのだから、たいしたことない怪我だということよ。あの娘のいう程酷いことだったのなら、聖上だって殿下をお叱りになる」

 桍穿耳は眉をひそめた。聖上よりも、そして皇后よりも大きく、立派な壮丁になったが、気の優しい晌である。強かろうが弱かろうが、ひとを殴るなど、想像もつかない。


 桍穿耳は茶をすすり、宦官の持ってきた干し棗をかじった。

「殿下はなんとおっしゃってるの?」

「なにもおっしゃらないそうよ。聴かないでほしいの一点張りだとか。でも、太子殿下は檗(はく)と一緒だったそうだから、郡主に手をかけることはできないわ。同時に別のところにはいられない。でしょ」

 檗、とは、晌のお気にいりの宦官だ。官位は低いし、家柄がいいわけでもないが、最近はずっと晌のお傍に侍っている。

 桍穿耳は檗をきらってはいなかった。なんというか、存在感に乏しい宦官なのだ。ずっと目を伏せていて、まともに顔も見せない。必要なことだけ口にし、仕事はこなすが、それだけという人間だった。

 野心はないが、宦官らしいというか、金には汚い。とはいえ、賄で懐を潤そうというような愚か者ではなかった。かわりのように、晌から度々ご褒美をもらっているが、まあ常識の範囲内である。晌もわきまえていて、封戸を与えるようなことはない。檗は小狡いというか、小賢しいというか、ある意味不正をする者などより厄介な性質(たち)なのだ。

 桍穿耳はふいと思い付いて、こちらをじっと見詰める柳緑黛を見た。

「ねえ、晌は喋りたくないのよね」

「ええ。お母上に呼び出されるのを一番おそれていらっしゃるでしょうね。あの子はお母上には嘘を吐けない」

「晌は喋らない。でも、良娣はどうかしら」

 柳緑黛の眉が片方、くいっと上がった。名前の通りの美しい眉が。




 良娣は、枰家という名門から嫁いできている。手の者が火事を起こした疑いがあるので、東宮内のとある殿にとじこめられていた。

 必要となるので、晌の妻達について書いておく。

 まず太子妃であるが、彼女は朱家という名門の出で、姓を朱、名を蒼児(そうじ)といった。滄児(そうじ)とする説もある。通称は葉珠(ようじゅ)、幼名は猫(びょう)で、父は開府儀同三司太子大師という非常な高官であったが、事件の一年ほど前に死去し、朱家は朱蒼児の兄が継いだ。

 亡くなった朱蒼児の父だが、桍穿耳・柳緑黛を妃とすることに最後まで反対しており、一度は額から血が出るほどに叩頭して、聖上に考えを翻すよう上奏した。析功が柳緑黛の味方につき、柳緑黛が賢妃となって後(のち)も、朱蒼児の父は飽くまで彼女達を官婢としてしか見ておらず、ゆるしを得て内廷へ這入った時にも決して挨拶はしなかった。中書令が挨拶に伺うようそれとなく促したが、「何故、聖上の婢(はしため)にわざわざ挨拶をするのか」といって、形のみ敬うことすらしなかった。

 その為、宮官からも宦官からも非常にきらわれていたが、職務の腕はたしかなので、聖上はそれに目を瞑って重用していた。柳緑黛は面白がって、朱家には節句の度に蜜であるとか、羊であるとかを贈った。桍穿耳も、内廷ですれ違う時には、朱蒼児の父に恭しく頭をさげて道を譲ったという。またふたりとも、車で会っても、朱蒼児の父に道を譲り、自らは絶対に先に行かなかった。

 朱蒼児の父はそれらに辟易とした様子だったが、節句の贈りものを返そうとしても、聖上は笑ってとりあわなかった。朕の婢が無礼をしたと申すなら、朕が直々に笞(むち)をくれてやるが、と笑われては、流石に朱蒼児の父もひきさがるしかなかった。

 娘を晌へ嫁がせてからも、桍穿耳・柳緑黛に対する彼の態度はあらたまらなかった。晌は不服であったが、義父である。礼は尽くした。

 前述の通り、朱蒼児はきりりとした顔立ちの美女であるが、見た目の印象と異なる気の優しい女性であり、裁縫と刺繍を好んだ。鞦韆やつなひきなどの外遊びの類いは得意でなく、嫁ぐ前は、祭りやなにかで外出するのさえもいやがっていた。神経質なところがあるので、令嬢同士の付き合いが負担であった。時折同年代の令嬢達に招かれたり、招いたりしていたが、表面的な付き合いの域を出なかった。

 書物については常に口を噤んで、故事などに言及することも稀だったという。良人の仕事に口を出すことも皆無。また、蒲柳の質であった。色白でふっくらした、健康そうな体付きだが、医者に見せると酷い虚症だと診断され、長いこと薬を服用している。太子・晌よりも一歳(ひとつ)上で、出産後体調を崩し、長く伏せっていた。

 朱家は名門であり、高官を多く輩出している。数代前に公主が嫁いでいった家でもある。事件当時、朱蒼児の父は亡くなっていたが、兄など数人が従四品以上にあり、晌の後ろ盾となっていた。

 原王は存命だし、慎ましやかに過ごしていて、これといった瑕疵はない。婚姻を結んだ家の支援をうけ、味方を増やしつつあった。その為、聖上が原王の造反を警戒し、晌に後ろ盾を与える為の縁談をまとめたのだ。

 朱蒼児は美しいが体が弱く、晌は朱蒼児を丁重に扱っていた。朱蒼児は太子へ、愛情というよりは畏怖の念を持っているように周囲には見えていたし、晌は太子妃に対する礼を尽くすという態度であって、夫婦となって六年経つものの、どちらもよそよそしさは拭えなかった。庶母を大切にする晌にとっては、庶母達を認めず、皇后にばかり敬意を払う義父の存在も大きかったのかもしれない。官吏達も、なにかの罠でこの婚姻が結ばれたのではないかと、幾らか疑っていた。朱蒼児の父がずっと、桍穿耳達を認めていなかったからである。

 事件の二年程前、朱蒼児は身籠もったのだが、子はすぐに流れてしまい、そのこともふたりの間にはわだかまっていたようだ。これについては、口さがない者らが、朱蒼児の狂言であるといいふらしていた。朱蒼児が、身籠もっていないのに身籠もったといい、嘘がばれる前に流れたことにした、というのだ。実際には、太医署の記録が残っており、疑う余地はない。事実、朱蒼児には悲劇が降りかかっていた。

 しかし、そのような悪い噂で得をする者が居るので、外廷にはそのような噂が野火のようにひろがり、なかなか消えなかった。東宮にも幾らか波及していたが、内廷では聴かなかったというから、桍穿耳達は知らぬことである。内廷には礼儀に厳しい五友公主がおり、彼女は太子妃を敬愛しているので、それを悪くいう者が居たら見付け出して罰しただろう。噂を流す者達も、それはわかっているから、五友公主の耳にはいらぬように立ちまわっていた。

 朱蒼児を太子妃からひきずりおろし、自分の娘を太子に嫁がせたいと考える官人は、幾らも居た。朱蒼児に虚言癖があるように印象付けられれば、太子妃に相応でないと上書するという手段をつかえる。外廷、そしてそこから京城全体へと、その噂がひろまればいいと考えていたのだ。民衆が朱蒼児は太子妃に相応でないと考えるようになれば、聖上も上書を無視できなくなる。適当な手先に誣告させるという手もあった。朱蒼児がそれを知っていたかはわからないが、いずれにせよ酷い中傷である。なんとなく、気付いてはいた。彼女はそれから尚更体調不良を訴えることが増え、塞ぎがちになった。

 郡主の時には、つわりが酷かった。当然だが、晌の相手などできないし、それどころか顔を合わせても、あまりに太子妃がつらそうなので、晌の体調まで悪くなってしまった。それでは晌が哀れだという官人達のあとおしがあり、良娣が冊命された。

 朱蒼児はそれについて、妊娠中で自分がつとめを果たせぬのだから仕方ないと語ったそうだ。しかし、椿糈玉と違って、彼女にはまともな嫉妬があったようである。産後、もうつとめを果たせるのだから良娣は必要ないと、宮官へこぼした。また、殿下がいらっしゃらないと癇癪を起こすことはめずらしくもなく、良娣のもとへと行っているのではと泣き喚くことさえあった。


 その、嫉妬の対象となった良娣は、姓は枰、名は瑤(よう)、通称は枰四娘(しじょう)、幼名不明。

 名門である枰家出身で、父は当時、太子小保であった。官人達から太子に媵をとの上奏があって、いわばおおっぴらに良娣を決めることのできた聖上は、実にわかりやすい後ろ盾を晌につけたのだ。朱蒼児の時もあからさまだったが、良娣もそうだった。枰四娘の父は桍穿耳達については肯定寄りの中立、聖上が強硬に妃にするといいはってからは味方にまわった人物であった。

 良娣・枰四娘自身は、女らしいたしなみとともに、経書なども読む才媛であったようで、晌とそれについて論ずることもあった。晌は、聡明な彼女と話すのを楽しんだという。枰四娘は太子妃にも礼を尽くし、彼女を立て、一歩さがってでしゃばらなかった。その慎ましさに、晌は尚更、枰四娘に気持ちを向けた。皇后を敬う庶母達を、枰四娘の言動に重ねたのだろう。

 外見については、その髪は雲のように細く、ふわふわとしてまっすぐで長く、黒く、内廷第二の美しさであったという記述がある(第一は柳緑黛である)。顔の情報は乏しいが、不美人であれば猛烈にこきおろされているだろうから、美人ではあったのだ。

 ただしその性格は、椿(ちん)糈玉(しょぎょく)などと比べれば、大いに難ありであった。

 嫉妬は激しいほうだし、見栄張りでもある。表向き太子妃には礼を尽くしたものの、裏では肥婢などと罵っていた。晌、それに聖上も、桍穿耳達とて知らなかったことだ。ただし、桍穿耳と柳緑黛、それに皇后は、以前からこの良娣をきらっていた。言葉の端々に驕り高ぶりが見てとれ、不快だったからだ。

 良娣となって数ヶ月後、実家へ戻った時、邸で飼っていた猪を囲いの隅へ追いやって、奴僕に何本もの矢を射かけさせたという話も伝わる。猪ののたうちまわるさまを見て、手を叩いて笑い、喜んで、最後は火をかけて燃やした。朱と猪をかけて、太子妃が死ぬことを望んで行った、ある種の厭勝であろう。どうした訳か猪は骨も綺麗さっぱり燃えたので、良娣はそれを瑞兆だと思い、非常に喜んだという。

 聖上の妻達――嫉妬など無縁でおいしいものがあれば満足の椿糈玉、理が先んじて非生産的な言動をきらうさめた桍穿耳、損得に敏感で甘え上手の柳緑黛――のような、理性的な女達なら、幾ら妻にしてもなんの問題もない。

 半分程は、序列はつけるものの愛情は平等に注ごうとする聖上の対応のうまさが、その平和の原因であろう。だから、三人が結託して聖上を袋叩きにするようなことは、聖上の余程の失言でもなければ起こらない。

 晌は生真面目で、正義感の強い硬骨漢であり、まっすぐで不正をきらう。父母を敬い、庶母も疎かにせぬ。しかし、真面目なあまりに杓子定規、それに少々不器用で、立ちまわりもうまくはなかった。自分が真面目で不正をきらう性格であるからか、他人の悪意には鈍感だったし、良娣が裏で太子妃を罵ったり、また厭勝じみたことをしているのも知らなかった。太子妃が嫉妬していることも、良娣を辞めさせたがっていることも。




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