第一章 閑話二:雪月、カツとじ丼は美味しそうだけど!?
東雲さんと話していると、おやっさんが厨房から戻ってきた。手に持つお盆の上にはどんぶりが乗っているのが見える。いい匂いがする。出汁と醤油の香りが個室まで届いてきて、空腹がまた主張し始めた。──しかし、見間違いだろうか。器が大きすぎやしないか。明らかにお盆の半分を占領している。
「待たせたな。これが東雲のおすすめだ」
器に盛られたカツとじはとても美味しそうだ。だが一応、確認しておこう。
「おやっさん、普段からこの量なんですか?」
「いや、これは東雲用の特別だ……な?」
おやっさんは右手で顔を覆い始めた。東雲用の特別だったようだ。──いや、ちょっと待って。それだと東雲さんはこの量をいつも食べているということになる。いくら男性だとしても多すぎる。目測だが、最低でも一般的なカツとじの5倍以上はある。本当に食べ切れるのかしら……。東雲さんの体格を改めて確認する。確かに細身ではないが、特別大柄というわけでもない。どこにそれだけの量が入るのか、まったく想像がつかなかった。
それにしても、このカツとじは本当に美味しそうだ。衣はきつね色に揚がっていて、半熟の卵がとろりとかかっている。出汁の香りが鼻をくすぐる。空腹がこれでもかと主張してくる。食べたい。
「残ったら俺が食うから安心しろ」
そんなことを考えていたら、東雲さんがそう一言発した。残ったら俺が食べる……。あれを食べて、さらに残りまで食べられるというの……。どんな胃袋をしているのか。……あれ、つまり残したら……。あ、あぁ!?
「量に関しては俺も頭になかった。同罪だ。判断ミスは許せ」
「おまえさんなら食い切れるから心配はいらねぇか」
そ!?それはダメよ凪!?落ち着きなさい!?……いや無理無理!?今日会ったばかりの方と食事を共有するのは!?しかも残したら食べてもらうって、それはつまり同じ器から……!?頭の中が忙しくなる一方だ。
「まあお嬢ちゃん、安心して食べられるだけ食べてくれればいいから」
このような会話がなされていたが、焦りの渦中にいた雪月に言葉の意味を正しく読み取る余裕はまったくなかった。そんな雪月が取れた唯一の行動は、カツとじ丼をかき込むことだけだった。一心不乱に胃袋に収めていく。衣はさくっとしていて、卵は半熟で、出汁の旨みがしっかりと染みている。不思議とするすると入っていく。いつもなら並盛がなんとか食べられるという程度なのに。美味しいという感覚と、恥ずかしいという感覚が同時に存在していた。ここで雪月は二人が見つめていることに気づいたが、途中で止めてはすべて食べきれないと視線を無視した。それからまもなく、カツとじ丼も小鉢も、すべて雪月の中に収まった。
「ごちそうさまでした。東雲さんも早く食べたらどうですか?」
意趣返しも兼ねてそう声をかけてみた。食べ終わってみれば、あれだけあった丼が綺麗に空になっていた。我ながら驚く。緊張と焦りが重なると、こんなにも食が進むものなのかと、少し呆れた。
「あ……ああ……いただきます」
困惑した様子の東雲さんが箸を手に取り、静かに食べ始めた。その食べ方は、驚くほど丁寧だった。がつがつした様子は一切なく、淡々と、しかし確実に量を減らしていく。あの量を、この速度で。雪月は少し呆気にとられながら、水を一口飲んだ。
困惑した様子の東雲さんが食べ始めるのを眺めながら、雪月は会話の内容を整理して正しく認識した。別段、料理をシェアすることが嫌だったわけではない。異性への知識は豊富でも経験は皆無だ。そんな状態では勘違いしても仕方がないと言い聞かせる。ご飯をかき込むという身体に悪い行動を後悔し、感じたことのない満腹感に静かに苦しみながら、東雲が完食するのをひたすら待っていたのであった。
それにしても、本当によく食べる人だ。淡々と、しかし確実に丼を空にしていく東雲さんを見ながら、雪月はこの人と組むことへの不安が、少しだけ軽くなっているのを感じていた。理由はうまく説明できないけれど。
今日だけで、腹の音を聞かれて、大盛りの丼を完食して、東雲さんに驚かれた。散々な初日だ。それでも不思議と、悪い気分ではなかった。おやっさんの店の天井を見上げながら、雪月はこっそりため息をついた。これが、特務室の日常というものなのだろうか。だとすれば、なかなか侮れない。
東雲さんが食べ終わるのを待ちながら、雪月は今日一日を静かに振り返った。朝4時半に呼び出されて、初めて会った上官に連れられて、第3エリアまで来て、海岸線を歩いた。まだ一日目だというのに、ずいぶん遠くまで来た気がする。明日はもっと遠くへ行くのだろう。そう思うと、不安よりも先に、少しだけ胸が高鳴った。このカツとじ丼も、気づけば全部食べていた。お腹が苦しい。でも、不思議と後悔はなかった。




