41日目
「ゴールデンウィーク中は基本安静、でしょうか」
「副作用との見合いですね。倦怠感や発疹程度ならいいですが、間質性肺炎となると命に直結します。
移動は極力車で。あまり遠出もしない方がいいでしょうね」
笹川教授が母さんに告げる。元々ゴールデンウィークの予定はそんなにない。
父さんが明後日帰ってくるけど、その後ちょっとした家族旅行をする程度だ。
本来であれば一緒に行くはずだったけど、この分だと僕は留守番かな。
「そうですか……分かりました」
「2週間後、また検査とオプジーボの投与になります。
最低4クールは続けて、それで様子を見ましょう。効き目があるようなら続行ですね」
「……ないようなら」
「別の方法を考えます。ヤーボイとの併用、別の抗がん剤など。ただ、そうならないことを祈ります」
身体は相当だるい。昨日の夜スマホがうるさかったけど、それを取る気力すらなかった。
それでも、少しずつマシにはなっている。今朝、やっとLINEのメッセージを見れた。
正直、あれをどう考えればいいのかはよく分からなかった。
美里は兄ちゃんについて訊きたがっていた。気付かれていたなら、ある程度話さなきゃいけない。
しかし、それ以上に驚いたのは……柳沢が美里を守った、ということだった。
美里のメッセージはかなり混乱した様子だった。もちろん、僕の体調が悪いのを知っているからか、「落ち着いたらでいいけん、連絡頂戴」とは書いてあったけど。
一体どういうことだろう?洋さんが話を付けてくれたのかな。それにしてもちょっと妙だ。
柳沢たち以外にも、僕らを狙う連中がいるということなのだろうか。
……分からない。ただ、一つ言えるのは……美里も巻き込まれてしまったということだった。
#
母さんが運転するタントは、都市高速から九州自動車道へと向かう。下り線はゴールデンウィークの観光客で混んでいるけど、上り線はそうでもない。
「具合はどうね」
「うん、ちょっと良くなったっちゃ」
ふと右手を見ると、赤いぽつぽつが甲の部分に出ていた。少しかゆい。
中指はようやく抜糸されて、ちょっと楽になったけど……このかゆみはかゆみでうざったいな。
ふと助手席のサイドミラーを見る。……黒塗りの車が、2台。
ぞくり、と嫌な予感がした。まさか、尾行されてるんじゃ。
スピードを上げてと口から出そうになったけど、すんでのところでやめた。
母さんに兄ちゃんのことを告げるには、まだ早すぎる。
それに、軽でセダンを振り切るなんて無茶だ。もちろん、スピード違反で捕まるかもしれない。
「どうしたんね」
「……何でもない」
黒塗りの車はつかず離れずの距離を保ったままだ。まさか、家までついてくるんじゃ……
#
その予感は半分当たっていた。小倉南ICを降り、O尾駅近くまではついて来ていた。
ただ、住宅街に入るとどこかに姿を消した。僕の家まで押しかけてくるのではと思っていただけに、ほっとした。
家に戻った僕は、自分の部屋のベッドに身体を横たえる。良くなったとはいえ、まだ多少は倦怠感がある。
でも、電話で話すくらいはできそうだった。美里の電話番号をタップする。
「もしもし!?勇人!?」
「……ああ、うん。LINE見たっちゃ。……大丈夫なん?」
「……怖かった。でも、どういうことなの?」
僕は兄ちゃんが洋さんに連絡してきたことを告げた。そして、洋さんが柳澤に連絡を取ったかもしれないことも。
「……じゃあ、昨日の眼鏡のヤクザは」
「多分柳澤だと思う。何て言ってた?」
「『俺は味方だ』って。あと、『普段通りの生活を続けてもいい』って」
「……どういうことだろう」
頭が混乱していた。僕を攫おうとした柳澤が味方?そして、美里を襲った奴らと柳澤は対立している?
そうなると、さっきまで僕らを尾行していた連中は誰なのだろう。柳澤の一派が、守っていたのだろうか。それとも……
考えても埒があきそうもない。洋さんなら何か知っているかもしれない。
「……とにかく美里は周りに気を付けて。俺はしばらく家やから、余程のことがない限り大丈夫やと思うけど」
「うん……ねえ、日曜日、私の誕生日やけど……どうしようか」
元気になってから仕切り直そうかとも思ったけど、それはいつになるか分からない。かと言って、この体調だとろくに外出もできない。
僕は机に置かれている折り紙の花束を見た。もう少しで完成するから、渡したいんだけどな。
……あ。
一応、土曜朝から父さんと母さんは家族旅行に出るのだけっけ。家に呼ぶことぐらいはできる、かな。
ただ、それが安全なのかは自信がない。なぜ柳澤が味方なのかも分からない。
「……ちょっと考えさせて」
「うん、分かった。無理せんでね」
「美里も気を付けて。じゃ」
電話を切って、天井を眺めた。……兄ちゃんが何を考えているのか、もう一度会って話を聞きたかった。
ティロン
LINEにメッセージが入った。……「DRAGON」?聞いたことがない。
メッセージの中身も奇妙なものだった。意味不明な文字の羅列。悪戯かな。
そう思った次の瞬間、僕の鼓動は一気に強くなった。
「辰夫や。この文字列、前に渡したUSBメモリに入れて。
予定より早いけど、まあええっちゃ。お金の心配はしなくていいけん」
僕は跳ね起きた。そして、引き出しにしまってあるUSBメモリを取り出す。
これがパスワードなのか?慎重に文字列を入力すると、数字が振られたいくつかのフォルダが出てきた。そのほとんどは、またパスワードがかかっている。
ただ、「1」とあるフォルダだけは見ることができた。そこにあったものは……




