48日目
3時間ほどの検査の後診療室に入ると、笹川教授が幾つかの画像を僕らに見せた。
「まず、良い話と悪い話があります」
「……どういうことでしょう」
「良い話というのは、この前話した肺の小さな影が消えたことです。
つまり、オプジーボが一定程度効いているわけです。血液検査の結果も良好ですな」
父さんと母さんが胸を撫で下ろす。
「では、このまま行けば……」
「……申し訳ないのですが、そこまで楽観的にもなれません。なぜオプジーボで肺の影が消えたのか。
肺炎かどうか判断しかねていたので保留しましたが、これで確定しました。あれは癌です」
ドクン、と僕の鼓動が強くなる。
「……つまり」
「転移していました。息子さんのメラノーマはステージ4であることが確定したわけです。
それでもメラノーマが効いて肺の癌が消えたわけですから悲観するほどでもないわけですが……」
「楽観もできない、ということですね」
顔面蒼白の母さんに代わり、父さんが静かに言った。
「そういうことです。2週間前の息子さんは、恐らくはステージ4になったばかりだった。
そして一応、現時点では肺転移分は消えました。……ただ、肺転移は極めて厄介です。というのも、肺からは他の臓器に転移しやすいからです。
つまり、別の臓器に転移している可能性が捨てきれない」
「……助かるんでしょうか」
「最善は尽くします。幸い、息子さんにはオプジーボが効いている。
このまま投与を続ければ、何とかなる可能性も相当ある。
後は、息子さんの体力を信じることです。副作用に身体が耐え切れれば、光明はあります」
僕は小さく頷いた。自分の身体だ、ある程度は覚悟していたことだ。
余命宣告ということにならなかった分、気持ちは前向きでいられる。
「……よろしくお願いします」
「ええ。ではまた、1週間後に。1泊2日になりますので、その用意だけお願いします」
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帰りの車で、母さんは終始無言だった。お喋りな母さんにしては珍しいことだ。
父さんも静かにハンドルを握る。ただ、沈黙に耐え切れないのかCDを掛けた。
「これ何ね」
「古いロックバンドの曲だよ。QUEEN、聞いたことあるだろう」
確かに名前は聞いたことがある。確か、サッカーの試合で流れる曲とかは有名だ。
でも、こんな物哀しく、切実な歌声の曲もあるんだな。
「……何か、思っていたのと違って暗いんね」
「その曲ぐらいだな。たまたまその曲から入ってしまったが……。
ボーカルのフレディ・マーキュリーはエイズで死んでしまうんだが、彼が最期に歌った曲とされているんだ。
『The show must go on』……『どんなことがあってもショウは最期まで続けなければならない』という意味だ」
「死を覚悟してたんやろか」
「どうだろうな。俺は、最期まで生き抜いてやるという強い意志の曲だと思ってるけどね」
車窓から風景が流れる。「最期まで生き抜く」、か。
僕は何ともなしにスマホを見る。指原からの着信があった。
昨日「動かないで欲しい」と伝えたばかりなのに、どういうことだろう。
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「勇人さんっすか」
「どうしたんね、急に」
指原が数秒黙った。
「……勇人さん、このままでいいと思っとりますか」
「……え?」
彼に詳しく事情は話していない。もちろん、彼を巻き込ませないためだ。
「辰夫さん、姉ちゃんの仇取ろうとか思ってるんじゃなかですか」
「…………」
思わず言葉に窮した。どこまで知っているのだろう?
「なしてそう思うんね」
「何となく、です。そうじゃなかなら、あんな大金を俺ら一家に渡しませんもん。
で、そうだとしたら、辰夫さん死ぬ気じゃなかですか」
「……気のせいだっちゃ」
「いえ、勇人さんも分かっとるはずです。俺より色々知ってそうですもん。
で、そうだとしたら……このままでよかですか??」
指原の語気が強くなった。僕は思わず気圧され、返事ができない。
彼はさらに言葉を続けた。
「俺は辰夫さんに恩があります。だから死んでほしくなかです。絶対に。
勇人さんも、そうじゃなかですか!!?」
……その通りだ。兄ちゃんが死ぬつもりだというところで、僕の思考は止まってしまっていた。
そう、このままじゃないけない。兄ちゃんを助け、救う手段はないのか??
しばし考えた。しかし、答えは出ない。
「……どうすればいいか、心当たりはあると?」
「……分からんです。俺、馬鹿ですもん。でも、一つだけ確かなことがあるとです。
それは、辰夫さんを見つけ出すことです。そうしないと、どうしようもなかです」
「でも、兄ちゃんは……」
恐らく、東海地方のどこかにいる。遠く離れた場所なら、僕らに迷惑がかからないということなのかもしれない。
でも、それを指原に伝えることはできない。そもそも、だとしてもどこにいるのか皆目見当も付かない。僕は言葉を飲み込んだ。
指原が告げたのは、予想外の言葉だった。
「案外、近くにいるんじゃなかですか?」
「どうして」
「勘です。でも、辰夫さんは姉ちゃんにはとてもとても優しい人やったから。そんな人が、遠くにいるはずなかです」
兄ちゃんはスマホを介して僕の行動を知っている。そう思っていた。実際そうなんだと思う。
でも、「実際に見ている」可能性を捨てることもできない。……だとしたら。
今僕にできることが、一つ見えた。
「……分かったっちゃ。探してみるけん。でも、指原は動かんといて。これは、俺と兄ちゃんの問題やけん」




