65日目
「……クソッ」
俺は灰皿にメビウスを押し付けた。叔父貴の居場所は未だに分からねえままだ。
黒原には勿論そのことは訊いた。しかし「それよりうちの若いのを拐ったのはてめえらやろが!!?」と返された。それも事実だ。
まだ連中は軟禁中だ。取引材料になるかと考えていたが、叔父貴の誘拐でそれどころじゃなくなった。
黒原一派の誰かかと踏んだが、実行犯になりそうな財前にはアリバイがあった。チンピラを使わせたにしても、叔父貴の護衛を倒すのはプロでないとできない。
やったのは、黒原ではないのか。
俺は苛立ちながらまたメビウスに火を付けた。灰皿には既に山のように吸い殻が溜まっている。
「……柳澤さん」
「田袋か、情報は」
「……それが……なかとです」
ガスッッッ
俺はテーブルを力の限り蹴飛ばした。田袋が震えるのが分かった。
「舐めたこと言っとるんじゃなかよぉ!!?」
「……す、すみませんっ!!でも、手掛かりが……」
「でももかんでもなかっ!!叔父貴を探せっ!!そして拐った連中を確実に殺せっ!!」
「わ、分かりましたっ!!」と田袋は引っ込んだ。これがただの八つ当たりなのは分かる。でも、そうせずにはいられない。
俺はもう一度、深くメビウスを吸った。濃い香りが、肺に拡がっていく。
黒原の仕業だと思っていたが、違うのか?
黒原なら、取引を持ち掛けるはずだ。叔父貴の身柄を引き渡す代わりに、柏木の監禁犯の解放を要求するだろう。
だが、知らぬ存ぜぬしか言わない。暴力での恫喝と狡猾な取引が、黒原を今の地位に押し上げている。今回の件は「らしくない」。
とすれば……まさか戸倉辰夫?しかし、奴一人で何ができる。
そもそも、叔父貴の護衛をどうする。銃ごときで怯む連中ではない。
複数犯にしても、手口が巧妙だ。戸倉は3年前までただのチンピラだった。こんなことが普通できるはずがない。
護衛は、「痺れる何かを撃たれた」と言った。麻酔銃ではない。……スタンガンのようなものか。
とにかく、現時点では材料があまりに少ない。黒原にしても、戸倉にしても、叔父貴に繋がる物は何も出ていない。
叔父貴には恩がある。その恩に報いるためにも、俺は叔父貴を救わねばならない。
戸倉だとしたら、あの新聞記者が何か知っている可能性がある。奴の女ごと拐うか。
プルルル
スマホが鳴った。……非通知?
「……誰だ」
「失礼します。……一つだけ申し上げたいことがありますけん」
ヴォイスチェンジャー?……マトモな相手ではあり得ない。叔父貴を誘拐した本人か。
「……奇遇だな。貴様が誰か知らねえが、俺からも質問がある」
「そうですか。ならこちらから。……那珂川若頭と黒原本部長が、川口財務大臣と組んでいたのは知っとーとですか」
「……何ぃ!!?」
黒原が川口財務大臣と近い関係にあるのは知っている。だからこそ、黒原……ひいては宮東会はここまで大きくなった。
川口財務大臣から発注された汚れ仕事を黒原が請け負うことで、俺たちは警察も手出しできない存在になった。
だが、叔父貴は先代の路線を継承していたはずだ。だからこそ、戸倉からの写真は意味があった。
黒原路線を潰し、極道としての正道を往く。あれが記事化されれば、宮東会は普通の極道に戻れるはずだ。
しかし……叔父貴と黒原がつるんでいたというのは初耳だった。あの2人が、仲が良さそうにしていたというのは聞いたことがない。
まして、叔父貴も川口財務大臣と繋がっていたとは……
「……舐めたこと言うと沈めるけん」
「確実な証拠があると言ったら?」
「証拠があるならとっとと渡せや」
「……いいでしょう。一度電話を切ります。メールのリンクから、証拠の動画のダウンロードを。1ギガ以上ありますが問題は?」
「……ウィルスじゃなかね」
「その心配はなかです。ま、見てから判断をしてくれれば。で、そちらの質問は?」
「お前が叔父貴を誘拐した、違うか」
しばらく、沈黙が流れた。
「イエスともノーとも言えんとです。ただ、あなたの味方とだけ」
「何ぃ!?」
そう言うや否や、一方的に電話は切られた。そして、すぐに俺のアドレスに一本のメールが送られる。
事務所にはWi-Fiが通っている。ダウンロード自体は1ギガあろうと問題はない。
……そして俺は、真実を知った。
「ククッ、ククク……」
なぜか、怒りより先に笑えてきた。……笑うしかなかった。
俺は……いや、俺たちは。那珂川英機に使われるだけの、「駒」に過ぎなかったと知ったからだった。




