33日目
「浮かねえ顔だな、谷口」
深沢支局長がチューハイの缶をあおって言った。
「ええ、まあ。私事で」
「恋愛か?てかNTVの若手とよく一緒にいるらしいが」
「……そういうのじゃないです」
私は小さく溜め息をついた。昨日の夜、勇人から受け取った電話がどうしても頭から離れなかった。
柳澤隆光。表向きは芸能プロダクション社長だが、実質はソープのオーナー。
そして宮東会若頭補佐でもある。まだ40そこそこだが、東京の大学を出たやり手であるらしい。
勿論、宮東会ではそれなりに重いポジションの人間だ。そんな男が、勇人に接触したのは決していい知らせではない。
しかし、不可解な点もあった。恐らく、柳澤はいざとなれば勇人を藤木同様消すつもりであったのだろう。
人気のない山林に行ったというから、その可能性はかなり高い。
にもかかわらず、勇人は解放された。それも、ほとんど勇人から情報を聞き出すこともなく。
もちろん、勇人が私に本当のことを伝えていないのかもしれない。しかし、勇人は嘘をつけるような人間ではない。少なくとも、嘘をつくのが上手くはない。
そうなると、柳澤ほどの男が手ぶらで帰ったことになる。明らかにおかしい。
清原刑事にメッセージを入れたが、連絡はない。胸騒ぎがした。
ジー、ジジーッ
ファックスが支局に流れてきている。警察からの事故・事件はこうやってファックスでマスコミに届くのが習わしだ。
私はそれを手に取る。……表情が凍り付くのが分かった。
「4月22日 午前7時21分 K市小倉北区××でひき逃げ事故
被害者はK市小倉警察署の清原義純警部(51)、容疑者は逃亡」
ブーッ、ブーッ
スマホが鳴る。見たこともない番号だったが、とっさに取った。
「もしもし」
「小倉警察署の喜村です。少しお話よろしいでしょうか」
「……清原警部の件ですか?」
「ええ。今ファックスを投げた所です。ご覧になられましたか」
「……はい。容態は」
一拍の間を置いて、喜村刑事が重たい口調で話す。
「……率直に言ってよくないです。意識不明、S病院に運ばれてます。
確か、清原さんとはよくお会いになられていたとか。少し署で、お話できませんか」
身体中の汗が噴き出す。月曜に何の連絡もなかったので引っかかってはいた。
しかし、こんなことになるとは……。一体、あの後清原刑事は誰と会っていたのだろう。
そして、一つ確信したことがある。
このヤマは、明らかに危ない。それも、想像よりずっと。
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「……そういうことですか」
「ええ、何か心当たりは」
私は日曜のことを喜村刑事に話した上で質問した。
清原刑事が私たちと別れた後に会っていた人物。それが鍵を握るのは明白だったからだ。
喜村刑事は静かに首を振る。
「いえ。清さんは宮東会穏健派に人脈を持ってましたが、基本的にそれを明かすことはなかったです。
マル暴の連中ですら知らないことまで知ってましたが……」
「やはり、やったのは宮東会」
「恐らく。車の特定を進めてますが、宮東会ならどうせ盗難車でしょう。どこかの山に捨てられているのが落ちです。
それにしても、いくら過激な宮東会とはいえ、警察にまで手を出すことはほとんどなかった。……これは、宣戦布告です」
わなわなと喜村刑事が震える。怒りを必死にこらえているようだった。
「私が知っているのは、これで全てです。隠し事はありません」
「……助かります。戸倉辰夫が全ての鍵を握っているのは疑いありません。
そして、戸倉勇人君。柳澤が接触して、見逃したというのはかなり引っかかります」
「同感です。……彼に、もう少し話を聞いてみます」
勇人は明日から入院のはずだ。週末には何とか会えるだろうか。
「そうしてください。こちらも、全力で捜査しますので。
……それと、あなたも身辺には気を付けた方がいい。移動は全てタクシーで行うことをお勧めします」
「……心得ました」
私は芙美のことを思った。私はいい。辰夫の身内である以上、ある程度の覚悟はしていた。しかし、彼女は……
一刻も早く彼女に電話しないと。掌が汗で湿るのが分かった。




