72日目
「警察、多くない?」
芙美が不安そうに言う。清原刑事に会うために西小倉に向かおうとしているのだが、街の空気は確かに重い。
原因は分かっている。那珂川の殺害だ。警察の主流派は那珂川派と黒原派の抗争が始まると見ていた。
とすれば、街中での発砲など、一般人を巻き込むようなことが起きても不思議ではない。マスコミも、そんな論調で報じている。
ただ、事情を知っている俺や善村刑事、そして風間警視の見方は違う。あれは、辰夫たちがやった可能性が高い。
那珂川を誘拐したのは、まず間違いなく辰夫たちだ。とすれば、彼らは何かの理由で彼を殺したということになる。
そしてそれは、辰夫たちに今後残された道が2つしかないことを示していた。逮捕か、殺害か。
「……そうだな」
「何か考え事?」
「いや、不自然だと思わないか?何故那珂川は、今頃になって殺されたのか」
「誘拐されてから10日近くが経ってから、だったっけ」
「ああ。すぐ殺せばいいのに、中途半端に引っ張った。それに、辰夫が拐った理由も良く分からない」
そうだ。辰夫は抗争にはさせないと言っていた。だが、これでは逆だ。
それに、辰夫が人を殺すだろうか?俺の知る限り、辰夫はそういうことをする男ではない。
……何から何まで違和感だらけだ。警察の動きも良く分からない。
だからこそ、清原刑事の力が要る。まだ休職中のはずだが、動けるようにはなったらしい。
警察内部の詳しい情報は知らないだろうが、何かしら助言はもらえるはずだ。
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「すまん、遅れたっちゃ」
「しのぶ」に着いて10分ほど。電動の車椅子に乗って清原刑事はやって来た。
「身体、大丈夫ですか?」
「相変わらず左半身はあまり動かんと。ま、こいつのお蔭で移動は苦労せんけどな」
電動車椅子は右手だけで動かせるタイプのもののようだった。随分高価そうなものだが、補助金が出ているのだろうか。
清原刑事はそのまま引き戸を閉めると、私たちの座るカウンターに向かった。折り畳み式の杖を使い、1分ほどかけて私の隣に座る。
「……大将、久し振りっちゃね」
「……あざっす。ご注文は」
「芋のお湯割りで。三岳あるっちゃね」
「ボトルキープのものが」
大将がお湯を先に入れ、その上から焼酎を注いだ。私と芙美も、同じものを頼む。
「呼び出したのは、那珂川殺しの件っちゃね」
「ええ。これまでの状況も含め、一度整理していただければと。少し長い話になりますが、いいですか」
「よかよ」
焼酎と筑前煮、それに玄界灘で採れた魚の刺身をつまみながら、清原刑事は黙って話を聞いていた。
1時間ほどして一段落つくと、彼が口を開く。
「柳澤から、何か連絡は」
「いえ、何も」
「……なるほど。色々見えたたい」
「どういうことですか?」
「殺したのは、恐らくは柳澤っちゃね。柳澤は、那珂川の忠実な右腕だった。何かしらで同じ動画を見たとしたら、裏切られたという想いがあるはずたい」
「でも、誰が動画を」
清原刑事が苦笑した。
「決まっとろうもん。戸倉か、その協力者っちゃ。多分、宮東会内部にも、戸倉の協力者がいるっちゃね」
「……!!まさか」
「これ、相当大掛かりに動いてるはずやな。何で10日も間を置いたかは知らん。ただ、柳澤の疑念を熟成させるには、充分な時間だっちゃ」
清原刑事が鯵の刺身を口に放り込んだ。
「熟成」
「そう。柳澤に那珂川を切らせた。那珂川は穏健派と言われとるが、それは宮東会での話っちゃ。
全国一の武闘派暴力団の穏健派は、世間からしたら最過激派や。もちろん、外道な手段なんていくらでも使う。
柳澤は、その忠実な右腕たい。ただ、俺も知っとるがあいつはあまりにマトモで、古いタイプの任侠や。
那珂川は巧みに飼い慣らしとったけど、奴の本性を知ったらどう転ぶかは分からん。いわば狂犬たい」
「……これから、どうなるんでしょう」
芙美が呟くと、清原刑事は視線を天井に向けた。
「……正直、読み切れん。とりあえず、整理するか。
まず、戸倉たい。奴の目的は、お前の話で確信したっちゃ。宮東会の崩壊、そして川口財務大臣の抹殺やな。
川口財務大臣の首を取るのに、あんたらは利用されとる。まあ、それはもちろんあんたらの利益にもなることやけどな。
宮東会の崩壊については、柳澤を使うつもりなんやろ。だから那珂川を拐い、殺させた」
「柳澤は、どうするんですか?」
「……分からん。ただ、今の奴の敵は戸倉と宮東会そのものだと思うけん。
戸倉は許しておけんやろ。ただ、自分を裏切った那珂川も、それと実はつるんでいた黒原も許せん。
読みにくいのは、全面戦争にまで動くかっちゃね。もちろん那珂川の部下には弔い合戦を言うやろけど、あれはそんなに嘘が上手くはなか。
もし戦争を仕掛けるようなら、柳澤は自爆するやろ。すぐに那珂川の子飼いからはおかしいと思われるはずっちゃ」
「じゃあ、辰夫を?」
「それが読めんと。俺なら、しばらく様子を見るやろな。あるいは、川口のことを独自に調べるかもしれん。本当の敵が川口だと思うなら」
くぴ、と焼酎を口にし芙美が首を傾げる。
「川口財務大臣の話って、有名だったんですか?」
「いや、川口が白くないのは皆薄々感じとったと思う。ただ、ここまでガッツリ宮東会と噛んでて、しかも殺人にまで関与していたとは知らんかった。正直、俺も驚いてるっちゃ。
警察、特に上の方が戦争を警戒するのは自然やけど、風間や善村が那珂川誘拐のホンボシが戸倉だと言えんのも分かる。言ったら川口の件は闇に葬られそうやからな」
「闇に葬られる……」
「川口の影響力は絶大たい。正直、正攻法じゃ警察はどうもならん」
「黒原はどうするんでしょう」
「黒原の狙いは、最初は戸倉が持っとる金だったはずっちゃ。まあ、今でも相当持っとると推測するけどな。
那珂川に金を返したといっても、仮想通貨取引でのリターンだとすれば元手の数倍をまだ持っとるとしても不思議じゃなか。
だから、あんたの従兄弟の彼女を狙ったりもした。俺を狙ったのも、戸倉追跡の支障となるからやろ。
……ただ、今は少し状況が違ってそうやね」
私も鯵の刺身を噛んだ。東京で食べるものより遥かに甘味があって旨い。それをお湯割りで流し込んで、口を開いた。
「状況が違う?」
「選挙が近いから、川口がK市入りする可能性が高くなっとる。そして、那珂川が死んだからパワーバランスは崩れた。
川口関係の利権を奪うには千載一遇の好機到来、というわけやけど……」
清原刑事が黙った。
「どうしたんですか?」
「……いや、警察がうろついてる状態で、仕掛けるかっちゅうことやな。何か、忘れとるような……」
辰夫は、宮東会を潰すつもりだろう。それは間違いない。
ただ、抗争を起こさず潰すなら……どういう手があるだろうか?
清原刑事の予想が正しいなら、柳澤は微妙な立場だ。黒原は攻めたいだろうが、柳澤の出方が読めない上に警察の監視が厳しい。
数日は膠着状態になるだろう。この状況から、辰夫が打つ手があるとするならば……
「あ」
私は思わず箸を落とした。黒原は、海甲組とも関わっている。
黒原は海甲組の力を使おうとするはずだ。それを逆手に取ってしまうことができるとすれば……




