80日目-5
「大丈夫っちゃ?」
部屋に入ってきた坊主頭に、僕は呼び掛ける。
「ロータリーのとこに張ってたのがおった。気付かれたっぽいけど、後はつけられとらん」
「そか。お前も変装せなあかんな」
金髪のウイッグとサングラスをテーブルに置く。これだけでも印象は随分違うだろう。
僕は既にホテル従業員の制服に着替えている。まず気付かれないはずだ。
「問題ないんか」
「まあ、な。俺は2時過ぎに決行するたい」
僕は銃を懐にしまった。……厳密には銃ではないが。
一般人を傷付けるのは避けたかったが、この工程だけはそうもいかない。まあ、少し眠ってもらう程度だから大丈夫だろう。
恐らく、勇人や洋さんは普通に僕を捕まえようとするはずだ。それは問題はない。「これ」もあるし、坊主頭……田袋もいる。
田袋について知っていれば、彼らは田袋が僕のボディーガードと思うはずだ。手を引くのは読めている。
問題は柳澤だ。何となく、来るのは分かっていた。田袋経由でスマホはハッキング済みだ。場所もここだと分かる。
彼がここに来たと気付いていたなら……確実に捕らえにくるはずだ。
僕は時計を見る。13時少し前。まだ、時間には余裕がある。
僕はスマホを取り、電話を掛けた。
「どこに電話しとるん」
「……静かに」
プッ、という音とともに低い男の声が聞こえた。
「……誰だ」
「戸倉辰夫っちゃ」
「……てめえっっ!!?そこに田袋はおるよなぁっ!!」
「おるよ。ちょっと、話がしたいん。来てくれん?お前だけで」
「……どういうつもりだ」
「俺も、あんたとは話したかったんよ。ああ、変な気は起こさんほうがええよ?ここで俺らを殺したところで、あんたは捕まるだけっちゃ。サマーに関する、全部の罪を押し付けられて」
ギリ……と歯ぎしりの音が聞こえた。田袋が、驚いた様子で僕を見てくる。
「舐めるんじゃなか、小僧がぁっ!!」
「舐めとらんよ。922号室におるから。あ、谷川記者とかに連絡を入れてもすぐに分かるからそのつもりで」
「……クソがっっ!!!」
田袋が呆れた目で僕を見る。
「……正気なん?」
「正気っちゃ。会話内容からして、今柳澤は洋さんたちとは離れて単独でお前を探しとる。
まあまあ短気な男やから、後先考えずに殺すことまで考えとるかもね」
「だったらなぜ」
「俺も会いたかったからなんよ。一度会っておかんと、『仕上げ』が完成せんからね」
「……そうか、そういうことか」
田袋が苦笑する。
「理解が早くてありがたいっちゃ。そろそろ来る頃合いやから、適当なとこに隠れとって」
ピンポン、と呼び鈴が鳴った。
さて……
「鍵はかかっとらんよ」
カードキーでロックすると、玄関先まで出ないといけなくなる。そうなるとこっちの立場が危うい。
それを見越し、ストッパーを使い僅かにドアを閉じないでおいていた。
後は……こいつを使うだけだ。
キイィッ
銃口をこちらに構えた柳澤が見えた。その刹那、僕は「引き金」を引く。「銃口」からワイヤーが発射され、その先端からは……
「ぎゃあああああっっっ!!?」
高圧電流が流れている。スタンガンの亜種、「テーザーガン」だ。当たれば数分は動けなくなる。
ゴトッ、と銃が落ちた。僕はそれを確認すると、彼に近付く。
「すまんね。田袋は『お前には』殺させたくなか」
「きさ、まっ…………!!!」
田袋と一緒に、動けない彼の身体をロープで縛る。
「すまんっちゃね。邪魔はさせたくないけん」
「……どういうつもりっちゃ!お前の目的は……」
「聞いとらん?俺が川口を狙う理由」
「……何?」
「俺の彼女、あいつと宮東会に殺されとるんよ。それで、その他の被害者遺族で組んで、3年前に3代目を殺した。まあ、俺は下っ端やったけどな。
ただ、川口までは辿り着けんかった。で、黒原に仲間のほとんどがやられた。だから、これはリベンジたい」
寝転がる柳澤のそばにしゃがみこむ。柳澤は、口を僅かに開けたまま固まっていた。
「もちろん、田袋も3年前に殺された仲間の関係者っちゃ。当時の彼女の兄さんが、俺らのボスだったけん。清水睦、聞いたことあろ?」
「お前っ、まさか……!!!」
田袋が目を伏せた。
「……すみません。ずっと黙ってて」
「俺に近付いたのも、まさかっ」
「あんたは宮東会じゃマトモな人と聞いとったとです。気は短いですが、筋は通す。嘘じゃなく、尊敬してました。ただ、だからこそ隠れるには最適だった」
「……きさ、まっ……!!!」
僕はもう一度テーザーガンを柳澤に向ける。回復が、存外に早い。
「田袋との話は、後にしてくれっちゃ。2人だけにするから。俺は、そろそろ行かんと」
「……復讐をするのはいい。だが、終わったらどうする」
「幕引きは、もう考えとる」
僕は肩を竦めた。
「……どういうことだ」
「あんたにはまた会うことがあるやろから、その時にな?」
僕は、田袋を見た。……多分、彼の顔を見るのは、これが最後になるだろう。
「……すまんな、田袋」
「いいんです。俺もあんたと同じですから」
……同じ、か。それが彼の望みなら、僕は彼を止められない。何度も何度も生きるよう説得したけど、彼だけは考えを変えられなかった。
僕以上に、彼は大切な人を亡くしている。睦さんも、その奥さんも、そして……自分の彼女も。
目に熱いものを感じた。僕はそれを拭う。
「……柳澤は、任せた」
柳澤を田袋に会わせるという目的は達成された。後は、僕の用事を片付けるだけだ。
「はい。辰夫さんも……御武運を」
僕は部屋を後にした。柳澤は、田袋が説得するだろう。そして、組を抜け……然るべき行動に出るはずだ。
僕が向かう先は、披露宴会場だ。
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そこからは拍子抜けするほどスムーズに進んだ。照明担当にテーザーガンを撃って拘束。照明を落とした隙にDVDを置く。
巴のウェディングドレスはキレイだった。いい旦那を見付けたようで、僕は心底安堵した。
勇人も、「まだ」元気そうだった。ただ、いつまで続くかは……分からない。
その場に残りたくなる誘惑を振り払い、僕は駆け足でバイクの駐車場に向かう。ライダースーツを着る暇はない。とりあえずヘルメットだけ被って、去ろうとしたその時だ。
「兄ちゃんっっっ!!!」
後ろを振り返ると、勇人がいた。




