76日目
ドンッ
私は苛立ちと共にマグカップをデスクへと叩き付けた。芙美はあれから泣き続け、憔悴しきっている。
「私が何とかする」とは言ってみたものの、有効な手段は2晩悩んでも思い付かなかった。他社の取材に介入などできるはずもないのだ。
深沢支局長にも相談はした。しかし「せいぜい取材終わりに事務所を出てきた所を尾行することしかねえな」とのことだった。
一応、尾行用のタクシーは手配した。しかし、撒かれない可能性は低い。よしんば撒かれずに居場所を突き止めたとしても、そこで黒原派に見付かれば私も終わりだ。
善村刑事と連携して動くつもりではあるが、刑事の1人や2人どうとも思わない連中なのは、清原刑事の件でよく分かっている。
芙美のことを思えば行くしかないが、しかしこれは酷く分の悪い賭けだ。
「……どうすればいいんですか」
「俺もつてを当たってみる。ただ、さすがに命は惜しいな……」
「だから!!!どうすればいいんですかっ!!?」
私の叫びに深沢支局長が珍しく辛そうな顔をした。
「……分かっただろ。俺たちが戦う相手は、そういう相手だ」
自爆覚悟で、あの動画をばらまくか?それをやれば私は記者をやめざるを得ないが、川口は動けなくなるだろう。
ただ、メディアは川口の味方だ。財務大臣という要職にありながら、奴は庵野総理に対し歯に衣着せぬ発言をする。
それは左右両方のメディアと国民の支持を集め、川口はルックスの良さもあってある種のカリスマになろうとしていた。
既に政権はレームダックだ。次期総理は極めて濃厚だろう。多少のスキャンダルでは、フェイクと断じられる。
今あの動画をばらまいた所で、多少騒ぎになるのが落ちだ。「そんなことはあり得ない」、と。
そして、ほとぼりが冷めたら私は始末される。……川口を追い落とすには、まだ材料が足りない。
柏木からはまだ連絡がない。「想像以上に難航している」とのことだった。
奇跡が起きて、今すぐスクープを打てる材料が入れば……。しかし、奇跡はそうそう起きないから奇跡なのだ。
私は唇を噛み締めた。芙美の取材開始まで、あと少し。そろそろ、こちらも動かないといけない。
その時だった。
ヴ、ヴヴーッ、ヴヴーッ
ファックスが振動し始めた。警察からの連絡だろうか。こんな時に、対応する気になんてなるはずもない。
私はいささか乱暴に紙を取った。
……何だこれは???
「どうした固まって」
私は無言で深沢支局長にファックスを見せる。
……それは、手書きの「犯行声明」だった。
#
「メディア各位
突然のご連絡失礼します。恐らくは16時頃、小倉北区の川口財務大臣事務所に爆弾入り小包が届いたかと存じます。
開けても爆発はしません。ただ、リモートコントロールにより、こちらが望めばいつでも爆発できる代物です。
これは、日本国民にとり不倶戴天の皇敵である川口義明に対する警告であります。今なら、命までは取りません。彼が自らの罪を洗いざらい吐き、法の裁きを受けるのならば。
ただ、このまま黙っているようならば、次は確実にお命を頂戴致します。
メディア各位においては、真実を明らかにする努力を怠らぬよう。
小包を、あなた方に贈ることのないよう祈っております。
サマー」
「……辰夫だ」
まさか、表舞台に立とうというのか!!?
#
「考えやがったな」
記者会見場に向かうタクシーの中、深沢支局長が呟いた。これからRホテルで今回の件を受けた川口財務大臣の会見がある。
「ええ。予定通り芙美……宮崎記者の取材は中止。当面は川口は動けなくなった」
芙美が狙われていることを、辰夫は知っていたのだろう。あるいは、勇人の言う通り盗聴用のスパイウェアがいつの間にか私にも仕込まれていたのかもしれない。
芙美を救うなら、荒っぽいが確実に近いやり方だ。
ただ、それは……辰夫自身を危険に晒すことと同義だ。
宮東会は……少なくとも黒原派は、真の敵が柳澤ではなく辰夫であることを確信しただろう。柳澤はどうするか読めないが、川口ではなく辰夫を狙うかもしれない。
警察も、辰夫を捕まえに動くだろう。捜査1課の風間警視と善村刑事は、川口を挙げたがっているから辰夫の情報は守ろうとするかもしれない。しかし、それにも限界はある。
芙美が一時的にせよ救われたのはいい。しかし、これは……自分で自分の首を絞める悪手だ。
しかも、川口はさらに身を固めるだろう。僅かに残る殺人の物証や、宮東会との繋がりも消しにかかるはずだ。
そうなると、川口の罪を明らかにするのは至難になってしまう。……何を考えているんだ?
いや、これで何が変わる?……消しにかかるなら、そこを押さえる機会もあるはずだ。
川口は隠れていた情報を一時的に引っ張り出すだろう……そして捨てる。
「…………あっ!!!!」
「どうした急に」
これか!!辰夫が狙っていたのは!!
私は慌てて柏木にメッセージを入れる。
「攻め手が見付かったんですよ!!」
ハッキングだ。ゴミは、2度捨てられる。最初はゴミ箱へ。そして、2回目はゴミ箱の中にあるゴミ袋として、回収スペースに。
そしてごみ収集車の中に押し込められるまでは、ゴミを回収する機会は、ある。
「何だと?」
「川口は、必ず尻尾を出します。出さざるを得ない。そこをうちが押さえられえば……」
「何を言ってるか分からねえが、勝ち筋があるんだな?」
「ええ。見えてきました」
問題は、辰夫自身だ。……本当に、逃げ切れるのか?
#
記者会見は驚くほど川口に好意的に終わった。川口はどこかのテロリストに狙われた可哀想な被害者を、徹底して演じていた。
元々奴は子役もやっていたという。迫真の「演技」もあって、「罪」とは何かを激しく追及する記者は皆無だ。
芙美は記者会見場にはいない。ちょうど小包が来た場に居合わせたらしく、警察の聴取を受けている。
「これは日本国民に対する挑戦ですっ!!テロリストに私は絶対に屈しない」
なら殺人鬼が統治するのはいいのか!?その言葉をグッと飲み込む。その代わりに、私は川口の顔を睨んだ。
奴がこちらを向いて、ニコリと笑った。……奴は、当然私のことも認識しているだろう。
上等だ。表の世界からは私が。裏からは辰夫が……必ず貴様を追い詰める。




