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100日後に死ぬ僕  作者: 変愚の人
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39日目

重々しい木の扉を開ける。チリン、という音とともに茶色の世界が広がった。

レンガの壁にランプ。そして年季を感じさせるカウンター。マスターが無言でグラスを拭いている。



そして、その奥には眼鏡の男が一人でいた。……本当にいるとは。



「柳澤さんですか」


男がチラリと私と芙美を見た。


「よもや女連れとはな。その女も戸倉の代理人とでも言うのか」


「いえ。ただ、独りでいさせることが怖かったので」


柳澤がククっと笑う。


「余程怖がられているな。まあ、黒原なら自宅にいても浚って犯して埋めるぐらいはしかねないが。

俺は無関係の堅気には手を出さない。女もだ。まあ、その女は既に色々知っているようだから、その対象ではないが」


芙美の顔色が青ざめるのが分かった。私は恐怖を押し殺しながら座る。


「注文は」


「ギムレットを。宮崎は」


「あ……ジュースで、いいです」


本当に柳澤とサシ……ではないが少人数で話せるとは。こんなに話が進むとは、正直に言って望外だった。


#


柳澤に連絡するかは、本当にギリギリまで悩んだ。だが、このまま動かないままでいてはいつかは狙われる。選択肢はない、と結論付けたのが昨日の夜だ。


問題は、どうやって彼と話すか。その答えは、全く出ないままだった。


「相変わらずしけた顔してんなあ、谷口」


出社するなり、深沢支局長がチューハイの缶を片手にガハハと笑う。……こちらの気も知らないで。

相変わらず暢気な彼に嫌みでも言おうと思ったがやめた。それこそ彼に言ったところで話にならない。


「……支局長には関係のないことです」


「NTVの宮崎とかいう若手と付き合い始めたんだって?」


ハッとなって彼の方を向いた。そこまで知られていたのか?


「……付き合っているわけでは。そもそも、どうしてそこまで」


言われてみれば、深沢支局長は早くから芙美との関係に気付いていた節がある。しかし、日中に彼女といる所はあまり見られてはいないはずだ。


支局長のニヤニヤ顔が消え、急に真顔になる。


「んなの少し調べりゃ分かる。他社の記者と付き合うなとは言わねえ。だが、問題はそこに至るまでのプロセスだ。

お前が宮東会のヤマに足を突っ込んでいるのは知ってんだよ。

んで、お前が危ないだとか費用対効果が悪いだとかで止まる人間じゃない、ってのも東京の連中から聞いて知っている。

ただ、このままいきゃ良くて大怪我だ。お前だけならいいが、他社さんの若い子まで巻き込むのはまかりならねえ」


「しかしっ!!」


「まあ、もう手遅れなんだろ?ひき逃げで意識不明になっている清原刑事とお前らが一緒にいたって話は、俺も聞いてる」


「……どこでそんな話を」


支局長がマルボロを取り出し、火を付けた。


「取材源の秘匿、というヤツだ。俺もこっちに来てただ酒を飲んでたわけじゃねえ。然るべき人脈を作ってきた」


そう言うと、一枚の名刺を私に差しだした。


「何かあるなら、ここに行け」


名刺には「BAR XYZ」とある。


「これはどういう……?」


「俺が知る中で、K市でも最も安全な場所の一つだ。俺から言えるのは、そのくらいだな」


#


深沢支局長は「取材だ」と言ってすぐに出て行った。一人残された私は、その名刺をじっと見る。

支局長はいい加減な人間だが、嘘はつかない。意外と原稿は上手いし、締め切りにも余裕で間に合わせる。

普段の態度がなければ、ある意味で理想的な記者であるとも言える。


その彼が、自信を持って「安全な場所だ」と言い切った。つまり、宮東会が手出しできない誰かの庇護にあるということだ。つまり……



……そういうことなのか?



私ははっとなった。深沢支局長は、宮東会と私がトラブルに陥ったか、陥りそうだとみている。

その解決の場として、この場所を紹介した。万一何かがあっても、大丈夫なように。



とすると、柳澤も……この店の存在を知っている可能性が高い。



私は柳澤の電話番号をタップした。


「もしもし」


「誰だ」


「戸倉辰夫の代理人です」


「…………」


沈黙が流れる。私は重圧に負けまいと、口を動かした。


「今後のことについて話があります。今夜『XYZ』に来ていただくことはできますか」


「……どこでその店を」


「それは言えません。ただ、私からはあくまで、ご相談とだけ」


「……いいだろう。言うまでもないが、丸腰で来い。刑事も何もなしだ。

もし破った場合、店外に出た瞬間にお前の命はないと知れ」


「……無論です」


「なら21時に待っている」


思いのほかあっさりと了承された。余程特殊な店なのだろうか。

しかし、これで第一段階はクリアした。問題は、ここからだ。


#


「まず訊こう。貴様は誰だ」


私は名刺を渡す。瞬時に柳澤の顔が険しくなった。


「……ブン屋、だと??」


「ええ。ただ、それ以前に私は……戸倉辰夫と勇人の従兄弟です」


柳澤が名刺をじっと見ている。何かを考えているようだった。


「……なるほどな。代理人というのも、あながち嘘ではない、か。要求は」


「先にこちらがそちらに提供できる情報から。いいですか」


「勝手にしろ」


「辰夫の情報、及び勇人の病状についての情報は適宜伝える。そして勇人の治療にめどが立ち始めたら、戸倉辰夫は投降する」


「……何だと!?」


ギロリ、と柳澤の目が私に向いた。隣にいる芙美が、私の袖をぎゅっと掴むのを感じる。


「どういうことだ」


「辰夫から言われた通りです。そして、辰夫とあなたの連絡は、私が仲介する。辰夫は投降時、彼の持っている全財産を渡すとも」


「……見返りは」


「勇人、及び私と彼女に手を出さないこと。勿論、その他の無関係の誰にもです。

そして、その間黒原派から私たちを守ること」


「…………」


柳澤が、マティーニと思われるグラスを一気に飲み干した。そして「ドライマティーニ」とマスターに告げる。


「……果実を独占させ、自分の命と引き換えに弟たちを守れ、か。戸倉のヤツ、どこでそんな知恵を……。

そして、俺のことをどこまで知っている……?」


柳澤は出されたマティーニを半分ほど飲んだ。


「……時間をくれ」


「え」


「考える時間が欲しい。叔父貴にも話を通さねえといけない。……にしても、ここを選んだのはお前か」


「いえ……違いますが」


「なら伝えてくれ。大親父の遺した店を知っているとは、いい趣味だなと。

そしてすぐに出ていけ。身の安全は保障する」


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