29日目
「美里!」
いつものK崎駅のロータリーに着くと、原チャに乗った勇人が手を振っているのが見えた。
表情はいつも通り明るいのだけど、何かが違う。……何だろう。
「勇人!身体は大丈夫なん?」
「うん、平気っちゃ。ちょっと脇が痛むけど」
「脇?」
「脇の下のリンパ節ってのを少し取ったん。そういう検査なんやって」
努めてさらっと言っているけど、私はギクリとした。
……パパの時と似てる……
パパが死んだのは私が8歳の時だ。あの時のことはそんなにはっきりとは覚えてないけど、「リンパ節に転移した」という単語は覚えている。
そして、それから病状が悪化するのは早かった。すぐに肺に転移して、死んじゃうまでは2カ月も経たなかったと思う。
勇人とパパが、一瞬重なって見えた。
「……ホントに、大丈夫なんよね??」
「……うん。大丈夫っちゃ。いい薬もあるらしいし」
勇人が一瞬だけ言葉を濁すのが分かった。……きっと、病状はそんなに良くない。
でも、ここで私が暗くなったら勇人は前を向けない。私は何とか頑張って笑った。
「そっか。じゃあ、今日はどうすると?」
うーん、と勇人が唸った。
「じゃあ、たまにはまったり過ごそか。いい所があるたい」
#
着いたのはO尾駅のすぐ近くだった。……喫茶店っぽい感じだ。
でも店に明かりがついている気配はない。お休みなのかな。
その答えはすぐに分かった。
「一身上の都合に付き閉店します」
勇人の表情が強張ったのが、すぐに分かった。
「……え?」
「勇人、どうしたん?」
「いや、その……何でもなか」
何でもないわけがない。自分の体調のことすら笑顔で隠そうとしていた勇人が、明らかに困惑している。
ただ事じゃないのは間違いない。でも、たかが喫茶店の閉店で?
「……勇人、本当にどうしたん??そんなに動揺するほどの……」
「何でもなかと言っとろうもんっ!!!」
勇人の叫びに、私は思わず固まった。思わず涙が溢れそうになる。
「……勇人」
「すまんっちゃ。忘れて」
「そんなこと言わないでよ……自分の身体のことも教えてくれたのに……何で隠すん……」
勇人が一瞬上を向いた。そして、何かを振り払うようにブンブンと頭を振る。
「……どうしても、言えんことはあると。ごめん、今日は帰ってくれっちゃ」
「何で??そんなに言えないことな……」
ガバッ
急に勇人が抱き締めてきた。……身体が震えている?
「ごめん……美里のためっちゃ。頼む」
「……え?」
「いつか言う日が来るかもしれんけん。でも、今はごめん。危険なことになるかもしれんから」
「……勇人?」
勇人は無言で私にヘルメットをかぶせた。
「K崎駅まで送るから。この話は、聞かなかったことにして」
#
「……ただいま」
「美里、今日は早かったっちゃね」
ママが居間から振り返った。風呂上りなのか、頭にタオルを巻いている。
「……うん」
「勇人君と何かあったと?喧嘩?」
「違うっちゃ。……ご飯いらんから、そっとしておいて」
ベッドにそのまま倒れ込む。……あんなに血相を変えるなんて、一体何だろう?
身体のこと?でも、それと喫茶店が全く結びつかない。勇人の体調はそこまでよくはなさそうだったけど、でもきっとあれはそんなことじゃない。
……危険なこと?何かあったんだろうか。
勇人に変な先輩が付きまとっていたのは知っていた。でも、勇人自身はヤンキーでもなんでもない。普通の高校生だ。
だとしたら、何であんなに……
トントン、と襖を叩く音がした。
「美里、ちょっといい?」
「あとにして」
「すぐ終わるんよ。ママ、仕事辞めることにしたん」
私は思わず跳ね起きた。
「はあっ!!?」
「もう仕事、しばらくしなくても大丈夫になったんよ。美里もバイト、辞めてええよ」
「ちょっと、お金はどうするん??うち貧乏なんよ??」
襖を開けると、今まで見たことのないようなニコニコ顔でママが答えた。
「その心配はもうないとよ。ある人のおかげで3000万はあるから」
「……え」
3000万??一体何なの???
「ちょっとどういうことなんっ!!?」
「詳しくは知らんと。でも、3週間ぐらい前に私にメールがあって。
勇人君のお兄さんからやって。怪しいとは思っとったけど言われた通りしたら、今日口座に振り込まれてたんよ。
絶対口外しないようにってことやったけど、あんたにならええよね」
勇人のお兄さん??いることは知ってたけど……何でうちに??
勇人はこれを知ってるのだろうか。私は急いでスマホを手に取った。




