61日目
「……またか」
私は電話を切り、溜め息をついた。電話の相手は柳澤だ。「あの写真はまだ記事にならないのか」という催促を、1日に2回はしてくる。
「大きな案件だけに裏取りにはかなり時間がかかる」とは告げている。しかし「極力早くしろ」との圧力は強い。
「もし記事にできなかったら、お前との協力関係は終わりだ」とも言われている。恐らく、他社に写真を回すのだろう。
もちろん、私はアレがガセに近い物と理解している。何がガセかは辰夫からは伝えられていない。ただ、あの写真が真実そのものでないのだけは疑いがない。
ただ、このまま動かずにいるのも厳しい。私は「スクープ」を抜かれ、柳澤は敵に回る。
柳澤は既に辰夫が自分の手に落ちたと思い込んでいるだろう。そうであるなら、私と……あるいは芙美の身は危ない。
いつ我慢の限界が来るのか。今日か、明日か。とにかく、辰夫が動いてくれないことには、何もできない。
さすがの私も、全く落ち着かなかった。
ピンポン
支局の呼び鈴が鳴った。モニターの向こうには、ふわりとしたショートボブの少女がいる。
制服を着ているから高校生だろうか。いたずら……にしては表情が真剣だ。
「はい」
「久住といいます。あの、戸倉勇人君の友人で」
久住。……確か、勇人の彼女の苗字がそれだ。どういうことだろう。
「支局に上げるわけにはいかないので、下に迎えに行きます」
幸い、深沢支局長は取材で留守だ。私はリュックを背負い、エレベーターに乗り込む。
「はじめまして、ですね」
「はい。勇人……君がいつもお世話になっていると」
「ここに来たということは、何か用件が」
「……はい。ちょっと相談がありまして……私のバイト先の防犯カメラを、確認してもらいたいんです」
……困った。そういうことを言われても、記者のできることには限度がある。
「どうして?」
「戸倉辰夫さんが映っているかもしれないからです。警察の方に話をつなげれば、できるんじゃないかって勇人が」
「……!!そうか、今の辰夫の姿を確認できるというわけか」
久住美里は小さく首を縦に振った。
「確か、整形しているとか聞いてます。警察の方にとっても、有力な手掛かりになるんじゃないかと」
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私は即座に喜村刑事に連絡を取った。辰夫の顔は私しか知らない。本人かどうかの確認のため、私も同席することになった。
平日夕方のファミレスはそこそこ混んでいる。ただ、ざっと見た所柳澤の部下と思われる人間はいなかった。
警察が同席しているためだろう。これはある意味好都合と言えた。
店長に了承を取り、防犯カメラを見る。5月10日、18時42分。久住美里がバイトについてしばらくして、その男は入店してきた。バンダナで顔がよく見えない。体つきは辰夫のそれのように見える。
「……これじゃよく分かりませんね。退店時を」
20時31分。今度ははっきりと顔が見えた。
……え??
「違う」
「何ですって」
「これは辰夫じゃない。間違いない」
彼の首元に、大きめの黒子があった。これは、辰夫ではあり得ない。
あるいは黒子ぐらい作れるのかもしれない。でも、肉親の私だから分かる。これは辰夫ではない。
「じゃあ、私をずっと見ていたのは!!?」
「多分、彼の協力者だ。辰夫は1人じゃない。複数人で動いている」
「……考えてみれば妙だった。戸倉辰夫が単独で動いているにしては、あまりに手際が良過ぎる」
喜村刑事が眉をひそめた。
「この人物に心当たりは」
「分からない。ただ、急いでデータベースと照合する。2人以上、恐らくはもっと協力者がいるはずだ」
その時、私のスマホが鳴った。……柳澤だ。私は急いで喜村刑事たちから離れる。
「……もしもし」
「記事を打つのをやめろ。すぐにだっ」
「……何?」
柳澤の声は切迫している。怒りと焦りが入り混じったような、そんな声色だ。
「何でもかんでもねえっ!!!速攻でやめろ、絶対にだっ!!!それどころじゃねえっ!!!」
「……何が起きたんですか」
「……那珂川の叔父貴が浚われて消えたっ。相手は3人組、見たことねえ奴らだったと言ってるが……黒原が動きやがった!!!」
黒原が??このタイミングで??
……いや、違う。これは恐らく……辰夫と、その一派の仕業だ。
だとしたら、黒原はこの犯行を絶対に認めない。恐らくアリバイもある。
仮にそうであるとすれば、柳澤は黒原を疑いつつも攻撃までは踏み切れない。若頭の那珂川が解放されるまで、膠着状態は続くだろう。
黒原を正面から追い落とすより、まずは那珂川の奪還。それがヤクザという組織だ。
……だとしたら。辰夫は、膠着状態を作り出して何をしようとしている?




