352:【TRI-PLETTE】名も無き霊妙たる煌めきの輝き、それは彼らの本心を照らし出す
前回までの「DYRA」----------
ISLAはRAAZの言葉を入れたかに見えた。一方、超伝送量子ネットワークシステム奪取に失敗したハーランは、タヌを連れてフィリッポと共に脱出を図る。DYRAとRAAZは二人を追う。雌雄を決するときは、そこまで来ていた。
DYRAとRAAZはタヌを追って階段をひたすら上り続ける。既に一時間以上使いひたすらだ。一階を三〇秒程度で上れるとして、一二〇階分相当を上がっている計算だ。
「それにしても、いつまで、どこまで続くんだ? この階段」
「雲の上まで行かれるぞ」
「そんなに!?」
既に体内はもちろん、塔内部自体にナノマシンが充満しているからか、二人とも疲れることはまったくない。それでも時間をそれなりに使ってしまっている。これらは別問題だ。
「タワー自体、気圧調整をしてはいるが、それでも限度はある。我々やケミカロイドは気圧が変わろうと空気が多少薄くなろうとどうということはない」
我々は。
この言葉を裏返せば意味することは一つだ。
「上り続けたらタヌは死ぬということか!?」
「外に出るなんてバカな真似をしなければ大丈夫だがな」
「脱出ってどうやるんだ? まさか飛び降りるのか?」
「違う。緊急避難用の脱出ポッドの射出口がある」
「フィリッポが逃げた方もか」
「ああ。もともとは工事でのトラブルを想定していたから、脱出システム、つまりポッド射出エリアは一〇数か所にある」
これを聞いたところで、DYRAは何かを考えてから質問を投げる。もちろん、足は止めない。
「ということは、この時点でフィリッポは『取り逃がした』ということか」
「そうなるな」
RAAZがここで一呼吸置いて、続ける。
「ハーランもフィリッポもそれを聞いていた。つまり、わかっているから二手に分かれた。生存戦略ってヤツだ」
確かに、二手に分かれて逃げればどちらかが残る確率はそれなりにでも高くなる。
「だけじゃない。キミは『わかってて』私と来たんだろ?」
RAAZが笑みを含んだ言葉で告げた。
「『ガキを助けたい』から。あとは──」
「お前に、伝えたいことがある」
DYRAが被せた。
ここで、前方を走っていたハーランの姿が消えた。
「あそこに機密ロックがある」
二人を一気にそこまで駆け上がった。
「扉が……」
扉脇のパネルには『施錠中』と表示されている。
「くそっ!」
「マイヨを通して開けさせることはできないのか?」
「脱出まわりだけは工事の名残でな。超伝送量子ネットワークシステムと繋がっていない」
RAAZが苦い表情でパネルを見る。
「やむを得ん。力ワザだ」
言いながら、RAAZがパネルを破壊するべく剣の柄を叩きつけようと構えたとき。
「待て!」
DYRAはとっさにRAAZの動きを止めた。
「何だ?」
「……お前とハーランの因縁が根っこにあった『文明の遺産』の奪い合い。それは結局、『お前が愛した女が築き、遺したものを用いてどういう世界を築きたいか?』ってゴタゴタだったのだろ?」
DYRAは畳みかける。
「なら、タヌとハーランの件、あとは私に」
「何?」
「なら、お前はその女が守りたかったものを守れ。お前の復讐と幕引きは、私が引き受ける。そもそもお前は、……そのために私を作ったんだろ?」
DYRAは扉を背にして立った。レースアップコルセット調のベルト部に手をやると、結び目の隙間から小さなものを取り出すと、RAAZの空いている手に掴ませた。
「メレトでフィリッポのことをタヌへ話した時点で、タヌから預かっていた。タヌなりの誠意だ」
DYRAは自分の手をRAAZからそっと離した。彼が握られた手を開き、中のものを見る。
「『トリプレッテ』の、イグニッションキー……」
金属と透き通った透明の材質とでできた『鍵』だった。
「ああ。だから、お前はあっちのマイヨのところへ。ハーランの件は私が」
「何を言っている? 私のケジメの問題だ。キミはガキを」
「何のためにお前は私を兵器にした? 今、このときのためじゃないのか?」
DYRAは、RAAZが自分に言った言葉「兵器」を覚えていた。
「言っただろう? 『心の支え』と読み変えてくれ、とも」
RAAZは剣の刃を下ろすと、DYRAを背中に手を回し、少しの間だけ、そっと抱きしめた。
「……おい」
「わかってる」
その呟きの後、RAAZはDYRAを軽く突き飛ばすような仕草で自身の背後へ回す。そのまま一気に剣の柄で施錠パネルを破壊した。
タヌはハーランに連れられ、高い階にある小さな空間にいた。階段を上がっている間、ずっと担がれていたので、体力的な消耗はほとんどない。
扉を何枚か開け、ハーランが内側から鍵を掛けたところでタヌは下ろされた。
「ハーランさん。大丈夫ですか?」
一体どのくらい上がったのだろうか。途中で数えられなくなったほど上がった。ハーランの体力にタヌは脱帽しつつ、聞いた。
ハーランは余裕ありそうな笑みを浮かべて答える。
「大丈夫だ。それより、タヌ君を、お父さんと一緒に地上へ戻さないと」
「でも、ここは下じゃなくて、上ですよ。どうやって? それに父さんって言ったけど」
返ってきた答えにタヌは戸惑った。自分を帰すなら、普通に考えれば下に下りるのではないのか。どうして上に来てしまったのだ。
「この建物を造るとき、上で火事や事故が起こったとき、無事に下へ逃げられる仕組みを作ってあったんだ。それを使えばここから安全に戻れる」
こんな高いところから飛び降りるのだろうか。それとも外壁伝いに縄で下りるのだろうか。どちらであれ、恐ろしいことこの上ない。ピルロの時計台のてっぺんなど、ここと比べれば少しも高くない。タヌは想像して、ゾッとした。
「必ず無事に返す。そこは心配しなくていい。お父さんも別の脱出口を使って同じように逃げている」
「どうしてわかるんですか?」
「後を追った足音は二つだった。つまりお嬢さんとあのクソガキだ。お父さんの方へはいってない、と見て間違いない」
父親はここから出られる。そして、DYRAもRAAZも追ってないなら、無事に戻れる。タヌはホッとした感情より、RAAZとの約束を反故にする申し訳なさで心苦しかった。
「でも、マイヨさん、いや、あのそっくりの人が追うんじゃ?」
「それはない。……さ、タヌ君も今のうちに脱出するんだ。ちゃんと戻れるから安心して」
話している先からハーランは小さな部屋の一番奥にある床に手をやると、床板を開いた。タヌも近づいて覗き込む。内壁が柔らかい素材でできた、人一人分くらいの幅を持ったトンネルになっていて、その先には少し距離があるものの、柔らかそうな長椅子とそれを囲む銀色の何かが見えた。
「タヌ君。地上に戻れたら、これをお父さんに渡しておいてほしい。俺が渡せる、俺たちの世界から本来の持ち主になるはずだったお父さんへの贈り物だ。そして将来それは、タヌ君のものになる」
ハーランはそう言って、懐から何通かの封筒を出すと、タヌの鞄へ押し込むように入れた。
「タヌ君。キミがお嬢さんと出会ったとき、お父さんの部屋から『鍵』を持ってきたはずだ。それを渡してもらえるかな。あれは、俺にとって大事なマッマの遺品でもあるから」
「マッマ? 待って下さい。その人は、RAAZさんの奥さんってことですよね? ハーランさんにとっては……」
「俺や、俺の部下たち皆にとって、大事な人だった。そう、一五〇人全員にとって、彼女は特別だった。もっとも、部下の中にはバカなヤツがいて、彼女をひどく扱った者もいたがね」
「説明に、なってないです」
「言い方を変えよう。俺にとっては一族の頂点、そしてタヌ君やお父さんにとってはご先祖様にあたる、エリゼル様が恋して愛した、そして保護しようとしていた人だ」
タヌは、ハーランの言ったことが頭ではわかる言葉が腹にまったく落ちなかった。今、ハッキリとわかったのは、DYRAは最後まで徹底して蚊帳の外だった。それだけ。
「皆、あの……DYRAを見ながら、死んだその人を見ていたんだ。何か──」
DYRAが不憫すぎる。彼女だって、行動を共にしていたときのどこかで自分が置かれた状況や事情がわかったに違いない。わかっていたはずだ。
「ああ……」
タヌは、東の果てでの出来事を思い出す。DYRAを冒涜したからとRAAZが怒りをぶつけたときのことだ。あのとき、彼は彼女ではなく、彼の亡くなった奥さんのために怒りをぶつけていたではないか。
自分と一緒に旅している間、DYRAは何度も嫌な、寂しい、そして悔しい思いをしたのに違いない。それでも彼女は自分と行動を共にしてくれた。
今、自分は逃げるという名目で、彼女に感謝の言葉一つ伝えられないまま、気がついたらお別れという形を取ろうとしている。これは許されるのか。
「DYRA……」
「タヌ君。お嬢さんの不憫さは俺も俺なりにだが、わかっていた。ラ・モルテ云々といい、あのクソガキからの扱いといい。俺にできることは、お嬢さんを新しい世界の神にすることで、人々から敬意をはらわれるようにする、それだけだった」
「そんな……!」
言い返そうとしたが、できなかった。ハーランがタヌの両肩を押した。
「──!」
突き落とされた一瞬、首のあたりにチクッとした感触があった。が、そちらに気を回すより先に、タヌの身体は滑り落ちていった。ハーランの足下にあったはずの床に開いた穴は自動で閉じられ、元通りになっていた。
ハーランの手にはソウトゥースナイフと、チョーカー紐に下げられた、鍵状のペンダントヘッドだけが残った。
それを見た瞬間、ハーランは苦笑を漏らした。
「タヌ君の聡明さに負けたか。そして……」
苦笑が、嬉しそうな笑みへと変わっていく。
「あの子には、確かにあの御方の血が入っていた。|両建ての保険打ちまで《どっちが勝ってもいいように》か……ははは」
次の瞬間、ギギギと扉が開く、擦れた音が響き渡った。
352:【TRI-PLETTE】名も無き霊妙たる煌めきの輝き、それは彼らの本心を照らし出す2026/04/12 20:00
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桜が一瞬で終わり、夏が見えている今日この頃。如何お過ごしですか。
改めまして、ここまで読んで下さってありがとうございます。
また、今回初めて読んだよ、という皆様も、せっかくのご縁です。是非ブックマークなどで応援よろしくお願いします。レビューとか感想とかいただけると、作者は小躍りして喜びます。珈琲にケーキセットつきそうなくらいに!
次回は本当に、最後の戦いってヤツです。
ラストまであと僅か!(フェラーリのナンバリングで終わる予定でしたので、355か360でほぼ確定です)
唯一無二のゴシックSF小説、最後まで一層の応援を、どうぞよろしくお願いいたします!
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Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」は文庫本で頒布(校正校閲しています。プラス! Web未収録シーンがあります!)。
今回の新刊は何と、最終巻です!! しかも、Web版とは違う、おまけに素晴らしいビッグサプライズなシーンもあります。
こちらは、物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)と一緒に読むと面白さ一万倍です。
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