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100日後に死ぬ僕  作者: 変愚の人
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57日目


ずっ、ずずっ……


私はうどんを啜り込んだ。もちもちとした腰があり、出汁もしっかりしている。

円盤状のごぼう天から染み出す油が、味にさらなるコクを与えていた。これは東京ではまず食べられない。


「美味しいですねぇ」


芙美がふにゃりと笑う。私の頬も緩んだ。


「そうだな。福岡のうどんというと、腰のないふにゃふにゃしたのが主流なんだが」


「讃岐とも違いますよね。もっと力強いというか」


「『豊前裏打ち会』というらしいな。修業を受けて、許可が下りないと店を出せないらしい」


へえ、と芙美は感心した様子だ。


「まるで『二郎』みたいですね」


「……『二郎』食うのか、君は」


「ええ。慶応卒なんで。でも、福岡もK市もその系統のお店はないですね……」


スマホが震えた。……見たことのない番号だ。


「もしもし」


「洋君か。昼休み中にすまない」


「……叔父さんですか!?どうしました、勇人に何か」


「いや、勇人は大丈夫だ。辰夫のことで、ちょっと」


私は辺りを見渡し、「少し外す」と芙美に告げた。店の前の行列から離れた所で、改めて仕切り直す。


「……勇人から話を聞きましたか」


「いや、詳しくはまだだ。ただ、私は明日クアラルンプールに一度戻る。そこで、君も交えてちゃんと話したいと思っている。都合はどうかな」


「一応、今のところ特に予定は。ただ、人払いをしたいところです。叔母さんには話したほうがいいかとは思ってますが」


「……そうだな。勇人は瑠璃には知られたがってないみたいだが、家族の一大事だ。そうなんだろう?」


私は少し間を置いて「……はい」と答える。


「そうか。まさか、宮東会絡みじゃ」


「……残念ですが。ただ、想像されているよりずっと厄介な話です」


叔父さんが、大きく息をついたのが受話器越しでも分かった。


「……その点も含め、私から事のあらましをお話します。フライトはいつですか」


「18時だから、話はうちでできる。……すまないが、午前に来てくれるかな」


「分かりました」


私は電話を切った。……さすがに、戸倉家も本格的に巻き込んでしまうことになりそうだ。

状況は多少は好転しているはずだ。柳澤は黒原派に対して有利な立場に立った可能性が高い。そして、当面は辰夫が殺されることはない。そのはずだ。


ただ、6月下旬になれば、辰夫は自らの命を差し出す。彼が言っていることが、本当であるのなら。

それだけは、何とか阻止したかった。……叔父さんと叔母さんは、この話にどう反応するのだろうか。


#


原稿を一通り片づけ終わり、私は大きく伸びをした。深沢支局長は、飲みに行ったのか既に消えている。

時間を見るともう10時前だ。そろそろ帰るとするか。


支局を出て歩き始める。家まではタクシーを使うほどの距離ではない。そもそも経費削減で、タクシーチケットの利用には制限が掛かっている。


「ちょっと、よろしいですか」


後ろから呼び止められる。思わず体が硬くなった。……黒原派?

いや、まだ私には柳澤の監視が付いているはずだ。そうなら何かしらの動きがある。


「……何でしょう」


警戒を解かずに、私は振り向く。2人組の半袖シャツの男たちが、そこにいた。

そして、一人が懐から何かを取り出す。


……警察手帳??


「ちょっと、ご同行願えますか」


「……理由は」


「それはまだ。ただ、断った場合は然るべき手段を取ります」


ごくり、と唾を飲んだ。身にやましい覚えはない。そもそも、風間警視たちには知っていることを一通り伝えたはずだ。柳澤に会っていることは伝えなかったが、それで逮捕などされることはないはずだ。


しかし、ここから逃げるというのもおかしい。ちゃんと説明すれば、風間警視たちなら分かってくれるだろう。そう自分に言い聞かせる。


「……分かりました。こちらへ」


白いレクサスLSに乗せられた。……警察が使うにしては、少々ハイクラスな車だ。


車は小倉警察署の方に向かう。しかし、何かがおかしい。最短距離ではない。


「……道、違いませんか」


「……」


刑事たちは黙ったままだ。本格的に変だ。身体から、冷たい汗が流れてくるのが分かった。



まずい。これは、かなりまずい。



そして、車は……K市の繁華街で止まった。


「どうぞ」


「……警察署じゃないぞ」


「……どうぞ」


「刑事」の声色が低くなった。言われるまま、店に入る。恐らくはキャバクラか。

私は柏木悠人の件でも同じ手法が使われたことに、ようやく気付いた。爆発直後、警察を偽装した柳澤の一派が、のこのこ出てきた彼らを拉致したのだ。


店に入った先にいたのは……



「……柳澤っ!!!」



「来たな」


柳澤は、余裕の笑みで私を出迎えた。店内をざっと見る。キャバ嬢すらいない。フロアには、柳澤とその部下だけだ。


「心配せんでもお前の恋人は無事だ。用があるのは、辰夫の代理人であるお前だけだからな」


半ば無理矢理に、柳澤の向かいのソファーに座らされた。


「……どういう用件です」


「いや、礼を言おうとな。……おい、ドンペリのピンクを」


柳澤がボーイを呼んだ。……また、随分高い酒だな。


「本当に、礼だけですか」


「その通りだ。お前のおかげで、俺の首は飛ばずに済んだ。文字通りにな。

まあ、厳密には戸倉のおかげだが。あいつの土産のおかげで、那珂川の叔父貴も上機嫌だ」


「金が戻り、黒原派の裏切りも発覚したからですか」


「そういうことだ。ただ、戸倉は抗争にするなと主張している。

どうやって黒原を潰すかの方法はまだ全て教えてもらってないが、とにかくそのカードは手に入れた」


「……これで辰夫を殺す理由もなくなった。違いますか」


クックック、と柳澤が笑う。


「堅気はそう考えるな。だが、俺たちヤクザにとっちゃ一度決定的に裏切った人間を許すのはあり得ねえ。

エンコ(指)落とした上で破門という手もあるが、やはり3年前に弓引いた事件も併せて考えると、『けじめ』つけないと話にならん」


「……結局、殺すんですね」


「俺はもう殺す必要はないと思っている。だが、那珂川の叔父貴はそう思ってない。

こうして言うことを聞いてやっているだけ、異例の配慮だ」


瓶からピンク色の液体が細長いワイングラスに注がれる。柳澤はそれをつまんだ。


「というわけだ。これは俺の感謝の証、と思ってくれ」


私はドンペリのグラスに手を掛けるか迷った。しかし、周囲の圧力が断ることを許さない。


「……」


「話が分かる奴は好きだぜ。……乾杯」


チン、とグラスが触れた。柳澤はドンペリを一気に飲み干す。私は軽く飲むふりだけにした。


「……私をここに呼んだ、本当の理由は」


二ヤリ、と柳澤が笑った。彼が傍に置いてあるバッグから、大きめの封筒を取り出す。


「これを見ろ」


訝しげに封筒の中のものを取り出す。そこには……


「……嘘だろ」


そこにあったのは数枚の写真と文書。写真にヤクザ風の男と写っていたのは……



「川口財務大臣……!?」



二ヤリ、と柳澤が笑った。



「これを使って、黒原を追い落とす」




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