348:【TRI-PLETTE】欲と業とが入り乱れる中、最も重いものを背負っていたのは…
前回までの「DYRA」----------
超伝送量子ネットワークシステムが起動を始めた。「三つ編みのないマイヨ」がどこからか姿を現すと、何にも触れることなく、マイヨを撃ったルカレッリを排除し、ハーランを制圧する。そして、すべての始まりとなった「あの日」の証拠映像を見せた──。
「改めて。久し振りだな。アザール中佐。……と言っても、今はもうお互い、ISLAとRAAZだけどさ」
「ああ。マイヨ・アレーシ。三六七五年振りだな」
二人のやりとりを聞くタヌは、RAAZがマイヨをISLAと呼んでいたのは、こっちの彼のことだったのか、と合点がいく。倒れている方がマイヨで、三つ編みのない、こちらの彼がISLAだったのだと。
「俺、冬眠していたから細かいところは全然わかんないんだけどさ。コイツが俺の端末パクリやがった挙げ句、『陛下』にシステム乗っ取らせるために余計なことしやがって。おまけにコイツ、俺の端末一つバラしただろ?」
「生体端末を?」
「ああ。ここに入るための暗号鍵を作るためだ。事実、シグナルがそいつの懐から出ている」
そう言ってから、ISLAが苦しむハーランを見下ろす。しばらくじっと睨んだ後、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「本当なら、海に突き落としてサメの餌にするか、軍用のアオオオカミに喰い殺させたかった。けれど、それを俺が堪えて、アンタをわざわざ呼んだ本当の理由がわかるか!?」
ハーランへ言い放ったISLAをRAAZは睨むようにじっと見る。
「俺も確かにひどいヤツだ。人でなしと言われてしまえばその自覚もある。それでもな、アンタと違う! アンタみたいに、他人の心に猜疑心を徹底的に植えつけて闇で塗り潰してからおもむろに善人面なんて卑怯な真似だけはしない!」
よもやそれをハーランへ面と向かって言いたいがために、敢えてこの部屋から追い出さなかったのか。タヌは困惑した。その間にも彼の言葉は続く。
「できることなら今すぐアンタを殺したいところだ」
ISLAがまたして片手で、胸ぐらを掴むような仕草から、その手をそのままパッと外側へ払う仕草をする。
「──!」
先ほどルカレッリが吹っ飛ばされたのと同じように、ハーランが一〇数メートル向こう側まで吹っ飛び、肩の辺りから床に落ち、転がった。間髪を入れず、吹っ飛ばされたハーランやルカレッリと自分たちが立っている場所の間の床から数枚、半透明の防護壁が次々とせり上がった。ジャンプしても届かないであろうほどの高さだ。おまけに、千鳥がけの柵を思わせるジグザグのそれは、真っ直ぐ近寄らせないためのものだ。
吹っ飛んだハーランを見て、ISLAが告げる。
「ドクターの遺産をアンタの薄汚いケミカロイドの体液で汚したくないんだ。それに、アンタへ渡すべきものを直接渡す役は俺じゃない、か」
そう言ってから、次にタヌやアントネッラを見る。
「このだだっ広い部屋が俺の空間。身を守るため、俺次第で部屋の重力バランスすら変えられる」
見えない何かに苦しんでいたのは、よくわからないが、そういうことだったのか。タヌはわかったようなわからないような顔で頷いた。
「あの野郎、ここに来て勝手に入ってプログラム改竄だの、いい度胸してやがる。ったく、舐めてんのかよ」
「クチ、悪っ……」
アントネッラがポツリと呟いた。が、それをISLAは聞き逃さない。
「さっきから気にはなっていたけどさ、中佐。……この娘、誰なの?」
ISLAが問うと、RAAZが即答する。
「お前の案山子に恋した小娘だが?」
この答えを聞いて、タヌはまたしても、理解しきれないと言いたげな表情を浮かべた。DYRAを悪し様に扱った人間へ如何なる形であろうともRAAZは敬意を示さない。それはわかっている。それでもその、マイヨのことすら侮辱する言い方はどうなのか。
「案山子はひどいなぁ。エイリアスボディだ。俺にとっては大事なものだ。潰されでもしたらまた作り直しだ。おまけに、感情解析突合用の学習データってのは、集め直すの大変なんだ」
「あなた……誰?」
アントネッラが困惑の色を隠さず問うた。
「本物のマイヨ・アレーシだ。正真正銘の」
RAAZが当たり前のように答えた。
「それ。どういうこと? 親戚で、同じ名前ってこと?」
「そうじゃない。この男は、身体を二つ持っている」
「はぁ!? 何ワケわからないこと言っているの!? 彼女が死んで、アタマおかしくなっちゃった!?」
自分たちの常識をはるかに越えているというより、ワケがわからない。アントネッラもだが、タヌも何を言っているのかさっぱりわからず、唖然とした。
「おい」
RAAZがアントネッラを睨みつけたことで、二人の間に険悪の雰囲気が流れ始めそうになったときだった。
「ちょっと待った」
ここで、ISLAがアントネッラを覗き込むようにじっと見る。
「な、何?」
アントネッラもそれに気づくと、絶対に目をそらさないとばかりにISLAを真っ直ぐ見つめる。
数秒ほどの時間が流れた。
「……あー。そういうことね」
「ど、どういうこと?」
「ビックリしちゃったよね?」
突然変わったISLAの態度に、アントネッラはそれはそれで戸惑った。
「え? えっと……」
「もしかして君、弟が言っていた、仲良くしてくれているっていう、双子ちゃん?」
「あの……え……あ、はい」
アントネッラはようやく話が通じる状況になったのかと心配したまま、蚊の鳴くような声で答え、頷いた。
「あ、えっと……ってことはあなた、お兄さん、だったの? じゃ、あの会長は、マイヨをあなただと思っていつも違う名前で呼んでいたってこと? ISLAさん? だっけ」
アントネッラがISLAへ問うた。ISLAは視線を外すと、彼女ではなく、RAAZの方を向く、そして、手で軽く制する仕草をした。
「RAAZ。酔っ払いの戯言タイムは終わりだ」
もう一度、ISLAはアントネッラを見ると、それまでの不審物か怪しいものでも見るような視線から一転、微笑んだ。
「怖い思いをさせてしまって、ゴメンね」
「あの、私の方こそ。あの、兄がマイヨに……」
「あんな状況で、君は自分のお兄さんではなく、俺の弟を信じた」
「ご、ごめんなさい。本当に、兄が」
「ねぇ。至近距離で撃たれたとは言え、弟は防弾のシャツを着ていたから、今すぐちゃんと処置すれば助かる」
助かる。
この一言で、アントネッラの顔色にみるみるうちに血の気が戻った。傍らで聞いていたタヌにも一目でわかるほどだった。
「えっ!?」
「でも、情けない話。俺だけじゃ助けることはできない」
「な、何で……?」
「俺、病み上がりなの。色々事情があってね、床に引かれた線から外へは出られないんだ。この線は、内側なら俺が倒れても大丈夫って意味でさ」
「そう、だったのね」
アントネッラはISLAと床へ視線を往復させると、納得と言いたげにISLAを見る。聞いていたタヌも床に何色かの光の線を見てから小さく頷いた。
「外に出られない俺にとって、弟は俺の代わりに外の世界を見聞きしてくれる、大事なヤツだ。だから、手を貸してくれないかな?」
「私にできることだったら!」
「良かった。あの黄金色の粉が噴き上がるところ、見える?」
ISLAが中腰になってアントネッラと視線の高さを合わせつつ指さす。彼女も一緒にそちらを見る。半透明の壁が近くにある、黄金色の粒子が噴水のように吹き出しているところだ。
「見えます」
「弟を、あそこの吹き出し口のそばまで運んでくれないか?」
「わかりました」
「運び終わったら、すぐに離れて。あの粒子を普通の人が大量に吸い込んでも、いいことなんか一つもない」
説明を聞き終えると、アントネッラは倒れたマイヨの身体を少し持ち上げる。しかし、プロテクターのせいもあってか、はたまた思ったより体重が重いからなのか、思うように動かせない。
「アントネッラさん。ボクも手伝います」
タヌがそう言ったときだった。
「おい。その穢らわしい手で、俺に触るな」
ISLAの鋭い声にタヌは一喝された。
「えっ?」
突然の一喝に、何も返せぬタヌは、アントネッラの様子を目で追うことしかできなかった。白い子犬も一緒になってマイヨの身体を押すような仕草をしている。ISLAはその間、ハーランたちの方をじっと見て、動き出したりしないか見張る。やがて、部屋の片隅まで運ばれたところで、マイヨの身体が黄金色の粒子に包まれ、宙に浮き上がった。その身体は天井が見えないほど高い、透き通った円柱にすっぽり収まると、アントネッラと子犬が走って戻ってきた。
「お嬢さん。ありがとう」
ISLAに呼ばれてアントネッラは足を止めた。
「もう一つ。あそこでぶっ倒れたままの金髪の彼も一緒に連れて、帰ってくれないかな? 安全にここから出られるように道順もちゃんと案内する」
「はい。でも待って下さい」
「何かな?」
アントネッラが再び歩き出し、ISLAやタヌのそばまで近寄った。子犬もついてくる。
「……あの、また、会えますか? 私、マイヨに御礼をちゃんと直接言いたいんです。それだけじゃなくて、他にも」
アントネッラの言葉に、ISLAはほんの少しの間、悲しげな瞳で彼女を見つめるが、一転、何食わぬ顔で答える。
「……うーん。ちょっと時間がいるかも知れない。でも、必ず伝える。さ、急いで。この塔は崩れる。それとあと、まわりに船が停まっているのが見えたけど、野次馬が残っているならそいつらもまとめて一緒に」
「……わかりました」
ISLAはここで、ハーランを吹っ飛ばした箇所から最も遠くにある半透明の壁を指差した。すると、そのあたりの千鳥がけの柵だけが床の中に消えていった。
「曲がり角や扉あたりの床や壁が青く光っている方向に従って進めば、安全に、迷わず出られる」
「わかりました」
アントネッラは指示に従って走り出した。部屋の隅で倒れているルカレッリのそばまで行くと、意識を戻していないルカレッリを起こし、肩を抱いて担ぎながら部屋を出て行く。タヌは黙って二人の後ろ姿を見送った。
二人と子犬が出ていくと、扉は静かに閉まった。
アントネッラたちが無事に制御室を立ち去ったときだった。
「うっ……」
巨大な柱の一角、陰から呻き声が聞こえた。女のものだった。
「いっ、たい……どうなっ……」
DYRAは倒れたまま、RAAZが抱き抱えている。アントネッラはもういない。女性はあと一人しかいない。タヌは声の主が誰か気づいた。
「アンジェリカさん」
人影が、ゆっくりと起き上がる。が、足でもケガをしているのか、二度ほど、立ち上がり懸けては床に膝を落とすを繰り返した。細いシルエットがアンジェリカであることを告げている。
ISLAはその様子を見て、つかつかとそちらへ向かって歩いた。
「文明の……遺産が……私、の……」
そのときだった。
「きみのものには、絶対に、ならないんだ」
突然聞こえたのは、もうその場にいないはずの人物の声だった。
「……え!」
タヌが声の主に気づいた瞬間、二発の銃声が響いた。
348:【TRI-PLETTE】欲と業とが入り乱れる中、最も重いものを背負っていたのは…2026/03/16 22:00
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ここに来て花粉症地獄がヤバイバーな日々です!
皆様いかがお過ごしでしょうか。
改めまして、ここまで読んで下さってありがとうございます。
また、今回初めて読んだよ、という皆様も、せっかくのご縁です。是非ブックマークなどで応援よろしくお願いします。レビューとか感想とかいただけると、作者は小躍りして喜びます。珈琲にケーキセットつきそうなくらいに!
事実、土日にデイリー4位とか、5位とかきたとき、マジで嬉しかったんで!
三つ編みのないマイヨ。彼こそがRAAZが「ISLA」と呼び続けていた男、その人とわかりました。そして、「DYRA SOLO」読んでいるとわかる。そう! 階級はウルトラシゴデキを隠すためにワザと低いあの恐るべき情報将校アレーシ少尉さんです。
マイヨと比べると、すごく沈着冷静ながら、人の心の機微もすぐに把握して気の利いたカバーやフォローするのはやはり「案山子」じゃない所以? そもそも案山子ってどういう意味? ですね。
唯一無二のゴシックSF小説、本当にもう、残り僅か。Web版もいよいよあとn回。フェラーリのナンバリングで終わらせる所存です。348過ぎちゃったので、F50か、355か、360。これ過ぎたら、ちょっととんでもない数字になるということで、お察しです!
一層の応援、どうぞよろしくお願いいたします!
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【宣伝】TAMAコミにサークル参加します!
日時:4月5日(日) 11:30-16:00
場所:たま未来メッセ(東京・八王子駅よりすぐ)
当サークル「11PK」はスペース配置《ア05-06》で、このたび壁配置となっております。2spありますので、ゆっくり立ち読みもできますよ。
Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」も、文庫本全巻在庫用意(校正校閲済み、プラス、Web未収録シーンあり!)。
最終巻は「Web版とは違います」。
さらに! さらに!
物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)と一緒に読むと面白さ一万倍です。今回の347話は、もう、血の涙が出そうなほど見方変わります!
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【宣伝】冬コミ新刊「DYRA 16」 BOOTHにて通販開始
https://sbrynhildr.booth.pm/items/7754629
Webで連載中のゴシックSF小説「DYRA」は文庫本で頒布(校正校閲しています。プラス! Web未収録シーンがあります!)。
今回の新刊は何と、最終巻です!! しかも、Web版とは違う、おまけに素晴らしいビッグサプライズなシーンもあります。
こちらは、物語の核心に迫る前日譚にして、反響大きい「DYRA SOLO」(Web公開ナシ)と一緒に読むと面白さ一万倍です。
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