42日目
「……そうか。ありがとう、参考になった」
私は電話を切り、一息ついた。
勇人は辰夫から「金」を託されていた。USBメモリの中にあったのは、仮想通貨の口座番号。
勇人はそれを文字の羅列としか認識できていなかったが、辰夫からのメッセージからしてそれが戸倉家への「支援金」であるのは明白だった。
どの程度の額かはまだ分からない。ただ、久住美里への支援額からして、数千万円以上はあるだろうことは想像がついた。
そして、恐らく……勇人の病状を把握した上で、「予定より早く」その口座を開けることにしたのだろう。
「しかし分からんな」
「何がですか?」
シリアルのボウルを芙美が運んできた。もう危険は大分薄れたはずだが、まだ彼女は居残っている。
私は一通り説明した上で、スプーンを口に運んだ。
「フォルダが複数あった意味だ。勇人によれば、もらったパスワードで開かなかったフォルダは2つ。
つまり、まだそれを開ける時期ではないと辰夫が判断しているということになる」
「中身は何でしょうね」
「さあ……ただ、辰夫の手口は少し見えた」
「え?」
芙美か不思議そうに首を傾げる。
「仮想通貨の『盗掘』だ。仮想通貨はハッキングすることで盗むことができる。
それこそ100億円単位で盗まれた事例すらある。しかもその犯人は捕まってない」
「それと宮東会と、何か関係があるんですかね?」
「私はあると思う。仮想通貨はその匿名性が特徴の一つだ。
特に匿名性が高いものは、マネーロンダリングにも使われている。だから金融庁が規制に動いているという話もあるぐらいだ。
つまり、宮東会は自分たちの闇の資金を仮想通貨を使うことで『洗浄』していた。それを辰夫は、多分根こそぎ盗んだんじゃないか」
「……それって」
「そう、宮東会は金庫を丸ごと盗まれたようなものだ。3年前に辰夫が盗んだものが何かは知らない。ただ、多分最近になって、辰夫は宮東会の金を『盗掘』した」
そうだ。そう考えれば色々辻褄が合う。辰夫が巨額の金を渡せること、そして宮東会が必死になって彼を追っていること。
……辰夫関連の情報は、柳澤に上げることになっている。だが、ここまで教えるべきだろうか?
一昨日から彼ら「那珂川派」は「黒原派」から私たちを守ることになった。条件は、辰夫と勇人兄弟についての情報を、彼らに提供すること。
しかし、ここまで教えるべきなのか。……私はまだ、柳澤をそこまで信用できていない。
その時、スマホが鳴った。喜村刑事からだ。
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「失礼します」
頭を包帯でぐるぐる巻きにされた清原刑事が、窓の外を眺めていた。
芙美は別の仕事があり、見舞いには来れていない。部屋には私と彼2人だけだ。
「谷口記者か」
「ええ。……この度は、ご迷惑を」
「お前が謝ることはなか。地雷を踏んだのは俺っちゃ」
彼がたばこを吸うそぶりをみせた。もちろん、そこにたばこはない。それに気付いた彼が苦笑した。
「どうにも吸わんと落ち着けんな。随分長く寝てたから、ボケたっちゃ」
「地雷、とは。ハッカーに会いに行ったのでは」
「……そこまで気付いとったか」
清原刑事が静かに言う。
「ええ。大体の構図は見えてきました」
一通り説明すると、彼がにやりと笑う。
「さすが東京の大学を出とる奴はちゃうな」
「お世辞は結構ですよ。多分、あなたを襲ったのは」
「黒原派の鉄砲玉で間違いなかね。ただ、顔までは覚えとらん。記憶が飛んどるんよ。
ただ、そうなると……こいつは厄介っちゃ」
「といいますと?」
「那珂川と黒原の全面戦争になるたい。辰夫が持つ『金庫』を、どちらもほしがっとる。
今のところ、勇人を抱き込むことで那珂川がリードしてるたい。ただ、黒原は絶対にそれを許さん。
確実に、これは抗争になる。それは一般市民を巻き込むことにもなりかねない、危ない話っちゃ」
ごくり、と私は唾を飲み込んだ。……私の選択は誤っていたのか?
清原刑事がその様子に気付いたのか苦笑する。
「……遅かれ早かれ、こうなる運命だったと考えとき。俺らにできるのは、しっかり連中を捕まえ、抑え込むことっちゃ。ただ、それには問題の根本を解決せなあかん」
「根本……つまり、辰夫の確保」
「それと『金庫』たい。パスかかっとるんなら、暗号解読ができるハッカーを探せばいいはずっちゃ。ただ……」
清原刑事が言葉を濁した。
「どうしました?」
「そいつは黒原の監視下に置かれとる。手出しはかなり難しいと」
「その人に会いに行ったわけですね」
「……そう。その男の名は、柏木悠人」
清原刑事がおもむろに紙に住所を書いた。
「ここにいるはずたい。九州では知られた『黒の』ハッカーっちゃ。
何かの手段で接触できればいいけど、俺は無理たい。……多分、刑事も続けられん」
私ははっとした。そう言えば、彼はさっきからずっと左半身を動かしていない。
「多少、脳障害もあるかもしれん。休職は避けられんっちゃ。
喜村に後は任せるけん、大体の仕事は心配なか。ただこの案件については……お前の力が必要っちゃ」




