23日目
「……いつっ」
左手と右手の4本の指を使って、正方形の紙を折り畳む。まだ中指は痛むけど、多少はスムーズに折れるようになった。
「あんたも好きねぇ。洋君が来ないなら、勉強すればよかろうもん」
「それはもうやったっちゃ。それに、これはこれで意味があるたい」
テーブルの上には折り紙の薔薇の花が5個ほど転がっている。せめてあと10個はほしい。
「何のために作っとるん」
「美里の誕生日近いやろ?そのためっちゃ」
「折り紙?……ひょっとして」
「そ。折り紙の薔薇の花っちゃ。箱に詰め合わせるつもり」
「へえ、手作りのプレゼント!勇人にしちゃ、気が利くじゃない」
「そんなに金もないし。このぐらいしか、思い付かなかったと」
ハハ、と僕は照れ笑いした。美里の誕生日は4月27日だからまだ少し先なんだけど、自分の身体のことを考えたら早めに着手しておきたかった。
しかし、目が疲れるな。1個作るのに30分以上はまだかかる。指がちゃんと使えればもっと早くできるのだろうけど。
大きく伸びをした。ちょっと気分転換にしよう。
「ちょっと散歩しに行っていいと?」
「いいけど、どこまでっちゃ」
「O尾の駅ぐらいまで。30分ぐらいで戻る」
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桜並木はもう半分ぐらい緑になっている。もう見頃は終わったけど、桜吹雪の中を歩くのは結構いい気分だ。
今日は昨日までの怠さも少し薄れている。気分を一新できそうだった。
ふと、昨日のことを思い出した。兄ちゃんがあそこまで大変なことになっているとは思わなかった。
洋さんも随分心配そうだったけど……そこまで兄ちゃんが追われなきゃいけない理由って、何だろう?
そもそも、兄ちゃんを捕まえるのに失敗したからといって、藤木先輩が殺されるのは明らかにおかしい。彼に同情するわけじゃないけど、何かが変だ。
そもそも、兄ちゃんは何のために僕に会ったのだろう。僕の病気のことなんて、兄ちゃんが知るわけがない。少し勘は鋭い方だけど、それだけで危険を犯して僕に会う理由なんてないはずだ。
洋さんも言ってたけど、何か意味はあったはずだ。それは一体何だろう?
足は思わず、兄ちゃんと会った純喫茶「ライムライト」に向かっていた。
お金は、一応持ってきている。帰りは少し遅くなるだろうけど、コーヒー一杯くらいなら大丈夫だ。
チリンチリン
やはり店には誰もいない。こんなのでよく潰れないな。
頭の禿げ上がったマスターは僕を一瞥するだけだ。兄ちゃんと会った時の席に座ると、彼がメニューを持ってきた。
そしてポツリと言ったのだ。
「……後ろの植木鉢の中」
「え?」
それ以上は何も言うことなく、マスターが去っていった。
僕は振り向くと、言われた通り植木鉢の中を見た。何かが入っている。
「……これは」
細長い何かがそこにあった。蓋のようなものもある。USBメモリ……?
僕は手を挙げてマスターを呼んだ。
「注文は」
「これ、一体……」
「知らん。俺の知ることじゃない。ただ、辰夫からはそれは君に託すと」
「え?」
「ただ、これを持っていることを人に言うな。警察にも、昨日会った記者にも。
お前の兄貴のように、一生追われる立場になりたくなければ。で、注文は」
ゴクリ、と僕は唾を飲み込んだ。……やはり、ここに兄ちゃんが来た意味はあったんだ。
そして、このマスターは……堅気じゃない。痛みとは違うものから来る脂汗が、全身から噴き出す。
「……注文は?これをこのままここに置いておくことは限界なのでね。
これが何かは分からないが、いつ爆発するか分からない『時限爆弾』であるのだけは分かる」
「そんなものを僕に託すんですか」
「君ならと辰夫が思ったからなんだろう。あの男は、ああ見えて信頼に足る」
「兄ちゃんとは、知り合いなんですか」
「……しゃべり過ぎたな。これ以上は言わない。注文を」
僕はUBSメモリを見た。兄ちゃんは、この3年で一体何をしてきたのだろう?
「……ホットコーヒーを」
そう言うと、マスターは小さく頷いて去って行った。




