83日目-2
「そうですか……」
私は思わず俯いた。叔父さん叔母さんも、ショックを隠しきれない様子だった。
嫌な予感は的中した。間質性肺炎。仮に癌が何とかなっても、こちらはどうしようもない。衰える肺機能とともに、緩やかに死に向かうしかないのだ。
それは、一種の余命宣告でもあった。
「ごめんなさい……私らも、面会、できんの。今感染症になったら、治りようがないって言われたけん……」
「すまない、せっかく休みを取ってまで来てくれたというのに……」
叔父さんが唇を噛む。目元が涙でグシャグシャになっている叔母さんが、彼の胸に飛び込み啜り泣いた。
「……いえ。せめて、面会できるまで、回復できればいいんですが……」
「笹川先生によると、それすら五分五分だそうだ。……ただ、祈るしかできない」
「すみません、こんなことを訊いて。……完治する可能性って、本当にないんですか」
芙美の問いに、一瞬叔父さんが黙る。
「笹川先生によれば……ゼロじゃないということです。肺移植すれば、線維化した組織を健康なものに入れ換えられるらしいですが」
「……できないんですか?」
「肝臓などの移植と違って、手術の難易度が高いのだそうです。そもそも、適合するドナーも……そう簡単に出ないとか」
「可能性がないわけじゃないけん……でも、極薄い確率やって」
待合室が、重苦しい空気で包まれた。
「……私たち以外に、見舞いは?」
「来とらん。美里ちゃんや翔琉君たちには、しばらく面会できんってさっき連絡入れたから……」
その時、看護士さんが通りがかった。待合室に顔を出す。
「面会希望の方なら、さっき来られましたよ?」
「「え??」」
「金髪の方でした。多分、彼女さん……ですか?面会謝絶と伝えたら、手紙だけ渡して去っていってしまいましたけど」
「……金髪?」
久住美里は栗色の髪だ。染めた可能性はあるが、この時間帯はまだ高校のはずだ。福岡にいるはずがない。
「身長はっ!!?」
「えっ??170ないぐらいでしたけど……」
若いギャル風の看護士が、気圧されたように答える。……170以下?
辰夫は180近くある。勇人ほどではないが、私よりは背が高い。とすると、辰夫ではありえない。そもそも、女装が似合うタイプでもない。
……なら、ここに来たのは誰だ?
しばらく考えていた芙美が「まさか」と呟いた。
「心当たりが?」
「……ひょっとしたら。田袋かもしれない」
「……まさか」
いや、あり得なくはない。田袋は高校時代、フライ級のアマボクサーだった。元々小柄な上、女顔だ。坊主頭の写真しか見ていなかったからその発想はなかったが……女装して行動は、あり得る。
そして、その狙いは……
「これかっ」
私はスマホを手にした。かける先は、善村刑事だ。
#
「本当なんですか」
善村刑事が運転するクラウンは福岡ドームに向かう。クラウンは覆面パトカーとして使っているもの、らしい。煙草の強い臭いがする。
「田袋は自分を囮にしようとしています。そして、黒原の懐に潜り込み……川口と黒原、2人を殺るつもりです」
「いや、女装が本当だとしてもですよ?黒原が田袋を選ぶ保証なんてどこにもないじゃないですか?
そもそも、本当に神楽坂のコンサートに宮東会が?」
「『ベストファン』のスカウトを使えば余裕です。あとは、田袋がどうやって自分を選ばせるか、ですが……」
そう、そこが分からない。神楽坂のコンサートは3万人は入る。3万分の1に選ばれる自信があるのだ。
ただ、幾ら女顔であっても所詮女装は女装だ。本物の女には敵わない……はずだ。
隣の芙美も、必死に考えている。そして、唐突にハンドルを握る善村刑事に訊いた。
「この3年で、川口の手によるとみられる行方不明者って……皆女性ですか?」
「いや……確か、1、2人は男性が。というより、ほとんど捜索届出てないんですけどね」
「……対象は、女性だけじゃない……」
私は首を捻った。
「川口がLGBTというのは、聞いたことがないぞ?」
「誰も川口が、とは言ってないです。黒原と那珂川も、プレイに参加してましたよね?」
「……確かに。まさかっ!?」
「そう。コンサートで、黒原の趣味の『女』を探してるかも。これは川口じゃなく、黒原のための『狩り場』かも」
「よく思い付いたな」
「あっ、いや、そのっ。まあそういう世界もあるってことですよ??」
急にわたわたと芙美が慌て出した。何か隠しているのだろうか。
まあそれはどうでもいい。芙美の推理は一理ある。
ただ、それでも3万人の中で女装した男を見付けるのは、砂漠でダイヤモンドを探すようなものだ。……何かできないか?
クラウンは福岡ドームの駐車場へと入る。既に辺りは、若いファンでごった返していた。
……考えろ。田袋を捕まえなければ、確実に何人かは死ぬ。恐らくは、彼自身も。
スカウトはどういう場所にいる?会場内部?それはあり得そうもない。コンサートを邪魔されて気分よくホイホイついていく馬鹿はいない。
なら出入口近辺?これもない。あまりに人が多すぎる。落ち着いて見定める余裕はない。
とすれば……ここしかない。
「どうしたの?」
「コンサートが終わったら、隣接の商業施設の入口を固めよう。そこに田袋は現れる」
「え?」
驚く芙美に、「そうか!」と頷く善村刑事。彼は分かったようだ。
「スカウトは、コンサート終わりで軽く食事しようとする女の子を狙うんです。ゆっくり見定めるだけの人の多さに、時間的な余裕。条件は満たしてますから」
「ええ。あとは、田袋がどこに現れるかです」
入口は何ヵ所かある。そこに田袋が現れるかは……運だ。




