59日目
ガラララ、と引き戸が開く音がした。僕は身を固くする。
恐らくは彼のはずだが、そうでない可能性もある。懐のトカレフを握りしめた。
「……袴田か」
「ああ」
一応姿が見えるまで警戒は解かない。足音は一つだけだからまず間違いないはずだが、全ての可能性は頭に入れていた。
埃っぽく薄暗い居間に坊主頭の彼の姿を認めた時、ようやく僕はトカレフから手を離した。
「……相変わらず物騒なモノを持ってるな」
「仕方ないっちゃ。……そっちの首尾は」
「上々だ。……本当に、ここからはお前だけで?」
僕は小さく頷いた。
「もう、大体の準備は済んだっちゃ。後は、勇人の具合が『落ち着く』まで逃げて、『引き金』を引けばいいたい」
「……俺も死ぬ覚悟はできてる。一人で逝かせるわけには」
「いや、いいっちゃ。計画を立てたのも俺なら、実行したのも俺たい。袴田は巻き込まれただけっちゃ。そのために、喫茶店も閉めることになったたい。本当にすまん。
それに、既に柏木さんにも迷惑かけちょる。お前も、感付かれる前に逃げとき」
苦笑する僕に、袴田は首を振った。
「いや……お前を見捨てるわけにはいかない。どうして、一人で抱え込みたがる?」
「……知っとるっちゃ?これは俺の、俺のためだけの復讐やって。袴田も宮東会には恨みが死ぬほどある。それは分かっちょる。
でも、死ぬ人間は最小限でいい。それに、お前が逝ったら悲しむ人がいるんじゃなかと?」
「それはお前だって同じのはずだ!!!」
袴田の怒鳴り声に、僕はしーっと人差し指を口に当てた。
「……静かに。いくらここが廃屋の一軒家ちゅうても、気付かれんとは限らん。
最近はそういうのを探し当てるテレビ番組もあるゆうし」
「はぐらかすな。お前には家族がいるだろ。病気で死ぬかもしれん弟も。
お前こそ、死んではいけない人間のはず……」
「と思うやろ?そうやないっちゃ。むしろ、俺が死なないと勇人は助からんかもしれん。
まだどうなるかは分からん。でも、その時の備えもあるんよ」
「……??何を言ってる」
「まあ、それは今は関係のないことやね。……俺にとって、ナツは全てやったんよ。だから、俺は3年前にはもう、死んどるっちゃ。
そこからはただの『鬼』になった。宮東会を完全に潰すための」
そう。この3年間は牙を磨くことだけに専念してきた。幸い、浅尾さんがそのための時間と資金をくれた。柏木さんとも引き合わせてくれた。
そして、時は来た。勇人の病気は計算外もいいとこやったけど、有り余る金の使い道としてはこれ以上ないものとも言えた。
勇人の病状は九大から「抜いた」情報で把握できている。僕は医学はさっぱり分からないけど、ハッキング先の最先端のAIを通せばどうなるかという先は大体読める。
勇人の癌は、かなりの確率で消えるだろう。しかし……僕の読みでは、このままだと勇人は死ぬ。
それを認識した時、僕は人生の幕の引き方を決めた。予定通りいけば、これ以上ない「終わらせ方」になるだろう。
「……何でそんなに達観していられるんだ」
袴田が呟いた。
「さっき言ったやろ。もう、俺は死んでると。……とりあえず、様子見に来る頻度は減らして。
食料も水も足りとるし、身体洗うのも暖かくなってきたから何とかなるたい」
「……本当に、何もせんでいいんか」
「全て順調っちゃ。柳澤はまだ騙されとる。洋さん……前話した記者も、しばらくは動かんよ。
煮詰まってきたら、まずは黒原派から追い落とす。既に仕込みは終わってるっちゃ」
そう、全て準備は終わっている。あとは、「引き金」を引くだけ。
それは今、戸倉家にある。




