86日目
「……これでよし」
僕はマウスを右クリックする。後は「爆弾」が炸裂するのを待つだけだ。
洋さんは動いてくれるだろう。既にある程度の情報は彼に入ったはずだ。恐らく、これが最後の後押しになる。
黒原が口の軽い男で助かった。脅せば柳澤は止まるとでも思ったのだろう。あるいは、柳澤は僕の電話がなければ諦めていたかもしれない。
奴の誤算は、既に柳澤のスマホは盗聴器になっていたことだ。あの動画には、ウィルスが仕込んであった。後はそこから録音アプリを自動起動し、データをこちらに持っていくだけだ。
黒原が言った川口の真の狙いは、音声データとして数分後には全世界にばらまかれる。
黒原が宮東会幹部であることは、音声データと併せてアップする動画で確認できるようにした。そして、例の犯行動画も。
川口はこれらの動画や音声をディープフェイクと決め付け、逃げにかかるだろう。
だが、そうはいかない。これが流れた翌日に、洋さんがスクープ記事を打つはずだ。柏木さんは、既に金の動きを押さえている。慎重な洋さんでも、さすがに動かざるを得ない。
問題は、そこから先だ。
僕の計画には、既に2つの狂いが生じている。まず、田袋が捕まったことだ。
これは決して悪い話ではない。田袋が死なずに済んだのは、僕が望んでいたことでもある。
ただ、黒原の殺害と共に「サマー」からの犯行声明を出せば、川口と宮東会の結び付きはかなり疑われただろう。そこで例の動画を流せば、川口は窮地に陥ったはずだ。
田袋からの捨て身の提案を受け入れたのは、この成算がかなり高い点にあった。
しかし、現実はそうなってはいない。川口からの反撃は、かなり熾烈なものになる。そう予感していた。
もう一つの狂いは……勇人の容態が、想像以上に悪いことだ。
病状は既に九大病院のシステムから把握している。間質性肺炎はかなり重く、どこまでもつかは不明だ。
もう少しもたないと、僕の計画は完遂されない。こればかりは、ただ天に願うしかなかった。
正直に言えば、焦っている。部屋に転がるビール缶は増えるばかりだ。
あと数日。遅くとも10日以内には、全てを終わらせないといけない。田袋の勾留期限も、そのぐらいのはずだ。
川口はどう動くか。本人は知らぬ存ぜぬで通すはずだ。その一方で、僕を全力で消しにかかるだろう。
川口が持つ武力は、宮東会だけじゃない。海甲組、あるいは他国の工作員も動員するかもしれない。
僕の隠れ家がいつまで見付からずに済むか。全く予断を許さない状況だ。
洋さんについては、全力でメディアを押さえ込みにかかるのだろうか。
川口の受けはいい。この前の爆弾にしても、メディアは極めて同情的だ。「爆弾」が炸裂してもなお、擁護者は多いだろう。
将来の総理に気に入られたいと思うのが、記者の心理だ。洋さんのような、融通が利かない昔気質のタイプならともかく、甘い餌に釣られて追及の手を緩める記者がいてもおかしくはない。
とすると……鍵を握るのは柳澤か?
黒原は鎌田という男に引き渡された。奴は近いうちに消されるだろうが、川口は後任の鎌田に接触するはずだ。鎌田が抱き込まれれば、元の木阿弥になる。
鎌田は金を優先する男という。逆に言えば、金さえあれば「転ぶ」わけだ。
……この手があったか。
上手く行くかは分からない。ただ、こうすれば……川口の動きは制限される。やってみる価値はある。
僕はスマホから柳澤の電話帳を検索する。鎌田の電話番号……あった。奴は僕の声を知らないはずだ。
「もしもし」
不機嫌そうな声がした。
「鎌田さんのお電話ですか」
「そやけど?セールスなら切るぞ」
「待ってください。10億、欲しくなかですか」
「……はああっ!!?」
僕の口の端が上がったのに、自分で気付いた。
目には目を、歯には歯を。そして……金には金を、だ。




