80日目-2
「本当にすみません」
「いや、仕事なら仕方ないよ。披露宴に間に合うならそれでいいさ」
叔父さんはそう言うと、ポンと肩を叩いた。
「じゃあ、また後で」
私は軽く目をつぶり頷く。嘘をつくことへの罪悪感は、やはりないとは言えない。
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ホテルの入口は3箇所ある。駅直通の正面入口、ロータリー、そして従業員用だ。芙美にはロータリーを、善村刑事には従業員用を張ってもらっている。
私は一番人の出入りが多い正面入口に向かった。正直、辰夫がここから入ってくる確率は小さい。前泊してホテルに入っているだろうという点で、勇人とも一致していた。
ただ、宮東会は違う。昨日柳澤に揺さぶりをかけ、対応してもらうようにはした。
ただ、彼の試みが上手くいかない可能性は小さくはない。それらしき人物が来たら、善村刑事経由で警察を呼ぶことになっていた。
辰夫の捕縛よりも、より重要なこと。それは、一般人を巻き込まないことだ。
私は携帯を取った。プリペイド式の奴だ。辰夫に知られない連絡手段は、これぐらいしかない。
「もしもし、芙美か?」
「洋さん、こっちは異常ないです」
「了解。しばらくそこで待機頼む」
私は帽子を目深に被り、ロビーの一角に座った。携帯を弄るふりをしながら、視界には常に入口が入るようにしている。
怪しまれないように、自然に振る舞いながら待つのは、張り込みの鉄則だ。いかにも「誰かを待っています」という風情では、即逃げられるのが落ちだ。
待つこと30分ほど。入口に、どこかで見たような男が現れた。
スーツはハッキリと高級なものだ。アルマーニか、グッチか。一見すると外資系によくいるタイプの服装だが、K市はそういう土地柄ではない。
何か大手企業のセミナーかイベントがあるかと記憶を巡らせたが、今日は日曜日だ。そんなものがあるはずもない。
そして、あの目。眼鏡ではない。しかし、コンタクトにしても、あの鋭い目は忘れようがない。
……柳澤だ。
話し掛けるかどうか、私は逡巡した。まさか、柳澤自身が代わりに辰夫を殺しに来たのか?
しかし、それはあの男のこれまでの行動とはかけ離れている。とすれば、殺すのではなく監禁か?
一人でそんなことができるはずもない。とすれば、仲間もいるはずだ。
プルルルル
芙美だ。
「どうした?」
「今、ロータリーから宮東会の人物が。一度、見たことがあるわ。柳澤の右腕、田袋宏樹」
「……やはりか。今、柳澤も来た」
「何ですって?」
「2人で辰夫を連れ出すかもしれない。少し様子を見る」
田袋宏樹。確か、元プロボクサーの男だ。かなりの有望株と言われていたが、3年前に突如引退したらしい。その後、宮東会に入り今では柳澤の懐刀に収まっていると聞いていた。
単純な戦闘能力では、田袋の右に出る者はそうはいるまい。極めて、厄介なことになった。
私は即座に勇人に連絡を入れた。作戦は、抜本的見直しが必要だろう。問題は、善村刑事に連絡するかだ。
「……やはり妙だな」
柳澤がここに来た意図が、やはり分からない。それを知ってからでも、遅くはない。
柳澤はロビー近くのカフェに入った。私は意を決して彼に近付く。
「柳澤さんですか」
「……谷川記者だな」
「昨日の話は、どうなったんですか」
極力感情を抑えて言う。柳澤は「さあな」とだけ返した。
「何故ここにあなたが来たんですか?」
「お前が知ってどうなるというものでもない」
怒りと苛立ちが沸き起こるのを、私は何とか耐えた。一般人に被害が及ばないようにする、というのは本心のはずだ。ただ、辰夫を拐わせるわけにもいかない。
「……辰夫を拉致するつもりですか」
「……何?」
ギロリ、と柳澤が睨み付けてきた。……違和感がある。
「あなたの部下が、今しがたここに入ったと」
「誰だ?お前らが知っている名前など……」
「田袋宏樹」
カタリ、と柳澤がカップを置いた。表情が、凍り付いている。
「見間違えじゃなかね」
「私は写真でしか知りませんし、その可能性は低くはないです。ただ、私は彼がここに入ったと知った時、あなたと2人で辰夫を拐うのだ、と」
「……馬鹿な」
その「馬鹿な」がどういう意味かは測りかねていた。「そんなことをするはずがない」なのか、「田袋がここにいるはずがない」なのか。
ただ、どちらにせよ柳澤が想定していない事態が起きたことは確かだった。そして、それは私たちにとっても。
体温が急激に上がるのが、自分でも分かった。
「探しましょう、田袋宏樹を」




