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100日後に死ぬ僕  作者: 変愚の人
34/125

32日目

「……よしっと」


信号待ちの僕は右手の中指を見た。まだ糸で縫われているから違和感はあるけど、痛みはかなり引いた。

こうやって原チャを運転していても、もう大分問題はない。


さすがにすぐには無理だけど、抜糸が済んで抗がん剤治療が一服すれば、とりあえず部活にも戻れるはずだ。

勿論、試合に出たりは当分無理だろうけど、「春高」の県予選が始まる秋までには何とかなるかな。


T畑高校から自宅のあるO尾方面に向けて原チャを走らせる。……背中の辺りに圧を感じた。



「……え」



黒塗りのシーマだ。見た瞬間、これが堅気のものでないのが分かった。

煽られてる?いや、そんな運転はしていない。とすると、これは……



僕の背中に、冷たいものが一気に流れた。



逃げる?いや、原チャの速度で逃げ切るなんて絶対に不可能だ。そもそも、仮に逃げ切れたとしても今度は家にやってくるに違いない。

手段を選ばないことでは全国的にも定評がある宮東会だ。そんなことになったら母さん、引いては巴姉ちゃんたちにも被害が及ぶ。


僕はチラリとバックミラーを見た。運転席の人物の表情までは分からないけど、僕を事故らせようとする意図はなさそうだ。

国道沿いのコンビニの駐車場に入る。シーマがそれについてきた。


緊張で心臓の鼓動が高まる。その場に座り込んでしまいたくなるほど、僕は恐怖を覚え始めていた。


そして、シーマの後部座席から眼鏡をかけた男性が出てきた。

30代から40代ぐらい。身長は僕より少し低いぐらいで細身だけど、筋肉がしっかりついているのは見ただけで分かった。

ヤクザらしい見るからに粗暴な感じはないけど、眼鏡の奥の目はナイフのように尖っていて、それがとても威圧的だ。


「戸倉勇人君、だね」


「……はい」


「怖がらなくていい。私は君の味方だ」


標準語?……しかし、もちろんこの言葉は真に受けられない。僕はその場に固まっていた。


「……少し、話をしよう。後部座席に乗ってくれ。用が済んだらすぐに返す」


僕はよろめきながら彼の後をついていった。……殺される。藤木先輩のことが、頭に浮かんで視界が滲んだ。


「泣く必要はない。おい、田袋。例の場所へ」


「はい」


僕の原チャを置いて、シーマはゆっくりと走り出す。


「……兄ちゃんのこと、ですか」


「そうだ。君が知っていることを正直に話してくれ。そうすれば、何もしない」


話さなかったら殺すんだろう?口まで出かかったけど、それを言うことは自分の死を意味しているように思えてやめた。


「藤木先輩に話した通りです。東に行くとしか」


「それだけではないだろう。どこだ」


「……中部です」


もう、全てを黙っているわけにはいかない。僕は震えながら打ち明けた。


眼鏡の男が舌打ちする。


「砂川組か……いよいよまずいな。手土産を用意している、となると……」


男の目が僕に突き刺さる。僕はつい「ひっ」と声を上げてしまった。


「本当にそれだけか。渡されたものは」


「……ありません」


「……本当か」


男の顔が近付いてきた。……嘘を見破られている!

僕は思わず目をつぶった。これ以上は耐えられない……



ごめん、兄ちゃん。本当にごめん。



その時だ。



「あ……ああ……げふっ。げふげふっ!!」



胸の奥に、酷く気持ちが悪いものを感じた。それは気管から強烈な痛みとなって吐き出される。



……苦しい。まるで、溺れているみたいだ。



男の顔が歪む。でも、咳はまるで止まってくれない。


「げふげふっ、げーっふげふげふっ!!!ひゅーっ、げふげふげふ……」


「風邪か。喘息持ちなのか」


「ちがっ、げふげふっ!!違うんで、げーふげふ!!!」


3分ほど咳が続き、それはようやく収まった。……こんなに苦しいのは初めてだ。



そして、それが一体何かに思いが及んだ時……僕は絶望した。



……肺転移??



「ううっ、うううっ!!!うわああああああ!!!!」



「泣くな」


ぐいっと胸倉を掴まれる。目には明らかに怒りの色があった。


「違うんです、これは違うんです!!」


「何が違うんだ!!正直に言わなければ埋めるだけだぞ!!?」


「……本当に違うんです……俺、癌なんです」


「……は?」


男が掴む手が緩んだ。


「本当です、調べてもらえばすぐ分かります……九大病院にも通ってます。

どのぐらい悪いか、知らんとです。でも……もう先がないかもしれんと、今思って……」


男がじっと僕の目を見る。そして不意に溜め息をついた。


「……田袋、車を適当な所に停めろ」


「え、でも兄貴っ」


「いいから停めろ。予定変更だ。こいつは、嘘を言ってない」


「……分かりました」


シーマが空き地に停まった。周囲が結構な山の中なのに、今更気付いた。


「俺もこの稼業は長い。嘘を見抜くか見抜けないかは、命に直結する。

お前の言うことは本当のようだな」


男の目が柔らかくなっている。僕はそれを不思議に思った。


「……はい。明後日、検査結果が。その後……入院すると思います」


「何の癌だ。肺か」


「……分かりません。でも、メラノーマって」


「そうか……」


男は懐からアイコスを取り出すと、一息吸った。そして、窓を開けると白煙を外に吐き出す。


「お前の命、俺が預かる」


「え??」


「辰夫がお前に何かを残したのは間違いない。だが、病人を手に掛けるほど、俺も堕ちちゃいない」


「ちょっと待って下さいよ兄貴!?藤木みたいになりたいんすか??」


「田袋、俺を信じろ。親父には適当に言っておく。

弱り切った者をいびって無理矢理吐かせるのは、俺の主義じゃない」


「でもっ」


「でももこうでもねえっ!!てめえが埋められたいのかぁ!?ああんっ!!?」


運転席の男が震えあがったのが分かった。眼鏡の男が、またこちらを向く。


「すまねえな。ヤクザといっても、筋を通さねえといけない。

……弟、か。因果なものだな」


「どういう……」


「お前には関係のないことだ。田袋、戻るぞ」


シーマはもと来た道を戻り始めた。車内は重い沈黙で包まれている。


それを破ったのは、眼鏡の男だった。


「その咳、いつからだ」


「……今日、初めてです」


「そうか。……なら間に合うだろう。治ったら、全て吐け。これが俺の連絡先だ」


名刺入れから取り出された紙には、「K-PRODUCTION 社長 柳澤隆光」とあった。


「治りそうなら一報くれ。黙ってても無駄だから、そのつもりでいろ」


僕を元のコンビニに残すと、薄暗くなった道をシーマが走り去っていった。

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