40日目
明日が退院の日だっけ。
私は教室の窓の外を、ぼんやりと眺めていた。昨日勇人に具合を訊いたら、メッセージには「ちょっと怠いけど、大丈夫やけん」とあった。
……やっぱり、パパの時と似ている。
小さい時に見た、パパもそうだった。抗がん剤の副作用で顔色は子供でも分かるくらい悪かったのに、私の前ではいつも笑顔で「大丈夫、心配なか」って言ってたっけ。
最期の最期まで、パパはそういう人だった。自分が弱っていることを、悟られないようにしていた。
勇人は病気になる前から、パパと重なる所があった。ちょっと頼りなさそうな所、優しい所。そして、できるだけ私の前では弱いところを見せたがらないこと。
だから、癌かもしれないと泣いた時、私は彼を叱った。そんな勇人は、見たくなかったから。
でも、本当にそれで良かったんだろうか?
辛かったら、もっと泣いていいよと言うべきだったのかな。あんなことを言っておいて強がらず甘えてほしいというのは、ただの身勝手だ。それは分かってる。
……でも、私も怖いのだ。本当に具合が悪いなら、そう言って欲しい。
パパみたいに、弱音一つ吐かずに我慢するのがいいことなのだろうか。それは私には分からない。
それに……この前勇人を見舞いに行った時、明らかに彼は変だった。何かを言おうとしていた。
おばさんたちが来たから急に言うのをやめちゃったけど、あれは間違いなく何かある。
病気のこと?ううん、違う。きっとお兄さんのことだ。
でも、それが何かは分からない。喫茶店のこともそうだけど、勇人はこのことをずっと隠したがっている。
ある程度は話してくれていると思う。それでも、あれは全部じゃない。
「……さん。久住さん!?」
「ひゃいっ!!」
私は思わず跳ね起きた。先生に当てられていたのに気付かなかったらしい。周りの子たちがクスクスと笑っている。
……もう一度、ちゃんと話を聞こう。私は心に決めた。
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「……まだ読んでないんだ」
バイトが終わりスマホを見た。勇人に送ったメッセージは未読のままだ。
既読じゃない、ということは……多分具合がかなり良くないのだろう。
ファミレスのバイトが始まる前に、私は勇人に一昨日何を言いかけていたのかをLINEで送った。
お兄さんが「危ない人」であることは、私にも分かる。そんなことは今更隠すようなことじゃない。
だとしたら、勇人が告げようとして躊躇ったことって、何なのだろう?
肩のバッグを、もう一度しょい直した。辺りはかなり暗くなっている。バイト終わりは、いつもどっと疲れる。
バイトはしなくていいと母さんに言われたけど、そうも言っていられない。何より、あのお金はきれいなお金じゃない。ちゃんと働いておかないと。
……カツ
背後から靴の音がする。そういえば、バイト先のファミレスを出てからずっとだ。
小倉駅行きのバス停まではもうちょっとある。なんだか気味が悪い。
私は少し早足になった。
……カツ、カツ、カツ
……私の歩くペースに合わせている?振り返るけど、そこには誰もいない。気のせいかな。
バス停が見えてきた。停留所には、黒いバンが停まっている。……何かが変だ。
その時だ。
バンの後ろのドアから、男が2人降りてきた。そして、私の方へとゆっくり歩いてくる。
……まさか。
「きゃあああああああ!!!!」
私はとっさに振り向いて走った。逃げなきゃ!!でも、どこに!!?
そして、走り始めてすぐに、私は大きな間違いを犯していたことに気付く。
……ひょっとして、尾行されていた!!?
だとしたら、これは自分から捕まえられに行くようなものだ。どうしよう!?
すぐに男2人とすれ違うのが分かった。
次の瞬間。
「うがあっっ!!?」
ベキッ、という音がここからも聞こえてきた。私とすれ違った男たちが、バンの男たちを蹴り飛ばしたのだ。
そして、急に腕を掴まれる。そこには、見るからに怖そうな黒いスーツの若い男性がいた。
「……こっちに乗れや」
「え??」
「大丈夫、『俺らは』何もせんけん」
引っ張られるまま行くと、今度は白いバンが停まっている。その後部座席に押し込まれた。
恐怖と混乱で足が震える。一体ここはどこなんだろう?
「久住美里だな」
「……え」
私の向かいに、黒縁の眼鏡の男がいた。頭はオールバックに撫でつけられている。この人は、一体……
「心配するな。私は君の味方だ」
「……どういうことですか」
「理由は聞かなくていい。君の家を教えてくれ。そこまで確実に送っていく」




