77日目
「冴えない顔をしとんね」
ニヤニヤと禿頭の男が笑う。銃を抜きたい衝動に耐えて、俺は言葉を絞り出した。
「……正気か」
「正気も正気っちゃ。この寛大な処置、よそではあり得んたい。まあ、うちの若いのも返してもらえるんやろ?その礼っちゃ。
それに同じ宮東会、今はいがみ合ってる場合じゃなか。そやな!?」
グイッと禿頭……黒原が身を乗り出してきた。俺はその目を睨み付ける。
「……叔父貴の件で疑ったのは、悪かった」
「ん?聞こえんねぇ。もっと大きな声で言ってみんかい」
「……悪かったと言っているだろうっ!!!」
うんうん、と頷いたかと思うと、黒原はおもむろにドスを抜いた。
「なら、誠意やな」
「エンコ(指)を飛ばせと?」
「そういうこっちゃ。悪くなかろうもん?」
ニヤリと黒原が笑う。……背中に、冷たい汗が流れた。
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「……これは、何だ」
田袋から渡されたファックスを見て、俺は目を疑った。そこにあったのは、「2つの」犯行声明文。
1枚目は、川口の事務所に爆弾を送ったというもの。もう1枚は……那珂川の誘拐を告白するというものだった。
共に、差出人は「サマー」。言うまでもなく、その正体は戸倉辰夫だろう。
「分からんちゃです、俺には何も」
「貴様には聞いてなかっ!!」
田袋がビクッと硬直する。……なぜ今頃表舞台に出てきた?それも、「那珂川を殺ったのは俺たい」と嘘までついて。
「……同じものが、黒原のとこにも届いたとです。さっき、青葉本部長代理から同じような連絡が。それで、至急黒原が面談したいと」
「……分かった」
厄介なことになった。那珂川の誘拐と殺害は、黒原によるものに違いないと下には言っていた。誘拐は戸倉、殺害は俺と知っているのは田袋しかいない。
那珂川を守れなかったことは、俺の失態と言われるだろう。
俺の立場が危うくなるだけではない。黒原にどんな要求をされるか……少なくとも、それはろくなものではないはずだ。
「いいんすか?エンコ飛ばされるならいい方でしょ?」
「……だが、ケジメは付けないとな」
……考えろ。どう黒原を出し抜くか。
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黒原の要求は厳しいものだった。癌で入院中の4代目に代わる、組長代理としての地位を認めること。俺の役職の剥奪。そして、那珂川派の吸収合併。
宮東会は、これで名実ともに黒原のものになるだろう。これでも、命を取らないだけ「寛大」ということらしい。
那珂川を殺すということは、ギリギリのパワーバランスの崩壊を意味する。
そのことを、俺はもっと真剣に考えるべきだったのだ。
だが、殺さなくても俺はいずれ沈められていただろう。狐と狸の化かし合いの間で右往左往する、愚かな猿が俺だったというわけだ。
とすれば、何をどうすればいい?
目の前に、抜き身のドスが光る。エンコを落としたとしても、俺が許されるわけではない。かといって、ここで黒原を殺しても先は見えている。
……やはり、これしかないか。
「……エンコ落とす前に、言いたいことがある」
「ほう、言ってみ?」
「お前と叔父貴、そして川口の関係だ」
ニヤついていた黒原から表情が消えた。
「一応言うが、俺は大体を知っている。お前が何をしたか、叔父貴が何をしたか。そして、川口が何をしたか。
決定的証拠となる動画は、俺の所にある。Youtubeにアップする準備も」
「……何やて!!?」
「川口とは深い付き合いなんだろう?恐らくは先代からの。
その利権で、お前はRPGを買った。海甲組とも繋がった。だが、これが流れればどうなるかな?」
ジャキイィッ
銃口が俺に向けられた。
「……脅しっちゃ?それは」
「そうだ。俺が殺されたら、若い衆に動画をアップするよう指示を出している。宮東会の生殺与奪の権利は、俺が握っている」
黒原は短気な男だ。これを怒りのままにぶっぱなす可能性は相当にある。
だが、俺が宮東会を本来の形に戻すなら、これしかない。
1分ほど、俺と黒原は身動ぎせず向かい合っていた。
先に動いたのは、黒原だ。
「……そっちの要求は」
「戸倉辰夫の捕縛、殺害での全面協力。そして、お前の言う『寛大な』処置の取り下げ」
「ぶっ殺すたい」
「どこかのチンピラか?」
パァン
テーブルの一部が砕けた。
「次は当てちゃる」
「繰り返すが、お前と川口の命運は俺次第だ。ただ、一つ譲歩してやる。俺がお前を追い落とすことはない。敵対関係の解消と、組長代理の就任は認めてやる」
「……お前に得があるんか」
ある。戸倉はもう少し生かしておく。実の所、あのぼんやりした動画は決定的な証拠には足りない。黒原は騙せるが、川口は騙せないだろう。
もう少しすれば、戸倉はさらに動くだろう。それを待つのだ。そして……その時に黒原を殺す。
欲しいのは、その仕込みのための時間だ。黒原を油断させるのだ。
俺はククッと笑った。
「ある。まあ、そのうち分かるだろう」
しばらくすると、黒原は銃口を下に向けた。
「……分かった。それでいいなら、取引に乗っちゃる」
これで、当面の敵は戸倉辰夫だけだ。……あいつには、訊きたいことと言いたいことが、腐るほどある。




