44日目
「じゃあ、行ってくるよ」
「ちゃんと安静にしてっちゃ。ご飯は冷蔵庫に入ってるから。お味噌汁は温めてね」
「具合が悪くなったらすぐに連絡してくれ。飛んで帰るから」
父さんと母さんが心配そうに言う。2日間留守番、か。
旅行は僕の病気の件でキャンセルしようという話にもなったのだけど、僕の代わりに高杉さんが行けばちょうどいいのではと提案してそれで納まった。
せっかく前から予約していたのを無駄にさせたくはなかったし、毎年の恒例行事でもある。
姉ちゃんが結婚する以上、しばらくは家族旅行はないかもしれない。僕が我慢すればいい話だ。
……それに、無理をして最後の家族旅行にしたくもない。
僕の身体は、免疫が過剰に働きやすくなっている状態らしい。つまり、何か刺激があると僕の免疫システムが僕自身を攻撃してしまう可能性があると笹川教授は言っていた。
それを避けるためには、しばらくは学校も休んで自宅で安静にするのが一番いいそうだ。
退屈だけど、これは仕方ない。自宅から動かないから、ある意味非常に安全でもある。宮東会の連中が僕を襲うことは、多分ないだろう。
暇つぶしに折り紙の本を買って、色々作るのが日課になりつつあった。15センチ四方の正方形から、複雑な形ができるのは本当に不思議だ。
僕は時計を見た。……美里が来るまで、2時間か。
一応、お客を呼ぶことは止められてない。もちろん、エッチとかそういうのはできないだろうけど。第一、そんな体力はどこにもない。
それでも、もし僕に残された時間が少ないなら……少しでも同じ時間を、彼女と過ごしたかったのだ。
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「勇人、具合はどう?」
「うん、今日は結構気分がいいっちゃ。さ、上がって」
美里は心配そうに僕を見る。一応、ここ数日の中では体調はいい。入院中では少し息苦しいと感じたこともあったけど、今は大丈夫だ。
肺に転移しているかどうかは微妙な所だという。ただ、それでも薬が効いているのなら希望は持てる。
「おばさんたちは、確かいないんだっけ」
「うん。だからといって、そういうことをするほど元気じゃなかけん。ごめんな」
「それは分かってるっちゃ。一緒にいれるだけで十分。あ、これお見舞いの」
ケーキ屋のと思われる袋を美里が見せた。
「美里の誕生日なのに、ケーキを準備されるとは思わんかったなあ」
「うふふ。早速食べる?」
「そうやね。ちょっと待ってて」
僕はコーヒーメーカーにカプセルをセットした。ヴィーという音とともに、トポトポとカップに琥珀色の液体が注がれていく。
美里は落ち着かない様子で部屋を見渡していた。
「……ここで育ったんやね」
「うん。あ、ちょっと待って」
別の部屋から、小さな箱を持ってくる。それを開けた美里が、「わぁ……」と声をあげた。
「一応、誕生日プレゼントやけん。何か気の利いたものを買いたかったけど、そんな時間も金もなかったから。一応、手作り」
そこには折り紙で出来た色とりどりの薔薇の花がぎっしりと詰まっている。美里の目に、涙が浮かんだ。
「……あ、ありがとう……!!これ、作るの……大変じゃなかと?」
「うん。最初は1個作るのに数時間かかったけど……今は20分くらいでできるようになった。右手も普通に動くようになったし」
僕は右手の中指を見せた。まだ爪は生え切ってないけど、それでも痛みはほとんど薄れている。
「本当に、ありがとう……!大事にするね……」
「そう言ってもらって嬉しいっちゃ。さ、ケーキ食べよう?」
「うんっ」
涙を拭って美里が笑った。
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「美味しかったねぇ」
美里はザッハトルテの最後の一口を食べると、幸せそうに微笑んだ。
「そうだね。俺も今日は食欲あるみたい」
彼女は小さく頷くと、僕との距離を少し詰める。太腿の辺りに、彼女の手が置かれた。
「……そっちは、やっぱりダメ、だよね」
「うん。もう少し元気になってから、かな」
しゅんとなった美里を、僕はそっと抱き寄せた。
「大丈夫、すぐに元気になるけん。いくらでも、一緒にいれるっちゃ」
「……そうやね」
「……ここに来るまで、誰かに尾行されてなかった?」
「分からない。でもこの前みたいなことがあるから……ちょっと怖い」
美里は小さく震えている。僕は彼女の頭をそっと撫でた。
……内心の不安を悟られないように。
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僕らの生活は監視されている。それは昨日、改めて確信した。
結局、僕らは普通に家に帰ることができた。ただ、多分ずっと誰かに尾行されてたのだと思う。
柳澤の一派が、僕らを守っている。それは知っている。
ただ、彼らがいつ牙を剥くかは分からない。
あのUSBメモリ。その存在がもし知られたなら……
洋さんに概要を伝えたことは、正しかったのだろうか。ずっと一人で抱えていくべきだったのだろうか。
それは、今の僕にはよく分からない。
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美里に気付かれないよう、僕は小さく息を吐いた。
「気晴らしに、映画でも見る?」
「うんっ。じゃあ、これにしよっか」
美里が選んだのは、意外にもコメディだった。
……今は、頭を空っぽにしよう。それが現実逃避であっても。




