80日目-6
走りながら、僕は美里の話を思い出していた。兄ちゃんはバイクに乗っていたという。なら、彼の向かう先は……!
「兄ちゃんっっっ!!!」
地下の駐車場、バイク置き場。そこにまさにフルフェイスのヘルメットを被ろうとしていた兄ちゃんがいた。
奥二重だった目はハッキリとした二重になり、顔付きも随分精悍になっているけど……間違いなく、兄ちゃんだ。
「……勇人」
少し意外そうに僕を見ている。
「はあっ、はあっ、はあっ……ま、間に合った……」
久々に全力疾走したからか、息切れが酷い。肺も軋む。
でも、僕は倒れ込みそうになるのを耐えた。……やっと見付けた。
「……大丈夫っちゃ?」
「はあっ、はあっ……へ、平気……どこに、行くつもりっちゃ」
「それは言えん。俺にはまだやることが……」
「……死なせんよ」
兄ちゃんは数秒、僕の目を見た。そして静かに微笑んだ。
「死なんよ。『まだ』」
「まだも何も、死なせるわけには……ぜーっ、ぜーっ……いかんっちゃ。
俺と、一緒に来ぃ?警察の人が、上にいるっちゃ」
「警察な。信用ならんのは、知っとろうもん?」
「川口大臣の、件やろ……その刑事さんは、大丈夫っちゃ。しばらく捕まることになるけど、その間なら……」
「守ってくれる、やろ?」
……僕の考えなんて、お見通しというわけか。
兄ちゃんは辺りを見渡した。
「まあ、それもいいんやけどね。ただ、洋さんと柏木さんだけで何とかなるほど、川口は甘くなか。
それに、事故に見せかけて殺すことなんて、川口には造作もなか。拘置所は安全地帯じゃないんたい」
「でもっ!!このまま、死なすなんて……」
胸が痛くなってきた。右拳を当てて、何とか耐える。
「俺なら大丈夫。やるべきことはまだ残っとるしな」
兄ちゃんの顔には迷いがない。どこかサッパリとした笑みすら浮かんでいる。
「どうして、そんなに落ち着き払っていられるん?命を狙われているんに」
「……俺はもう、死んでるんよ。ああ、今の俺がゾンビとか幽霊だとかいう話じゃなくてな?
3年前にナツが殺され、復讐に立ち上がった仲間も殺された。もう二度と、悔いを残すのは嫌なんよ。
人間、死ぬ気になれば何でもできる言うんは真理なんや。迷いは、何かを喪うんを恐れるから生じるもんや」
「だからって、そんなっ……!!」
ブロォォン
兄ちゃんがバイクのエンジンをかけた。止めなきゃいけないのに……身体が、言うことを聞かない。
「お前はお前のできることをしぃ。それは、身体を治すことたい。
まだまだ先は長いよ?これからが、本当の戦いだっちゃ」
「兄、ちゃん……」
「大丈夫、また会いに来るたい。それまで、俺のことは構わず自分のことだけ考えとき」
上から足音が聞こえてくる。兄ちゃんは、エンジンをさらにふかした。
「じゃ、またっちゃ」
ブロロロロォォォンッッッ!!!
爆音と共に大型バイクが去るのと、洋さんたちが来るのと、ほぼ同時だった。
「兄ちゃんっっっ!!!」
僕の叫びは……届かない。




