347:【TRI-PLETTE】マイヨ・アレーシ またの名を……
前回までの「DYRA」----------
超伝送量子ネットワークシステムの電源が入ったとき、マイヨと瓜二つの男が現れた。辛辣な言葉を浴びせ、目元と手元を少し動かすだけでハーランたちへ容赦ない仕打ちを決めていく。タヌは何が起こっているのかわからないまま、ただ、見つめることしかできない。そんな中、彼はRAAZのそばへと歩み寄ると意味深長な言葉を……
マイヨと同じ見た目の男、もとい、三つ編みのないマイヨがハーランへの冷たい視線で煽る異様な振る舞いから一転、RAAZへ優しく語りかける。タヌの目にもその様子は映る。だが、どういうわけか、響かない。
一体何が起こっているのか。
そもそも、どうしてこんなことになっているのか。タヌは必死で食らいつこうとしたが、どこかで何かが頭に入ってこなくなり始めている。
「はっ……はっ……」
動揺こそ収まったものの、タヌは時折、聞こえない程度に小さく浅い呼吸を繰り返し、息を整える。
「お嬢さん。アンタも部外者なんだ。離れてくれないかな?」
三つ編みのないマイヨは呻くハーランから視線をアントネッラへ移してから、もう一度告げた。
「嫌っ。マイヨにひどいこ──」
「そんなことするわけないだろ」
言っている先から彼女の肩を軽く掴んで、倒れているマイヨから離すと、彼の額に触れた。その指先から黄金色の粒子がふわりと拡散した。このとき、三つ編みのない彼の目が、片目だけの眼鏡のせいかも知れないが、一瞬だけ、緑色に光ったように見えた。この後、三つ編みのない《・・・・・・・》彼は手を離すと、アントネッラをじっと見る。
「これから話すことを聞いても、面白くないと思うよ。むしろ不愉快かも知れない。考えようによっちゃ、知らなくていいことを知った結果、生きて帰れる保証もなくなるよ? それでもいいの?」
「マイヨを見捨てるなんて、嫌っ!」
アントネッラの即答を聞き、タヌは彼女がマイヨへ向ける感情と、自分がDYRAへ向けるそれがほとんど同じなのだと確信する。一生掛かっても報いきれないほど大切なものを自分の心にもたらした恩人なのだ、と。
「俺のエイリアス、こんなのに大事にされていたとはな」
それだけ呟くと、三つ編みのない彼は再びハーランを見る。
「アンタは俺に罪をなすりつけてRAAZの手で始末できれば万々歳って思っただろうよ?」
見えない何かに今なお押し潰されそうになったまま、苦しさで呻くハーランに対し、さらに続ける。
「RAAZの手で俺を始末できれば、『トリプレッテ』は永遠に使えなくなる。あとは超伝送量子ネットワークシステムを書き換えて乗っ取れば、また、人の心を操り放題にして世界は自分たちのモノってか?」
彼が何を言っているのかタヌにはまったく理解できない。アントネッラもわからないままと言いたげな表情だ。それでもまずは話をちゃんと聞こうと二人とも耳を貸している。
「あのときも同じだったよな? アンタら。人々を情報の洪水で押し流し、そこへ見たいもの、聞きたいものだけを流し込む。そして個の単位に至るまで徹底的に人心分断を図ることで団結を阻止する。それによって人々の憎悪や体勢への反発という名の刃が自分たちへ向かないように仕上げていく」
内容はさっぱりわからない。だが、また、ニムローテという言葉が出てきた。副会長から託された手紙にも、その文字はあった。名前だとはわかる。だが、それが何を意味するのか。今は彼の言葉を聞くしかない。タヌは頭の中でそんなことを考えながら、聞き続ける。
「一〇〇〇年だか二〇〇〇年だか知らないが、よく考えた復讐だ」
「ふく、しゅう……」
とんでもない長い時を復讐に費やしている。二〇〇〇年掛かりなんて、そのニムローテというのは、どんなひどい仕打ちを受けたのだろうか。
「その復讐の総仕上げがドクターが開発した、市民の社会生活をサポートするためのAIシステム乗っ取り」
ここで、三つ編みのないマイヨが眦を上げた。
「アンタらの本当の卑劣さは、自分たちに都合のいいシステムに書き換えたのみならず、それによって人々の憎悪が彼女へ向くよう仕向け、絶望した彼女の精神を『匿う』という名目で縛り付けたことだ! 自分たちで彼女を陥れた正体は、自作自演でマッチポンプ」
怒鳴り声にも似た鋭い声に、アントネッラは肩をびくりさせた。タヌも、彼がこんな形で感情を出す人間だっただろうかと驚いた。
「挙げ句の果てに、不老不死まで彼女に要求する! ニムローテの浅ましく下衆なその性根に呆れたさ。だから、……あの日、俺は国家の命運と自分の命と、全部まとめて懸けて、ドクター・ミレディアをアンタたちが作った檻から解放した。……なのに、……なのに! どうして俺がそんな彼女を殺せるって?」
三つ編みのないマイヨは言い終わるや、自身の両手のひらを下に向け、まるで、何かを押し潰すような仕草をした。
「──!」
途端にハーランが声にならない声をあげ、うつ伏せになって床に倒れた。起き上がろうにも、先ほど以上に重そうな見えない何かに上から完全に押し潰され、苦しんでいる。
「……マイヨ・アレーシ……!!」
「え!」
ハーランの呪詛の呻きに、アントネッラは反射的に三つ編みのないマイヨを見上げた。
「アンタらの存在そのものが死に値する。ドクター・ミレディアを、誰が、何のために殺したのか。教えてやる。百聞は一見にしかずだ。……目を逸らすなよ?」
「アンタら?」
アントネッラが小声で呟いた。だが、それに反応する者は誰もいなかった。
その言葉と共に、部屋全体が暗くなる。
映写室のような暗さになったところで、突然、立体映像が現れた。
「な、何、これ……?」
「写真? じゃ、ないわよね? 何……?」
タヌとアントネッラは困惑した。
──銃撃音が廊下に響き渡った。ハーランが次々と警備兵を射殺し、廊下を奥へと進んでいく。
──その映像が少しずつ小さくなると同時に建物のフロアマップが立体映像で映し出される。長い廊下に等距離に設置されたカメラが廊下をリレーするように駆け抜け、別のフロアにある、一つの部屋にたどり着く。その部屋の入口の扉に、軍服姿の女性が立っている。帽子を目深に被っており、顔はよく見えない。
「ミレディアの……! あの憲兵は確か、時々私に近況報告とか連絡をくれた女か?」
これから何が起こるのか、DYRAを抱き抱えるRAAZとハーランはそれぞれの場所で、映像をじっと見つめる。
──カメラが切り替わり、今度は部屋の中が映される。
──白衣姿のドクター・ミレディアが聞こえてくる銃声に動じる気配も見せず、円筒形の大型強化ガラス容器を部屋の奥にある隠し扉の向こうに収めていた。
「──プライマリーはもう、超伝送量子ネットワークの基幹システムに格納した。エイリアスボディさえ守れれば、もう大丈夫。ここなら、バレない」
──容器の内側には、眠っている長髪のマイヨが見える。
「あれは……マイヨ? それに、あの彼女、ラ・モルテそっくりね」
「DYRAとそっくり……目の色が少し違うけど……」
──容器が隠し扉の向こうに消えた少し後、部屋に響く銃撃音が突然、大きくなった。
──扉が開き、部屋の外にいた憲兵が入ってきた。
「──襲撃が来ます! 逃げて下さい」
「──何言っているの? 逃げるわけ、ないでしょ? 逃げる必要もないし。アイツらは私を殺さない。殺せない。それにダーが来るから大丈夫よ」
「──そんな悠長なこと!」
「──それにしてもまったく。よりによってどうしてこの日を選んだんだか! 超伝送量子ネットワークの実験デーなのにもうっ」
「──ドクター! ここに担ぎ込まれたもう一人……」
──憲兵が問うと、ミレディアが不思議そうな顔をする。
「──もう一人? 何の話? 何日かだけ、集中治療で担ぎ込まれた人?」
「──『超伝送量子ネットワークに使う』って言っていた……」
──憲兵の言葉に、ミレディアは厳しい表情を浮かべた。
「──は?」
──一転、声のトーンが低くなり、憲兵を鋭い視線で見る。
「──今、何て言った?」
「──『超伝送量子ネットワークに使う』って。あれ、あの人……少尉ですよね!?」
「──何を言っているの?」
「──ドクターが新しく開発した、超伝送量子ネットワーク、基幹システムに人間を使うって噂、本当ですか!?」
──ミレディアの表情が一層険しくなる。対照的に、憲兵は動揺の色を露わにする。
「──噂は噂よ。それにその言い方じゃまるで、軍人誰か選んで、その人の脳みそに直で配線するみたいな言い方じゃない? 失礼しちゃうわね」
「──脳のシナプス構造がまったく違うから、少尉を取り込んで……」
「──人聞き悪いこと、言わないで。……勝つために、彼は必要なの。ニムローテがシステム・ヴェリーチェを使って支配するこの世界を潰すために。そのための、超伝送量子ネットワークシステム、ISLAなの。彼が自分で選んだのよ」
「──……ドクターには、アザール中佐がいるのに!」
──ここでミレディアの顔色が変わる。
「──ラファエル・アザール中佐は、もう死んだわよ?」
「──わざとMIA扱いして、今は最高機密の、RAAZですよね? 中佐だけじゃなくて、少尉まで……!」
──憲兵はここで銃を抜き、迷わず発砲した。撃たれ、身体のバランスを崩しながらも、ミレディアは机に飾ってあった花瓶から真っ赤な薔薇を一輪、右手で掴んだ。銃声がさらに響き、彼女の右手が肘下からごそっと落ちる。撃っている間、憲兵はずっと涙を流し続けていた。
「なっ……!」
アントネッラもグロテスクな映像に、口元に手を添えて目を逸らす。タヌは映像ではなく、映像を見ている面々の様子に注目した。凄まじい惨劇の模様だからか、さすがのRAAZでも正視できないのか、何度かDYRAを強く抱きしめて目を逸らしそうになっては視線を戻している。
──しばらくの間、銃声が止まなかった。
──次に銃声が止んだとき、部屋は床も壁も、血だらけになっていた。
「──中佐と一緒で、幸せだったんじゃなかったんですか!?」
──憲兵は泣きながらソウトゥースのナイフを取り出すと、ミレディアの下腹部を激情に任せて滅多刺しにする。
「──ドクターには、中佐がいるじゃないですかっ! どうして少尉までっ! 私、少尉に会いたくて! 会いたいから! ……会いたいから、ファンタズマに自分を売ってまで、ここにいるのに……!! 少尉を……! マイヨ……」
──泣き叫ぶ声は、別の銃声で消え、憲兵はそのまま倒れた。
──部屋の扉の前にイヤーシールドを手に銃を撃ったハーランが立っていた。シールドには銃で貫かれた穴が開いている。
「──何故マッマを殺したっ!? 絶対に無傷で捕縛しろと厳命しただろうがっ!!」
映像はここで、フェードアウトした。
「これが真相だ。RAAZ」
明るさが戻って来た部屋で、三つ編みのないマイヨが静かに告げた。
「ドクターをアンタが助けたとき、その代償で、俺の部下をコイツに獲られたんだ。よりによってこのクソ野郎、どんな気まぐれか知らないが、転ばせやがった」
「この映像は……」
「ドクターは、軍の防犯カメラなんてからっきし信用しちゃいなかった。それで、自分がいる空間については、超伝送量子ネットワークシステムと繋げたお手製の監視システムを使っていたんだ。その映像だ。改竄できないように、動画のすべてに暗号化した隠しウォーターマークを三重に施しているほどだ。陛下であっても改竄できない」
「あのクソAIでも、か」
「ドクターは、自分が作ったシステム・ヴェリーチェを自分の手で破壊するためにすべてを懸けたんだ。それが超伝送量子ネットワークシステム」
「ISLA、というわけか」
「そういうこと」
三つ編みのないマイヨは柔らかい表情で、頷いた。
347:【TRI-PLETTE】マイヨ・アレーシ またの名を……2026/03/09 22:00
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また、寒さが戻って来たけれど、四分の一歩ずつくらい、春に向かって前進している感じは伝わってくる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
改めまして、ここまで読んで下さってありがとうございます。
また、今回初めて読んだよ、という皆様も、せっかくのご縁です。是非ブックマークなどで応援よろしくお願いします。
ついに。
物語最大の爆心地とも言える謎「誰が、何のためにRAAZの妻を殺したのか」が明らかになりました。
マイヨはずっとISLAと呼ばれ、RAAZから恨まれ、疎まれていました。が、そのわだかまりを乗り越え、ついにここまで来ました。あれ? でも、この「三つ編みのないマイヨ」ってどういうこと? 倒れているマイヨは? などまだまだ謎は残りつつ、それは次回以降。
唯一無二のゴシックSF小説、本当にもう、残り僅か。Web版もいよいよあとn回。
一層の応援、どうぞよろしくお願いいたします!
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【宣伝】TAMAコミにサークル参加します!
日時:4月5日(日) 11:30-16:00
場所:たま未来メッセ(東京・八王子駅よりすぐ)
当サークル「11PK」はスペース配置《ア05-06》で、このたび壁配置となっております。2spありますので、ゆっくり立ち読みもできますよ。
Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」も、文庫本全巻在庫用意(校正校閲済み、プラス、Web未収録シーンあり!)。
最終巻は「Web版とは違います」。
さらに! さらに!
物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)と一緒に読むと面白さ一万倍です。今回の347話は、もう、血の涙が出そうなほど見方変わります!
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https://sbrynhildr.booth.pm/items/7754629
Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」は文庫本で頒布(校正校閲しています。プラス! Web未収録シーンがあります!)。
今回の新刊は何と、最終巻です!! しかも、Web版とはまったく違うというビッグサプライズ。
こちらは、物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)と一緒に読むと面白さ一万倍です。
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