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100日後に死ぬ僕  作者: 変愚の人
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45日目

「これ、どこまで行動を監視されてるんですかね」


助手席の芙美が呟く。バックミラーを見るが、それらしき車はない。

あまり表立ってはやらないようにしているのだろうか。


「……どうだろうな。さすがに家の中まで覗き込んでいるということはなさそうだが」


ゴールデンウィークは、基本的に記者も休みだ。さすがに事件などで呼び出しがかかることはあるが、大手新聞社や通信社でもない限り休日返上、ということはあまりない。

細かい事件や事故は通信社に任せ、紙面も大阪で組んでもらう。ずっと気を張っていてはもたない仕事なのだ。


私はレンタカーを借り、芙美と宗像までドライブしている。「初めてのデートですね!」と随分気合を入れている彼女を見ると、擦り切れそうな心が癒される気がした。

芙美も決して不安でないわけではない。ただ、こういう時に能天気でいられるのは私にはない長所だと思う。

仕事も健康も、心ひとつで変わるものだ。私も見習わないとな。


「で、ドライブコースってどんな感じなんですか?」


「あまり考えてなかったが、宗像大社と道の駅には行こうかと思ってる。安い魚介類が沢山あるらしいな」


「へえ!お魚料理か、こっちのお魚って本当に美味しいんですよね……」


むむむ、と芙美が唸っている。今晩の食事でも考えているのだろうか。まるで小動物のようなその仕草に、私は思わず笑った。


国道はさすがに少々混んでいる。昼までに宗像大社に着ければいいのだが。


#


「ここが宗像大社ですかぁ」


荘厳な社が目の前に現れる。さすがに人出は多い。中国人と思わしき観光客が存外に目立つのには驚いた。


「ああ。何でも日本で最も国宝が多い神社なんだそうだ。これからちょっと見に行く沖ノ島からの出土品が多いらしい」


「沖ノ島って、世界遺産に登録されるとかそういう話のある所ですよね。女人禁制っていう」


「女人禁制どころか一般人は立ち入り禁止らしいな。海岸線から見るか、あるいは大島という離島まで行って見るかしかないらしい」


「離島ですかぁ。ちょっと見てみたいかも」


私はスマホで連絡船の時刻表を確認する。……大丈夫みたいだな。


「なら、少し行って見てみるか?電動バイクで大島を一周することもできるらしいぞ」


「わぁ!いいですねそれ!」


ぴょんと芙美が飛び跳ねた。気晴らしらしい気晴らしは、休日酒を飲むことくらいしかしてなかった。たまにはこういうのもいいかもしれない。


#


連絡船の待合室は観光客で一杯だった。沖ノ島といえば、日本でも有数のパワースポットだ。

大島にはそれほど色々あるわけではないらしいが、それでも少しでも沖ノ島に近付こうとしているのだろう。


出発時間までには少し間がある。お茶を買いに、私は少し席を立った。何ともなく待合室を見ると、どこかで見た顔がある。



……あれは。



髪型も雰囲気も違う。黒のスーツではなく、ラフなシャツとジーンズ。オールバックではなく髪は前に垂らされている。

しかし、あれは……柳澤だ。



尾行しているのだろうか?いや、それにしては少々妙だ。そもそも、宗像大社でそれらしき尾行者がいるのは確認済みだ。

だとしたら、これは全くの偶然なのだろうか。それとも、ただの人違い?


「どうしたんですか?」


「……いや、何でもない」


私は不思議に思いながら、彼の方をもう一度見た。私たちを気にする様子さえない。……勘違いだったのだろうか。


#


電動バイクは何とか借りられた。時速20kmも出ないが、ちょっとした散歩の気分は味わえる。

急な坂道にへばりつくようにして建てられた神社がいくつかある。ここもまた、沖ノ島と同じ「聖なる島」であるのだろう。


海岸線沿いに、広場のような場所がある。そこに私と芙美は電動バイクを停めて休憩することにした。


「気持ちいいですねぇ」


芙美のポニーテールが潮風に舞った。ふわり、と彼女の匂いがする。

私はさっき買ったお茶のペットボトルを彼女に手渡した。私はコーラを一気に半分くらい飲む。炭酸の刺激が心地いい。


「……そうだな。……あれは」


広場の先に墓地があるのに気付いた。そして、そこには……柳澤と思われる人物が、花を手向けていた。

そして帰ろうと踵を返したところで……私たちに気付いた。険しい、怒気をはらんだ表情でこちらに近付いてくる。


「……俺を尾行するとはどういうつもりだ!?」


「尾行したつもりはないです。本当に、ただの偶然です」


今にも殴り掛からんという勢いで、胸倉を掴まれた。さすがに冷や汗が一気に流れる。


「嘘を吐くなっ!!殺して沈めるぞ!??」


「……尾行していたと思うなら、あなたの部下に聞けばいいでしょう。本当に、ただの偶然です」


これは一種の賭けだった。柳澤がその気なら、すぐに私たちを消すことはできる。

ただ、尾行しているのが柳澤の部下なら、私たちが尾行などしていないことはすぐに証明できるはずだ。


数秒、柳澤の目が私を睨んだ。しばらくして、溜め息混じりに手を私から離す。


「……ここに俺がいたことは、誰にも言うな。言ったら本当に消す」


「……勿論です。あのお墓は」


「俺の家族の墓だ。……命日なんでな」


「ご両親の?」


チッと柳澤が舌打ちした。芙美は私の後ろに隠れて震えている。


「……連中なんて、家族と思ったことはねえ。……弟のだ」


「えっ」


柳澤が「うっかりしていたな」と目を瞑り、軽く首を振った。


「弟は18で死んだ。骨肉腫だ。もう10年になる」


「骨肉腫……癌、ですか」


「そういうことだ。俺はあいつが苦しんでいる間、何もできなかった。兄貴らしいことは、何も。

だから、これは俺なりの罪滅ぼしだ。……毎年ここに来ることは、な」



罪滅ぼし。……まさか。



私は柳澤がなぜ勇人を逃がしたのか、分かった気がした。

しかし、それを口にすることは躊躇われた。言った所で、柳澤は否定するだけだろう。



恐らく、柳澤は……辰夫にかつての自分を重ねている。



「……喋り過ぎたな。消えろ。俺は歩いて帰る」



私は芙美に目配せして、無言で電動バイクに跨った。このことは、しばらく自分の胸の内にしまっておこう。

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