353:【TRI-PLETTE】継がれる思いの強さと愛故の執念、名も無き霊妙たる煌めきの輝きの下で……
塔から脱出するためにタヌを連れて逃走するハーランを、DYRAとRAAZが追う。脱出ポッドが設置された部屋へ逃げたとわかったとき、DYRAはタヌから預かっていた『鍵』をRAAZへ渡し、決着を自分に委ねてほしいと願ったが、断られる。
そして、タヌを脱出させたタイミングで、ついに運命の瞬間を迎える。
DYRAとRAAZが、ついにタヌとハーランが逃げた先へと足を踏み入れた。
「お嬢さん。タヌ君ならもう無事に脱出だ」
「何だと? お前は逃げなかったのか? まさか突き落としたんじゃないだろうな!?」
広いとは言えない部屋に、DYRAとRAAZ、そしてハーランが対峙する。部屋には小窓がいくつかあり、外が見える。といっても、景色は見渡す限り空と雲だけだが。
「俺は今さら、逃げる必要もない」
言いながら、ハーランはタヌの首から取ったものを見せた。チョーカーの先に、真鍮の鍵がついていた。DYRAもRAAZも、それがメレトの屋敷の、どこかの部屋の鍵だとすぐに見破った。
「なるほど。ガキは私との約束を、DYRAと別れる時点で守ったわけか」
返す約束のことだ。
「『鍵』はどこへ?」
「遅かったな」
せせら笑うような口調でRAAZは答えた。
「マッマの遺産が……」
ハーランが無念さを滲ませた。
「まるで、お前のために残されたもののような言い方だな?」
DYRAが冷たい口調で告げた。
「RAAZが愛した女は、お前のために残したんじゃないんだろ?」
そのとき、部屋がほんの僅かではあるものの揺れた。同時に、それまで空だけが広がっている窓の外に広がる光景に、一瞬とはいえ、細い線が二本、水平線の彼方へ向かって走り出すのが見えた。
「……タヌ君を乗せたポッドは無事に射出されたようだ」
「ならば、言い残すことも、思い残すことももうないな?」
DYRAは自身の右手の周囲の青い花びらを舞わせると、直列状の蛇腹剣を顕現させる。尖端をハーランへ向けようとしたときだった。
「キミは、見届け人だ」
RAAZが言いながら、DYRAの右手首を軽く押さえて彼女の剣の切っ先を下げた。
「いいか? 何があるかわからないからな。身も守り続けていろ?」
「え……!?」
DYRAが何かを言い返すより早く、RAAZはハーランとの間合いを詰め、斬り掛かっていた。
ハーランはナイフを持っている。広いとは決して言えない、むしろ狭い部屋だ。それなりの広さがあるなら剣の方が有利だろうが、いかんせん狭い。DYRAの目にも、これはRAAZに有利とは言えないのでは、と考える。が、杞憂だった。
RAAZの剣の周囲に赤い花びらが舞うや、ルビー色の刃輝く諸刃の剣から、剣身の半分にカバーが掛かり、刃の部分がプラズマのような光を放ち続けるものへと姿を変えた。
「──!」
「──!!」
二人の男が互いの武器を使って斬り合う。DYRAは開かないとわかっているが、万が一を考え、逃げられないように扉際へと走る。
RAAZが剣を振り切る瞬間を狙い、ハーランが懐に入ろうとする。それがわかるからか、RAAZも大きく振らない。DYRAはその様子を注視する。
ここで、ハーランが懐から何かを取り出す。DYRAは投げられるかもと蛇腹剣を構え、青い花びらを舞わせる。
「クソガキ。俺はもう、引き継ぎ完了したからな」
「何だと?」
「そう。俺が今ここで倒れても、ニムローテは必ずまた、よみがえる。あとはクソガキ。せめてお前を──」
そう言って、ハーランが口角を上げた瞬間だった。彼はすぐに身を屈めると、アンダースローの構えでDYRAの方へ何かを投げた。アイスホッケーのパックのようにRAAZの足下をすり抜け、DYRAの方へと床を滑っていった。
「!」
だが、RAAZの背後へ行ったもののDYRAの下へは到達しなかった。
「──!」
「何あれ!」
意識のないルカレッリの肩を抱いて塔の下までたどり着き、ようやく外へ出ることができたアントネッラは、ワインのコルクが開くような音を天から聞くと、顔を上げて空を見た。
塔のずっと上の方から、細く白い線が見える。文明が文明なら、飛行機雲と呼ばれるものだ。当然、アントネッラはそれが何ものかも、何故発生するかもわからない。
白い子犬は海を挟んだ向こうで何かに気づいたのか、猛スピードで走り出した。
「ビアンコ! 溺れちゃう!」
アントネッラは止めようとしたが、ルカレッリを抱えているのでそれができなかった。
「あっ……」
海を走った子犬が途中、海の真ん中で足を止めた。それを見て、アントネッラはハッとした。
「そっか!」
ビアンコは海の浅い場所を知っている。それに気づくと、追うように歩き出す。
海に足を踏み入れたところでアントネッラは、ルカレッリ共々、足首よりすぐ上のあたりまで濡れた。それでも向こう脛より上まで浸かることはない。
「ビアンコ! お願い」
アントネッラが近づくと、子犬は少し進んで行く。それを何度か繰り返していく。ルカレッリがいないなら、走ることもできる程度の水深だ。一歩一歩、着実に進む。
いよいよ岩場のような海岸線がハッキリとみえてきたときだった。
「誰か……いる!」
ここで、先行する子犬が一気に岩場まで走った。走って、人影に向かって吠える。
「──ぞー!」
「──でー!」
何か、大声が聞こえてくる。
今度は子犬が近づいてくる。続いて、その後ろから人影が近づいてくる。
「……!」
近づく人影の背格好が少しずつ見えるようになる。
「──だいじょぶかー!」
「あれ、ディミトリよね……」
子犬が明るい声で吠えながらアントネッラの足下まで戻ると、また、先導役を再開する。
一〇数歩ばかり進んだところで、岩場側から走ってきたディミトリとキリアンだとわかった。それからほどなくして、男二人がすぐそばまで来た。
「無事で良かった!」
キリアンがすぐさまルカレッリの介抱役を引き受けた。アントネッラはここで、安堵から深い息を漏らすと、海に膝を落とした。
「無事で良かった!」
ディミトリがアントネッラに手を貸して立たせると、そのまま肩を貸した。
「皆、無事なのか!? タヌは!?」
アントネッラは首を横に振った。
「わかんないのよ。私がわかるのは、塔の中にマイヨの双子のお兄さんがいて、その人が『帰り道を教えるから二人とも出ていって』くれって。タヌ君は残ってた。っていうか、残された? って感じ」
「オッサンとかは?」
「それもわからないわ。でも、あの会長は、その、ラ・モルテとそっくりな、大切な奥さんを殺した犯人が髭面絡みだったのがわかって、すごい怒っていた」
「何てこった……!」
「んで、大公サンとかタヌ君のお父さんとかは?」
「そこまで余裕なかったから、わかんないわよ。ただ、あの悪魔みたいなクリストとか、態度が悪い方のタヌ君のお父さんを、その、マイヨの、双子のお兄さんが何て言うの? 晩ご飯に使う豚とか鶏でも殺すような感覚で……」
アントネッラは言葉を濁した。
「オネエチャンは? タヌ君のそばにおったんやろ?」
キリアンが問うと、アントネッラはこれにも首を横に振った。
「髭面が会長を殺そうとしたとき、彼女、自分の命ごと全部、会長にって感じで……」
ここでもアントネッラの言葉は最後まで続かなかった。
「あのオネエチャン……あの会長サンのこと、大好きそうだったからな」
「でも、会長は、奥さんのことで必死になっていた」
「何だよそれ」
ディミトリも話に入った。
「じゃ、何だよ。あのDYRAって彼女は、会長、その、RAAZにとって」
「どうでもいい、とかじゃなかったわ。その、奥さんのことでケジメをつけるまでは、って感じの話だった」
「つまりー」
キリアンが言い掛けたとき、先を行く子犬が岩場まで着いた。アントネッラたちも岩場まですぐそこのところまで来ている。
「会長サンは、死んだカミサンのことをこう、心の中でアレしないとってことか」
「そんな感じ」
「会長サン、ロマンチストやな。タヌ君もき……」
キリアンが言い掛けた言葉は、天高くから聞こえてきた、ワインのコルク栓を抜くよう音で遮られた。
全員、空を見た。
「さっきも見たわ、あの細長い、白い雲みたいなの……!」
アントネッラが指さしたときだった。
「ああっ!」
ディミトリだった。
塔の上部から細く、黒い煙が微かに見えた。続いて、真っ直ぐ伸びる白い雲が黒い何かと重なり、くの字のように曲がると、そのまま見えなくなった。
「何や……」
キリアンが岩場までたどり着くと、いったん視線を戻し、比較的平らな場所にルカレッリを横たえた。
「何が起こっているの……?」
ディミトリと共に岩場にたどり着いたアントネッラは、岩場であることなど気にもしないとばかりに、ぺたんと膝を落とした。ディミトリも一緒に屈んだ。子犬もアントネッラの傍らで、心配そうに空を見上げた。
353:【TRI-PLETTE】継がれる思いの強さと愛故の執念、名も無き霊妙たる煌めきの輝きの下で……2026/04/20 20:00
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あっという間に東京は初夏の陽気です。如何お過ごしですか。
改めまして、ここまで読んで下さってありがとうございます。
また、今回初めて読んだよ、という皆様も、せっかくのご縁です。是非ブックマークなどで応援よろしくお願いします。レビューとか感想とかいただけると、作者は小躍りして喜びます。珈琲にケーキセットつきそうなくらいに!
最後の戦いが始まりました。ハーランは謎めいた言葉を残して、何かを投げたのですが……
ラストまであと2回(つまり、355話がファイナルナンバー)ですね。
次回、ついに決着へ!
唯一無二のゴシックSF小説、最後まで一層の応援を、どうぞよろしくお願いいたします!
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こちらは、物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)と一緒に読むと面白さ一万倍です。
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