27日目
「随分長く待つっちゃね」
母さんが落ち着かない様子で言った。待合室に入ってから、もう2時間近くが経とうとしている。
「大学病院ってそういうものらしいんよ。もうそろそろやき」
「何で近くの総合病院にせんかったの」
「洋さんの教えてくれた病院の先生が、ここがいいって」
「……そこまで重い病気なん?たかが爪のできものたい?」
言葉とは裏腹に、母さんの表情は暗い。努めていつも通り明るく振舞おうとしているけど、やっぱり「入院が必要かも」という言葉は重かったようだ。
「……多分。何にせよ、ちゃんと治ると思うっちゃ」
「……ならいいんやけど」
ピンポーン、という音とともに「戸倉勇人さん、戸倉勇人さん、3番処置室までお越しください」というアナウンスが流れた。やっとのようだ。
ドアをゆっくりと開けると、笹川教授が静かに「どうぞ」と座るよう促した。
「どうも、戸倉勇人の母です。……どうなんですか、結果は」
「正直に、かつ率直に言いましょう。勇人君には既にその可能性を伝えていますが、やはりメラノーマでした」
「めらのーま?」
「ええ、皮膚癌の一種です。最低でもステージ2。それ以上かどうかは、これからの検査で判断します」
母さんの顔が真っ青になった。
「……癌??ねえ、今癌って言ったと??」
手がわなわなと震えている。母さんの口が、ひきつるのが見てすぐに分かった。
「……勇人君、その可能性は伝えなかったのか」
「ねえ、嘘だって言ってっちゃ!!勇人はまだ17なんよ!!?まだ、まだこれからなんよ!!?
先生、死なんよね?勇人、死なんよね??」
母さんは目から涙をボロボロこぼしながら、笹川教授に詰め寄ろうとした。僕は間に入ってそれを止める。
「……母さん、悪かったっちゃ。不安がらせたくないから、あえてぼかしとった。
俺は、覚悟できてるっち。美里にももう伝えたし、そんな動揺してないけん。気持ちは前向きたい」
「……勇人」
まだ震えている母さんを座らせ、僕は笹川教授の方を向いた。
「詳しい話を聞かせてください」
「分かった。ステージは癌の深さで決まる。君の場合は4.2mm。
痛みがあるという点からしてもしやと思ったが潰瘍もあった。ステージ2Cで、どちらにしろ抗がん剤投与は必須だ。
問題は、リンパ節への転移があるか。これで予後は劇的に違う」
「転移……ですか」
「そうだ。メラノーマの厄介な点は、毛細血管からリンパ節へ簡単に転移するという点にある。
そして、リンパ節から他臓器にも転移しやすい。進行が凄まじく早いのが、このメラノーマという癌の特徴だ」
母さんがガタガタ震えている。僕は彼女の手に自分のそれを置き、「大丈夫やから」とつぶやいた。
「……続けてください」
「……強いな、君は。じゃあ、続けさせてもらおう。
2C以上ということで、今日と明日精密検査をする。結果が出るのは来週水曜日。それまでは、普通の生活をしていい。
結果次第だが、これからの方針を改めて説明させてもらう。納得してもらった上で、1週間程度の入院生活になるな。
QOLとの見合いにもなるが、高額な薬を使うかもしれない。『オプジーボ』、聞いたことは」
「ノーベル賞を取った人の薬、ですか」
「そうだ。1回の投与で2週間もつから、入院期間を劇的に減らせる。
ただ、効くとは限らない。だから、私たちはオプジーボとヤーボイという別の薬を併用することを推薦している。確率を上げるためだ」
「……それで治るんですか?」
笹川教授は一瞬、間を置いた。
「私は神様じゃないから、断言はできない。ただ、ステージ3、リンパ節の転移までならこれで高確率で治る」
「ステージ4なら?」
「ステージ4は全身転移の状態だ。……そうでないことを祈る。メラノーマは、脳や肺に転移しやすい。つまり、そうなると余命宣告という話にもなってくる。
ただ、君の場合全身症状は出ていないようだ。頭が痛いとか、咳が出るとか、そういうのは?」
僕は無言で首を振った。
「そうか。とにかく、ステージ3までなら何とかなる。そこは信頼してくれていい」
笹川教授が、母さんの方を向いて微笑んだ。
「お母さんも、今は動揺されてますが、今の医学は想像以上に進んでいます。
ノーベル賞を取るほどの薬です。経済的に多少の負担はかかるでしょうが、保険対象なので何とかなります」
「……本当ですか」
「はい。とりあえず、今日と明日、CTやリンパ節の生検をします。
結果は後日お伝えしますので、今日お母様はお帰りになられても結構です。
不安なら、こちらにお泊りになられてもいいですが」
僕は「大丈夫っちゃ」と言ったけど、母さんは首を振った。
「分かりました、明日、迎えに来ます」




