14日目
「……こりゃ厄介な土地だな」
私は缶コーヒーの蓋を明け呟いた。暖かくなってきたとはいえ、まだ朝の空気は冷たい。
かじかんだ手を暖めるのに、ホットの缶コーヒーはありがたい代物だ。
着任して早々に、殺しの案件に当たるとは思わなかった。それも、宮東会準構成員の殺しだ。
死因は射殺。K市からやや離れた宮若市の竹林で仏は見付かった。
深沢支局長は「宮東会案件は深入りするな」と言っていたが、殺しはそうもいかない。
福岡県警には西部支社の人間が行っている。私は地元の担当刑事の朝回りだ。
そろそろかと思った時、マンションから古いコートを羽織った中年男が出てきた。宮東会に強いという清原警部だ。
「……あんたは」
「先日はどうも。読日の……」
「ブンヤに話すことはなか」
ここで引き下がっては意味がない。私は去ろうとする彼に小走りで歩み寄る。
「少しのお時間でいいんです。藤木駿の件、進展ありましたか」
一瞬こちらを見ると、プイと清原刑事が前を向いた。
「だからなか。急いどるンよ、昼間来てくれん?」
今の間。何か情報があったのだ。
「動きがあったんですね」
清原刑事は無言で歩く。西小倉駅まで、あと5分ほど。その間に、ネタを仕入れたい。
幸い、他社は誰もいない。K市の上層部とのパイプが薄いうちは、どうしても現場刑事の方に当たらざるを得ないのだ。それが奏功することも、たまにある。
「……私の従兄弟。こっちにいるって話しましたっけ」
「……………」
「宮東会、怖いらしいんですよ。だから、少しでも情報を取りたいんです」
「……………」
「上の従兄弟は、半グレみたいになって行方が知れませんし……」
「………………」
歩く速度が少し遅くなった。少しは軟化したか。
「この街の敵がどうなっているのかを知りた……」
「すみませーん!!ちょっといいです……か」
駅から女性が小走りでやって来た。……KTVの宮崎か。間が悪い……
「谷川さんもいたんですか」
「今は私の時間だ。すみません、邪魔が入っ……」
清原刑事の表情が厳しくなった。
「もうええか?急いでると」
ああ、これはもうダメだ。仕切り直しか。私は溜め息を付く。案の定、清原刑事は早足で駅構内へと消えてしまった。
「あ、お邪魔でしたか?」
「当然だ。君も4年生なら少しは弁えたらどうだ。ああいう時は空気を読んでだな」
「あー、空気は読むなって言われてまして」
ハハハと宮崎が笑う。……最近の若手は皆こんななのか。
「どうも君とは噛み合わないな」
「そうですか?というか、谷川さんも清さん知ってたんですね」
「……君も先輩の紹介か?」
「はいっ!NTVも全国ネットで、サツは弱くて」
参ったな。こういう空気の読めないのは、どうにも苦手だ。
にしても、清原刑事。進展が何かしらあったのは疑いない。……なら、それはなんだ?
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「あ、そうですか……分かりました」
スマホを切って、私は首を振る。福岡は動きなし、か。
幸い朝のNHKや他社の電子版には、藤木殺しの続報はなかった。これなら福岡から色々言われずに済む、か。
……にしても、少し妙な事件ではある。藤木は宮東会とはいえ、チンピラもどきに過ぎない。それを射殺し、かつ宮若まで捨てに行ったのは?
しかも、見付かったのは竹林だ。埋めたとかそういうのじゃない。見付かることを前提としたような……どういうことだろう。
「行き詰まってるな」
深沢支局長がニヤニヤとした顔で現れた。もう昼だというのに、これまで何をしていたのだろう?
「……はい」
「宮東会の案件は捨てろ。深入りすると、命も危ねえぞ」
「……そこまですか」
「そうだ。ニュースをあそこで取ろうと思うなよ?ミイラ取りがミイラになる。文字通りの、な」
ドスッとデスクに座ると、またストロングゼロを取り出した。
「そんな費用対効果の薄いネタより、ちょっとしたアタマの方が余程ありがてえんだよ。
飯塚総合病院が、オプジーボ使った新療法やってるらしいからそれ取材してはどうだ」
「オプジーボ……ノーベル賞のあれですか?」
「そうだ。コーヒーというか、カフェイン投与と組み合わせるんだとさ。
それで、骨肉腫やら皮膚癌の進行が抑えられるらしい。どうだ?『コーヒーで癌治療』、悪くなくねえか」
「……考えておきます」
私は深く息を付いた。見出しだけの出落ちじゃないか。
その時は、そう思っていた。




