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カフェテリア


114


 大学に着くと三限までまだ時間があった。昼食をとっていないことに気がついた莉愛はカフェテリアに足を向けた。簡単なサンドウィッチとカフェオレを購入し、広いカフェテリアの隅に腰を落ち着ける。それほど食欲はない。最低限のエネルギーを補給しなければならないと思って、食べ物を口に運んでいるだけだ。だが、それでも事件の直後よりはだいぶ体重も戻ってきている。周りからずいぶん顔色もよくなったといわれていた。

 二つ目のサンドウィッチに手を付けた時、栗色の長い髪をした女の子が莉愛に話しかけてきた。

「ねぇ、あんた先週の社会ネットワーク概論って出た?」

 知らない顔ではなかった、かといって知っているとも言い難い。確か語学のクラスで一緒だった子だ。

 莉愛は微かな笑みを浮かべてうなづく。

 それを見て、栗髪の女の子はちょっと驚いた顔をする。

「あれ、あんたしばらく見ない間になんか感じが変わったね。前は声かけられても『なに?』ってつっけんどんに言ってたくせに」

 栗髪の女の子は当然のように莉愛の前に腰を下ろしてしまう。

「なに?」

「うん、『なに?』とは、言うんだな。あたし、上崎舞っていうんだ。最初の授業で見かけたからさ、たぶん同じ講義をとってると思ってさ」

「……」

 莉愛は黙って先を促す。

「うん、あっとさぁ」

 上崎は言い難そうに言葉を探していたが、意を決して莉愛に言った。

「あんた、先週の授業のノート取ってる?」

「とってるよ」

「ね、ね。頼むからそれ共有してくれないかなぁ? 今年、あたしインターンシップじゃん。できるだけ『優』取らないと響くからさ。いい企業のインターンシップって狭き門なのよ。ね、恩に着るからさぁ。頼む、お願いします」

 きれいな栗髪を白いテーブルに散らすようにして、上崎が手をついて頭を下げる。女らしいのにがらっぱち。ギャップのある女の子だった。

「お願い」

 そう言って上崎はタブレットを差し出す。頭を下げたままだ。

 莉愛は仕方がないというようにふうんと口にすると鞄を開けてタブレットを取り出した。

「字、読めなくても文句言わないでね」

 ファイルを見つけ上崎のタブレットにフリックする。

「サンキュー、助かりぃ。授業であったらよろしくね」

 そう言うと上崎はさっと立ち上がり、きびきびと出口に向かう。エネルギッシュで、野心家の女の子なのだろう。後姿も颯爽としている。

 莉愛はその後姿を見送ると残りのサンドウィッチを袋に戻した。夕飯にすればいい。

 以前なら決してノートを共有することはしなかったろうと思う。自分の野心や欲をがむしゃらに達成しようとする人間なぞ、近寄るなと思っていたからだ。だが、今はそう感じなかった。人が野心や欲を持つことは当然だ。それに上崎から利用してやろうという気持を感じなかった。

 ああ、それかと莉愛は思う。だから、素直に共有してもいいやと思えたのだ。

「『やりたいことやってるだけだからな』か……」

 それを言った人の口調を失いたくなくて、莉愛はあえてそれを声に出して、独り言を口の端に載せた。その言葉に触発され、溢れ出そうになる記憶には急いで蓋をする。思い出してしまえば辛さのあまり、忘れようとしてしまう。そうなれば、永遠に失ってしまうことになる。それは莉愛が最も恐れていることだった。


 四限、五限は連続して休講になっていた。几帳面な莉愛にしてはめずらしく告知の情報を見落としたらしい。まだ、どこかぼんやりしているところがあるのかもしれない。

 キャンパスのベンチに座って行きかう大学生たちを眺める。

 さくらが風もないのにはらはらと舞い落ち、やや伸びた莉愛の黒髪に、肩に、膝に落ちてくる。このまま、じっとしていれば花びらで埋まってしまいそうだ。


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