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三宅邸


113


「これから、どうなるんです? 教授の自宅は?」

 莉愛は黒い門扉の向こうにある三階建ての母屋を見上げた。イタリア中世史の歴史学者らしくヨーロッパ風の邸宅だ。

「しばらくはそのままにしておくつもりです。まだ、行方不明ですから」

「そ、そうですよね。まだ、決まったわけじゃないし。な、なぁ」

 青年が頷くと左右の友人に同意を求める。

 莉愛はかすかに頬笑んだ。

 叔父の三宅元はダイヤモンドタワーでアイザック・ディに立ち去るように言われて以来、消息不明だった。不死身のマシアスの高臣であった三宅が簡単に死ぬとは考えにくかったが、三宅はマシアスとディを裏切った身だ。どうなっているかは判らない。莉愛自身は逃亡生活をしているのではないかと思っていた。そのためにも、叔父の家はそのままにしておいてあげたかった。

「じゃ、僕らはこれで」

 リーダー格の青年があきらめ顔で莉愛にそう言うと道路に停めてあるハイエースに男女が乗り込み始めた。

「あの、この後大学に行くなら乗っけていきますよ。明青大学でしょ?」

 運転席に座った大学生の男の子が名残惜しそうに提案する。

 莉愛はかすかに首を振ってそれに答えた。美しすぎる莉愛にそういう態度をとられれば、若い男などに返す言葉はない。

 ドライヴァーの男の子も残念顔をしてエンジンをかけた。

 莉愛はハイエースが狭い路地の角を曲がり、姿が見えなくなるまで見送り、最後にまた深く頭を下げた。


 最寄りの駅から私鉄に乗って、大学へ行く。大学で勉強することが愉しいわけではない。ただ、新しく借りた曙橋のアパートに一人でいるよりはいい、その程度の理由だ。

 ダイヤモンドタワーの惨事からもう二ヶ月が過ぎている。

 日本一の高層ビルにミサイルが撃ち込まれ、火災を起こしたという大事件のために初めのころはマスコミやウェブメディアに被害者の生き残りとして、追いかけまわされたものだったが、それもあっという間に沙汰止みなった。表向きは精神に失調をきたした米空軍のパイロットによる単独犯行ということになっている。組織的な背景もなく、思想的なテロということでもなければ、そうそう面白いストーリィにはならない。今ではただのビル火災ぐらいに人々は思っているようだ。莉愛自身、ビル火災に遭遇して大変だったねというふうに大学の知り合いから言われるほどだ。

 東京の中心の巨大インテリジェントビルを徹底的に破壊し、多数の死傷者を出した大惨事としてはあまりに人々の関心が薄れるのが早いのに、莉愛はマシアスの隠微な力を感じていた。

 事件後ひと月ほど経った三月の初めには中国と米軍の間で武力衝突も起こってマスコミ・ウェブメディアもそちらに人的資源を投入して始めたが、莉愛はそれにもマシアスの影を感じざるを得ない。もともとディや臣下のマシアスたちはヨーロッパの近代化やアメリカの建国に関わっていたのだという。各国の首脳や各界の有力者にマシアスが紛れ込んでいて、緩やかな支配がされているとしても不思議ではない。武力衝突を演出することぐらいのことは児戯だろう。おそらく「米中紛争」はカモフラージュに使われているのだ。

 残ったマシアスたち、野々山由恵や内藤というという人々がどんな活動をしているかに興味もない。『すべてが思い通りになる絶対的自由の世界』=『絶対精神の顕現』を人類に思い出させるということが行われ、再び欲の解放という時代になるのか、それとも、環境の保全のために欲を抑えると言いながら、ただただおのれの安楽のために欲望を満たし、地球のすべてを喰らいつくす方向になるのか、そんなことはどちらでもいいことだ。

 それに、マシアスからの接触はまったくない。それらしい影すら感じなかった。もちろん、監視カメラが流布しているいまの日本ではいくらでも監視はできるのかもしれないが、そこまで疑っても仕方がない。むしろ、監視をしていないと考える方がマシアスらしい対応だろう。神祖のアイザック・ディがいなければ、自分のフュシスは利用できない。莉愛のフュシスはディの躰を経ないと、人間が摂取できないからだ。ディがいないのでは、マシアスが莉愛に興味を抱かなくなるのは当然のことだ。


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