47日目
「よ、元気しとるっちゃ?」
玄関のドアを開けると、翔琉と秀哉がいた。その後ろに……なぜか指原がいる。
「お、いらっしゃい。……って指原は呼んどらんのだけど」
「あー、すまん。俺が部を代表して見舞いに行くってことになったら、どうしてもってな。
お前の性格なら、拒むことはないと思ったけん」
秀哉は困惑した様子だ。指原は深々と頭を下げる。
「申し訳なかとです。ただ、俺も心配で」
「……まあいいたい。皆上がって」
3人を居間へ案内する。指原は兄ちゃんに恩があるから、その絡みなのだろうか。
ただ、僕とはあれっきり話したことがないはずだ。どうにも腑に落ちない。
「母さん、来たよ」
「翔琉君、秀哉君、久し振りやねえ。……その子は」
「ああ、部活の後輩で指原」
また彼が「どうも、本当にお世話になっております」と頭を下げた。
「指原……そ、そう。とにかく来てくれて嬉しいっちゃ。コーヒー淹れるけん、待っとって」
母さんが、指原の名を聞いた時少し驚いた表情になった。どうしたんだろう。
「にしても、そこまで中指の具合が悪かとは知らなかったけん。大丈夫なん?」
「うん。まあ、ね」
翔琉たちには、僕の病気のことは伝えていない。骨の異常、とだけ言ってある。
心配は掛けさせたくなかったのだ。付き合いが深いからこそ、だ。
「……まあええけど。肌もちょっとおかしくなかと?」
「うん。薬の副作用やって。でも、大丈夫」
肌には赤黒いポツポツがあちこちにできている。怠さは薄れたけど、これは逆に酷くなっている。痒いとかはないけど、見た目はかなり気持ち悪い。
「そっか。学校にはいつから?」
「明日また病院っちゃ。それで、ゴールデンウィーク明けに出れるか聞いてみる。多分、行けると思う。
ただ、部活は多分無理たい。春高予選に間に合えば……やけど。だから、指原に色々教えることにするたい」
秀哉が残念そうに溜め息をついた。母さんが運んできた紅茶を一口飲む。
「……そっか。最後の年こそはベスト8、行けると思っとったんやけど」
「……ごめん」
「謝ることはなか。ただ、運がなかねえ……」
「そこはほら、指原がおるけん。育てば俺よりずっと優秀なセッターばなると思う」
指原が恐縮したように頭を下げた。
「俺で何とかなるか分からんですけど……」
「部活に出れるようになったら俺が細かいテクニックを教えるけん。大丈夫、安心し」
翔琉が辺りを見渡した。
「この折り紙、誰が作ったん?」
「あ、俺たい。家にずっとおるから、暇なんや」
「へぇ……これ、薔薇の花やね。後、これはロボット?」
「そうそう。これ、全部1枚で作れるっちゃ。ハサミも何も入れてないと」
「そうなん?お前にこんな才能があるとは思わんかったなあ」
翔琉が薔薇の折り紙をしげしげと見る。
「いや、本の通りにやっただけやけん。俺の部屋に、もっと色々あるたい」
「そうなん!?見せて見せて」
僕らは2階の自室に向かう。指原が、後ろから僕をつついた。
「何ね?」
「辰夫さんの部屋って、どこっすか」
「兄ちゃんの部屋ならそこたい。でも、もうずっと前から物置っちゃ。何もなかよ」
「……そうですか」
そう言うと彼は立ち止まり、何か感慨深そうにそのドアを見ていた。
「どうしたんね」
「いえ、何も」
僕は首を捻る。兄ちゃんに恩があるとは言っても、部屋を見たいだなんて妙な奴だな。
その時はそう思っていた。
#
3人が帰り、僕はベッドの上に寝転がった。部活……か。復帰できるかどうかというより、留年するかしないかということにならなきゃいいけど。
あまりネガティブに考えても仕方ないのだけど、オプジーボによって奪われた体力は予想以上だ。
動けるようになっているとは言っても、また来週には投与がある。これを何回も繰り返すのは、正直に言って辛い。
僕は何となく、スマホを弄った。明日がゴールデンウィークの最終日、か。結局父さんを迎えに行くのと、明日病院に行くだけになっちゃったな。
ティロン、とスマホが鳴る。LINEの送り主を見た時、僕は跳ね起きた。
「DRAGON」……兄ちゃんだ。
「辰夫や。何とか動けてるみたいで何よりたい。金はまだ現金化せんでくれ」
どういうことだろう?「何言っとると??」ととりあえず返す。
「理由は聞かんでくれ。というより、現金化にはもう一つ手順がいるけん。そのパスワードはまた教える。
それはともかく、ナツの弟、来とったやろ」
……ナツ?誰だそれは。ただ、思い当たるのは1人しかいない。
「指原のこと?」
「そうたい。多分、あいつは俺に会いたがってるけん。でも、絶対に動くなと伝言してくれん?」
「何で??何で指原がお兄ちゃんに……」
あ。
ここまで書いて、やっと理由が分かった。母さんの、妙なリアクションの理由も。
指原は……多分、兄ちゃんの自殺した彼女の弟だ。ナツというのは、兄ちゃんの彼女……
僕は慌ててメッセージを消す。そうか、ひょっとして。
「指原は、敵討ちしようとしてる?」
すぐに返事が返ってきた。
「俺に協力したいと言い出すと思うけん。でも、それは絶対ダメっちゃ。
柳澤の手は、お前やお前の彼女、そして洋さんたちには回っとる。でも、ナツの弟まではカバーできとらんと。
俺の計画は、まだ半ばや。お前にも生きてもらいたいけん」
「計画?」
「それはまだ言えんと。勇人は、自分の身体を治すことに専念してくれっちゃ」
兄ちゃんに「今どこにいると?」と送ったけど、その日もそれに対する答えはなかった。
ただ、指原が今日僕の家に来た理由は……兄ちゃんに繋がる何かの手掛かりを探しに来たためだろう。
それは、僕が気付いていないだけなのだろうか?それとも……




